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改編  作者: masaya
一章 識別血族
18/32

鞄を片手に少女は微笑むⅧ

震える体を押さえつつ家へと入り自室へと向かう。家の中も必要最低限電気がつけられていないため欅が調理しているであろう居間、台所辺りにぼんやりと光がある以外家の中は真っ暗で聴覚が異様に鋭くなってしまう。窓が風で揺れる音、欅が調理をしている音、自分自身の心音さまざまな音が聞こえてくる。この様に情緒が安定していない時ばかり出てくる(ソレ)がのそりと動きだし始める。何度も、何度も乱れかかった呼吸を整え気を紛らわせるように両手を重ね擦り違う方向へと気を向けようとしたけれどもう遅い。意識を違う場所へ向けようとした瞬間、ソレに意識を囚われてしまい魅了されてしまっていると言うこと。意識して気を紛らわせようとした瞬間にソレは微笑み西院の耳元までやってくる。ソレは暗闇を好み人の弱さを糧とし快楽を覚える。特に、生命の死なんて一番の好物である。立ち止まることなく歩き続けるが魅了されてしまったら最後、ソレはいつまでも、いつまでもピタリと背中を追い続けてくる。鼓動が波打つたびにソレも一呼吸しつつ、まだか、と西院の行動を観察している。

「のまれてたまるか」

自室に行くことなく西院は南館にある図書館へと歩き向かう。このままソレを引き連れてしまうときっと取り返しのつかないことになる事は火を見るよりも明らかなため気を紛らわせるために歩き続ける。と、言う選択をする。南館の図書館まで距離にして五百メートル弱ありその間にけりをつけようとしたのだろう。しかし、そんな事ぐらいでソレが消え去るわけがない。寧ろ、より意識をこちらに向けてくれていることでソレの快楽を生み体全身が震え艶やかな表情を浮かべるだけ。今も西院の背後あたりで指をくわえつつ見つめている。ねえ?まだ殺しに行かないの?と言いたげにソレは笑っている。獣のくせに面倒くさい知恵を年月と共に培ってきたらしい。昔はただの西院の衝動として顔を出していたぐらいだったのに今じゃあこうして意識を持ってはっきりと語りかけてくる。これも錯覚と言えば錯覚の分類に分けられるのかもしれない。が、それでも西院にとってはただの恐怖でしかなく一人の人格として受け止めてしまっていた。

「誰も殺させない」

「何を言っているんだよ!お前の本音はそうじゃあないだろう?」

煽るようにソレは西院に言葉を投げかけてくる。言葉一つ一つに熱が込められており身が燃えてしまいそうなほどの熱さを感じてしまう。西院の額にはただ、数メートル歩いているだけなのに考えられないほどの脂汗が額を覆っていた。乱れる呼吸を整えつつだた、自宅の廊下を歩き続ける。ひんやりとしているはずなのに西院にはその冷たさは感じなくなっていた。今ならばきっとシャツ一枚でも不快の表情を作るだろう。響き渡るのは自分の足音とソレの笑みを含んだ殺害衝動(ことば)だけである。もう一度大きな鼓動が西院の体を覆う瞬間に視界が一瞬、暗くなるがすぐに視点が合い窓を見てみると月の青白い光が西院を含め廊下を照らしている。窓ガラスに映る表情は酷く弱っており自分でも可笑しいほどげっそりとしている。その表情が可笑しかったのかつい窓にガラスに映る自分の顔にデコピンをしてしまう。乾いた音が響くだけであとはただの静寂があるだけ。辺りを見渡してみるとそこには見慣れた廊下。廊下には真赤な絨毯が敷いてあり土足で歩いていい場所であるけれどどうしても躊躇してしまうほどの煌びやかさがある。それでも思うだけで実際はお構いなしに土足で歩いている。

「それにしても君は弱いな。すぐに逃げてしまうもの」

周りには誰もいなくその言葉を誰に言ったのかは読めないがその言葉は馬鹿にしているような口調であるがどこか寂しそうで心配をしているような声色であった。彼女に向かっていた場所も分かるはずもなくなんとなくそのまま散策をしたくなったのか何気なしに窓を開け夜空を見上げると月が青々しく輝いている。

「今日も絶好の月夜だ」

刹那、体全体に夜風が吹き入って来たかと思えば背後に先ほど感じなかった人影が浮き出る。

「それで?珍しいね。そちらから出向いてくれるとは思ってもみなかったよ」

「そう?でも、私に気が付くなんて流石ね」

驚いているのかそれとも呆れているのか分からない口調で西院の言葉に対していつの間にか後ろに立っていた少女が視線を背中へと向けながら口を開いてくる。彼女の視線の先にあるものは西院の心ノ臓だろう。西院も彼女の狙いは自分の命だと分かりきっているため、ため息をつきつつ振り向く。命を狙われているのにもかかわらず冷静に対応する西院も彼女の視線には慣れてしまっているのだろう。対して危険視もすることなく雑談をするような柔らかい口調でようこそ、と歓迎するように笑みを作る。

