崩壊と破壊と非生命Ⅳ
何故か携帯電話の液晶を見るのに躊躇してしまう。彼女自身もなんぜ躊躇しているのか分かっていない。が、この携帯電話をとってしまえば自分の知っている日常が崩壊してしまいそうな気がしてならなかった。しかし、彼女の気持ちを無視するかのように携帯はずっと震える事を止めず寧ろ体に伝わる振動が強くなっている気もしてくる。自然と握り拳を作っておりジワリと汗を握り立ち止まってしまう。震動に合わせるように鼓動も徐々に早くなってくる。周りからは色々な騒音が聞こえてくるはずなのだけれど彼女にとって一番大きな音は携帯電話の震動音であった。普段ならここまで電話に出なければ大体の人間は諦め電話を切るなりメールを打ってくるなりしてくる。しかし、今現在に携帯を鳴らしている相手は出雲の心理状態を分かっているかのようにずっと震わせ続けている。意を決したように携帯電話が入っているポケットへと手を入れ取り出し着信ボタンを押し耳へと持って行く。
「もしもし?」
口を開いたのは躊躇をしていた彼女の方であった。動揺していたのか意図的にか彼女は着信相手を見ることなく耳に当てたため誰がかけて来ているのか分からずとってしまっていたため疑問を相手にぶつけたのだろう。相手にとってもその言葉が意外だったのか二、三秒ほど沈黙が続き吹き出したかのように少し甲高い声が聞こえてくる。
「姉ちゃんどうしたんだよ?すげービビってる声だったけど?てか、早く電話でてよ」
「え・・・ああ。ごめん」
意外だったのは出雲も同じであった。電話の相手は見ず知らずの相手だとなぜか決め込んでいたためいつもは言わない謝罪を弟にしてしまっていた。その声色にいつもの姉ではないと思ったのか弟も電話越しで心配しているようだった。なにか色々とお願をされたような気がしたけれど彼女の記憶に残る事はなかった。安心し過ぎてしまったのか気が抜けてしまい何も考えることなく歩き家へと向かっていた。気がつくと家まであと数百メートルと言うところで自転車の明かりだろうか?前から徐々に近づいてくる光が視界へと入り込む。徐々に人影も見えてくると出雲は顔を綻ばせる。
「あ、姉ちゃん遅いよ」
聞けば電話の声色が落ち込んでいたように聞こえたため心配して迎えに行こうとしていたらしい。その健気な弟の心遣いに素直に感謝し頭を軽く殴ってしまう。
「姉ちゃんってすぐに殴るのやめてよ!普通に元気そうじゃん。心配して損したよ」
ぶつぶつ言いながらも歩くスピードに合わせるように自転車から降り押し始める。前についているカゴにカバンを置き両手をふりつつ出雲はいつもの調子にもどり口を開く。
「でも、アンタがお姉ちゃんの事がこんなに好きだとは思わなかったな!」
「そ、そう?これでも俺は、姉ちゃんの事尊敬してるし好きだぞ。と言うか家族なんだから好きなのは当たり前だろ」
「お、おお」
意外にも素直な弟の言葉に姉として照れつつもどこか誇らしくもあった。中学三年と言う気難しい時期を生きている弟にそこまで言われるなんて姉としては自慢でもある。二人で帰り道を歩いているとあることを思い出したかのように弟が口を開いてくる。
「そう言えば姉ちゃん知ってる?」
「何を?」
「最近、この辺りで破壊行為が数か所で行われてるらしいよ」
「破壊行為?」
話しを聞いていてみると愉快犯ではないような気がする。道路のアスファルトを溶かししてみたり、ガードレールを切りきざんだんでみたり、学校の校庭の芝生が燃えていたりと色々なところで破壊行為が見受けられるらしい。しかし、不思議な事にその破壊行為等を実際に見たものはいないという。どこからその噂が出てきたのかも不明であるし破壊工作が行われた場所も分からないらしい。中学生の間では妖怪、化物がこの所業をしているのではないかと言いう噂が出ているのだと言う。山寺町は確かにそう言った話しが多いことでも有名である。昭和の時代には蝋燭殺人なんて禍々しい事件も起きていたなんて噂。廃ビルで爆発事故があったなんて噂。その噂で必ず出てくる人物は車椅子に乗り特殊な力を持った人間のような姿をした魔女だと言われている。が、噂なのでどこまでが真実か分からない。火の無いところに煙は立たないなんて言う言葉もあるけれど探偵ではなくただの一般市民のため都市伝説程度に聞いているだけであった。出雲もまた中学生の頃に流行った噂なため弟もまたその流行りに乗っているのだろう、なんて思いながら軽い気持ちで話しを聞いていた。
「それでさ、場所も分からないのにどうしてそんな噂が出てきたのかって俺気になったんだよ」
「あー。私が中学生の頃にもそう言うのあったな。ホント、男ってそう言う魔法とかそういうオカルトが好きだよね。アンタまでそう言った系に走らないでよ。お姉ちゃんとして悲しいから」
笑いながらも弟の心配をするところが彼女らしい。しかし、弟は至って冷静に姉の話しを聞き表情を変えることなく自転車を押していた。そして、少しだけ歩くスピードを緩める。自然と出雲が前へ出るかたちとなり振り向き弟の方へ体を向ける。すると、どこかばつが悪そうな表情をしつつ口を開いてくる。
「あのさ・・・言いにくいんだけど・・・姉ちゃんって昨日の夜、外出て行ったあとなにかあった?」
