蒼月血漿
西院宅へと歩き向かう途中どこか不思議な世界へと誘われているような錯覚を覚える。が、別に本当に異次元へと向かい歩いているわけではなく、ただ、なんとなくふわふわとした浮遊感のような何とも気持ちが悪い感覚が付きまとう。のっぺりと背中にずっとへばり付かれているような不愉快さに出雲の表情は硬く何をもを寄せ付けさせない雰囲気が漂っている。それこそ、警察が見たら職務質問をされてしまいそうなほど漂っている雰囲気は異様なものである。気を紛らわせるように先ほど目の前で起こった出来事、友人との会話を一つ、一つ思いだそうとする。が、妙なことにナニカが起こった。と、いうことは思いだせるのだけれど確信的な記憶が霧のように霞みつつある。記憶をたどるように目を瞑り掘り起こそうとするが曖昧な記憶しか思いだすことが出来ずについ、した唇を咬んでしまう。魔女に近しいだけありその辺りは念入りに出雲の記憶を操作し気がつかれないように記憶を抜いたのだろう。そもそも、彼女が人の前で自身の歴史を使う方が珍しい。歴史は魔法使いにとって絶対的な秘密であり守らなければならない聖域。一つでも明かしてしまえばそれは死に近づいてしまうということ。
「っち」
歯がゆさについ舌打ちを打ち近くに落ちていた小石を蹴飛ばしてしまう。それでも、ナニカが起こった事は忘れまいと携帯電話を出し今思い出せれる記憶だけでも留めておこうと打ち始める。が、出雲の手はピタリと止まってしまう。自分は一体何をしようとして携帯電話を出したのかさえ思いだせなくなってしまった。残っているのは友人との会話、そして、今自分が西院の家へ向かおうとしていることだけ。出雲は自分の行動に不思議がり携帯を一通り見てみるが何も変化がある訳でもなく首をかしげつつ携帯電話をポケットへとしまい込む。それにしても、滅多に行かない場所へ何故?しかも一人で来ているのだろうか?と言う疑問が出てきてしまう。しかし、自分の無意識の行動を考えてしまっても何の意味もない。無意識に行動してしまった事に意味なんてものはありはしない。すぐにその答へと行き着き考えることを止め足を進める。
「それにしてもこの辺りで連続殺傷事件が起こっているって始めて知ったんだけどな・・・」
確かにそうなのだ。連続でしかも殺傷と言うことは死人も出ているということだ。と、言うことはテレビなどで報道されてもいいだろうし、近所で起こっている事件ならば学校で何らかの注意を警報されるはずなのだ。しかし、そんな警告は学校で発信されてはいない。教師たちも未だに情報が錯綜しているため混乱を招かないように黙っていたのだろうか?いや、そんな事はない。少しでも身近に危険な事件が起こっているなら意識を持たせるためにも警告ぐらいするはずだ。考えたところで情報がないため全てが想像でifの話しになってしまう。出雲は、もしも、と言う仮説が大嫌いである。もしもなんて言う時間があるならばその考えている時間でさえも彼女は行動に移すべきだと考えている。しかし、友人からは仮説は未来を考える事にはとても大切なことである。と、悟られた事もある。それでも出雲はあまり好きな言葉ではなかった。急に何を考えているんだろう。なんて思ってしまい乾いた笑いが出てしまう。空を見上げてみると太陽は沈み星が顔を出し始める。光があるときには感じることが出来なかった生々しく禍々しい感情が街に蠢き始める。欲望、欲望、欲望。今まで過ごして来た時には感じることがなかった人の欲望がお構いなしに出雲の脳へと入り込んでくる。ぐるぐると脳みそをかき混ぜられ何度も何度も求めていない他者の感情が入り込んでくる。嘔吐しそうになるが必死に手で押さえ駆け足気味で街中を駆け抜け、なんとか人通りが少ない道へとでる。口の中には胃酸の味がしており自然と表情も歪んでしまう。ドク、ドク、ドク。と、車道を走っている車の音以上に自分の心音が大きく聞こえてくる。ジワリと額に脂汗がにじみ出てくる。小刻みに小さく呼吸をし酸素を体中に行きわたらせ辺りを見渡すと丁度良い所に自動販売機があったため小休憩をするため飲み物を買い邪魔にならないであろう横へ立ち缶を開け飲むと口の中には冷たくほんのり甘い缶コーヒーの味が広がり喉から胃にかけてゆっくり、ゆっくりと流れ込むのが分かる。そのぐらい出雲の体は火照ってもいた。
