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改編  作者: masaya
一章 識別血族
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蒼月血漿Ⅳ

扉を蹴飛ばすように乱暴に開く、と一人の女性が視線へと映り込んでくる。扉の前でジッと耳を澄ましていたのだろうか?それとも出雲の表情があまりにも人間離れしていたためなのか?きっと、前者、後者両方であり彼女は驚愕してしまったに違いない。いけない者を見てしまった。と、言いたげな驚きと恐怖を含んだ表情を向けてくるだけであった。しかし、今の出雲にはただの驚いているただの人。と、言うぐらいにしか見えていない。今はただ、瑞穂(ゆうじん)の事だけにしか思考は使っていられなかった。何度も、何度も、何度も彼女が残した直前の悲鳴声が頭の中で響き渡る。一直線に伸びる廊下を全力で駆け抜ける。すると、目の前には先ほど驚き目を見開いていたであろう女性がティ―ワゴンを押しながらこちらへと向かってくる。だからと言って走る速度を落とすわけにはいかない。限りない左右の隙間を見極めどちらの方か効率よく抜けれるかを瞬時にはじき出す。目の前から猛速度で向かってくる獣に驚きつつも彼女はティーワゴンに乗せた食器だけはなんとか守ろうと方向転換し出雲に背を向ける。その瞬間、向かってきていた者は風を切り軸足を一度大きく踏み込み壁へと向かい飛躍する。空中に浮かんだ体で自由が利かなくなり壁へと激突するかと思いきや、踏み込んだ足とは逆の足で壁を蹴り飛ばしティーカップを守ろうとした女性ごと飛び越えてしまう。壁を蹴った瞬間に鈍い音が体の隅々まで響き渡る。が、それでも出雲の走る速度はより早くなっていく。

「い、出雲様?」

やるじゃん私。なんて高揚した自分に対して褒め言葉を送ってしまう。できるとは思っていなかった壁走り。いや、走りではなく蹴り。ただの暴力であり褒められた行動方法ではない。しかし、それでも出雲にしてみれば上出来であろう。あの状況で暗闇の中から出てきた人を怪我させることなく避けきったのだから上々なのかもしれない。きっと、他の人間ならばそうはいかなかっただろう。徐々にニンゲンバナレしてきた出雲。自分がどうしてここまで人外の速度で走れているなんて知らないし分かりもしない。これは昨日からそうだった。しかし、いくら説明を知っていそうな人物に聞いてみても結局ははぐらされるかこの様に何かが起こってしまう。彼女なりに諦めも入っていた。自分の事は自分がよく知っている。なんて、昔の偉い人が言っていた気がする。そんな言葉が頭の中に出てきた瞬間に乾いた笑いが出てくる。誰が自分の事を一番知っているのは自分だよ。一番、分からないじゃないか。出雲はそう言い捨てると長い、長い廊下を走り続ける。それにしてもいくら走ってもここまで廊下の距離は長かっただろうか?前後左右見渡してみると確かに前へとは進んでいるようだった。走るたびに薄暗く灯るランプの炎がゆらゆらと幻影のように出雲をどこか違う場所へと誘おうとしているように見えてくる。意思もなければ感情もないただの炎。しかし、出雲はその炎に対し一つの命を持っている人格と定め睨めつける。第三者から見ればきっと彼女は炎と睨めっこをしている危険な人間だと見られてしまうだろう。この館に住んでいる人間の殆どもそう思ってしまうだろう。しかし、睨みつけられた炎だけは違った。きっと、炎に言葉を発することができたならば、何故私を認めた。何故バレテしまった。そう言い驚き戸惑うに違いない。魔法は神秘でなければならない。魔法の存在を認めてしまえば効力は薄くなる。神秘だからこそ破壊力も増し殺傷能力も高まり希少価値も高まる。魔法にも様々な効力があり西院家の灯にも一つの呪文(ルール)詠唱()せられていた。ソバニイルモノ。迷い人を正しき道へ戻すことが(かれら)に課せられた魔法(しめい)。主が居る場所へと道しるべを作り送り届けなければならなかった。しかし、目の前でずっと主が居る場所へとは真逆の方向へ走っている来客は自分たちを認め、戻ることを否定した。魔法と言えど彼らたちは暗示程度の力。彼女に届くはずもなく見事に突破されてしまう。しかし、出雲がその(ちから)に対しての対処法を知っている訳でもなくただ、直感的にそうしたまで。彼女からしたら何か変な視線が感じてしまい、邪魔だ。と、言う理由で睨みつけただけ。本当は認めたという言葉も間違っているのかもしれない。しかし、炎は彼女の視線に認められたと思いこんでしまっている。こうなれば(かれら)の価値はただの廊下を照らす灯へと落ちる。長く果てしのない廊下だと思っていたが、やっと見覚えのある場所が視線の先へ映り込んでくる。先ほど檜と共に立ち止まり油絵を見ていた場所である。数メートルしか離れていないであろう場所からここまで来るのに思った以上に時間がかかった気がしてならなかった。動揺しているせいかいつも以上に呼吸も乱れている気がする。だからと言ってここで一息を入れるほどの余裕もなければ疲労も蓄積はしていない。大きな扉へと手をかけようとした瞬間に深く、重く、大きな鼓動が体全体を揺らす。身体的にこの扉を開け外へ出る事は相当危険なことだと言うことを訴えているようだった。精神は前へ前へと動こうとしているのに肉体はそれを否定している。鬩ぎ合う心身。強張りつつある両手を無理矢理に動かすように扉のノブを強く握り歯を食いしばる。この、一瞬、一秒が友人の生死にかかわるかもしれない。

