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改編  作者: masaya
一章 識別血族
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崩壊と破壊と非生命Ⅴ

駆けだす足はどこか軽くいつも以上に速度が出ている気がする。彼女はバスを乗るという選択肢は、はなから考えておらずそのまま指定された場所へと走って向かっている。夜も深くなりつつある外の景色は電柱に設置されている街灯、車が走っている光、そして空一面に広がりつつある星の光、月光だけであった。不思議といつも以上の速度で走っているのにまったくと言っていいほど疲労が襲ってこない。それよりも徐々に筋肉が温まってきたのかも今出している速度以上で走れる気さえしてくる。実際に彼女の耳に入ってくる音はいつも以上に鋭い風の切れる音であった。一体便箋に書かれている場所に何が待っているのかまったく想像できなかったけれど、確実に言えることは非現実が待ちかまえているであろうと言うこと。それでも彼女は速度を抑えることなく走る。

「なんでだろう?私、やっぱりちょっとおかしいのかな?」

独り言のように吐いた言葉には恐怖心はまったくなくきっとその先にある非現実を楽しみにしているような声にも聞こえてくる。平凡な生活を送っていれば誰であれ非現実を体験してみたいと思うこともあるだろう。しかし、現にそう言った非現実世界は創造の世界でしか体験できない。だから人は偽物を好んで視聴、黙読したがる。それだけ、刺激に飢えている。どこかでそんな世界もあれば良いのに、なんて思いつつも人は現実を見ながらそこで作られた偽物で飢えを補完している。が、今の出雲には非現実招待状(びんせん)が手元にあるのだ。それでも、本心で彼女はその紙が本物だと言うことは信じていなかった。ただ、嘘でも本物でもどちらでもよかった。純粋に心のまま行動をしているだけ。

「はっはっは」

流石に疲労が少しずつ蓄積されてきたのか呼吸の感覚が狭まってくるが相変わらず速度は衰えてはいなかった。耳に入ってくる音は相変わらずの風の切れる音、変則的に横切って行く車の鈍いエンジン音だけ。その音さえもどこか新鮮に聞こえてしまい新しい音として耳に入ってきている。暗がりになっている道路を全力疾走で走っている自分に対してどこかおかしく微笑んでしまう。視界は良好とは言えないが月光のお陰でなんとかこけることなく走り続けれている。

「それより、差出人は一体誰なんだろう?流石にラブレターじゃあないよね?」

徐々に夕方に少女と出会った場所へと近づいてくる。流石にこの辺りになると人通りもまだ多く人工発光で照らされるビル、商店街などが目に入ってくる。滅多にこういた場所に夜来ることはないため色々と昼間とは違う世界に見えてしまう。知っている街なのに薄気味悪く禍々しさが増しているように感じ、渦巻く欲求、欲望、重圧、普段気がつくことがなかった人間の欲望が出雲の体を取り巻く。全体に襲ってくる寒気に奥歯を噛みしめながら走り抜ける。街を抜ければ目的の高校まであと少し。後ろの辺りには未だ騒がしく禍々しい渦が延々と舞っている。寒気を紛らわすかのように無意識に両手を擦っていた。

「・・・やっぱり調子にのって走りすぎたかな」

ビルに設置してある時計を見ると待ち合わせの時間までまだまだ余裕があり苦笑いを浮かべながら走るスピードを落とし一旦立ち止まり少しだけ乱れていた呼吸を落ち着かせるように歩き始める。走っていた時にはあまり稼働していなかった思考が動き始める。

「なんか、本能的に走ってここまで来ちゃったけど・・・普段より四十分以上早く来れてるけど・・・私ってどうかしちゃったのかな?」

アハハ、なんて自虐的に言っているが本人はそこまで気にしてはいないようだった。他人の細かいところなどにはよく気がつける癖に自分の事になると無頓着なのである。世間からは小中学生の頃、空手で全国大会に行き優勝した時には凄い、神童なんてもてはやされていたが彼女自身は自分がやってのける事に対して、凄い、なんて一度も思ったことがない。自分が出来た事は出来るのであった別に凄いことじゃあない。出来て当たり前。彼女はそう思っている。出来ない事は出来ないが出来る事は出来る。そう、本当に当たり前の事しか思えない。それが冷たいと言われた事もあったが彼女はそれも仕方がないと諦めている。それ以上でも以下でもない。どこか冷めている少女。

