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改編  作者: masaya
一章 識別血族
11/32

鞄を片手に少女は微笑むⅠ

頬を撫でる夜風。目を閉じながら彼は昔の出来事を思い出していた。遠い昔の記憶。雪が本当に眠っている時に見る(かこ)。顔のない複数の大人たちが棍棒、鞭とうを振りかざしている。何度も何度も受ける理不尽(ぼうりょく)に悲痛な叫びをあげるも誰の耳にも届くことが無く為すがまましつけを受けている。泣き叫んでいた子供が一人の大人を睨みつける。と、風船が膨らみ破裂するように粉々に一人の人間がはじけ飛ぶ。次々と理不尽なしつけを与えていた大人たちは悲鳴に似た歓喜の声をあげる。まるで子供の誕生を喜ぶかのように叫び続けている。鞭を持った大人が子供に向かいしつけを再開しようとした瞬間振り上げた腕もろとも吹き飛び辺り一面に噴血するも笑顔のまま向かってくる。次々と競う様に大人たちは子供にしつけを行う様に近づいてくる。子供は泣きじゃくり両耳を押さえしゃがみ込んだ瞬間、数人の大人たちは次々と破裂していく。人が破裂していっているのにもかかわらず表情は恐怖に囚われることなく寧ろ幸せな表情で笑っている。残ったのは一人の子供と散肉と血たまりだけ。そして、しゃがんでいた子供はなにかに気がついたように徐々にこちらへと近づいてくる。

「これってなんだろう・・・」

彼女の心を盗み見ているようで気持ちよくはないのだけれど目を瞑っても耳を塞いでも感情が流れ込んできてしまう。本人にはこの記憶(おもいで)をまだ言えていない。どこから生まれてきたのか分からないもう一人の人格。昔は彼女ばかりに辛いことを押しつけていた気がする。それでも彼女は嫌な顔をせず全ての汚れ仕事を円滑に進めてくれていた。非現実に足を踏み入れているのに心が壊れず冷徹な西院有希でいられるのはきっと雪のお陰である事は間違いがなかった。しかし、今見ていた思い出は西院有希が体験したことのない映像(かこ)。考えたところで知らないことだから思いだす事も出来ない。血なまぐさい夢よりも今ここで起きたことを思い前してしまう。ふと自分で言った言葉を思い出し笑ってしまう。気を失っているとは言え隣に他人がいるのに、弱気な言葉を発してしまった。何年振りだろうか、と考えてみるが霧がかかったようで上手く思い出せない。きっとそれぐらい昔に遡らないと思いだせない悲しい記憶。

「ほんの少しだけ雪に毒されちゃったのかな・・・でも、彼女にどうやって謝ろう。これからは一応仲良くしていかなきゃだし・・・」

蘇生を持つ出雲を間接的にではあるけれど殺害してしまった自責の念が一生消え去ることはない。きっと本人にありのままの出来事を話し謝罪したところで信じてもらえそうもない。話しは聞いてもらえるだろうけれど馬鹿にもされそうな気がする。この気持ちは一生戒め(のろい)として西院の胸の中へ生き続けるのだろう。先ほど喉から出かけた言葉の1つでもあった。が、上手く伝えることが出来なかった。

「やっぱり俺は卑怯者だ」

ぎこちなく震えながら握り拳をつくり自分の不甲斐なさを責める。気が付けば明日はもうすぐそこまで迫ってきていた。逃走劇とはうって変わり何気なく過ごしていた時間は進む速度が速い気がする。夜が朝へと舞台を譲ろうと星たちと共に動き始める。未だ神経が研ぎ澄まされている西院には星たちの声さえも聞こえてくるようだった。しかし、そんな奇跡の時間もあと少し。能力以上の力を極限まで使い果たした魔法使いの体力はが徐々に尽きかけ深い闇へと誘われる。


トントンとリズムの良い音が耳に入ってくる。毎日聞いている安定した音により一層幸せを噛みしめつつ目を閉じていた。いつもなら不自然に思わない音。だが、今回ばかりはその音がどうして聞こえてくるのか寝ぼけながらも不思議に思ってしまう。そう思ってしまったら最後、眠気よさようなら。朝日におはよう。目を開けぼやけていた焦点が合ってくるといつも見ている真っ白に統一されている天井。視線を少しずらすと気品漂う真っ蒼なカーテンが視界に入ってくる。まぎれもなくここは自分の部屋。しかし、西院の記憶の中では出雲と一緒に学校の屋上でお互いに気を失い寝ていたはず。なのにこうして今は自分の部屋へと戻っていると言うことは知らない誰かにここまで運ばれたということになる。

