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改編  作者: masaya
一章 識別血族
10/32

崩壊と破壊と非生命Ⅸ

「流石に無理難題を言い過ぎちゃったかな」

出雲に対して呟いた言葉なのか自分に対して向けた言葉なのか自然と口にしてしまう。口調こそ急いでるような格好になってしまっていたが慎重に足音をたてることなく一段、一段、階段を歩き上り屋上へと向かう。魔法使い同士でも逃走する側は劣勢に立たされることの方が多い。命を奪おうとしてくる相手にしょうがないと言えど背を向けてしまうのだから。同種族が同じことをやっても確率的に五分、いや、追う側の方が有利だろう。しかし、今回は五分どころじゃあない。九割方、追いつかれ殺されてしまうことだろう。しかし、それでも選択が無かったのだから仕方がない。もう一度西院は出雲の持っている可能性、奇跡に賭けた。どちらにしろ出雲が死んでしまえばこちらも命がなくなるのは時間の問題。

「それにしても、私がここまで彼女を気にいるなんて貴方は思ってもみなかったでしょうね」

悪戯の笑みを自分自身の心へと向ける。もう一人の西院有希に対しての笑みだった。今表に出てきているのはもう一人の人格。後遺症(トラウマ)によって誕生した生命。普段は裏方に徹底しているのだけれどこう言ったようにたまに気の向くままに表へと出てくることがある。きっと、雪が出てきていなかったら出雲はここまで生き残っていなかっただろう。有希は出雲を殺したがり雪は出雲を生き残らせたがっている。体1つに相反する感情がぶつかり合いいつ精神分裂が起こってもおかしくはない状況であったが力的には雪の方が強く有希は半ば強制的に意見を通されたという感じで快く思っていない。しかし、お互いが反発し合ったところで精神が壊れては元も子もない。仕方がなく有希が折れたのだろう。雪はこの緊迫した雰囲気の中でも鼻歌なんか歌いだしそうな陽気な表情をしつつ両手を指揮者のように人差し指をたて揺らしている。まるで言っていることと行動が一致していない。出雲がいなくなれば自分も死んでしまうのならば音を立てずにもう少し必死に行動するはずなのだが、一向にそう言った、焦り、が見受けられない。ただ、屋上に向かい天体観測でもしようか、なんてお気楽な言葉が今まさに出ようかと言うぐらい陽気な雰囲気を纏い歩いている。

「一応足には呪いをかけてたからいつも以上の速度では走れると思うけど・・・でも、やっぱり逃げ切れるかな」

心配をしていないように見えても実はちゃっかりと出雲の事を心配してしまっている。出てくる言葉は全て意識して発言していないところが余計に気にかけていることが分かる。屋上に繋がる階段を上ろうにも封鎖されており数多くの机、椅子が積み重なっていた。本当は魔弾一発で粉砕しすぐさま抜けたかったのだけれどそうはいかず、音をたてることなく隙間、隙間を抜けるように潜りこんでいき埃っぽい空間に眉間のしわが自然と厳しさを増していく。それでも死ぬよりはましだ、なんて思いつつなんとか封鎖されていた場所を抜け屋上の扉の前まで到着する。ズボン、髪の毛、服等にしっかりと埃が満遍なく雪のように積っていた。呼吸をするたびに古臭い空気が体の中に入り込んでくる。

「臭いな。カビの匂いって嫌いなんだよね」

最大限の嫌みを何年も眠ってしまっている机や椅子に投げ捨てるように言い屋上へと足を踏み入れる。あれだけ厳重に封鎖していたのに屋上の扉には鍵がかかっていなかったためすんなりと出てしまう。まるで、誰かに誘導されているかのようにすんなりといけたため少々警戒度が上がってもいた。よく考えれば封鎖されているのに不自然なほど人一人通れるだけのスペースが何故あった?ただ自分自身の運でここまで来たのか?この世にそう都合の良い偶然なんてあるのだろうか?さまざまな憶測が出てきたが所詮、憶測は憶測であり目に見えないこと。

