鞄を片手に少女は微笑むⅫ 其の二
「・・・っ・・・え?どうして?」
目を開けると視界に入ってきたのは今にも夕陽に呑み込まれ消え去ってしまいそうな儚げな表情をした少女。頬に当たる砂利。瞬きをして目を開いた瞬間に地面へと倒れてしまっている自分の驚きに声を出してしまう。出雲の声に気が付いたのか少女は見下ろす形でこちらへ視線を向けてくる。謎めいた瞳。何を思っているのか読み取れない視線を逸らすように起き上がり服を叩き汚れを落とす。痛みを覚え見てみると膝辺りに転んだ瞬間だろうか切り傷が出来ていた。
「どう、気分は?」
「ちょっと混乱中かな」
少女の言葉に苦笑いを浮かべながら答える。肩を落とし少しだけ体がだるそうに首を左右に動かす。それ以上に出雲にはどうしても少女に聞きたい疑問が出来ていた。きっと少女もまたその疑問を問われるだろうと思っているのかただ、出雲を見つめているだけである。
「あのさ、私ってどうして地面に寝転がっていたのか知ってる?瞬きをして目を開いたら倒れていたんだけど。倒れた衝撃もなかったし体調も悪くなかったと思うんだけど・・・それに、霧もいつの間にか晴れてるし・・・」
自分の事なのに出雲は自信がないのかどこか遠慮している口調で問いかける。少女はただ、出雲を見つめ一挙一動、一語一句全てを逃すことなく観察しているように見える。人間として見られていないような、視線は先ほど以上に冷たく命の危惧さえ感じ少女と距離をとってしまう。意識的ではなく無意識的な行動であった。
「そう、本当に戻って来たのね」
「?」
少女は一言呟くとなにかを考えるように少しだけ難しそうな表情を作り再度、こちらへと視線を向けてくる。先ほどから感じていた冷たさではなく人間らしさが灯った瞳。感情が宿った人形。なにか覚悟を持った視線に自然と背筋が伸び少女の瞳を見つめ合う形になる。
「ハッキリと言わせてもらうわね」
少女らしからぬ言葉。ハッキリと言うのならばきっと前置きなんて言うはずがない。それこそ少女が出雲に対して真実を言うことに対して戸惑っていることだということが分かる。少女もまた無自覚なところが珍しい。少女は出雲に前置き(ひとこと)を向けると息を飲み、
「貴方は存在自体が災害。害しか生み出さない生命体。生きているだけで罪になる命。昨日のように非現実が身の回りに起きた時、周りの命を犠牲にしながら生きれる?・・・生きたい?」
唐突な言葉。生きているだけで害になる命なんて聞いたことがない。出雲彩乃の存在自体を否定する言葉。やっと人間らしい瞳が見れたかと思えば言葉は相変わらずの冷たさ。少女が向けた言葉に出雲は当然のように混乱・・・しては居なかった。断片的であるが自分が死んだ記憶を取り戻しつつあった。そして、昨日からの出来事を思い出せば自分がいつもの日常とは違う世界に足を踏み入れ自分が命を狙われていたということも薄々は気が付いていた。それでも、本当は違うということを心のどこかで否定したかったのだろう。しかし、少女の前では現実から視線を逸らす事は出来ず否定もすることが出来なかった。
「そっか、私・・・生きているだけで罪になるんだ。そっか、そっか」
「・・・」
出雲の口調は明るく妙に晴れやかなものだった。死の宣告。ただの高校生に向けられるにはあまりにも残酷な言葉。それでも出雲は笑顔をつくり、話してくれてありがとう。なんて言いたそうな表情を少女へと向ける。その表情を見てしまった少女は胸のあたりに微かに痛みを覚え手を持って行く。よく分からない気持ち。この世に生を受け始めて抱く感情。決して魔法使いにとってこの痛みはただの足枷になる事は間違いない。それだけは分かってしまう。よく分からない痛みを感じていると笑い声が聞こえてくる。もちろんその笑い声は出雲が発している。その声は死の宣告をされたのにもかかわらず生き生きとして眩しく見えてしまう。