「一体誰が家まで運んでくれたんだろう」

疑問を口にしつつ起き上がろうと両腕をベッドへ押しあて全体重を向けた瞬間、激痛が襲ってくる。余りの衝撃にすぐさまベッドへと寝ころんでしまう。が、勢いよく倒れてしまったモノだから全身を柔らかいベッドと言えど全身を負傷していた西院にとっては地獄のような痛みが襲ってくる。つい、悲鳴にも似た声を出してしまうと今までずっとドアをノックしていたであろう人物が勢いよく入ってくる。

「有希さま!大丈夫でございますか!?」

「痛っ・・・だ、大丈夫・・・ってか欅がどうしてここに?それと、様は二人の時はやめてくれって言ったでしょ・・・」

「ご、ごめんなさい。有希くんの悲鳴が聞こえたから失礼だとは思ったのですが、つい部屋に入ってきてしまいました。ごめんなさい」

しょんぼりとした表情をされてしまうと怒れずにはいられない。むしろ、心配をして駆けつけてくれた女性に対して謝罪させてしまった自分の情けなさに謝罪の言葉を向けてしまう。彼女も西院からの言葉に顔を真っ赤にしつつ両手を振りながら焦っている。異性に免疫が無いのか一語、一語にこの様に初々し反応をしてしまう彼女がおかしくなり笑ってしまう。からかわれている事にやっと気が付いたのか少しだけ、頬を膨らませ両手をもじもじさせながらこちらを見てくる。この様に普通の反応も雪だけではなく有希もできるのだ。ただ、冷徹に見えるのは人見知りと言うところもあり、そして魔法使いとしての威厳を保つために演じているのだろう。

「ごめん。それよりどうしてここに居るのか分かる?俺が持っている記憶の中では自分の足で家に向かったってのはなくて・・・」

「・・・」

やはりそうですよね、と言いたげな欅の表情に首をかしげていると言っていいものなのか迷っているようであったが、一度小さく頷くと視線をこちらへと向けてくる。

「今朝方、有希さまは一人の女性に運ばれて来たのです」

聞けば欅は有希の帰りが遅くずっと家の門の前で待っていたという。そして、うとうととしていた朝方に門の近くで物音が聞こえたため走り向かうとボロボロに破れた服を着た女性と背中におぶられ寝ていた有希が視界へと入ってきた。服こそボロボロであった女性に傷はなく欅を見た瞬間に微笑んできたという。

「えっと、欅ちゃんだよね?同じ学校の出雲って言います。西院くんが傷だらけのまま学校で寝てたので・・・本当は無視して帰ってもよかったんだけど風邪引いちゃったら可哀想だから連れてきました。あとはお任せしてもいいですか?」

そう言い残し彼女は去っていったという。その後が大変で非力な欅はずるずると引きずるような形で部屋まで運び応急処置をしてくれたらしい。どうりで腕の辺りに細かな切り傷が出来ていたのはこのせいか、と腕を見つつ欅の話しを聞いていた。つまりは、出雲がここまで運んできてくれたということか?何故か、背筋が凍ったように冷たくなっていく。思った以上に出雲の蘇生能力は神に近い。生きた神話とでも言った方がしっくりとくる。見た感じでも出雲もまた西院と同様、いやそれ以上に致命傷を負っていたはずなのだけど欅の口調からはまったく怪我はしている様子はなかったという。

「えっと・・・有希さま?」

「あ、うん。そっか。ありがとう」

「それで、今日はどういたしますか?一応学校には連絡を入れる事もできますが・・・」

「えっと・・・一応、確かめたい事もあるし行くよ。欅も早く着替えないと送れるよ。あと、頑張ってここまで運んでくれてありがとうね」

そう言うと欅は顔を真っ赤にしつつ俯きながら頭を下げてくる。

「と、当然の事をしたまでですから・・・それでは・・・私は着替えてきます。あ・・・朝ごはんはどういたしましょうか?持って来ましょう・・・か?」

「食欲ないからいいや。ありがとうね」

「そ、それでは失礼します」

そう言うとそそくさとその場から逃げるように去って行ってしまう。長年一緒に過ごして来ているのだけれどたまに欅の行動がよく分からないことがある。カーテンの隙間から朝日が漏れている。再度視線を天井へと向け深呼吸をしてみる。

