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機甲魔術師の異世界転移  作者: タングステン風味
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大和へ

今日は特別な獲物を狩るために丹念に水浴びをして体臭を消し、獲物の痕跡があった場所に朝早くから既に5時間は張り込んでいる。

狙う獲物は警戒心が特別強い兎のモンスター、ミラージュラビット。

こいつは戦闘力は普通の野兎と変わらないけど気配の探知に長けていて、危険を感じるとその名の通り蜃気楼の如く姿を晦ませてしまう上にその逃げ足は神速。

つまり気付かれた時点でこちらの敗北が確定する。

罠で捕ればいいじゃないかと葵さんに提案してみたけど、知能も高いらしく罠にもまず掛からないらしい。

先日はこちらの気配を察知されてしまって取り逃がしてしまったけれど、今日は絶対に逃がすわけにはいかない。


(感謝の印にお姉さんたちにご馳走するんだ!!)


この兎は非常に美味しいらしいのだけれど、その狩猟難易度から市場に出回ることも殆どなく、葵さん曰く王族であっても年に一度食べられればいい方だそうだ。


生息地域も限られており、秘境だとか呼ばれるような人里離れた場所にしかいないらしい。

明日、この島を立つ身であればこれがラストチャンス。


今日は絶対に逃すわけにはいかない。


その時かすかに草むらが不規則に揺れた。


(来た)


予想通りの位置に獲物は現れた。

前方30m草むらの中。

姿は見えないけどこれ以上距離を詰めれば見つかってしまうだろう。


風が吹く。

葉擦れの音に紛れて体にかけていた枯葉を音を立てないように体の上からのかす。


(魔力を使ったら感知される。昨日投げやすいように削っておいた石で)


この前はここで失敗した。

直接兎を狙って石を投擲したら殺気に反応したのか避けられてしまった。


なので


風を読む、数秒先に兎がいるであろう地点に着弾するように。


…今。


仰向けの体勢から獲物を直接に狙わずに斜め上方向に高く投げる。

少し広がった”逆U”の字の様な軌跡で石が兎に向かって飛んでいく。


そして


着弾


…逃げるような気配はない。


立ち上がり兎がいたであろう場所に駆け寄る。


そこには丁度脳天に石がぶつかり気絶している一匹の大きな兎がいた。





3、4kgはありそうな兎を背負って水上コテージに急ぐ。

お姉さんたちはどうやら外出中…精霊語の書置きがあった。


どうやら温泉に行っているらしい。

夕食までには帰ってくるそうだ。

お姉さんたちはお風呂が大好きらしいので多分暗くなる少し前位に帰ってくると見た。


なら好都合、帰ってきた時にびっくりさせてあげるんだ!!


魔力を持ったモンスターの肉は酵素の働きが強いらしく、半日程度熟成すれば丁度いい塩梅になるらしい。

少し前に食べた熊もモンスターであったらしくその日の内に食べても十二分に美味しかった。

なのでミラージュラビットも今日の夕食にいい状態で出せるだろう。


兎は軒先に吊るしておく。

兎は焼くと固くなったりパサついたりするけど、ミラージュラビットは肉質が柔らかくて脂質も多いらしく焼いて食べるのが一番美味しいとされているそうだ。

因みに内臓もちゃんと冷やしてとってある。

これも夕食の時に焼いてやろう。


さて、ウサギにばかり気をとられてはいけない。

残りの料理も作り始めるとしますか。



夕暮れ時になりそろそろ料理も仕上げの段階に差し掛かった時にお姉さんたちが帰って来た。


「あら~?とってもいい匂いね。ショウが夕食を用意してくれると言っていたけれどこれは期待ね」


ルイザさんがキョロキョロと匂いの発生源を探しながらリビングに入ってきた。


「お帰りなさい。もうすぐ出来ますから席についてくださいね。あ、葵さん達もお帰りなさい」


「翔君ただいまー。今日はご馳走になるわね」


「はい。日本酒…大和酒ですよね?ちゃんと冷やしておきましたんで楽しみにしていてくださいね。あっ!!イレーネさんも今日は椅子に座っていてくださいね?僕が全部用意しますんで」


