蒼月血漿Ⅴ
遠く、遠く、遥か、遥か、遥か。きっといつか見たことがある景色。誰かの暖かい背中に私は覚えがある。いつも優しくて小刻みに揺れる震動が心地よかった。いつまでも、いつまでもその背中の暖かさを感じていたくて私は寝たふりを家に着くまでずっとしていた気がする。昔のどこかに置いてきた温もり。久々に本当に久々にその温もりに触れている。彼女は自然と目を開くことなくその背中の優しさをいつまでも感じていたかった。微かに覚えている背中よりも小さいけれど暖かい。その温もりは一体誰のものなのだろう?その疑問が出てきてしまったせいか彼女はすぐに目を開き確かめるとその後ろ姿は思い出の男性ではなく、友人出雲彩乃であった。
「あ、彩乃!?」
「ん?あ!気が付いたんだね。体で痛いところはある?」
すぐに降りようとしたが出雲が頑なにそれを許してはくれなかった。大丈夫、私って意外と力持ちだから。そう言い笑い歩き続ける。瑞穂もそこまで言ってくれるなら。と、お言葉に甘え出雲の背中に左頬を埋めるようにごしごしと何度もじゃれあってくる子犬のように左右に頬を動かす。出雲もなによそれ?なんて笑いながら友人の行動がいつも通りで彼女らしい仕草に安堵していた。極力、できるだけ数分前の出来事を思い出させないように。と、配慮するつもりで出雲は目が覚めた友人に様々な言葉を向けてしまうがそれが空回りしてしまう。他人だけれど他人ではない。それが親友と言うものだろう。出雲のいつもらしからぬ言動に瑞穂は気が付いてしまう。いつも二人の間では殆ど瑞穂が喋り手であり出雲が聞き手である。それがいつも以上に、本当にいつもより異常に出雲の口数が多い。親友でなければ分からない癖。出雲は何かを隠そうとする時は決まって口数が多くない左右に揺れ始める。今だっておんぶしつつも左右にステップしている。きっと優しさで何かを隠している事は明白だ。出雲はいつだって隠し事をする時は自分の事ではなく私の為を思って嘘をついてくれる。けれど、瑞穂からすればそれは嬉しさもあるけれどそれ同様に悲しさも覚えてしまう。どうして自分ばかりで背負うの?自分の事じゃなくて私の事で辛い思いをしているんだよね?私に言ってくれたら少しは力になれるかもしれないよ?喉を越え口の奥底まで出かかりもう少しで言葉として出てきそうだった気持ちを無理矢理押しこめようと自分の下唇を噛みしめる。前歯に下唇が食い込み激痛が襲ってくる。けれど、それ以上に出雲はきっと苦しい思いをしているんだ。自分にそう言い聞かせようと彼女は必死に自分を騙すことに努めた。必死に自分の気持ちを親友に言えない辛さを改めて感じる。
「・・・そっか。彩乃もこんな気持ちだったんだね・・・ごめんね」
「ん?何か言った?それより、体軽過ぎだよ!もう少し栄養つけないと転んだらすぐに骨とか折っちゃうよ」
目頭が熱くなり出てきそうだった涙を必死に堪える。けれど、我慢できなく出雲にばれないよう静かに涙を流してしまう。頬を伝う暖かい涙は薄雲が徐々に晴れ顔を出した月光に照らされる。出雲、瑞穂はゆっくりと雲から顔を出して来た月を二人で見つめる。幻想的な月光はどこかいつもよりも蒼い光を帯びているようだった。
「なんだか、今日の月の光って黄色って言うか青色っぽいね」
不思議と自然に出てきた言葉であった。出雲も瑞穂と同じようなことを思ったのだろう。ただ、静かに頷き月を眺めているだけであった。すると、何かを決心したように出雲は深い深呼吸を一度吐き歩きだす。彼女もどうしたんだろう?と思いながらも今、言葉をかけてしまうと余計なことまで聞いてしまいそうになると思ったのか黙ったまま彼女の背中に顔をうずめる。しばらく沈黙が続き、家まであと少しで到着しようかと言うところで出雲の方から口を開いてくる。
「あのさ?瑞穂起きてる?」
「うん。起きてるよ。どうしたの?」