(きのう)は終わったんだよね」

安堵から出てきた言葉なのか心なしか震えているような声を吐き出してしまう。傷口に刺激を与えないように慎重に動き体を起こしクローゼットへと視線を向け、勝手知ったる自分の部屋なのにこうも不便な家具の配置だっただろうか?なんて理不尽な怒りをぼやきつつ歩き近づく。いつも着ているはずの制服さえもずっしりと重く感じてしまうほど肉体は未だ本来の状態まで修復できていないのだろう。外傷は腕の小さな切り傷以外は元通りなっており激痛を起こしているのは魔法回路の修復のため。全身が軋むような痛みを堪えつつ服を着替える。健康第一なんてよく大人が言っているがまさしくその通りだ、なんて自虐っぽく言い部屋のカーテンを開け窓を開ける。ふわりとほんのちょっぴり頬に刺してくる朝風が西院の部屋を駆け巡る。深呼吸と共に両腕をあげいつものように背伸びをしようとした瞬間、激痛が襲ってきたため変な声が出てしまう。

「これは、しばらく魔法使えないんじゃあないか?」

左手を動かしつつ魔法回路を開いてみようとするがはなから稼働する気もないのかまったく反応はなくなっていた。どの魔法使いが見ても昨日の西院のやり方は無謀であり浅はかだと口を揃えて言うだろう。所詮、数年の歴史しか持っていない人間が禁録第二項目を使いながらも神話を呼び出すことなんて先ず自殺に等しい。魔法使いと言う生き物は人間以上に命を大切にする生命。自殺なんてもっての外。しかし魔法(ひみつ)を守るために関係のない人間(いのち)を奪うことだってある。矛盾だらけの世界でありそれが肯定され続けている。

「やっぱり馬鹿げてる・・・と、言っても俺も西院を一回火葬したんだよな・・・」

小さくため息をつきつつ腕へと向けていた視線を上げ外へと視線を向ける。朝日が西院を労わるように照らしてくる。ほんのちょっぴり心が暖かくなり表情も柔らかいものになる。掛け声と共に扉を閉めようとした瞬間、控えめなノック音が聞こえてくる。

「有希さま。準備が出来ましたでしょうか?」

「あ、うん。入ってきてもらって大丈夫だよ」

着替えただけでまだ参考書など持って行く準備をしていなかった西院は欅を寒い廊下で待たせるわけにはいかないと部屋へと招待したのだけれど、数秒の間反応が無く不思議に思っているとやっとのことドアノブが動きひょっこりと欅の頭が見えてくる。先ほどはあのように遠慮がちに入って来なかったのにどうして今は緊張した表情でぎこちなく入ってくるのかよく分からずにいると、

「し、失礼します・・・」

「あ、うん。すぐに準備するから待ってて」

「お怪我をされているのですからゆっくりでも大丈夫です。私はいつまでも、いつまでも待っていますから」

顔を真っ赤にしつつ彼女は西院に言葉を向けると鞄を両手で持ち俯いたまま部屋の隅で立っていた。年頃の女子と言うものはみんなこう言うものなんだろうか?確かに初めて男子の部屋へ入るのならあれぐらい緊張、警戒してもいいだろう。しかし、欅は幼少のころから西院と共にこの館で過ごし家族のようなものである。それなのに一向に西院の部屋に来るとああやって顔を真っ赤にして遠慮がちに俯いてしまうところがある。幼少の頃に理由を聞いた気がするのだけど、あまりよく覚えていない。が、その質問をした瞬間に欅は泣き始めた事だけは覚えていた。いつも笑っていた少女が急に泣き出し同じように西院自身も泣いてしまった記憶は残っていた。気にはなっていたが、理由を知ったところで自分自身でどうこうできるものでもないと思っているためあえて聞こうともしていないのだろう。年月が解決してくれるだろう、なんてお気楽な気持ちで考えているのかもしれない。一つ一つ確かめるように参考書、ノートなど勉学必要な道具を鞄へと運ぶ。西院は置き勉などと言うことはせず毎回全ての教科書ノートを自宅へと持って帰っている。出雲に対して秀才と言っていたが西院もまた学内ではテストの平均点をあげ煙たがられる側の人間である。それも西院の後ろで恥ずかしそうに顔を未だ俯かせている欅のお陰でもある。彼女こそなんでもそつなし西院の家庭教師でもある。と言ってもそこまで畏まったものではなくテスト期間中に一緒に勉強し分からない場所を教える程度のこと。しかし、西院でも疑問を持つ問題となると答えを分かりやすく解説できる人物が必要となる。その人物が欅である。当然のように欅も賢く秀才ではなく天才の領域だと、もっぱら学校では噂をされているがそうじゃあない事は西院が一番分かっていた。ふいにカレンダーへ視線を向けると記入されている文字が視線へ入ってくる。