「誘導されていたらされていたで別にいっか。もしもそうだとしても感謝しなきゃいけないよね。違うところに誘導された訳じゃあないんだし」

新鮮な空気に触れたのかまた陽気な声色で独り言を発してしまう。屋上にも所々に机や椅子が並べられている。以前、ここも色々な生徒が楽しみ歴史を作っていたのだろう。瞳を閉じ耳を澄ましてみる。と、出雲の呼吸、獣のうめき声が耳へと入ってくる。視線を少し先に延ばせば街だって見えてくる。あちらの世界はいつも通り通常運転をしている。

「それにしても本当に不気味」

街へ視線を向けつつ彼女は口にした。ドロドロとした感情がぶつかり合いひしめき合っている。非現実世界よりも闇が多く寧ろこちら側の世界の方が平和かもしれない。欲に塗れ金に溺れている人間を雪は毛嫌いしている。その雪がどうして出雲を生かそうと思ったのか未だに分からない。きっと、彼なりの気分なのだろう。

「いっけない。今はそんな事を考えている余裕なんてなかった」

意識をこちら側に戻すため数回ほど頬を叩き辺りを見渡し校庭が見渡せる場所へと移動する。旧型の校舎ともあってか柵は全面的に無く身を乗り出せば落下も可能なほど安全性は皆無である。が、そちらの方が雪にとっては好都合であった。魔法に対して現代物を通してしまうと魔力は半減してしまう。魔法は歴史であり知識である。歴史が古い物を媒体に使ってこそ最大限の魔力が構築されてる。魔法陣を屋上に作るのも手っ取り早く数多くの歴史が組み込まれているであろう旧校舎を媒体として使うためである。西院は校庭を一望できる場所へと歩き校庭に向かい左手を差し伸べた瞬間、足元に三重に重なった魔法陣が浮き上がる。歴史、知識、時間が組み込まれた三種の魔法陣をいともたやすく混ぜ合わせ1つの魔法陣として組み立て始める。

「っつ・・・」

種類が違う魔法を組み合わせる作業は普通であれば数時間かけてやるものなのだが西院はそれをものの数秒でやってのける。そのため体にかかる負荷は想像を絶する。目からは血液が血涙となり流れ始め視界に映るものが徐々に赤く死の色へと染まっていく。歯を食いしばり必死に歴史(まほう)を紡いでいく。一つ一つの歴史を壊し繋げていく作業ほど苦痛なことはない。しかし、最大限の力を出さなければきっとあの人形は破壊できないだろう。甘く見ていたツケ。携帯電話より劣っているなんて思っていた数分前の自分をぶん殴ってやりたい。西院、出雲の命を狙っている人物は相当な魔力の持ち主。数回頭を振り邪念を吹き飛ばす。

「余計なことを今考えるな。分かっている。今、私は人形を破壊することだけを考えれば良いんだ。っつ・・・」

次第に足元に広がっていた青白い光は校舎全てを覆った瞬間、破壊音が耳へと入り込んでくる。

「始まった・・・っつ・・・しっかりと時間稼ぎしてね。信じてるから」

聞こえるはずがない言葉を必死に逃げている出雲へと送る。こうして言葉を発していないと意識が吹っ飛び歴史に取り込まれてしまいそうになる。取り込まれたら最後、歴史に取り込まれた魔法使いは狂戦士となり破壊を繰り返すだけの人形となってしまう。そう、今まさに出雲を追っている獣のように。