次、言おうとしていた言葉が出てこないのかアハハ。なんて取り繕ったような笑い声が聞こえてくる。けれど、何か大切な話しをしようとしている事ぐらい分かるため、背中から降りることを告げる。と、先ほどまで頑なに拒否をしていた出雲もあともう少しで家に着くこともあってかしゃがみ彼女を背中から降ろす。本当はもう少し出雲の背中の暖かさを感じていたかったな。と、瑞穂は少しだけ名残惜しそうに背中を見つめていると出雲がこちらを向いてくる。その表情はいつも授業を受けている時よりも数倍も凛とした表情で今の月と同じような表情をしていると思ってしまう。どこか儚く蒼色が含まれたような表情。つい、瑞穂は手を伸ばしてしまう。このまま手を伸ばし彼女を掴まなければ一生後悔してしまう。必死にどこでもいいから掴まなければ彼女が夜の暗闇に飲み込まれてしまいそうな気がしてしまって。これが一生の別れのように感じてしまう。そんなの嫌だ。必死に彼女の方へと必死に手を伸ばす。と、すぐに胸へと手が当たる。凛とした表情だった出雲だけれどどこか柔らかい表情になる。
「女子が女子の胸を急に触るって誰かが見てたら変に思われるよ?どうかしたの?」
「あ、いや・・・えっと・・・」
本当の言葉を彼女に向けるか迷ってしまう。今、自分が思った言葉を言ってしまえばそれが本当に起こってしまうかもしれない。ホントにそう思った。
「ど、どうしたの?」
一瞬、出雲の動揺した言葉がどう言う意味が込められて発せられたのか分からなかった。が頬に何かを感じる。手で確かめてみるとそれは、涙であった。理由は分からないけれど、泣いてしまっていた。これじゃあ本当に最後の会話みたいじゃないか。必死に、必死に瑞穂は頬を濡らす涙を両手で拭き笑顔を心配そうに視線を向けている出雲に笑顔をつくる。それが無理矢理作っている笑顔だと言うこともきっと、二人ともが分かっているだろう。けれど、出雲もどこか嬉しそうに笑顔には笑顔を返すんだよね。そんな事を言いたそうに笑顔を作りポケットに入っていたハンカチを瑞穂へと渡す。彼女もありがとう。そう言い差し出されたハンカチを取り濡れた頬を拭き始める。出雲はずっと瑞穂の言葉を待っているのか凛とした姿勢、雰囲気だけれど、表情はどこか優しいものだった。瑞穂もきっと出雲の気持ちが分かったのか、ゆっくりと口を動かし始める。
「ねえ。出雲はきっと今から危ない事をしようとしているんでしょ?それとも、何か事件に巻き込まれてるの?」
咄嗟に息を飲んでしまう。親友からの一言。何も知るはずもなければ知ってはいけない世界。普通に生活をしていれば絶対にこの様な言葉は出てくるはずはない。出てきてはいけない言葉。きっと、この場を魔を操れる生命体が居たならば標的にされかねない。何も知らず、ただ、何も抵抗する事も出来ず命を狩られてしまう。自分と関わってしまったせいで。出雲は自分自身を責めてしまう。彼女が異様に勘が鋭い事は分かっていたし気をつけてもいた。が、それでも出雲が思っている以上に彼女が周りの微かな動き、景色でこれほどまで情報を得てしまうとは思ってもいなかった。相変わらず自分の浅はかさに呆れてしまう。一瞬、息を飲んでしまったがすぐに出雲は彼女の言葉に間を置かず返答する。自分から事件に巻き込まれる様な事をするはずがないよ。いつも通りの口調で、最大限の普通さを装う。言葉を聞いた瞬間に目の前の彼女はもう一度、大きな雫を地面へと落とす。きっと出雲から向けられる言葉も分かっていたように、そっか。そう言うと彼女は笑顔を向け歩きだす。あのような悲痛の表情をさせてしまったのは自分。本当ならすぐにでも弱音を吐いてしまいたくなる。けれど、そんな自分勝手なことをして彼女の日常を壊すわけにはいかない。ただ、彼女には自分が足を踏み込んでしまった世界に染まって欲しくなかった。奥歯を噛みしめ後を追う様に歩きだす。蒼白い光が二人の背中を照らし道路には二人の長細く伸びた影がゆらゆらと動いているだけ。一番近かったであろう他人だったのに今では一番遠い距離を感じてしまう。自分の事を思い涙してくれる友人にこの様な感情を抱くこと自体が彼女、そして自分自身の裏切りにも感じてしまう。いつもはどんな会話をしていたっけ?当たり前に出来ていたことができなくなってしまいそうで怖かった。
「ねえ!彩乃っ!」