「そう言えばさ?」

「はい。なんですか?」

「今日は欅って生徒会で遅くなる日なんだね」

「いえ。有希さまの傷が気になるため書記の友人に断りの連絡を入れておきました」

「それは流石に申し訳ないから出席してもらって大丈夫だよ。副会長が出席しないなんてダメでしょう。それに歩けないほど怪我していないし」

「いえ。私は学校の事よりも有希さまの体の方が大切なので。少しでも体に違和感があるのでしたらダメです」

これ以上文句を有希でさえ言わせない、なんて言いたげな力強い表情を欅は西院に向けてくる。先ほど穏やかで暖かい雰囲気はどこへ行ったのやら、欅の内から燃え上がる炎の熱が伝わってくるようでただ、西院は頷くことしか出来なかった。たまに、こうして自分の事よりも西院の事を優先し過ぎる傾向があり頭を悩ます種の1つでもあった。西院からしてみればもう少し友人と遊びに行ったり、買い物をしたり、恋愛をしたりと、年相応な事もして欲しいのだけど一切そう言った寄り道をすることなく学校が終わりたまに生徒会室で会議があるとき以外は家に帰り掃除、洗濯等家事ばかりしている。彼女曰くいつでも西院の力になれるように常時しているのがお手伝いとしての最低条件だと言う。そこまで自分の時間を犠牲にして欲しくないと西院は思っているのだけど本人がそこは頑なに譲ろうとしない。どうしてもと言うなら、と彼女の提案で西院と一緒に買い物や映画館に行ったことなら数回ほどある。その時の欅は年相応な女性に見え楽し恥ずかしそうにしていた。西院も何度か練習のつもりで彼女と出かけており何れは、あんなに楽しい世界があるのだから自分の為に時間を使ってほしい、なんて言うつもりらしい。きっと欅は喜んでくれるだろう、なんて勘違いな笑みを西院はついこぼしてしまう。そんな言葉を欅に言ってしまえば微笑みながらきっと西院の太ももになにか鋭利な物で刺してくるだろう。彼は人の感情に敏感なようで鈍い。欅はほんのちょっぴりいき過ぎた感情を持っていることにも気が付いていない。家に居る時だけは西院も普通の青年へと戻れる。一歩外に出てしまえばいつ魔法使いが襲ってくるか分からない。と、言っても聖堂教会が昨日の事もあり目を光らせているうちは悪さはできないだろう。と、勝手に解釈をし西院らしからぬ陽気な考えであった。ふと、そんなお気楽な思考に苦笑いを作る。

「雪の思考がより一層強くなってる気がするな・・・はは」

「どうかしましたか?」

「ん?いや。なんでもないよ。長い間待っててくれてありがとう。行こうか」

「はい。私はいつまでも有希さまを見続けていても飽きませんよ」

「そう?ありがとう。て言うか、さまはやめてって言ってるでしょ」

有希は相変わらず欅の言葉を気にすることなく聞き流しているようだったけれどほんの少しだけズレテいる発言だと言うことに気が付いていないらしい。それも、長年過ごしてきた欅の洗脳(ことば)の賜物なのかもしれない。部屋を出るとひんやりとした廊下へと出る。朝日が射しこんでいた部屋とは違い体感温度で二、三度ほど低い気がする。息を吐きだし欅を廊下で待たせなくてよかったなんて思いつつ歩きだす。思った以上に下半身を動かすだけならばそこまで痛みが襲ってこない。一番深く損傷している魔法回路はどうも両腕から心臓辺りらしい。少しずつ振動による痛みには慣れてきつつありぎこちない歩きかたであるが前へと進む。