「ふふっ・・・下らない」

自虐的な笑みを浮かべながら頭をかきつつ、らしくないな、なんて思い空を仰ぐ。ゆらゆらと薄気味悪く月光に照らされる薄雲。以前もこう言った感情になった時に仰いだ夜空とまったく同じような風景にどこか懐かしさを覚えてしまう。小さく、本当に小さく誰にも聞こえないような声で彼女は一言だけ、呟く。

「やっぱり、つまらないや」

彼女の意識を感じ取ったかの世に薄雲がゆらゆらと風に流され月が街全体を覆う。きっとその月は少女の為に現れた。薄雲が流れ月が全体像を現し彼女に月光を向ける。片手を上げ月を掴むような仕草をする、と月が鼓動したかのようにドクンと大きく波打つように揺れる。光に照らされる少女の姿は人間でなく純粋にこの世の存在とは違う、異質な雰囲気を覆う何者かになっていく。外見はまったくと言っていいほど変化はない。が、それでも瞳の色だけは青色へ変色していた。

「え・・・?なにこれ?」

一瞬、ほんの一瞬だけ他の意識が彼女の体を乗り移ったような感覚に陥る、がすぐにいつもの出雲彩乃の口調へと戻っていた。しかし、彼女の視界に入ってくる情報の量はいつもの数倍近くになっていた。一瞬の間に何が起こったのか分からず戸惑うばかりで冷静さを欠けてしまう。必死に視界から頭の中に入り込んでくる情報量を整理しようとしていた瞬間にもの凄い力で肩を掴まれる。

「痛いっ!!」

視線を横へと向けてくるとサラリーマン風のスーツを着た男性が笑いながら彼女の右肩を掴み左手で殴りかかろうとしてくる。

「ごめんなさい!」

謝罪と共に彼女もまた自己防衛として掴まれていた手首の関節を殴り関節を外しなんとか拘束から抜け出すが右肩に激痛が走る。ジワリと服にしみ込む血色。あと数秒ほど遅かったならば肩は引きちぎられていただろう。空手をやっていたのもあるけれど一番に役に立ったのか彼女が持っている眼であった。何故かいつも以上によく視える。目の前の男性は明らかに普通ではない。関節を外されブラブラと手のひらが揺れれているにもかかわらずこちらを睨みつけてくる。

「あ、貴方は何がしたくて!!」

「ぐしゅ・・・」

ダラダラとヨダレを垂らし意思疎通なんて出来たものじゃあない。両足を曲げ地面へと沈みこむように姿勢を落としていく。自然と彼女も両腕を体の前へ持って行き身を守るため型を作った瞬間に両足で地面を蹴飛ばし体当たりのように彼女に全体重をぶつけてくる。咄嗟の事で全てよけきれず左足太ももを数センチほど削られてしまう。

「痛っ・・・抉られてる」

水が滴るように彼女の太ももからは鮮血色の液体が地面へと流れおちていく。咄嗟の事でここまで生き残れている時点で彼女はもう普通の人間では無くなっている。本人も薄々気が付いているのだろう。

「これってやっぱり普通じゃあないよね・・・非現実を望んだ私が悪いんだよね・・・馬鹿だなー私!」

言葉にだし恐怖を少しでも紛らわせようと努力する。臨んだところで決して手に入るなんて思っていなかった状況が今まさに目の前で起こっている。肩が抉られ、太ももも抉られ、知っている日常とはかけ離れた現象が起き思考が抉られパニックになってもおかしくはなかった。が、彼女はそれでも恐怖以上にある感情が芽生えていた。