「おりゃあ!」

自分自身に気合いを入れなおすように、恐怖心をブチ壊すように、叫び扉を開ける。扉を開けた瞬間に目に入ってくるのは蒼白い月であった。その光はどこか彼女を冷静にさせるようひんやりとした冷たい光を浴びせてくる。生々しく血生臭い風が頬を優しく撫でてくる。落ち着くことが命を紡ぐことで一番大切なこと。彼女は冷静さを忘れていた。冷静でなければ命がいくつあってもたりはしない。それは昨日、散々学んだ事じゃないか。自虐的な笑みを浮かべつつ感謝を意を向けるように月を見つめ瞳を閉じ歩き始めようとした瞬間、ぐらりと視線が歪み始める。

「ごほっ」

大きく脈を打つ心ノ臓。穏やかに波打ち始めていた矢先、誰かの意思なのか?何度も、何度も、何度も第三者が自分自身の心臓を殴りつけているのような衝撃がいつまでも続く。上手く呼吸が上手くできず、視界がぼやけ始める。それでも彼女は意識を保とうと必死に新鮮な酸素を取り込めるよう外へと飛び出そうとするが、足がもつれてしまいその場に倒れ込む。倒れ込んだ衝撃で心窩を強打してしまったのか、より激痛が体中を駆け巡る。口の中全体に鉄の味が広がり視界もよりぼやけ始める。こんな所で意識を失ってたまるか。必死に彼女は意識を保とうと歯を食いしばる。そろそろ、私の力が必要なんじゃあない?いい加減、私を認めてくれたら楽になる。それより早く私に体をよこしなさい。

「ふ、ふざけるな」

辺りを見渡しても近くに人間は見当たらない。けれど、確かに他人の意思が脳へと入り込んでくる。ドバドバと水のように入り込んでくる第三者からの意思が彼女の(せいしん)を乗っ取ろうと襲いかかかる。一体誰が何のためにこの様に邪魔をしてくるのだろうか?激痛に耐えながらも彼女は徐々に自然と下がっていた視線が上がり始め、身を犠牲にしてまで友人(たにん)の事を思う気持ちが勝り始める。骨が軋み両手を地面へ着くだけでも激痛が襲ってくる。体中から出血しているのではないかと思うほど体全体が熱く感じ小刻みに震え始める。が、それでも彼女はぎこちなく両手、両足を動かし倒れ込んだ体を起こし始める。自分自身の体をただ、動かしているだけなのにここまで不自由に感じるのだろうか。なんとか膝をつき立ちあがり一通り体を見てみるが殆ど外傷はない。外傷と言えば倒れた時に両手両膝を擦りむいたぐらいである。ジワリと膝からは流血しているが先ほどの痛みと比べれば擦り傷なんて痛みとも感じることはない。立ちあがり若干先ほどよりは呼吸も楽になりつつあるが未だ、心臓は大きく何度も何度も脈を打っているため表情は歪んだままである。

「くそっ。急がなきゃいけないのにどうして私は立ち止ってるんだよ!」

完全に呼吸ができる状態まで戻ったわけではない。体の機能は未だ五割弱しか回復していないのに彼女は走りだす。ただ、ただ親友の事を思い駆けり出す。視線の先にはひっそりと門が立っている。何物も寄せつけないと言いたげな門はどっしりと構えた様子で迫ってくる出雲を睨みつけているようだった。出雲は先ほどこの道で意識を失ってしまったことなんてきっと忘れてしまっているだろう。すると、またどこからか聞き覚えのある笑い声、歌声が彼女の耳へと入り込んでくるが彼女はそれが幻影だと言うことを知ってしまっていた。敷地内に詠唱されている童話(まほう)も先ほどの炎と同様に神秘だからこそ童話の世界へと誘える。一度足を踏み込んだら最後、一撃必殺でなければならい。彼女は必死に今出せるであろう自分の最大限の力を振り絞り走り続ける。不思議と徐々に痛みも治まり軽快な足取りへと戻っていく。これほどまでに自分自身の治癒力の凄さに感謝したことはない。数秒前までヘタをすれば死んでしまうかもしれない場所を強打し苦痛にゆがみながらも走っていたのに、今はもう何事もなかったように駆けている。よく分からない視線のようなものを感じるがそんなものを気にすることなく徐々に大きくなる門へ向かう。