「大丈夫ですか?今日ぐらいお休みになってもいいんですよ?」

「うぐっ」

そっと両手で片腕を持ちながら心配そうな表情で顔をのぞかせてくる。が、その優しさも今回に限っては有難迷惑となってしまう。触れられただけで激痛が走りジワリと脂汗が出てきてしまいすぐに手を離して欲しかったけれど、ここで痛がり拒否してしまえば欅が自分を責め何をしでかすか分からないため無理やり笑みを作り感謝の言葉を向ける。欅も嬉しそうに手を離すどころか余計に体を近づけてくる。

「私でよければいつでも縋って来て頂いていいですからね。私は有希さまの隣にずっと居続けますから」

「は、はは・・・ありがとう」

使用人にあるまじき行為。主人に対してここまで気安く触っていいものではない。きっと館の主がこの様な場面を見てしまった日には欅は即日西院と切り離されてしまい二度と顔を合わせるようなことはないだろう。しかし、欅は馬鹿ではない。館の主は数年前から海外へ行っており実質この館に居るのは西院と欅と数人の使用人のみ。それも主も欅の事を信じ切っているため全ての世話を頼んでいるぐらいだ。こうして叱りつける人間は館の中には居らずこうしてたまに無理やり理由をつけて西院にくっついてきたりしている。他の使用人も幼いころから知っている二人の為、仲睦まじいですね、なんて暖かく見ているぐらいだ。西院も別にそれが歪んだ愛情から来るものだとは気が付いていない。いつもより二割程度遅い速度で歩き階段を降りる。足腰に広がっている回路は繋がりつつあるらしくほのかに暖かい。魔法が徐々に周りつつある証拠。

「相変わらず、欅って朝起きて掃除してるの?」

痛みを紛らわすようにぴったりとくっついている欅に言葉を向ける。西院の言葉に反応するように頷き妙に赤い顔を見られないように視線を逸らしている。玄関まで行き靴を外靴へ履き替えようとした瞬間にふと欅が体から離れる。触れていた場所はほんのりと暖かかった。妙な鼓動が一度全身を覆う。今まで感じていなかった感情。

「どうも昨日からおかしいな・・・」

余計な感情を持つことは魔法力を下げてしまう要因になれかねないと分かっているのだけれど何故か妙に胸の辺りがおかしくなっている。その感情を未だ抱いたことが無かったためこれがどのような感情か分かっていなかった。自分の靴を履き西院の靴を準備している事に気が付き咄嗟に声をかける。

「あ、それぐらいは自分で出来るから大丈夫。流石にここまでやってもらうのは・・・ね」

苦笑いを浮かべつつ欅に言葉を向ける。と、欅も頭に血が上り過ぎていたことに気が付いたのかすぐに立ち上がり一歩後ろへと下がる。

「ごめんなさい!私、冷静さを欠けていました。流石にやり過ぎましたよね?ごめんなさい。ごめんなさい」

何度も、何度頭を下げる欅に西院は笑いなだめながら靴を履く。玄関の扉を開け外へと出る。流石に自重したのか欅も先ほどのようにくっついてくることはなく西院の後ろについてくるように一歩下がり一定の距離を保ちながら歩いてくる。しばらく歩くと目の前にでかでかと訪問者を威嚇するような門が視界へと入ってくる。それを見るたびに西院は苦笑いをどうしてもつくってしまう。

「流石に時代錯誤だと思うんだよね。こう言うの」

「そうですか?私はとてもいいと思いますよ。何も寄せつけないような禍々しさがありますし」

「だから嫌なんだよね。それにしても出雲はよくここまで迷わずに来れたよな」

「・・・」

門を開けいつも通りの道を歩いていく。歩く振動で多少痛みは感じるが朝ほどの激痛ではなくなっており歩く速度も少しずつ戻ってきていた。すると、何やら背後から視線を感じたため振り向くと案の定、欅がなにか言いたそうな表情でもじもじと鞄を振っていた。