「聖堂教会に行ったのね。貴方がわざわざあちら側の伝達を無視せずに出向くなんて早々ないけど、何か心境の変化でもあったのかしら?」

「べっつに変化なんて無かったと思うよ?それに変化があったとしても貴方に言う必要なんて無いでしょ?」

「・・・それもそうね。こんな簡単な誘導(まほう)で口を割るほど馬鹿でないものね。安心したわ。私が生涯を賭けて殺そうと決めた人が馬鹿でなくて」

向かいあう二人の間には刺々しい言葉のやり取りこそあるがさほど殺伐とはしていない。外部から見たらきっと仲の良い友人とたわいもないおしゃべりをしている。ぐらいにしか見えないだろう。それかただ、西院が独り言を言っているようにか見えない。それにしても本当に解せない事もあった。何故、言わば敵の陣地でもある場所へこうものうのうとやってきたということ。魔法使いの私有地に入ったということは問答無用で殺されても文句を言うことはできない。身の危険を冒してまで何を得ようとしているのだろう。西院の心の中でも読んだのか少女は口元に手をやり上品に微笑む。

「ふふっ。らしくないわね。そんな風に頭で物事を考える人だったかしら?まあ、魔法使いとして少しは自覚を持ったというところかしら」

友人をからかう様な口調で西院に語りかける。流石に鈍感な西院だが馬鹿にされている事が分かったのかムスッとした表情を作り少女を睨む。が、その表情もまた可笑しかったのか少女は実に愉快そうな笑みを手の下で浮かべる。

「でも、もう少し神話を使うことには慎重になった方がいいわ。聖堂教会の上層部が動きだし始めたから」

「木叡山が?」

「ええ。あの人は血の気が多いから少しでも魔法の歴史(じょうほう)が現実に漏れると分かったら、迷うことなく魔狩りを始めるでしょうね。秩序を守るためだなんて浅はかな言葉を口にしながら。別に私はこの世界がどうなろうと関係ないけれど貴方には関係があるんじゃあないかしら?もしかしたら感づいて微かに残った歴史(マナ)を頼りに夜の街を徘徊しているかもしれないわよ」

「アイツ・・・またそう言って関係のない人間を食い荒らす訳じゃあないでしょうね」

西院の言葉に呆れたのか毒気を抜かれたのかつまらなさそうな表情へ変わると分かりやすくため息をつく。そんな人間らしい仕草に西院は意外そうな表情を浮かべつつも続きの言葉を待っていた。彼女もまた言葉を続けるか迷ったが別に彼と共有する時間はさほどつまらなくもないと思ったのか口を再度開く。

「彼は元吸血鬼であり第一の星の導きである破壊を司る射手座エデンを得た者。容易く誰にも気づかれることなく人なんて殺せるでしょうね。それに明日は満月だと言うし。禁目を使い使い魔を殺し秩序を乱す魔法使いを探すため。と、言う大義名分は十分にあるわけだし自由に聖堂教会から出てこれているのではないかしら。聖堂教会(あのひとたち)は人間が死んだところで何とも思わない人々だからきっと動き出せば多少なり死人は出てくるでしょうね」

「わざわざその事を知らせに来てくれたの?」

「どうかしら。それに獨祖が動きだしているって噂もあるし。そう言えば、貴方も昔・・・」

彼女が発した言葉の単語を聞いた瞬間、大きな鼓動が一度波打つと共に西院の目は深紅色へと変わり彼女の首を両腕で握り閉める。が、首を絞められたままの彼女もまた瞳の色を深蒼色へと変色させ西院の殺人衝動(こうどう)を受け入れつつ見下すような視線を送る。ほんの一握り西院が指先に力を入れてしまえば絶命してしまうかもしれないのに彼女は抵抗することなくただ、蒼い瞳で西院を見続けるだけであった。

「その名前を口にするな。殺すぞ」

「可哀想な人間(ひと)。まだ昔の記憶に囚われているのね。別に貴方が囚われる意味なんて無いのに。それとも吸血鬼(むかし)の頃の思い出を大切に保管しているのかしら?」

華奢な少女の首を絞める西院はもう人間ではなくなっていた。一つの猛獣。いや、幾度なく人を殺して来たであろう殺人鬼の目へと変わってしまっていた。暗闇の中に輝く深紅色と深蒼色。首を絞めている西院が苦しそうにもがき、首を絞められている少女の方が涼しい表情のまま口を開く。

「本格的に彼女をどうするか考えた方がいいわ。私は崩壊する前に息の根を止めた方が賢明だと思うけれど・・・と言っても導きを得た彼女は私たち魔法使いが殺すことなんてできやしないでしょうけど・・・それでも、私は貴方の力で殺した方が」

