崩壊と破壊と非生命Ⅱ
教室に戻るとちらほらとクラスメイト達が楽しげに雑談をしつついつもの日常を始めようとしていた。その平和で何気ない光景を視界に入れるだけで西院は口元が緩み微笑んでしまう。当たり前の日常を手に入れている。それを実感できるのがとても嬉しいのだ。自分の席へと向かい歩く。数人のクラスメイトから挨拶をされいつものようにこちらも返答をしつつ席へと着く、と琴浦がなにやら申し訳なさそうな表情をしながら近づいてくる。先ほどの冷たい態度を取ったことを謝罪しようとしたのだけれどその前に琴浦が頭を深々と下げ謝罪をしてくる。
「本当に気に障ったこと言ったんならごめん!俺っていっつも一言も二言も多いからさ・・・でも、お前をいじわるしようとして言った訳じゃあないからな!それだけは分かってほしいんだ」
損得感情を捨ててただの善意で他人にここまで向きあえるなんて素直に素晴らしいことだ。西院の人生でここまでの善人は見たことがない。居たとしてもここまで真剣に向かい合ってくれる生き物は家族ぐらいだろう。琴浦が言い終わると間髪をいれずすぐに口を開く。
「俺の方こそごめん。折角心配してくれてたのにあんな態度しちゃって。心配してくれることは凄く嬉しいけどもしもしんどくなって話しを聞いてほしい時は是非力になって下さい」
そう言い西院も頭を下げると頭の上の辺りから「了解したぜ!」なんて妙に嬉しそうな琴浦の声が聞こえてくる。その素直な善意に西院は素直に感謝をした。絶対に彼はこちら側に触れさせてはならない。せっかく出来た友人。また失ってなるものか。お互いに謝罪を済ませ二人の間に漂っていた小さな蟠りもなくなったのか琴浦は席へ着くと西院の机の上に肘を置き窓越しから見える校庭を見つつ口を開く。
「でもよ?困った時は話し聞くけどお前が困ったって弱音吐いてるところみたことないんだけど?」
「そうかな?俺だって嫌なことって言うか苦手な事はあるよ?だけど口にしないだけだよ」
「そう!それだよ!お前って妙に大人びてるって言うかさ!普通、俺らの年齢って大体は大人に反抗したりさ!文句だって思考で考える前に感情で口走って後で後悔とかするけど、お前ってそう言うのないよね?なんて言うか冷めているっていうの?いや!別に悪い意味じゃあないぞ!冷めてるって言い方が悪かったか・・・んーあ!大人っぽいんだよ!」
琴浦の必死な弁解が面白くつい笑ってしまう。
「冷めてるか・・・確かにそうかも。好きなのに冷めてるんだよ。俺は」
琴浦は西院が発したある言葉だけに異様な反応を示す。すぐにけだるそうに机に肘をつきだらけていたのにもかかわらず背筋を伸ばしキラキラとした表情で顔を近づけてくる。機敏な動きに多少驚きつつも西院も彼の顔を見る。
「おまえ!好きなのに冷めてるって言ったよな!?ま、まさか・・・お前・・・好きな人でも出来たのか!?」
「はぁ!?」
唐突に何を言うかと思えば彼は西院が言った言葉を間違った方向へ解釈してしまったらしい。それが西院にとっても琴浦にとっても良い解釈だったのだけど咄嗟にそんな事を言われてしまうとすぐに否定でもすればよかったのだけど、何故か言葉に詰まってしまう。それが失敗であった。琴浦の表情は驚愕していた表情から徐々にイヤラシイにやにやとした小馬鹿にするような顔つきへと変わっていく。肘を西院の腕へツン、ツンと酔っぱらいのおじさんのような仕草でちょっかいをかけてくる。
「女子に興味がないと思っていたお前に好きな人ねー。こりゃあ、出雲に報告だなー」
「出雲に言う必要なんてない!」
「まあ、まあ!いつもお前ら一緒に居るんだから報告ぐらいしないとー」
「ちょ」
そう言うと後ろを振り向き楽しそうに会話をしている女子グループの方へ向かって出雲の名前を呼ぶ。すると、呼ばれたのだから出雲彩乃が顔をこちらに向ける。琴浦はニヤニヤしながら手招きをするものだから出雲のなにか面白い話だと察知したのか小走りでこちらへとやってくる。琴浦、出雲の間にはほのぼのとした楽しそうな雰囲気に包まれている、が西院だけはどうしても彼女の一挙手一投足を見逃さないように黙り見ていた。流石に西院の視線に気がついたのか出雲が眉間にしわを寄せ唇を尖らせこちらへ視線を向けてくる。