「どうしたの?なんかさっきまで機嫌が良さそうだったのに急に悪くなった?」

「ちょっと良いですか?」

有無を言うことなく一歩後ろを歩いていた欅が西院の隣へ来たと思えばこちらを見てくる。

「ちょっと・・・聞きにくいんですけど、昨日の夜なにかあったんですか?」

不意な質問に西院はどう答えたらいいのか分からず言葉につまってしまう。自分が魔法使いだと言うことは欅は知らないし一生教えるつもりもない。実は出雲と命を賭けた鬼ごっこをしていました、なんて言ったところで信じてもらえるはずもない。いや、欅なら信じてくれる可能性もあるが、それにしてもリスクが高すぎる。聖堂教会からもなんの通知が来ていないということは本当に神話の事はバレテいない。だったら、自分からそのような危険な橋を渡る事もない。色々ないい訳を考えていると大きなため息が聞こえてくる。

「私には秘密なんですか?酷いです。これでも私は今までの人生全てを西院さんの事の為に過ごしてきたのに・・・そしてこれからもそのつもりですから・・・。だから西院さんの事は全て知っておきたいんです」

「あ、ありがとう?けど、本当に欅が思っているようなやましい?事は何もないよ。ただ、ちょっと学校で・・・そう、相談を受けていたんだ。これからの進路をどうするかって」

「・・・」

全てを見透かしているような瞳。悪いことをしているつもりも、したつもりもない。しかし、欅の全てを飲み込んでしまいそうな真っ黒な瞳には(でまかせ)がバレテいるような気がしてならない。このまま見つめられ続けるなら早く謝罪をして許しを請うてしまいそうになる。生唾を飲む音が体全体へ響き渡る。朝、気持ちよく雀が合唱している声も聞こえなくなる気さえする。すると瞬き一つしなかった欅の瞳が一度大きく閉じ開く。

「なるほど。よかったです。でも、そうならそうとちゃんと連絡して下さいね」

不満(ぎもん)が解消されスッキリしたのか欅は笑顔を向けてくる。その時始めて、欅に対して恐怖と言う感情が芽生え始めた。だからと言って欅の事が嫌いになるとかそう言うのではなく異性とは危険な生き物なのかもしれない、なんて思う程度に西院は成長したのだろう。昨日の神話の後遺症か妙に神経が以前よりも鋭くなっている気がする。いつも以上にどこに人が歩いている、どのような会話をしているなどなんとなくではあるが感じれてしまう。その中でもひと際五月蠅く聞き覚えのある足音が近づいて来たかと思えばポンと軽く後ろから肩を叩かれる。

「痛いっ!」

「え?私そんなに強い力で叩いていないよ?昨日砂をかけたからあれでチャラで良いって言ったでしょ?私は嘘をつくのが嫌いだから。ホントに強く叩いていないよ?」

あまりにも痛がるものだからその相手は驚きつつも不思議そうな表情で首をかしげつつこちらを見ていた。当然のように欅はジッと二人の会話を黙り見つめている。

「いや、分かってる。今、痛覚がいつも以上に敏感なんだ。特に両腕と胸辺りが・・・」

「え・・・ちょっとだけ確かめていい?」

「ばっ!」

ニヤニヤと両手をわさわさイヤらしく動かし微笑みながら近づいてくる。いつもならもう少し素早く動けるのだけど不意な肩とんの痛みが引いておらず、口で制止させるしかなかった。が、そこに救世主が現れる。出雲の目の前に欅が立ちふさがる。どう見てもつくり笑いだと言うことが分かるほど引きつった笑顔を出雲に向けつつ口を開く。

「きょ、今日はありがとうございました。わざわざ有希さ・・・くんを門まで連れてきていただいて。あと、少しだけお礼と言うかお話しがしたいので一緒に登校しませんか?」

「あ、うん。無事で何よりだったね。ん?そう?じゃあ、西院くん、またあとで」

「有希さ・・・くん。また家に帰ったら色々とお話しをお聞かせ下さいね。じゃあ、失礼します」

出雲はゆらゆらと相変わらず読めない表情で歩き欅に関しては妙な視線を感じたけれどそれ以上に痛みでそんな事に気をまわしている暇はなかった。一人取り残された西院は痛みが引く間近くにあった壁へ寄り掛かりため息と共に言葉が不意に漏れてしまう。

「何なんだあれ。出雲ってあんな性格だったっけ?それにあの眼の色・・・どう言うことだ?本格的に目覚め始めたって事なのか?」

一度、気持ちを落ち着かせるため深く深呼吸をする。体に行きわたる少し冷たい空気は冷静さを取り戻させた。

「よし。行こう」

これ以上立ち止まっている訳にも行かず西院は痛みと共に学校へと向かう。

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