「生きているだけで罪になるって言ってもまだ、罪を犯したわけじゃあないよね?だったら、私は命がある限り生き続けるよ。だって、私って第七の導き?で死ねないんでしょ?だったら、生きて、生きて生きまくってその罪って言うのをなくしてやる!それに、もしかしたら毒が解毒剤になる可能性だってあるわけだし!・・・私、生きててもいいいだよね?」
返答が返ってくることなんて期待していない独り言。ただ、言葉を発していなければ死に押しつぶされそうで怖かったのだ。気丈に振る舞う出雲を見ていると始めて心が痛いと思ってしまう。きっと、今感じている痛みはこの事だ。少女は出雲を避けるように視線を空へと向ける。
「そう・・・でも、貴方がその選択をしたということはこれから色々な人に命を狙われることになるかもしれないわよ。それに私だっていつ貴方の命を奪いに来るか分からないわ」
その時はその時に考えて行動します。なんて笑いながら脅しを跳ね返すように出雲は胸を叩き布告にも似た言葉を向ける。楽観的な性格から来るものなのか無理矢理自分に言い聞かせるように言っているのか少女には珍しく人間の感情が読めなかった。先ほども少女を守る必要もないのに守ってしまった。ざわつく心。ここまで自身の感情を揺さぶられたのは初めてであった。冷徹に徹することが魔法を使う者にとっては最低条件でありそれを緩めてしまえばそれは魔法と言う神秘の知識は洩れてしまう可能性がある。とても危険なことなのに何故か少女も西院同様に出雲を手にかける事は出来なかった。ふと、幼き頃の自分の笑顔と出雲が作っている笑顔が重なってしまう。
「貴方と少しでもお話しが出来てよかったわ。わざわざ時間を作ってくれてありがとう。あと、困ったことがあれば彼に助けを求めるといいわ」
少女は静かに頭を深々と下げてくる。出雲も慌てて頭を下げ顔を上げると少女の姿は跡形もなく消え去ってしまっていた。不思議な光景を目の当たりにしたのにもかかわらず少女はもう非現実に慣れてしまっていたせいか驚くどころか微笑みを向けるほど落ち着いていた。今まで見ていた日常が全てだと思っていた。が、そうではない。知らないことが多々あり嘘だと思われていたことも現実にあるのだということも分かった。これから命を狙われることが多くなる、と警告を受けたのにもかかわらず出雲は笑顔を絶やすことなく沈み夜の暗闇に呑み込まれつつある街を見下ろしていた。いつも以上に不気味に映る街。今まではここまで不気味に薄気味悪く映ることがなかった。むしろ、夜景として街々の明かりを見ることが好きだったはず。しかし、今の出雲の瞳に入ってくるモノ全てに負の感情しか抱けなくなってしまっていた。カツ、と足音のようなものが聞こえたが出雲は視線を変えることなく街を見続けている。足音を発した人物が恐る恐る出雲の背中のあたりへと近づいてくる。
「彩乃っ!・・・あ、彩乃?」
聞き慣れた声に振り向くとクラスの友人であり親友でもある木次瑞穂が立っていた。振り向いた瞬間はいつも通りの明るい表情を作り気軽に肩を叩き呼びかけてきたのだが、出雲が振り向き表情を見た途端、徐々に険しい表情へと変わっていった。まるで知らない人間に話しかけてしまったかのような後悔を含んだ表情。
「瑞穂。どうしたの?」
「あ、えっと・・・私もちょっと暇だったから夜景を見ようと思って来たらちょうど彩乃っぽかったから声をかけたんだけど・・・まずかったかな?」