「ちょっと西院くん!流石にずっとそんな険しい目つきで睨まれるとあんまり気持ち良い気がしないんだけど?」
「そうだぞ!?女子を観察するならもっと上手に盗み見しないと!そら怒られるわ!」
琴浦の言葉に出雲は笑い肩なんて叩いている。昨日の出来事がなければ西院も二人と同じように笑い日常を過ごせていただろう。しかし、現に友人でもある琴浦と話しをしている相手は昨日、確実に死んだ人間。
「な、なあ?出雲は昨日の夜の事覚えているか?」
「夜?」
「あ、いや」
こんな事を西院から現実に存在している人間に言ったのは始めてであった。自分自身もなぜそんな事を言ったのか今さらながらに驚いてしまう。これで覚えていると言われたらどうする?もしも、琴浦に西院の本当の存在がばれたらどうする。なんの対処も考えぬまま浅はかな発言をしてしまった自分自身に怒りを覚える。何やら彼女も西院の言葉を考えているようだったが、それ以上に反応を示した琴浦が両手を机に勢いよく叩き下ろし責めるような視線で西院を睨みつける。
「おい!昨日の夜の事ってなんだよ!!俺に内緒で二人で遊んだのか!?セコイぞ!!せこすぎる!!んだよ!お前が気になる相手って出雲だったのかよっ!バカ!」
「何を言ってんだ!?」
琴浦は頭から湯気が出ているかのように分かりやすく怒っているようだった。彼が怒る要素なんてどこにもなかったような気がしたけれどとりあえずはこの場に居なくなってくれた事は偶然だがこちらも好都合だ。出雲はどこか苦笑いを浮かべながら琴浦の背中姿を見ていた、がすぐに視線は西院へと向けられる。数秒間の沈黙。小さく息を吐き出し出雲が口を開く。
「琴浦くんが言っていたことはとりあえず置いて私って昨日西院くんとなにかしたっけ?考えてみたんだけど思いだせないんだ。と言うよりも会ってないよね?だって昨日は私学校から帰ってから一階も外出ずに勉強してたし」
「・・・」
彼女の表情を見てみても本当に嘘をついているようには見えなかった。と言う事はどう言うことだ?西院自身が火葬した人間は出雲ではなかったというのだろうか?いや、そんな事はまずあり得ない。本人の携帯に電話し直接声を聞き会いもした。なのに昨日のあの出来事だけバッサリと切りとられている。妙に何者かの意思を感じる。
「誰かが仕組んでいる?」
「仕組み?まーた西院くんのお得意の厨二病が再発しちゃったか。あーあ、昨日も同じこと言ったよね。じゃあ、私、戻るから」
そう言うと彼女は呆れたような声を出すと元の居た女子たちが集まっている場所へと戻っていく。西院の耳には出雲が口にした言葉などもう届いては居なかった。もう彼の頭の中には先ほどまで居たいていた彼女への不信感は無くなっていた。分かってしまった。彼女は偽物ではなく本物だということ。彼女は昨日、火葬をした本人に間違いがない。奴が言った通り蘇生したのだろう。しかし、どうやって魔法の奇跡の場所へ着いたというのだ?何百年と言う年月をかけても行き着くことが出来なかった場所だ。西院なんかに分かるはずがない。彼は確かに普通の人よりかは特別な力を持っているが、力を持っている人物から見ればそれは持っていないのと同じぐらい弱々しい力。
「あーもう!」
考えることを放棄してしまいそうになる、がそれでは何も始まらない。奴の言葉が正しいのであれば終わりはもう始まりだしている。ここで投げ出してしまうと言うことは自分自身も崩壊の手助けをしている事になる。小さな力でも抑止力になり得ることだって可能だ。自分自身に言い聞かせ深呼吸をする、と生きた酸素が体中を駆け巡る。
「やっぱり呼吸ができるって幸せだ」