「生きかえった。なんだか私の体って少しおかしいよね?」
自問自答。出雲は違和感を覚えている右手を眺めている。と、ある異変に気が付く。手のひらに見たことがない文字のようなものがうっすらとであるが浮き出ているようにも見える。ただの汚れかもしれないと指で何度か触ってみたけれど汚れではないようだ。時に気にするようなことでもないだろうと気にする事を止める。それよりも今大切なことは西院の住む館へと出向き連続殺傷事件の事を聞きだす必要がある。西院がこの事件を知っているかも分からないはずなのに出雲は知っている。と、決めつけていた。西院にとっては迷惑以外のなにものでもないだろう。一息をつき西院宅へと向かおうとした瞬間、出雲の表情が穏やかなリラックスしていた表情から張りつめた糸のような強張った表情へと変わる。真横に得体の知れないモノが居る気がしたのだ。決して横を向いてはいけない。そう本能が警告している。穏やかに動き始めていた鼓動の速度が急上昇し始める。このまま人生が終了なのだろうか?そんなネガティブな思考さえ出てきてしまうほど出雲の真横には死そのものが居る気がしてならなかった。身動きをとる事も出来ずただ、その場に固まるしかなかった出雲であったが、以外にも死が語りかけてくる。
「こんばんは。今日は良い月夜ですね。・・・そう怖がることはないですよ。私は貴方。貴方は私。私はただ、貴方が呼んだから現れただけです」
「私が・・・」
どこかで聞き覚えのある声に出雲はふと隣に立っている死に視線を向けてしまう。すると、そこには黒装束のモノが立ち空を見上げている。全てが黒に染まり顔の表情さえ見えない。分かることと言えばそのモノは自分を殺そうとはしていないということぐらいだろうか。しかし、一体どこから現れたのだろうか。これだけの背丈ならば街で歩いているだけで目立ち存在を消す事は出来ないだろう。しかし、隣で立っている人間?を呼んだ覚えなんてある訳がない。が、それでも嘘をつく必要もなければ理由もないだろう。と言うことは自分自身が呼びだしたのだろうか?それにしても心当たりがなくどう話しをしていいのか分からずただ、ただ、黙っているとモノが口を開く。
「相変わらず貴方は頭で余計なことばかり考えている。それでは貴方が求めている世界にはならないですよ。貴方が求めているのは混沌と崩壊。私はその手助けをすることしか出来ない非力な存在」
「混沌と破壊・・・。私がそう願っていると?嘘です・・・」
モノはただ、出雲の言葉に対しての反応はなく一語一句聞き逃さないように耳を傾けているようにも見える。それは出雲に対して忠誠を誓っているようにも見える。
「でも、私はどうしてそのようなことを願ったのでしょうか?」
つい、堪えきれなくなりモノに対して質問をしてしまう。モノは身動きを一切取らずただ、夜空を見上げながら、
「嫌気がさしたからではないでしょうか?世界はつまらなくなっただけ・・・かと?私は貴方であるけれど貴方ではないのです。心の奥底では分かっているのではないでしょうか?貴方が何を求め何をしたいのか・・・」
「何を求め・・・何をしたいの・・・か?」
ぐらりと暗闇が出雲を襲う。真っ暗な世界。もがこうと両手を動かしたところで何も指先に引っかかるものはなくただもがき続ける。ごぼごぼと水中に居るかのように酸素が泡となり口、鼻、目、耳から漏れ始める。最初こそ取り乱したがすぐに出雲はそこである事に気が付く。ああ、これが死と言うものなのか、と。死を受け入れたわけでもなければ死ぬつもりもさらさらない。けれど、今実際に体験しているものは死そのものなんだろう。と、勘づく。しかし、なぜこの様な状態になってしまっているのか?と死の瀬戸際に立っているのにもかかわらず冷静に分析する自分に可笑しくなり笑みがこぼれてしまう。自分は死に対してそこまで恐怖心を抱いてはいない。意外に冷静に分析し始め死を突き付けられ人は絶望を抱くのだろう。