「呑み込まれてたまるかっ!!」

宣言のような叫びに反応した魔法陣がより一層輝きを増していく。じわじわと背後から死ノ鎌を持った道化師たちが微笑みながら近づいてくるのが分かる。容量以上の魔法を使うと言うことは時間(いのち)を削ることになるのは自然の事であり必然の対価である。求める力以上に失うものが大きいのが魔法であり奇跡である。魔法なんて言葉では万能の神の力みたいなどと夢を見がちな人間が多いがそうではない。寧ろ、魔法は神は神でも死ノ神の力。決して平等を許すことなどない力。等価交換以上のものを差し出さなければ得ることのできない魔法(ちから)。力に見合った魔法ならば等価交換は必要ないが今、西院が行おうとしているのは第4魔法でも禁録第二項目に記入されている魔陣。秩序を司る魔法なんて全否定。全てを飲み込む力。非現実で非力な西院が己の身を挺してできる必殺魔法(さいしゅうしゅだん)。この力を放てば自分がどうなるかなんて分かったものじゃあない。運が悪ければ死んでしまうかもしれない。

「ふっ・・・今さらか」

今さら死に対して恐怖なんて無い。死にたいなんて思ってもいないし願ってもいない。けれど、これで終わってもそれはそれで可憐な人生の終わり方が出来るんじゃあないか、なんて思い始めてもいた。魔法回路に意識を徐々に持って行かれ思考も少しずつ破壊され始める。しかし、出雲同様に西院も意地がある。魔法使いとしての約束。出雲が必死に逃げている姿もなんとなく分かるほど神経が研ぎ澄まされ始める。呼吸、心音、思考、魔法陣の中に包まれている全ての生き物たちの歴史(ちしき)が西院の中へと入り込んでくる。大きな鼓動と共に口から噴き出る吐血。それでも必死に片手を校庭へと向け続ける。

「っつ・・・ローファー(泣きわめく女神)・・・レガヴィージ(冷徹な群衆)・・・アルタリア(永遠の光)ぐっ」

地面へと広がっていた文字が西院の手へと集結し始める。

「っつ・・・あぁ」

体中に走りまわる歴史は西院の技量を確かめるように魔法回路へと侵入し苦痛を与え始める。それでも力を欲するか?我々が力を与えるほどの能力を持っているのか?魔法自体が発しているのか分からないが幻聴が聞こえ始める。プツリと破裂音が聞こえた瞬間周りの音が聞こえなくなってしまう。血流が耳にまで来ているのだろう。それでも全ての言葉を否定するかのように西院は校庭を睨みつける。理由なんて必要ない。お前たちを利用しているだけであって自分が利用される気はさらさらない。人間を舐めるな。人の形をしていないモノが出しゃばれるほど甘い世界ではない。たかだか莫大な知識があるだけで偉そうに。歴史は浅けれど未来(かのうせい)はこちらに分がある。文句を言わずさっさと王座を受け渡せ。歴史(えいこう)は所詮終わった時代(おもいで)。受け入れるどころかこちらの力を受け入れろ。いつまでも勿体ぶるな。

「黙って私の力に従え!!」

力技。知識、歴史を重視する魔法にとっては軽蔑される方法でねじ伏せる。幾つもの紡いでいた神聖な歴史をそれこそ足で踏みつけ見下しながら言うことをきかせたようなもの。神をも恐れぬ冒涜を雪はしでかす。奇跡でもなければ主人公補正の力でもなんでもない。ただのどこにでも居る魔法使いの意地が魔法に勝ったのだ。冒涜に怒り狂った歴史たち。しかし、勝敗はもう決しているも同然。怒りを覚えた瞬間に西院雪と言う存在を認めてしまった。歴史は覆す事の出来ない自然現象の一部。その力技、気迫に容易く歴史は屈服してしまう。同時に、西院の叫びに反応したかのように校庭に一度大きな震動が起き全面を覆う様に青白い魔法陣が浮き上がる。