振り向きながら言葉を向けてくる瑞穂の表情は笑顔だった。月光に照らされる彼女の笑顔は明るく眩しいけれど視線を逸らすことなく瞳を見つめる。
「ん?なに?」
「彩乃が今どんな状況に立っているかも分からないし何をしようとしているのかも分からない。だって、私が聞いても絶対に答えようとしてくれないしっ!・・・でもね?これだけは絶対に覚えていて欲しいと思って、私、木次瑞穂はここに宣言いたします!」
そう言うと月に視線を向け夜空に向かって片手を伸ばし選手宣誓でもするのかと思ってしまうほど姿勢よくはつらつとした声を発する。出雲はただ、彼女の言葉に耳を傾けることしか出来なかった。瑞穂も月に向かって宣言するのはちょっぴりオカシイと思ったのか手を伸ばしたままこちらへと向いてくる。その仕草が面白く二人ともが笑ってしまう。瑞穂は咳払いをし改めて出雲に向かって宣言を向ける。
「私は、なにがあろうとも出雲彩乃の親友であることをここに誓います。ずっと、ずっと友達だからね。だから、これからきっと色々と辛いことが起こるかもしれない。それは、本当に起こるかなんて私には分からないし、起こらなかったら起こらなかったでそれは最高に幸せなことだよ。私、自分でなに言ってるんだろうって思ってるんだ。オカシイでしょ?だけどね・・・本当によく分からないけど、彩乃には言っておきたかったの・・・私たちはずっと・・・友・・・」
きっと瑞穂の言葉はあと少しで言い終わり出雲に伝えられたに違いない。しかし、目の前には先ほどまで笑顔だった瑞穂の首が鋭利な刃物で切り取られ夥しい噴血が出雲を襲っている。生臭い香り。咄嗟の事で自分の思考回路がプスプスと煙をたて燃え始めているのだけは分かる。赫く染まる月。木霊する笑い声。笑い声がする方へと視線を向けてみると先ほど瑞穂を抱きかかえてきてくれた少年。出雲は夥しく赫く染まった肉塊を大切に抱きかかえ、ごめんね。少しだけここで寝てて。そう言うと地面へと優しく寝かせる。
「アハハハハハハハハハ!僕が大人しく人間を助けて帰ると思いましたか?そんな馬鹿なことあるわけないじゃないですか。勿体ない。それよりも、聞いて下さいよ。人間って脆いですよね!ただ、ちょっとだけ首を触っただけで簡単に死んじゃう。どうですか?絶望しちゃいましたか?世界を壊したくなりましたか?ねえ?どうですか?もっと絶望を得て美しい魔女へと転生して下さいよ!早く、宴を、宴をしましょう!早く、理性を壊してこの世界を滅ぼしましょう?早いところリュップスの夜会を開いてサクッと崩壊させちゃいましょう?だって、親友が居ない世界なんて必要ないでしょ?あははっ!いいですね!その漆色の瞳。うっとり見蕩れちゃいそうです。ゾクゾクとして僕、なんか体が暖かくなってきちゃいました。うふふふふ」
「・・・ねえ?一つ質問してもいい?」
親友が殺されたと言うのに出雲は殺した張本人に質問を投げかける。が、その質問をする姿勢に不快感を抱いたのか少年の表情は険しくなり睨みつける。なんだか反応が違う。もう少し喚き散らすものだと思っていた。面白くない。そんな視線を感じるが出雲はお構いなしに言葉を続ける。先に断りの言葉を向けたのは人間として、会話をする人として必要だと思ったからだろう。小さく今にも夜の闇に消えてしまいそうな声で、
「どうして人を・・・命あるものを殺すの?」
そんな質問ですか。そう言うと少年は鼻で笑い両手を広げ誇らしくその行動に対して名誉があるかのように堂々とした口調で、
「力ないものが力あるものに殺されるのは自然の原理であり絶対の摂理。神に近づくゴミを排除したまで。ただの掃除で・・・ごふっ」
誇らしく語っていた少年の腹部に左ひざがめり込み鈍い音が少年の体の中だけではなく外まで響き渡る。
「だったら、私もお前を殺してもいいよなっ!!!」
雄叫びのような声が夜空へと木霊する。
更新が遅れてしまい本当に申し訳ございません。体調を土日で崩してしまいました。未だ体調はすぐれませんが週初めと言うこともあり少量の文章ですが更新させていただきました。改めて更新が遅くなりすみませんでした。
※2015年07月15日 一部本文を訂正