「なにかって?・・・ってか昨日、私外なんか出てないけど。ずっと試験勉強してたけど?お母さんと間違えてるんじゃあないの?」
出雲の言葉に嘘は含まれていないだろう。自分自身にとっては。しかし、弟からすればそれはどうしても疑問が残ってしまう返答であった。それでも姉の表情を見ると嘘をつこうとしている様子はなく自分が本当に間違っていたんじゃあないかと思うほどいつも通りの姉の表情であった。喉にでかかった言葉を飲み込み笑いだす。
「そ、そっか!じゃあ、俺の勘違いかもしれないね!んだよ!勘違いか!はっはっは!」
無邪気に笑いつつもどこか自分の感情を誤魔化しているような笑い方に気がついてはいたが本人がそうしようとしているのならそこで追求するのは姉としてどうかと思い合わせるように微笑みカゴを引っ張りスピードをあげさせる。
「姉ちゃん。俺、喉渇いたからコーラ奢って!」
「それが目的だったろ!」
丁度、近くに自動販売機があったためそこで小休止と言うか一息つくこととなり近くにあったベンチに座り二人でジュースを片手に空を見上げる。少しずつ夜空へと散らばり始めた星たちは自己主張しているかのように我一番と輝き始める。この空を見るとなんとなく弱肉強食という言葉が出てきてしまう。力強く輝く星たちの名前は世間的にもよく知られている。が、一方で弱々しく輝いている星の名前を言ってみろと言われても言えない人が大多数を占めるだろう。星の1つ1つにも名はある。何百光年と年月をかけ輝いているのに一生名を知られないまま消えていくのだ。そこに居たという存在を知られることなく輝き続けているなんて星たちはそんな事を思っていないと分かっているのだけれど自己犠牲のようでどこか胸が苦しくなる。知っていた、と知らないでは雲泥の差がある。
「姉ちゃん?」
「ん?」
「いや、なんとなく姉ちゃんが遠くに行っちゃいそうだったから・・・」
どこか張りつめたような表情に微笑み頭を数回力任せに撫でる。嫌がっているようでもどこか嬉しそうにする弟の表情は愛おしく可愛くもあった。すると、寝ぐせのようにごちゃごちゃになった髪をしつつこちらを向いてくる。
「姉ちゃん。困ったことがあったら絶対に俺とか母さんとか父さんとかに相談しなよ。俺らは家族なんだから」
いつになく真剣な表情なので微笑みつつ数回頷く、とそれを今まで言いたかったのか満足した表情へと変わり一気にコーラを飲み立ち上がる。
「よっし!姉ちゃん、帰ろうぜ。父さんももう少ししたら帰ってくるって電話あったらしいし」
「よっし。じゃあ、帰るか!」
出雲も同様に立ち上がり歩き始める。と、なにか背中の辺りから何者かの気配を感じる。何気なく振り向いてみる、と
「どうしたの?」
「ん?いや、誰か居たのかと思って?だけど、誰もいなかった!ははっ」
「ちょっと、姉ちゃん・・・変なことを言うなよ・・・怖いじゃん」
「怖いって!困ったことがあったら姉ちゃんを助けてくれるんでしょ?」
肘でわき腹辺りを突きながらちょっかいをかけつつ気を紛らわせる。彼女は誰もいなかったと心配させないように言ったが微かに目の瞳が赤い少女と目があった気がしたのだ。声をかけようとした瞬間にその視線は消え弟に声をかけられたため見間違えだと決めつけた。が、自然と出雲の歩くペースはいつも以上に早くなっていた。家へ着くと彼女は真っ先に自室へと足を運ぶ。妙に感じたのは視線のほかにもあったからだ。どうも視線を感じたと同時にポケットにもなにか違和感を感じていたのだ。携帯がなった様子もなければハンカチが場所を移動したような形跡もない。彼女はまず、ポケットには余計な物を入れることを嫌っている。必要最低限のものだけ。これも彼女が自分に対して作っているルールである。しかし、いつもよりもなにか左ポケットがすこし膨らんでいるようにも感じていたのだ。この様な微妙な変化にも気がつくのは彼女の同好会で培った鋭さなのだろう。ポケットに手を入れてみると見た事もない真っ白い封筒が入っていた。
「なにこれ?」
裏を見たところで差し出し名も書いておらず封もされていない。便箋を取り出し見てみる、と
【本日午後22時学校校庭】
真中へ書かれているだけで後は何も記入されてはいなかった。自然と時計を見るともう少しで20時近くになろうかと言うところだった。彼女はため息を大きく吐くと着替える事もなく自室を駆けだすように退室すると急ぎ玄関へと向かう。足音に気がついたのか玄関の前では弟が驚いたような表情で二階から降りてくる出雲を見上げていた。
「どうしたの!?姉ちゃんが部屋に行って着替えずに出てくるとか珍しいけど」
どう言ったものか。そんな風に考えつつ悟られないようにいつも通りの姉の表情を作り微笑む。
「ちょっと、友達が近くまで来てて恋愛相談にのって欲しいって来たからdてくるね。あと、夜ご飯は先に食べててね」
そういいながら弟の肩を軽く叩き玄関のドアノブへと手をかけ外へと出ていく。微かに見えた弟の表情はどこか悲痛な表情で見送るような表情ではなかった。出雲自身も気がついてはいたがその表情を直視してしまうときっと足が動かなくなってしまう、と分かっていたのかそのまま気がつかないフリをして便箋に記入されていた場所へと走り向かう。