崩壊と破壊と非生命Ⅰ
冷徹。西院は自分自身にいつもそう言い聞かせて生きて来ていた。しかし、今回ばかりは動揺を隠せずにいた。死んだはずの人間が生きかえるなんて聞いたことがない。どの世界にも共通して同じ約束がある。死人は何があっても生きかえらない。魔法使いであっても失った物は再生できるが命を蘇生する事はできない。それこそ本当の奇跡を起こせる魔女なら出来るかもしれないけれどそんな相手に未だかつて出会ったことがない。自分自身、非現実に生きて来たと思っていた、がそうじゃあなかったらしい。まだまだ、西院には知らないことが多くあった。ごくりと生唾を飲み出雲を見るだけしか出来ずにいた。目の前の彼女はクスリと微笑みいつもの知っている表情をつくってくる。
「どうしたの?私、なにか変かな?」
「・・・え・・・いや」
彼女はそう言うと教室を後にする。西院は出雲の気配を感じなくなると深く一度深呼吸をする。彼女と出会って始めて呼吸をする事に気がつく。鼓動が早く打ちつける。あまりにも非現実的な事を目の当たりにしてしまったため呼吸をすることも忘れてしまっていた。
「確かに火葬したはずなんだ。仕事はちゃんとしたはずだ・・・けど、現にああやって生きている・・・時間でも戻ったと言うのか」
辺りを見渡し教室の前にめんどくさそうにブラブラと宙づりにされているカレンダーに目をやるが年代、日付等はなにも変わってはいなかった。実際に昨日は合ったのだ。しかし、あった筈の出来事が一欠けら失われている。それはとんでもないことだ。一ミリでも昨日が変わってしまえば未来は崩壊してしまう。西院は知っていた。以前、過去を改変しようと魔法を使い魔女になった人間を。過去に起こった事実は虚構にできない。魔法なんてそんな奇跡を起こせるような大そうな物じゃあない。ただ、ほんの少しだけ他人の命との距離が縮むだけ。現実の世界では魔法なんてまるで夢のような産物。空想の物。なんて言われている。それでいい。魔法なんてものは世の中に出てしまえばすぐに淘汰されてしまう。しばらくの間、西院はその場を動くことが出来ずにいた。とん、と肩に軽い衝撃を感じ頭の中が一度リセットされる。振り向くと見るからに人畜無害のオーラを纏っている男性がニコニコと微笑みながら彼の後ろに立っていた。
「西院。どうした?すげー顔色悪いぞ?大丈夫か?」
「あ、ああ」
西院のいつもらしからぬ反応に笑いつつも背中を押し二人で教室へと入っていく。席が近かったからかそれとも彼が気さくに西院の相手をしたのか分からないがいつの間にか彼とはクラスの中で一番の仲である。席へと座るも未だ出雲彩乃の事で頭の中はいっぱい、いっぱいで楽しく友人と話しを出来る状態ではなかった。流石にいつもより活気がなく親友が困っているとなると彼こと琴浦圭が黙っている訳がなかった。しばらくの間、聞かれていないと分かりつつも会話を続けていた意味、それは、観察をしていからである。黙って観察をしてしまえばきっと西院は道化師となるだろう。喋りながらも彼を観察し終わりなにか確信を持ったところで口を開く。
「なあ?西院?お前なんかトンデモナイものでも目の当たりにしたんだろ?んーそうだな?例えばこの世の矛盾点とか?」
咄嗟に西院は琴浦の顔を見てしまう。そこまでの反応をされるとは思ってもみなかったのか西院の表情を見た瞬間にどこか驚きと恐怖を覚えているようだった。いつもなら軽く流せていたのだろうけど今回は流すことが出来なかった。いつも以上に琴浦が言った事は的を得ていたからだ。何も情報を与えていないのにどうして、この世の矛盾点、なんて言う単語が出てくるのだろうか?その辺りも気になりつい非現実で見せている表情になってしまう。
「そ、そんな表情するなよ!怖いって!」
「あ・・・ご、ごめん」
「ま、まあ!良いけどよ。でも意味なんて無いぜ?なんとなくそう思っただけ。お前っていつもはもう少し俺の無駄話も興味なさそうに聞くけどちゃんと聞いてくれるだろ?だけど、今日はなんか違うんだよ。いつも以上に変な感じでよ。だからなんかいつものような無駄な悩みじゃあなくて世界規模の悩みなのかなって思ってよ」
そう言いながら彼は頭をかきつつ笑ってくる。ここで同じように笑い合えばよかったのかもしれないが、今の西院にはそこまでの余裕がなかった。
「ちょっと、ごめん。トイレに行ってくる」
「お、おい」
親友の心配をよそに西院は断りを入れトイレへと向かう。少しだけ落ち着く時間が欲しかった。もしもあの場面でもう少し確信的な事を琴浦が言ってきたら彼は殺害対象となってしまう。それだけは阻止したく多少冷たくあしらってしまったが最大の最善の対応だったはず。いつ何時監視が西院を見ているか分かったものじゃあない。彼らは容赦がない。非現実に現実が足を踏み入れることを嫌う。徹底的に嫌う。しかし、その潔癖とも言える徹底さがあるからこそ今の時代にも魔法が使える人間が居る事も確かだった。勢いよく流れる落ちる水。落ち着かせるために何度も、何度も顔を洗い冷静になろうとするけれど余計に考えてしまう。考えないようにしようとしている時点で気にしている証拠。機会と違いすぐに記憶を消去することなんて出来やしない。顔を上げ鏡に映った顔を睨みつける。鏡の中で笑っているのは出雲彩乃であった。きっと西院自身が作りだした幻覚なのだろう。しかし、彼は感情に任せ鏡に向かって拳を向けてしまう。拳をぶつけた鏡には無数の亀裂がはしる。拳から伝わる痛覚は本物だった。