言葉を続けていると両手で掴まれていた手が離され西院は腰が砕け床へと勢いよく座りこく。やけに呼吸が乱れており肩で呼吸をしている。

「ごめん。衝動を止めるので精一杯だった」

首を絞められていた少女は何事もなかったように乱れたスカートの裾を整えながら、

「そう。戻れたのね。そのままこちら側に来ても良かったのに」

どこか拍子抜けだ、なんて不満が混ざった声色を浮かべながら少女は深蒼の瞳を西院へと向ける。床に座り込んでいる西院(ソレ)には何の魅力も見出すことが出来なくなっている。

「抜け殻に興味はないわ。もう少しちゃんと割りきったらどう?魔法使いとして、そして貴方は普通の人間じゃあないってこともそろそろ受け入れたら?貴方は普通じゃあないのだから」

「俺は普通の人間だよ。普通なんだ」

「・・・そう。貴方が言うのならそうなんでしょうね」

そう言うと少女の体は霧へと変わり消えてしまう。取り残された西院はただその場を動くことが出来ずガタガタと震え始める体を自分の両腕で抱きしめることしか出来なかった。唯一自分で自分の姿を認めることのできる行為。自分で自分を抱きしめる行為ほど悲しいものはないだろう。月から照らされる青白い光を浴びながら孤独に脅える少年のようにその場を動くことが出来ずただ、震えていると、駆け足気味に足音が遠くの方から聞こえてくる。夜ご飯の支度をし終わり西院が来るのを待っていたが、いつになっても来ないため館中を探しまわったのだろう。息を切らしながら欅が西院を抱きしめるように背中から両手で覆ってくる。

大丈夫。大丈夫。落ち着いて下さい。どうなされたんですか?」

「ご、ごめん。別に何もないんだ。心配させちゃってごめん」

そう言い立ち上がろうとするも上手く立つことが出来ず手を伸ばし壁にもたれかかりながら立ち上がり部屋へと歩きだそうとした瞬間に少し何かに刺されたような痛みが襲ってきたため振り向くと欅が案の定太もも辺りをねじり抓まみ俯いていた。自分の気持ちを言葉にできない時はこうして欅は西院の体の一部を抓ってくる。つまむのではなく抓ってくるのだからそれなりに痛さはある。が、それは昔からの癖であり西院はその光景に慣れてしまっていたのか西院はいつも通りの声色で言葉をかける。

「どうしたの?。俺だから許される行為だけど普通の人だったらダメだよ。それに言いたい事があるなら昔から言っているけど言葉にしないと。知能があるんだから。」

意外と欅の抓りのお陰か、先ほどまで駆られていた殺人衝動は気が付けば収まり通常思考へと戻りつつあった。

「・・・私に隠し事していませんか?いえ、していますよね・・・。私、分かるんです。ずっと有希さまの事を見続けていましたから。有希さまが遠くに行ってしまいそうで怖いんです。本当に怖くて胸が張り裂けそうになるんです。本当に苦しくて死んでしまいそうなんです。お願いします。私を生かすと思って、今思っている事を率直に私に伝えてください。お願いします」

悲痛な叫び。西院は彼女の言葉など届いておらずじっと純白で艶やかな首元ばかりに目が行ってしまっていた。生唾を何度も、何度も呑み込み続けてしまう。渇く、渇く、渇く。血塗られた血族の末裔。大きく波打つ鼓動。西院の中から沸々と湧きあがる衝動を必死に抑えようと欅にばれないよう小指の第一関節を内側ではなく外側へ無理矢理折り曲げる。意識を痛覚(そちら)へ向けないときっとそのまま殺してしまうことになる。必死に堪え出来る限り欅の知っているであろう西院の表情(えがお)を作る。

「心配させちゃってごめんね。だけど大丈夫だよ。心配してくれてありがとう。さて、折角作ってくれた欅のお稲荷さんが冷たくなっちゃうね。やっぱり出来たてを食べたいから着替えてすぐに行くから先に行っていて」

数回頭を撫でおぼつかない足取りで自室へと歩きだす。流石に誤魔化しきれなかったかな、なんて思いながら歩き振り返ってみると欅はうっとりした表情で西院の後ろ姿を見送っていた。振り向いたことに気が付くと近づくことなく満面の笑みで頬笑み返して来る。その笑顔に答えるように微笑みを返し止まっていた足を動かしだす。自室へ着くと同時に扉を閉めその場に座り込んでしまいまた先ほどと同様に震えが体全体を襲ってくる。深蒼の眼をした少女から逃げ切れたから?本当は欅の抓りが怖かったから?きっとそんなものではない。ただ、自分に対しての恐怖から出てくる震えであった。必死に衝動を抑えるため両腕で自身の体を拘束のように抱きしめる。

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