ドキハラタイム
馬車の中で一時間程休んでいるとアクアが戻ってきた。
「あと30分程進んだところに野営に適した場所があるそうです」
「こんなワイバーンやらミミズドラゴンやらが出没する地域で野宿するのか?」
「それがあんなに強い魔物はこのあたりでは見かけないそうなんです」
「どちらにせよ彼女らの王都まで、あと1日くらいの距離があるそうですし、一晩どこかで休むのは確定らしいので」
俺の隣にアクアが座った。
近い、肩が触れ合う位にぴったりと俺に寄り添っていた。
俯いているアクアの顔を覗きみると少し顔が赤かった。
俺は、いつものアクアと違う行動にドキドキしていた。
体温も伝わってくるし、服の上からでもわかる、ふよふよとした感触、それに女の子特有のいい匂いまでする。
ガタゴトと馬車が街道を進みだす。
俺とアクアは野営地に着くまで2人して固まっていた。
マスターがトボトボと馬車に向かっていきます。
それを見届けた私は負傷した兵士達にウォーターヒールの魔術をかけていました。
この程度の魔術でしたら私の魔力は、フレームの魔力炉を使わずとも充分に余裕を残して、残りの兵士達全てを癒せるでしょう。
私は自分の変化に驚いていました。
この膨大な魔力量もそうですし、なによりマスターに触れられるという事実は、心の整理をつけるために敢えてマスターにきつく「馬車で休め」と私に思わず言わせた位の衝撃でした。
今までも私はマスターのことが大好きでしたが、体が小さかったですし、なによりマスター自身に触れられないということから、一線引いた所からマスターに接していました。
それがマスターと同じ目線になるだけでこんなにも大好きな気持ちが膨らむとは思わなかったのです。
顔を赤らめている私に気づいたのかアネッテさんが私に声をかけてきました。
「顔が赤いですけれども体調でも悪いのですか?」
あまり聞きなれない古代精霊語で話かけてきました。
「いえそんなことはありません少し暑いだけです」
私は誤魔化すように言いました。
そうだ、マスターはこの言語を知りません。
肉体を得ることで行使できる様になった「教授」の魔術で、話せるようにしておかないといけません…
と思った所で、私は重大なことに気づくのでした。
「教授」は精密な魔術制御が必要な魔術で、できるだけ皮膚が薄いところ同士を触れ合わせなければ成功しません。
そんな考えていると更に私の顔は赤くなるのでした。
俯いてしまった私を見てアネッテさんは何か悪いことでもしてしまったのかな?と考えたのか
「そうですか、疲れたら休んでくださいね」
と言い、他の作業を手伝いにいきました。
私は最後に残った軽症の兵士達を治療魔術で治すと、マスターが休んでいる馬車に乗り込み、今後の予定を伝えると、マスターの隣にえいやと座りました。
考えるから駄目なのだ。
説明もなしに「教授」してしまおうと思っての、今までの私には無かった大胆な行動でした。
マスターの汗の匂いが私を包み込みます。
決して不快ではないその匂いは、私に正体不明ドキドキとした感情を芽生えさせます。
私は行動も出来ず、そして「教授」の魔術のことも言いだせずに固まってしまうのでした。