「成功・・・っつ・・・かぁ・・・」

媒体の為に魔法陣を校舎全体にはっているのにもう一つ大きな魔法陣を校庭に出すということは倍の激痛が襲ってくることになる。骨が軋み脳細胞が焼け血液は沸騰し始め爪の隙間から噴水のように血液も噴出している。魔法を放つ前から満身創痍。しかし、それでも西院は笑っていた。魔法が自分を認めたから?上手く魔法陣が形成できたから?そうじゃあない。激痛の中でも西院は生きていることを実感できている事に喜びを得ているから。

「ははっ。生きてる。賭けに勝った」

勝利宣言にはまだ早い。が、それでも笑わずにはいられなかった。99パーセント負けるはずだった賭けに意地で勝ったのだ。轟々と瞬く魔法陣はまるで星のような煌めき。まさに神がなしえる所業と言っても大げさではないのかもしれない。星の導きではなく月の導きを得ている。視線をほんの少しだけ月へと向けてみる。と、まるで恐怖で震えているような表情でこちらを見ているようだ。そんな月に雪は笑い、ざまあみろ、と言い放つ。月に気を取られ過ぎたのか重心が崩れかけ一瞬、魔法陣が消えかかりそうになるが本能で立て直す。

「あっぶない。これで失敗したら死んでも死にきれないよ・・・まっ!死なないけど!」

痛みにも無理やり慣れいつもの口調が戻ってくる。乱れている呼吸を整え意識を出雲の方へと瞬間的に向ける。彼女もまた満身創痍になりながらも必死に約束を守ろうと必死に移動している。雪は自分の意識を出雲の脳へ直接送り、いつも通りの口調で出雲にまた無理難題を伝える。相変わらず命がけの逃亡劇をしていると言うのに傷の事、必死になって逃げている事の文句ではなく西院雪(じぶんじしん)に対しての文句でも言いたげな声色につい気が緩んでしまいそうになる。長い間回線をあちらに回している訳にも行かずすぐさま切り魔法陣形成回路へと繋げる。

「絶対に後で私ぶん殴られるんだろうな・・・けど、その時は有希に体返すからよろしくね」

出雲同様にもう一人の自分が文句でも言いたげなのか大きく鼓動が波打つ。それでも聞こえないふりをしつつ雪は校庭へと視線を向ける。感覚でしか分からなかったが出雲の姿に驚愕してしまう。全身彼女も血だらけであり背中なんて見れたものじゃあない。それでも速度を緩めることなく魔法陣の中へと入り込む。と、同時に獣も魔法陣の中へと駆けこんでくる。

「早く・・・早く・・・」

焦る気持ちを抑え出雲が魔法陣の中から出ていくまで自身の力を抑制し極限まで力を溜める。そして出雲が魔法陣の外へ出た瞬間広げていた手のひらを握り魔封壁を作り閉じ込める。ぐるぐると周りながら体当たりをし始める獣。その度に激痛が雪の体を襲ってくる。何度も激しい衝撃に腕からは鮮血が噴水のように漏れ始める。

「やっば、思ったより時間が無い。っつ・・・」

左目は流血のせいで焦点は定まらなくなっていた。

「えっ!?」

一瞬の油断。獣が放った呪弾は簡単に雪が作った魔封壁を突き抜け轟音をたてながらこちらへ飛んでくる。時間にして西院雪と接触するまで約2秒。1秒。大きな鼓動が西院雪の全身に張り巡られた魔法回路が共鳴する。私たちを無理やり起動させたお前がこの様なところで死ぬことは許されない。今さら死んで詫びようなんてそんな虫の良い話しがある訳がない。生きて死ね。一瞬の煌めき。自分でも想像が出来ない出来事が起こる。ほんの一瞬、出雲の声が聞こえた気がした。間一髪、誰が起こした偶然か必然か雪の真隣に詰まれていた机たちが粉々に粉砕される。位置からして確実に自分に当たっていたであろう呪弾が違う方向へと逸れていたのだ。しかし、好都合。奇跡なんて信じてもいないければ受け取る気もさらさらなかった。が、誰かが作ってくれた最初で最後の(チャンス)。ここで決めなくてどこで決める。片腕で作っていた拳をもう一方の手でも作り突き出した瞬間、獣を捕獲するように銀色に輝く神話(くさり)が上空から下降し獣の両足両腕へと巻きつく。

