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考えてみれば、蚕と稲とバナナとソメイヨシノ

桑の無限のような、生命力には、目をみはるばかりだ。

桑を砂漠の緑化には、使えないものだろうか?


人間にとって、桑の存在意義は、生糸を生み出す蚕である。人間と蚕の関係は古い。考えて見ると、生糸は、とんでもなく細く、人間にとって、扱いにくいものではなかったかと思う。生糸を集めて、布にするというのは、とんでもないて手間暇がかかる。


例えてみれば、レンガで家を作るという場合と、レゴで家を作るようなもので、手間がとんでもなく違う。


それでも、人間が、生糸を使って、服をたくさん作れたのは、蚕をたくさん育てることができたからだ。良質な糸を取るためには、蚕が羽化する前の繭が必要で、蚕が、画になる前に殺してしまう。


桑の無限のような生命力がありながら、地球上が、桑だらけにならない。考えて見ると、桑には、種があるのだろうか?確かに、桑の実は、あるが、そこに種があるように見えない。

もしかすると、桑はクローン生物かもしれない。このガーデンの桑も、どこかの一枝から生まれた木のだから。人間が人為的に増やすと、無限に増えるが、人間が人為的に増やさないと、自分では増えない。


お米も考えて見ると、不思議だ。こんなにたくさん育てられている植物なのに、野生の稲をあまり見ない。こんなに、人間が育てているんだから、そこらじゅうの池や沼に、稲がどんどん生えていたっていいじゃないか。田んぼの耕作放棄地が、稲だらけになっても良さそうなものだが、稲は生えない。


稲は、人間が管理して育てると、無限にたくさん育つが、人間が関与しないと、ほとんど生えることがない。


人間がよく食べるバナナも種がないので、人間が育てるのやめると、バナナは、絶滅するのだそうだ。


蚕と桑、稲、バナナは、人間が関わらないと、増えない。野生では、生き残りが難しい。


そういえば、桜のソメイヨシノもそうらしい。





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