出雲は違った。ただ、新しい体験が出来た。ありがとう。と言うような思考しか生まれず笑みがこぼれてしまう。が、それが幸いしたのか息苦しさ、暗闇、死は見えなくなり先ほど立っていた場所へと戻ってきていた。先ほどの暗闇はなんだったのだろうか?思考を働かせよと思った瞬間にコンクリートと靴が擦れる音が聞こえてきたため視線をそちらへと向けると見慣れた人物がビニール袋を持ち驚いたような、恐怖を覚えた表情をこちらへと向けていた。出雲はその人物を見るなり手を上げ親しげに近づいていく。きっと、近づいてくる出雲から逃げ出したい。と、言う気持ちがあったのだろうが自分の足が言うことを聞かなかったのだろう。その場に立ち止まり近づいてくる出雲を迎え入れるしかなかった。
「こんばんは。欅さんだよね?こんなに遅くに買い物?大変だね!」
笑顔で話しかける出雲に対して少女は何やら脅えているような表情を浮かべたまま顔が引きつっている。不思議に思いもう一度言葉を賭けようとした瞬間に目の前の彼女は意を決したように口を開く。
「わ、私はよく姉と勘違いされるんですけれど妹の黒松檜って言うものです。えっと・・・」
「あ、そうなんですか!急に声をかけてしまってごめんなさい。えっと、私、西院くんの家に用事があって」
「そ、そうなんですか!では、ご案内いたいたします!!あっ・・・ごめんなさい!いたします」
深々と頭を下げたと思えば檜は早歩きで歩きだす。出雲はあまりにも似すぎている檜の後ろ姿を見つめつつ後を追う様に歩きついていく。西院宅に行くのはこれで二度目だな。なんてお気楽な気分であるいていると控えめな声が聞こえてくる。声までそっくりな姉妹なんだと感心してしまう。これほどまでに人間が似ることがあるのだろうか。そんな事を考えてしまっていたせいで反応に遅れてしまう。言葉に反応がなかったことに不安を覚えたのか少しばかり檜はチラリと出雲を見る。その視線に気が付き謝罪を済ませる。と、
「今日は西院様にどのような用事があるのでしょうか?」
「えっと、ちょっとした用件があってね。別に急用でもないんだろうけどこの辺りに着いたからついでにって感じでね!」
「そうなんですか・・・」
檜はそう言うと頭を下げ前を向き歩きだす。出雲も数回頷きながら歩き続ける。西院宅の周りにはあまり人家はなく明かりも少ない。こんな場所に女性が一人歩いていたならば危険が迫ってくるのは間違いないだろう。なのにもかかわらず西院はこんなか弱い女の子を一人で買い物に行かせていたのか。殺傷事件の事で用事があったのだが、夜にこんな暗闇の道を女の子一人で歩かせお使いに行かせた西院に怒りをぶつけたくて仕方がなくなる。今回は偶然に自分が居たから良いものの・・・。出雲の怒りが沸々と熱を帯び始める。すると、前を歩いていた檜の足がピタリと止まり先ほどのように控えめに顔を見てくるのではなく体全体をこちらに向けてくる。出雲も自然と檜の顔へと視線を向ける。蒼白い月の光に照らされる檜はどこか人間離れしている雰囲気を漂わせているように見える。不思議と瞳を見つめてしまう。
「出雲さんは西院様のただのご友人なのですよね?ただのご友人として西院様の屋敷へ来られるのですよね?もしも、ただのご友人と言うご関係でなければ申し訳ないのですがお引き取り願うしかないのですがどうなのでしょうか?」
なにかを確かめるような問い。先ほどよりも言葉が重く感じ威圧感、恐怖感さえ覚えてしまう。その威圧感に多少驚いてしまい控えめに頷くと口元は微笑み返答に満足したのか急に失礼しました。そう言い前を向き歩き始める。出雲は檜の瞳の違和感を覚え表情を強張らせてしまう。どこかで檜が向けた視線に覚えがある。思いだそうとするたびに霧のようなものが邪魔をしてくる。しかし、今回ばかりは思い出せない。ではいけないような気がしてならない。檜が向けた先ほどの視線のせいか分からないが鼓動がやけに早くなってしまっている。
更新が遅くなり誠に申し訳ございません。なによりも遅くなったのにもかかわらず文字数も少なく申し訳ございません。