「ダーインスレイヴノ剣。これで終わり!」

鎖に巻かれた獣は理不尽な力に対しての怒りなのか、これから処刑されてしまうと言う恐怖からなのか怒声と悲鳴を混ぜたような叫び声を雪へ向ける。意思を持っているかのように剣は徐々に獣の首へと体を伝り伸びていき首へと到達する。鋭利に伸びた鎖はすぐに命を取ることはせず、苦しんでいる命をもてあそんでいるかのようにゆっくり、ゆっくりと体中へ食い込んでいく。声帯がやられてしまったのか獣は必死に長く伸びている牙、爪で拘束している剣を破壊しようとするが雪が魔法で呼び出した神話に到底搾りかす程度の歴史が敵うはずなんてなかった。うめき声も徐々にか細くなっていく。ぽたぽたと獣から流れる血液を吸い取っているかのように銀色の鎖は赤く染まりつつある。威勢がよかった獣も人形へと戻り姿が徐々に変わっていく。獣に注ぎ込まれていたであろう血液(マナ)を全て吸い取り終わると鎖は天空へと戻っていく。終わってしまえば呆気ない幕切れ。数分間の互いに命を賭けた逃走劇、闘争劇はこうして幕を閉じる。どさりと倒れ込み呼吸をするのも困難なほど雪は衰弱しきっていた。それでも、表情はどこか誇らしく微笑み夜空を見ていた。静寂が包み本当なら今回の功労者でもある出雲のところへ颯爽と向かいたいところだけれどそうもいかなそうだ。

「うわぁ・・・これ今日中に修復できるかな?」

寝転がりつつ自分の体を修復するため魔力を負傷度が高い場所へと集中して集めていると屋上のドアの辺りからガラガラと勢いよく物が怒りにまかせつつ崩されているような音が耳へと入ってくる。きっと自分が隙間を通ってきた場所を鬱陶しがって無理やりどけつつこちらに向かってきているのだろう。力任せに開けられた扉は壁へ勢いよくぶつかり上の丁番が取れ不格好な扉になってしまう。そんな事をお構いなしに一歩一歩颯爽と肩で息をしつつ西院の側までやってくる。歩行が困難なほど負傷をしている今回の功労者は近くに来るなり片腕に持っていた砂を撒いてくる。

「うわっ!ぺっ!」

「これでチャラにしてあげる。はぁ・・・疲れたー」

そう言うと西院と同様に出雲も横に横たわるように寝転がり空を見上げる。

「ねえ。西院くんって凄い人なんだね」

「急にどうしたの?」

「ん?だって私じゃあどうしようも出来なかった怪物を訳が分からない力でねじ伏せちゃうんだもん。もう少し私にもああ言った場面で適切な対処ができたらもう少し長い時間余裕を持って逃げ切れたと思うんだよね。そうしたらもうちょっとだけ西院くんの負担を軽減できたかもしれないのに。ごめんね。ははっ」

「・・・」

少女の頑張りは奇跡に近いものだった。きっと同じことを違う魔法が使える人物に頼んでも出来なかっただろう。それだけトンデモナイことをやってのけたのにもかかわらず彼女は謝罪をして来たのだ。不甲斐ない自分でごめん、と。自然に不甲斐ない自分に下唇を噛んでしまう。そして、彼女に対してこれから言わなければならない残酷な言葉が喉まで上がって来たのだけれど伝えることを躊躇してしまう。きっとそれは彼女が求めている言葉なのかもしれない。けれど、言ってしまえばそれは終わりの始まり。もう少し出雲とは仲の良い友人で居たかった。これだけ命をかけあった仲なのだから少しぐらいわがままを言ってもばちは当たらないだろう。最大限のわがまま。歴史にも盾突いたのだから今さらこのぐらいのわがままは可愛いものだろう。お互いに致命傷と言われる傷を負いながらも笑っている所はどこからどう見ても人間では無くなっている。しかし清々しいほど彼らは笑い合っている。なにかを思い出したかのように出雲は顔を横へ向けてくる。

