鞄を片手に少女は微笑むⅪ
少女の後ろ姿は華奢な体つきに似あわず一本の大きな幹が立っているような力強さを感じどこか冷たさを感じてしまう。ただ、見た目こそ小さく華奢な少女なのだろうけれど内に秘めている力は計り知れない。きっと野山に放たれた動物なんて赤子の手をひねる程度で片付けてしまうだろう。そのぐらい内に秘める非情を感じてしまう。少女もまた出雲が警戒心を露わにしている事は重々承知し、その警戒している表情も楽しんでいるのか口元が若干ではあるが、上へ上がっているように見える。どこへ行くのかも分からずただ、出雲は目の前の案内人についていくしかなかった。しばらく歩き、目の前の少女が立ち止まり振り向いてくる。
「えっ?!」
つい出雲は反射的に驚きの声を上げてしまう。目の前の少女が一瞬にして消えたからでもなければ首元に鋭利な刃物を向けられたからではない。単純に自分の行動に対しての驚きで声を発してしまった。二人が立っている場所は街全体が見渡せることができるちょっとした丘山。皆森公園。この場所は夜景も綺麗で金曜の夜から土曜の夜にかけて絶好のデートスポットであり、出雲も学生のうちに一度は大切な人と来たい場所でもあった。しかし、距離的に言って学校からこの場所に来るまでには二、三十分はかかる場所。そんな場所にこうもあっさりと着くものだろうか?咄嗟に辺りに視線をやり時計塔を探していると目の前の少女が上品に口元を隠し微笑む。
「そこまで不思議がる事はないと思うけど?自分の足でこの場所まで来たのだから」
少女の声色は表情に似あわず淡々とした冷たいもの。本当に人間が言葉を発しているのか?と、思えるほど機械的で生気がない。しかし、目の前に居る少女は造形に見えてもここまではっきりとした意思は持たないはずだ。自分に言い聞かせるように彼女は道化師になる事を選ぶ。友人と話すように、いつもと変わらない口調で、
「ご、ごめんなさい。意識が散漫で自分で歩いてきたのにここまで来ていたなんて思わなくて」
「そう。けれど、貴方が思っているような事を私はしていないわ」
「私が思っているようなこと?」
「そう・・・魔法」
魔法。彼女が発した単語を聞いた瞬間に先ほどまで見えていた景色が全て白黒に映ってしまう。一体彼女は何者なのか?一体何のために接触してきたのか?一体この場所に来て何をしたいのか?聞こえてくるのは自身の鼓動音のみ。少女は振り向きこちらをずっと見ているだけ。ただ、風が頬を優しく撫でるだけで激痛を覚えてしまうほどに体に張っている神経全てが、いや、五感すべてが鋭利な刃物のように鋭く尖り過剰に反応してしまう。整っていた呼吸も心拍数に合わせるよう小刻みに早く荒いものになってくる。そう言っても目の前の少女は別に自分自身に危害を加えるような行動は取ることはない。と、なんとなく分かってしまう。もしも、本当に自分の命を狙うために来たのならとうの昔に自分の命はなくなっているだろう。出雲が思っている事は正解で少女もただ単純に話しをするために接触してきただけ。単純な好奇心。魔法の第七にたどり着いた人物がどのような生体、思考を持っているのか知りたかった。あと、心の隅にあるどうでもいい疑問を聞きたかっただけ。
「それで、私に話しがあるんですか?」
ここまで来たんだから理由があるんでしょ?なんて意味が込められた言葉を向けるところは相変わらず出雲の精神は脆いようで普通の人間、いや、魔法使いよりも図太いかもしれない。その言葉を聞くないり少女の人形じみた表情はほんの少しだけ人間さを作らせる。少女にこの様な自殺願望を向ける魔法使いはそうそういない。少女は見た目こそ人畜無害のように見えるが意外に怒ってしまうと手がつけれないほど激情家でもある。まあ、その話しは置いておいて。兎に角、昨日の出来事があり彼女自身の魔眼を目の当たりにしたのにここまでの言葉が出てくることが驚きでもあった。少女の魔眼を目の当たりにすれば大体の生物は恐れをなしてしまうのに少女は違った。その一瞬の驚きがきっと造形のままで居ようと決めていた少女の人間を出させてしまったのだろう。出雲を過大評価しているように見えるが、ただ、単純に出雲は少女の蒼い瞳の事を忘れてしまっていただけ。たまたまの偶然であり度胸なんて微塵もない。ただ単純に思っていたことを言っただけ。しかし、その偶然こそが出雲にしか出せないものなのだろう。こうなれば出雲のペースになったも同然。少女は驚きを覚えつつも口を開いてしまう。