「がががががあ!」

鈍い音と共にアスファルトで固められた路面を片手で粉砕してくる。

「うわ!!道路を破壊するとか人の領域を超えてるってのっ!」

きっと二人ともが人間の領域を超えている。スーツを着た怪物、血に染まった怪物。きっと第三者が見ていたらそう思うに違いない。次から次へと繰り出される殺意に見事に人間業ではできない速度で避け続ける。痛覚を奪われているのかダラダラと血を流しながらも機会があれば命を狙ってくる(にんぎょう)。そもそも人間がアスファルトを抉ることでさえ出来っこない。それを生身の人間がやれば目の前の男のようになるに決まっている。両肘からは骨が飛び出ており見るにも無残な姿へと変貌しているのにもかかわらず未だ出雲を睨みつけている。視線を逸らしたくなるほどの夥しい血流が数か所の抉れたアスファルトへ流れ込む。痛覚を奪われ操られていると言っても人間。大量出血に出雲の人並み外れた速度に追いつこうと動きまわった結果、呼吸の乱れが生じ始め体のバランスが崩れ始め唇も青ざめ全身痙攣を起こしたかのように震えながら勢いよく地面へと倒れ込む。

「ぐ・・・っがが・・・げ」

それでもなお顔を上げ出雲を睨みつけてくる。その執念に流石の彼女も薄気味悪さを覚えてしまう。

「・・・どうして私を殺そうとしたんですか?」

こんな状況でも質問を投げかける彼女の神経は一体どうなっているのだろう。自分自身でもそう思っているだろう。返答なんて期待もしていなかったし返ってくるなんて思ってもいなかった。が、意外にも震える唇から今にも消えかかりそうなかすれた声が聞こえてくる。

「・・・だ、だずげで」

「・・・」

数秒前まで自分の命を狙おうとしていた相手に彼女は微笑みながら手を差し伸べる。その行動に倒れ込んでいた男も意外そうな表情を向けた瞬間、

「ががっががあがあが」

目の前で燃え上がる。悲痛な声を一瞬発したかと思えばすぐに燃え尽き男が倒れていた姿のままの灰が地面へと広がっていた。

「いやあ。君は凄いね。そして、とっても残酷だ」

背後から愉快そうに拍手をしながら近づいてくる少年が振り向くと視界に入ってくる。黒髪で身長は百六十センチにも満たない少年だが纏っている雰囲気は人並み外れたものを持っているようにも思えた。十メートル辺りまで近付いてくるとピタリと足を止めもう一度拍手を出雲に向ける。

「貴方がこの人を燃やしたの?」

少年はその意外な問いがおかしかったのか手で口元をかくし上品に笑い出雲を見つめる。

「うん。僕が楽にしてあげたんだよ。死神が目の前に居たんだから」

「死神?私のこと?」

「もちろんそうさ。君は死人にとってとても残酷なことをしたって分かっているのかい?・・・いや、きっと分かっていないだろうね」

愉快そうに声色を明るくしつつ出雲の周りを円を書くように歩き始める。この少年からは殺意を感じないしそれに出雲もまた少しばかり血を流し過ぎた。同好会の知識を生かし止血はしたけれど数分は先ほどのような動きはできないだろう。呼吸を整えつつ少年の言葉に耳を貸すしかなかった。

「君は助けを請うた生き物に何をした?助けるような仕草をしつつ君は死ねって言ったんだよ」

「そ、そんな」

「そんな事はないって?だったら両手が折れて身動きが取れない人間に君は何をしたの?・・・そう、手を差し伸べたんだよね。絶対に手をとれないはずだって分かっているのに。僕的には凄く好きな殺しかただったけど」

「ち、ちが」

「でも、死ぬのにも長い間待ってられなかったから僕が楽に殺しちゃった。でも、きっと彼は死ぬ寸前も絶望しか襲ってこなかったろうね。それも笑顔で手を差し伸べるなんて残酷で好きだな!」

無邪気な少年言葉に出雲の呼吸は乱れてくる。乱れる呼吸の中でも少年は言葉を続ける。

「でも、素晴らしいよ。君だったら必ずとっても素敵な魔女になれるよ。楽しみだ。楽しみすぎるよ!いずれ来るであろうリュプッスの夜会が!」

両手を広げ月に向かって少年は叫び満面の笑みで出雲を見つめる。

2015/04/13

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