「俺は人を殺したんだ・・・」
自分自身に向けた言葉。何千、何万とその言葉を自分に向けただろう。しかし、今回ばかりは間接的ではあるけれどしっかりと死に体を見て、火葬までした。しっかりと非現実な出来事として処理をした。しかし、現実に戻り普通の生活をしようとすると目の前には非現実が居たのだ。現実の世界に意識をせずに非現実が足を踏み入れるなんて聞いたことがない。水が勢いよく流れる音と共に何か笑い声のような不快な音が聞こえてくる。
「なんだ?」
「あははっ!相当、君は困っているね」
西院をからかう様に、まるで困っている姿が愉快、愉快と言わんばかりに笑みが含まれた声。より西院の情緒は不安定になってくる、がそれでは相手の思うつぼなため、冷静に、と言い聞かせ奥歯を噛みしめる。
「なーんだ。もう少し僕に対して怒りをぶつけてくるかと思ったけど君も大人になったんだね。うんうん!いいことだ。じゃあ、そんなちょっぴり大人になった君にいいことを教えてあげよう!」
クスクスと小馬鹿にするように笑ったかと思えば
「彼女は昨日の彼女だよ。そう、死んだはずの出雲彩乃。君が一番否定したがっている方法で蘇ったのさ」
「やめろ!!」
西院の言葉を無視するかのように淡々と言葉が続く。
「絶対にできるはずがなかった蘇生によって命が新たに誕生したんだよ。あり得ると思うかい?僕だって本当は驚いているさ。魔法が誕生して最終目的地とまで言われていた場所へ彼女だけが一歩先に足を踏み入れたんだ。なんの取り柄もない普通の人間が。教団のお偉い方々も驚いているさ。でもね?僕は楽しみで仕方がないんだ」
「やめろ!!」
怒気が混じった声を張り上げてしまう。しかし、その反応を楽しんでいるかのように笑いながら、
「世界の崩壊の鍵を君たちが目覚めさせてしまった。守りたかった現実を君たちが非現実にしてしまうのさ。面白いよね!今まで守ろうとしていたモノを自分たちが壊し始めるきっかけを作ったんだから」
耳鳴りは収まり聞こえてくる音と言えばただの水が流れる音だけ。声の主が気を利かせてか西院が壊したはずの鏡が見事に復元されていた。きっと、気を利かせてなおした訳じゃあないだろう。ただ、単純に西院をおちょくりたかっただけだろう。水を止めトイレから出ると、間がいいのか悪いのか偶然に出雲彩乃と出くわす。
「おっ!トイレ?朝ちゃんとトイレしてこなかったのー?ホント西院君はしっかりしているのにお茶目さんだよね!」
肩をポンと叩き彼女は女子トイレへと向かう。出雲自身、昨日の記憶を亡くしているのだろうか?じゃないと命を取ろうとした相手にここまで気安く親しみを込めた言葉を投げかけれるはずがない。より西院の思考は混乱してしまう。今から彼女の命を再度奪ってもいいのかもしれない。しかし、先ほど聞いた言葉がどうも引っかかり手を出せずにいた。
「俺たちが目覚めさせてしまった・・・出雲が崩壊の鍵だとでも言うのか・・・リュプッスクリスマスの夜会の続きだとでも?」
ひんやりとした廊下を歩きつつふと窓から見える景色を見てみる。なんら変わらない景色。そこにあるのは穏やかな日常であった。徐々に生徒が歩き学校へと向かって来ている。彼が求めている日常。この世の中には知らなくてもいい事は限りなく多い。知ってしまったことで過ごしていた現実が崩壊していった人間を数多く見てきた。彼も知らなくてもいい事を知ってしまい非現実へと足を踏み入れてしまった犠牲者の一人でもある。だからこそこれ以上犠牲者を増やしたくはなかった。普通の人間。ふと、幸せそうに笑っている顔を見るとたまらなく、殺してしまったはずの感情が湧きあがってきそうになる。
「くっ・・・やめろ・・・出てくるな・・・」
自分の感情を騙すように、思考を押し殺すように下唇を噛み痛覚を生みだし誤魔化しを謀るが今回ばかりはどうも自分を誤魔化すことが出来なかった。つい、心の奥にしまっていた本音が口から出てきてしまう。その表情は人間性を失い西院とは違う別人のような表情へ変わっていた。彼女はもう一人の西院雪。トラウマによって生まれてしまった肉体のない感情。
「幸せそうな奴らが大勢いる世界なんて崩壊すればいい・・・そうすれば誰だって悩むことなんて無くなるんだし・・・ははっ・・・俺なに言ってんだ・・・今さらこんな事を言ったところで運命なんて変わる訳じゃあないのにな・・・」
雪が吐いた言葉は静かに宙へと舞う。西院は表情を変えることなく教室へ歩きだす。カツ、カツと虚しく、寂しく、響く足音。舞いあがった言葉は誰の耳に入ることはなかった。ひっそりと、静かに彼を見送りながら廊下の片隅へと落ちていく。