「貴方は一度世界を滅ぼそうとした?」
脈絡もなく唐突につきつけられる疑問。普通の思考を持っている人ならば眉を顰め発言者に対して不信感など抱いてしまう。が、出雲の場合はそうでもなかった。彼女の唐突な質問を聞いた瞬間、本能的に脳が自己防衛のために忘れていたであろう記憶が大量に出雲の脳へと溢れだす。記憶。あの黒装束のナニカ。流星群。そして、三弾銃に撃たれたような傷跡、痛み、言葉。咄嗟に胸のあたりを触ってみるが当然のように傷もなければ痛みもない。ただの錯覚なのだろう。けれど、確かに覚えのある記憶。しかし、記憶だと言っても今描いていることが現実にあればきっと自分自身はこの世に存在していないだろう。だったら、勘違いか?答えに確信を持つため、真実を教えてほしい。そんな表情で出雲は目の前の少女に視線を向ける。と、少女もからかうような表情は消え心なしか先ほどよりも人間らしくけれど真剣な表情でこちらを見てきていた。
「そう。断片的にだけれど思い出して来たのね」
追悼するような声。質問をした少女がまるで思い出さない方が幸せだったのに。なんて感情を込めたため息に背筋が凍ってしまいそうになる。そのぐらい少女の一言は冷たく悲しいものだった。
「私は彼のように優しくもないし、貴方に思い入れもないから教えてあげるけれど、貴方は一度、魔法使いによって殺されている」
「私が・・・殺され・・・た?でも、だったらどうして・・・」
信じがたい言葉。だったら今ここに立っているのは誰?自分は自分であり何者にでもない。しかし、嘘を言っているようには到底思えず彼女はありのままの言葉を言っているに違いない。こんな所で冗談を言い少女の品格を下げるようなことは決してしないだろう。思考回路が狂ってくる。自然と握り拳を作ってしまい体全身が強張っていくのが分かる。ただ、記憶がないということは怖いことだ。自分がどうして断片的であるがあのようなトラウマを知っているのか。経緯さえ分からない。けれど、勘違いではないということも分かる。だったとしたら何故、ワタシハ生キテイル?
「それは多分、貴方が第七の星に導かれたから」
出雲の気持ちに答える様少女は秘密ごとを話すような小さな言葉を向けてくる。第七の星。どこかで聞いたことのある単語。それにその単語を聞くだけで胸が苦しくなり呼吸もしずらくなってくるような感覚が襲ってくる。
「追放されたはずの歴史。魔法の根源とも言われ、人知を遥かに超越した蘇生。最後の魔女でもあるクリスマスのみが使えるとされていた力。その力がどうして貴方に・・・」
少女の言葉には戸惑いにも似た言葉が吐かれる。出雲にとっても少女が何を言いたいのかよく分からない。分かるはずがない。しかし、きっと目の前の少女に疑問をぶつけたところで大して真実が返ってくるとも思えなかった。胸が苦しく呼吸さえ上手く出来ない出雲であったがそう言う冷静なところは相変わらずだな、なんてつい自分の冷めた部分が出てきた事に笑ってしまう。少女ばかり冷徹のように感じているが、きっと出雲も少女に負けず劣らず自分に対してはあまり興味がない。他人に対しては興味があるけど自分の事になるとそうでもないらしい。
「貴方って本当に不思議な人ね」
少女もまた出雲の感情を感じ同族嫌悪に陥る。昔の自分を見ているようでいたたまれなくなる。見るからに痛々しくどれほどの絶望を知ればそのような表情になるのだろうか。無意識に作ってしまっている出雲の表情にはまるで生気がない。それこそ作りもののような。少女は幼き頃の自分と出雲が重なってしまったのだろう。善意を向けようとした瞬間、どこからともなく声が聞こえてくる。
「貴方には分かっているものだとばかり思っていました」