「そう言えばさ。いい加減私が命を狙われている理由と視線について聞きたいんだけど?」

「視線?」

急激に体中に暖かく包まれていた熱が冷え切っていくのが分かる。未だに体の修復はよくて2割程度しか戻っていない。死闘という言葉が合っていた闘争であった。が、それは序の口であることを今さらながら気が付く。もしも自分だったなら保険をかけてもう数体ほど街に放しているに違いない。それは分かっていた。が、レイヴノ剣を使った事は確実にこの場所に存在している、と言うことを知らせていたも同然。操っていた本人がどうして出てこない。魔法陣を張り巡らせていたと言えどここまで器用に(にんぎょう)を作っていたのなら相当な魔力を持っている。急に纏っていた雰囲気が険しくなったことを感じ取ったのか出雲は西院の方へと視線を向け直す。

「どうしたの?」

「ごめん。私、君を守るって言った癖にその約束守れないかもしれない・・・」

「え?」

西院が向けていた視線を追う様に出雲も視線をそちらへと向ける。と、月光を照らす二人の影の間にもう1つの影が浮き上がる。その姿はまるで天使のような煌びやかさ。夜会には招待状を送った送り主がいるのは当然。ハッピーエンドを迎えるにはまだ苦行(しげき)がたりない。終わらせるものか。夜はまだ長いのだからもう少しだけ踊りましょう。利用させられたのだからこちらももう少しだけ遊んでもらう。そう言っているかのように目の前の少女は微笑みこちらを見てくる。

「西院。貴方らしくないわね。感情に流されてまさか神話まで使うなんて。貴方にそこまでの力があるなんて正直驚いているわ」

一言一言に気品すら感じられる話し方であるが一方西院はどこか棘のある言葉を投げかける。

「そりゃあどうも。と言うより貴方が首謀者だったとはね・・・。それにそこまで私の事を褒めるなんて珍しいわね。それでなに?今、休憩をしている所だから邪魔してほしくないのだけれど?」

西院の威勢のいい言葉が単なる強がりと分かっているのかからかう様に口元に手を持ってくるなりクスクスと微笑んでいる。

「別に命を取ろうなんて思っていないわ。それに私はただの傍観者だもの。それにそんな姿の貴方を殺したところでなんの達成感もないもの。ただ、少しだけ見ておきたくてね・・・」

そう言うと視線を出雲の方へと向ける。その瞳は真っ蒼な瞳。硝子で出来ているような輝きの色をしていた。瞬間、意識が遠のきそうになってしまう。

「出雲っ!!」

「えっ!?」

西院の叫び声に我に返りすぐさま視線を西院へと向ける。するともう一度口元を隠し笑いだす。

「別に協会が危険視するほどの魔力を持っているようには見えないけれど・・・」

「そうね。別に彼女は一度だけしかその力を転生させていない。たまたま偶然なのかもしれないし」

「そう。別に私はこの世界がどうなろうとも構わないけれど・・・けど、蘇生の力って言うものは何れ拝見したいものね。でも、それは、また、何れ、どこかで」

そう言うと少女は屋上の扉へと向かい歩いていく。するとなにかを思い出したかのように立ち止まり振り向くことなく口を開く。

「そう言えば、街に放っていた人形たちは教会で処分したから。それと、神話(このこと)は黙っておいてあげる。貴方が人間の命を身を挺して救うところを見せ貰ったし。こんなに面白いもの見たのは久々・・・ふふっ」