震え、脅えているような声色に出雲は首を傾げてしまう。いつも通りの彼女ならば自分に対してもう少し強気で元気があるのだけれど違う。友人が自分の事を見て、脅えている。おびえている。お び え てい るのだ。友人でもある出雲彩乃に対して。手に取るように彼女の思っている感情が分かってしまう。これか、なんて一言呟き乾いた笑いが自然と出てきてしまう。
「あ・・・そ、そうだ!彩乃って夜景見るの好きだったもんね!私も西院くんと一緒に見れる日が来るかな?」
瑞穂もまた道化師になりきると決めたのだろう。近くに合った手すりに両手で掴みブラブラと左右に動きながら震える唇を無理矢理に動かし言葉を紡いでいく。出雲も一度気がつかれないように深呼吸をし道化師を演じる。
「大丈夫!私が保証するよ。瑞穂と西院くんは意外とお似合いだって!」
「意外って失礼だな!」
周りから見れば微笑ましい女性同士の会話。しかし、二人の間には内容の無い上っ面にまとめられた言葉でしか会話をしていない。出雲はその時に気が付いてしまう。自分の知っている現実は遠のいてしまってきている。友人だと思っていた瑞穂にも気を使われ怖がらせてしまっている。恐怖の中でも彼女は必死にいつも通りの演技をしてくれる健気さに心が痛む。今まで気が付くことが出来なかった優しさ。当たり前に過ごせるのだと思っていた時間。非現実に足を踏み入れるということは現実に帰れないということ。ついさっき少女からも言われ分かっていたこと。なのに何故だろう?死の言葉を言われたり命がけで走り逃げた時以上に瑞穂の健気な姿を見るだけで痛みが襲ってくる。
「彩乃?聞いてる?」
「あ・・・うん。ちゃんと聞いてる」
言葉を返した瞬間に瑞穂は黙りこちらを見つめてくる。真っ直ぐな瞳。いつも見ていた女の子らしく可愛い瞳。感情を悟られないようにただ、出雲の彼女の瞳を見つめることしか出来なかった。口を開けば弱音を吐いてしまいそうになるから。瑞穂は絶対に巻き込んではいけない。歯を食いしばり過ぎたのか口の中に鉄の味が広がる。
「彩乃・・・もしかして変な事件に巻き込まれていないよね?例えば・・・最近この近辺で起こってる・・・通り魔・・・連続殺傷事件とかにさ?」
「え?」
唐突な言葉に一瞬ではあるが戸惑ってしまう。そもそも、通り魔連続殺傷事件と言う単語がどうしてここで出てくるのだろうか?ゾクリと冷たいモノが背中を擦ってくる。瑞穂は勘が良すぎる。これ以上、会話をしてしまえば真実にたどり着いてしまいかねない。動揺し表情が強張りかけたがすぐに笑顔をつくりいつもの彼女が知っている出雲彩乃を演じ左右に首を振る。
「なに言ってんの?私と瑞穂は親友だよ?もしも、本当に困ったことがあれば相談するから!今までだってそうだったでしょ?」
精一杯の嘘。出雲の言葉に瑞穂もたしかに、なんて言いながら頷く。勘の鋭さは他の人よりも異常なぐらい敏感なのかもしれない。二人の間にどれだけの沈黙が続いたのだろうか。気が付けば夕陽もあと少しで落ち夜がやって来ようとしていた。すると瑞穂が立ち上がり街を背にしこちらを向いてくる。
「よっし!私はそろそろ帰ろうかな!夜ご飯に遅れるとお母さんに怒られるし。じゃあ、本当になにかあったら私に相談いつでもしてね。木次電話相談はいつでもやってますからね!帰り道気をつけてよ。最近は物騒だからね」
そう言いながら、木次瑞穂は鞄を片手で持ち微笑んでくる。数回ほど頷き返すと満足したように手を振り公園を後にする。一人残された出雲は無理矢理に作っていた笑顔ではなく自然に人間らしい笑みを浮かべ黒色に染まりつつある空を見つめる。それでも、瑞穂が言った言葉が気になり表情が険しいものに戻っていく。
「連続殺傷事件・・・か」
出雲はきっとこの事件に関与、または情報を持っているであろう西院の家へと向かい歩き出す。
更新が遅れてしまい本当に申し訳ございません。