それは唐突で脈略もない言葉。一人の少女はただその場に凛とした姿で自分がしようとしていた行動に後悔し立ち、一人の少女は声の主を探すように辺りを見渡している。夕陽に照らされる公園に二人の少女と一人の駒。少女の雰囲気は一段として禍々しいものになり始める。ひしひしと言葉の主に目の前の少女は殺意を向けている事が空気感で分かってしまう。不思議とその殺意に対して恐怖感はなく、懐かしいな。なんて親しみを覚えてしまう。
「貴方がどうしてここに?」
少女の棘のある言葉に駒は面白可笑しそうに笑いベンチに腰をかけたまま挑発するかのような口調で語りかけてくる。
「どうしてもなにもそれは俺が聞きたいところですよ。聖堂教会の息がかかった場所でこうも堂々と貴方が居るのだから用事がなくても駆けつけるのが普通でしょ。敷地内に猛獣が突如出てきたら誰だって駆除をするために出向きますよ。それに、貴方が一般の人間と会話をしている所なんて久々に見ましたよ。過去はもう克服できたんですか?」
黒漆の瞳は出雲ではなく陽気に体をゆらゆらとさせながら微笑んでいる男へと向けられる。一言、一言が鼻につき出雲に対して向けられていない言葉なのにもかかわらず次第に怒りを覚えてしまう。
「なんだか、嫌な人ですねアイツ」
出雲の考えなしの一言に少女もコクリ、と小さく頷いてしまう。ふと、自分の反応に驚いたように口元に手を添え驚いてしまう。他人の言葉に無意識に反応してしまった自分に驚いたため。昔傷に少しばかり感傷してしまったからだろうか。らしくない。けれど、嫌な気分でもない。昔、触れた覚えのある人間性。その、僅かな表情の変化にも目の前の駒は見逃さない。
「これは、珍しい物が見れた。まさか、生粋の魔女ともあろう貴方がただの人間に心を揺さぶられるなんて。これは面白い」
のそりと面倒くさそうに立ち上がり人差し指を出雲に向けて指してくる。ただ、指を指されただけなのに身動きが上手く取れない。体中を鎖が巻かれているような息苦しさ。徐々に首元へ死が迫ってくるような感覚。すると、小さく笑い声が一瞬耳へと入ってきた瞬間に少女も同様に左手を駒へと向ける。
「・・・馬鹿な人」
言葉の後、大きな鐘の音が公園を覆う。言葉の後、大きな鐘の音が公園全体を包み込む。別に、出雲がどうなろうと関係もないし寧ろ蘇生の瞬間が見れて好都合かもしれない。けれど目の前の駒にやられるのは癪だ。それに、よく分からない怒りをぶつけるにはもってこいの駒がある。だったら、力の限り粉砕してやろう。治ることのない傷をつけてやろう。純粋無垢な少女は死神へと変わり話す者から狩る者へと変わる。太陽は沈み始め夜がやってくる。光をさようなら闇をいらっしゃいませ。これから開店するお店はきっと気に入ってもらえること間違いなし。訪問者たちは意思を持ち始め世界が反転し店は大盛況。今や遅しと観客たちは騒ぎだす。まるで童話の世界へと入ってしまったかのような光景。出雲はただ、その光景を眺めるほかなかった。
「死にたくなかったら動かないで。童話の群衆になりたいなら別に良いけれど」
深い、深い、深い霧が公園一面を覆い始め、歪な音が聞こえてくる。それはまるで誰かに対して訴えるような悲鳴。両手で耳を塞いでも笑い声のような歪な音が覆う。先ほどまで笑っていた駒の姿は霧に呑み込まれどのようになっているのか分からない。
「小川(Der)小橋(singende)小命(Knochen)、小肉(Der)小奴隷(singende)小人骨(Knochen)」
少女が言葉を紡いでいく。一つの言葉は一つの命を与え、一つの言葉は一つの命を奪う。悲鳴、悲鳴、悲鳴。呪いとは違う絶対的な死を向けられた生物が発する音。まるで品格のかけらもない食事の音。貪り本能ののまま血を追い求め喰らう音。童話は呆気なく終演を迎えようとしていた。公園全体を覆っていた霧は徐々に薄れ始め視界もそれなりに戻ってくる。時間にしてものの数秒のお話し。それでも観客は喜んでいるのかいつも以上に瞬きが明るく感じる。目の前に居たであろう駒は跡形もなく消え去り残っているのは駒が着用していたであろう布の一部のみ。
「まるで獣。やっぱりこの子たちはダメね」
面白くもなんともない。なんて言いたげなため息をつく。