からかう様な声色で言うと少女は闇へと消えていく。一体何が何だか分からなかった出雲は再度、西院の方へと視線を向けると呼吸が乱れ何度も何度も深呼吸をしている西院が視界へ入ってくる。先ほど以上に疲労しているのが手に取るように分かる。それぐらい出雲には感じない緊張感が少女と西院の間にはあったのだろう。相変わらず質問をした問いに答えてもらっていないが、今はそっとしておいた方がいいのだろう。しかし、どうしてもこれだけは気になってしまっていた。どうして命を狙われるのか?蘇生とは一体何なのか?星の導きとは一体何なのか?そんな確信的な疑問は溢れるぐらいでてきているのだけれど、そのような質問をしたところですぐに返答が返ってくるなんて思ってもいない。何度も同じように無視されたことを覚えている。そう言った直接的な疑問は明日にでも聞けばいいと思いそれではなく、もしかしたらその疑問以上に抱いていた違和感が出雲にはあった。たまに出てくるアレは何なのか問いたくなりつい、問うてしまう。

「あのさ、さっきからたまに女性口調になるけどそれって趣味?いつもは僕とか俺って言うのに私って?」

「はぁ?」

つい西院も何を言いだすかと思えば出雲の問いについ頭から声が出てしまう。西院自身もそんな事を言われるとは思っていなかったらしくおかしくなり笑いだしてしまう。出雲は至って真剣に聞いているのにここまで笑われると気分があまりいいものではない。出雲の無言の威圧に気が付いたのか口元を緩ませながらも口を開く。

「出雲にはどう見える?」

「どう見ても西院くんだけど」

「だったらそうなんだよ。視覚に入って認識できるものだけを信じて過ごせば良い。僕も俺も私もすべては同じ命なんだから」

「よく分からなーい」

そう言うと出雲は視線を夜空へと向ける。視線に入ってきた星空はいつも以上に輝き瞬いていた。出雲同様に視線を夜空へと向けながら西院が口を開く。

「分からないことがあってもいいんだよ。それが強みになることだってある。現に、出雲は獣の怖さをそこまで感じなかったでしょ?」

「感じなかった訳じゃあないけど、不思議と逃げ切れる自信があったかな?けど、ギリギリだったけどね」

「それでも恐怖を知らなかったからできたことなんだ」

「ふーん。そんなものかな」

「きっとね・・・」

「知らない事は死んでいることと同じなんだと思ってた。けど、西院くんを見ていると別にそうでもないかなって思うかな?ちょっとだけど」

特異な訪問者が来客し続くかと思っていた逃走劇はやっと終演を迎える。徐々にいつもの夜が顔を出してくる。非現実の時間は終わりいつもの知っている現実へと徐々に時間が戻り始める。初めての冒険(ものがたり)はあと、もう少しで幕が閉じる。もう少しだけこんな非現実を体験したかったな、なんて思い微笑みながら出雲は本能に従い目を閉じる。最後に見た非現実の景色はいつも以上に輝き美しい星空であった。

「・・・死ぬかと思った!」

ヒロインが寝てしまえば英雄は英雄でなくなる。ただのどこにでも居る青年。異性の前では威厳を保つのが男としてのプライドなのだろう。乱れ始める呼吸。隣では徐々に再生されつつある肉体。

「やっぱり氷蠍座の導きを受けてるだけあって凄い蘇生力だな・・・やっば、本当に朝までに歩けるようになるかな・・・はぁ・・・疲れたけど・・・約束は守れた・・・と言っても僕がやった訳じゃあないけど」

独り言を言っているか、誰かと会話をしているのか西院有希は一人夜空に向かい言葉を吐いていた。その言葉に反応するかのように星が強く瞬き始める。夜風に当たりながら西院は今日起こった数分の闘争劇を思い返し目を閉じる。

2015/04/22

誤字訂正

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