彼は無意識に首元へ手を運び触っていると担任が元気よく笑いながら帳簿を持って教室へと入っていくる。いつものように当たり障りのないなんの面白くもない話しを始める。とりたてて耳を傾けるような話しをする訳でもなく長々と口を動かしている。たまに面白いことを言っていると自負しているのかチラチラと生徒の顔を窺っているような視線も感じる。きっとクラスメイトは気がついていないのだろうけれど、そういう計算をしつつ会話をする人間が大嫌いだ。先生という立場の人間ならばもう少し偉そうにするべきだ。生徒の顔色を窺い友達のような大人なんて一見話しやすいが言葉が軽い。逆効果だと言っていい。ちらほらとクスクスと笑い声も聞こえてくる、が西院にとってはこの時間がなによりも退屈な時間であった。退屈な時間ほど進む速さが遅く感じてしまう。時計を見てみてもまだ五分も経っていない。そんな事を思っていると床が擦れる音が聞こえてくる。視線を向けると担任はもう居なくなっており各々次の授業の準備、つかの間の雑談をするなど好きなことを始めていた。
夕日が射しこんでくる午後5時過ぎ。教室には一人西院が自分の席へと座り鼻歌なんかを歌っている。妙に明るくまるで彼じゃあない誰かが席へ座っているのかと思うほど陽気な雰囲気を纏っていた。偶然見えた彼にもう一度話しを聞こうと声をかけようとしたがどうもいつもよりも情緒が安定していないような気がする。朝だって急に睨みつけてきたかと思えばぶつぶつと独り言を言うだけ。授業中もいつもの彼ならば進んで質問をしたりと学業も満喫しているはずなのに一日中、なにか考え事をしているようだった。そのために気になり放課後に丁度見つけたため声をかけようとしたらあれだ。一体、彼の中で何が起こっているのだろうか?ジッと見つめているとその視線に気がついたのかふと彼がこちらへと視線を向けてくるなり手を挙げてくる。
「よお!出雲。どうしたんだい?放課後に学校に居るとか珍しいね」
笑みを浮かべながら彼はにこやかに迎えてくれる。演技をしている素振りもなくなんとなくそのまま逃げるのも癪だったため教室へと入る。夕日のお陰か教室は廊下よりも暖かかった。心配していたことを悟られるときっと馬鹿にされるに違いないと思い彼女は出来るだけ道化師を演じた。
「鼻歌なんか歌っちゃって気分良さそうじゃん!昼間は凄い考え事してたっぽいけど」
「考え事?俺が?」
自分の事なのに腕を組み悩み始める。出雲は、心配をして損をした、なんて言いたげにため息をつく。たまにこう言う風にまるで人格そのものが変わってしまったかのような演技をするのだ。最初、この演技を目の当たりにした時は本当に中身が変わってしまったかと思うほど言動が違ったりしたけれど実際は西院有希そのものだ。西院が二重人格者なんてそんな現実的じゃあない症状になる訳がない。過度なストレスによって生まれるとは聞いたことがあるけれど今まで近くに居てそう言ったトラウマを抱えるような事件は無かったはず。もう一度大きくため息をしつつ西院を見る。相変わらず男のくせに顔立ちは整い顔だけみると女性と言われても違和感はない。体格は男性らしく身長もそこそこあるため顔以外は男性なので女性に間違えられる事はまずない。
「ん?俺の顔になにかついてる?」
「え?いや、なにも。だけど西院くんってたまにこう言う風にテンション高い演技とかするけどなにかのキャラクターの真似とかなの?」
驚いた表情を見せたかと思うと腹の底から声を出し笑う。その姿に出雲は驚き少し後ずさりをしてしまう。それぐらい今日の西院の演技は上手かった。
「面白いことを言うね。俺、やっぱり出雲のことお気に入りだ。生かしてよかった」
「は?また、そう言う風に私も巻き込むのだけはやめて欲しいんだけど?」
「はは。確かに巻き込んじゃったのかもしれないな。でも、俺の力、君に全て注いだからきっと今度は身を自分で守れると思うよ」
「せ、設定も結構練ってるのは分かるけど私、ついていけないわ・・・帰るね」
顔が引きつっているのが分かる。こんな表情を異性から向けられてしまうと高校生男子は落ち込み女性恐怖心が芽生えてもおかしくない、が彼女の発言に何ら気にする事もなく西院は、そうなんだ!気をつけて!、なんて気軽に笑みを添えて手を振り彼女を見送る。出雲は違和感を覚えつつも、ああ言う気さくな西院はけっこういいかも、なんて甘酸っぱい気持ちを抱えながら教室を後にした。自然と廊下の窓から見える景色は紅色に染まった小さな街が照らされていた。
「・・・街全体が燃えてるみたい。・・・綺麗」