「それより、瑞穂は大丈夫なの」

安否を確認することが重要だと言うことは重々分かっているが電話を掛ける暇があるならばその時間走る事に集中するべきだ。どっしりと構えた門まであと少し、流石にこのままの速度でぶつかってしまえば先ほどと同じように時間を食ってしまう。速度を落とし門へと手をかけようとした瞬間、門の前にゆらゆらとランプの光が見え何か嫌な予感が脳裏をよぎる。そう思いつつもこのまま門をくぐらず立ち止まっている訳にはいかないため門を押し人一人が通れるぐらい開き敷地内から出る。と、門から出る前には聞こえなかった不気味で不快な歌声が耳へと入りこんでくる。そして、門を出ただけなのに気温も数度下がったように感じ肌寒さを覚えてしまう。すると、歌声を出しているであろう老婆が彼女の前を横切るようにゆったりとした足取りで歩いていく。先ほど檜と共に歩いていた時に出会った老婆のようだった。老婆は出雲を目的としている訳ではなくただ、道を歩いているだけのようだ。が、その歌の一説を聞いた瞬間、出雲は老婆が歩いてきた方向へと走りだす。

「今宵は若い鮮血が流れている。私はこれほど嬉しい夜はない。楽しい楽しい晩餐会。純銀ナイフ、純金フォークで楽しみましょう」

嫌な予感しかしない。切れる息を吐きながら走り続ける。ただ、彼女が生きている事を願いながら何の明かりもない暗闇に包まれた夜道を走り続ける。月も今は薄雲によって先ほどのような明るさは感じられない。信号は点滅になっており車通りも少ない。通ったとしても風のように通り過ぎていく。この辺り一帯が夜の闇に包まれ人間社会から疎外されているようにも感じてしまう。どうして人々は自分以外の人間にそこまで興味を持たない?今まさに自分の友人が殺されようとしているのかもしれない。必死になって探し回っている人間を見ようともしない。どうしてここまで冷たい表情ができるんですか?誰に問うた質問だろうか?これほど無意味な問いがあるだろうか?問いは問う相手が居て成立する言葉(かんじょう)。問うた言葉に対する回答など返ってくるわけもなく、苦虫を噛み潰すような表情を作り出雲は必死に親友を探し走る。分かっていた。これはきっと自己満足(ぎぜん)でしていることだと言うことも。

「そんな風に思うならさっさと辞めれば良い」

出雲の心を読んだのか、妙に呆れた声が耳へと入ってくる。どこか聞き覚えのある声に足を止め振り向くとそこに居たのは以前、彼女の命を狙って来た少年であった。いつの間にこの場所まで来たのか?何故、口にしてもいない感情を読めたか?色々と聞きたいことがあったのだけど、それ以上に両手で抱えている女性の事を聞いてしまう。

「どうして貴方が瑞穂を抱えてるのよ!もしかして、貴方が瑞穂を襲ったの!!」

雄叫びにも似た声を向けられた少年は乾いた笑いを彼女に向ける。

「はっ。自分の不甲斐なさを僕にぶつけないでくれるかな?それに、たまたま散歩していたところで魔に襲われかけてて、無視しても良かったんだけど貴方の香りがしたからつい助けちゃったんだ。処理にどうしようか迷っていたら風によって貴方の香りが運ばれてくるじゃないか・・・。そして、彼女を餌に・・・コホン。彼女を貴方のところまで届け少しでも貴方の顔が拝見できたらいいと思ってね」

少年は出雲を見ているだけなのに、何度も生唾を飲んでいる。しかし、ここで下手なことを言ってしまえば瑞穂の命が危険にさらされてしまう。どうしていいのか分からずただ、少年を睨み続けることしか出来ずにいた。が、少年は明らかに分かりやすい演技(ためいき)をすると同時にこちらへと近づいてくる。ジリジリと近づき距離にして数メートルほどになった瞬間、

「はい。今回は本当に貴方の香りだけを楽しみに来たので。神の器だけあって美しい」

そう言うと優しく瑞穂を地面へと置き立ち去っていく。瑞穂の顔色を確かめ感謝の言葉を向けようと顔をあげると少年の姿は消え去っていた。

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