多分手伝ってくれようとしたのだろう。

イレーネさんが厨房に入ろうとしたところを呼び止めた。


「え?そう?でも、盛り付けや配膳位は」


「いえ、もうほとんど終わっているので大丈夫です。今日は皆さんがゲストですし座っていてくださいね」


そう言いながらつまみ食いの常習犯であるイグニスさんをとっ捕まえて椅子に連行した。


「ショーぅ」


そんなに泣きそうな顔しなくても、もうすぐご飯ですからね(ぷんすか)。


お姉さんたちが全員席についたところでこの島での最後の夕食を始める。


「ルイザさん乾杯の挨拶をお願いします」


「わかったわーえーっと、堅苦しい挨拶は抜きにして、ショウこれからもよろしくね?乾杯ー!」


「「「「乾杯!!」」」」


ちりんちりんと杯を鳴らし合い杯を傾ける。


うん、ジュース美味しい。

お姉さん達は冷酒をワイングラスでぐびぐびいっている。


「ふはーやっぱりお酒ってのは美味しいわねえーショウも飲む?」


「飲みませんよ。未成年ですから」


「はあー人間ってのは固いわねえ。ま、ショウが大人になった時の楽しみにとっておきますかね」


サラダから始まりお酒に合うような海と山の幸をふんだんに使った料理を4品ほど出して場も温まってきたところで厨房に引っこみ、メインディッシュのミラージュラビットを焼きにかかる。


塩コショウで下味をつけたウサギ肉をいい感じに温まったサラダ油の入ったフライパンに放り込みソテーしてやる。

肉をフライパンに入れた瞬間にむわっと匂ってくる良質なタンパク質の焼ける匂い。

これは食べなくても分かる。

絶対に美味しいと。

っといけないいけない、別のフライパンでソースを作らないと。

イグニスさんに貰った果物の中にオレンジの様な柑橘系の味がする果物があったので、そいつを使ってソースを作る。

しぼり汁とはちみつを少々それと白ワインとバターを混ぜ合わせてフライパンで温めてソースを作った。

ウサギ肉がいい感じになって来たので裏返し、作っておいた付け合わせの人参グラッセを温め直してと。


そうこうしているうちにウサギ肉が焼きあがってきた。


うーん、ソースをウサギ肉に掛けてもいいものだろうか?

このままでも十二分に美味しいだろうしなあ。

よし、方針転換ソースは混ぜ合わせずお皿に添えるだけにしよう。


ふと視線を感じて後ろを見ると厨房の入口にイグニスさんが唾液を口の端から垂らしてじっとこちらを見ていた。


「もう出来上がりますから」


「うん」


じー


「あと3分で持っていけますから」


「わかった」


ウサギ肉を皿に盛りつけてソースを皿の端に掛け、人参グラッセを添えてっと。


「今日のメインディッシュのミラージュラビットのソテーです」


「「「ぶっ!!!!!?」」」


ショウとイグニス以外のミラージュラビットの価値が分かる人達が一斉に吹いた。


「昨日からやけにミラージュラビットの事を聞いてくると思ったら本当にとってくるとはね…翔君は知らないだろうけどこの量なら…大和の一般的な成人男性の年収位はするわよ?まあそんな量が出回ることはほぼないだろうけど」


「そうなんですか?あ、あと内臓もいい状態で保管してますから後で焼いて出しますね」


兎にも角にもこのお肉の味が気になって仕方がない。

椅子に座ってナイフとフォークを手にしてナイフを入れる。

固過ぎず柔らか過ぎない絶妙な硬さだった。

まずはソースをつけずにいただくことにする。

口に入れるとうまみが静かに爆発した。

何だろう、濃厚な鶏肉っぽい味だけど油も適度にのっていてその油が凄く甘い。

適度な固さを保っている肉を噛めば噛むほどその油と共に肉の旨みが出てきている。

それでいて決してくどく無くて、どちらかというとあっさりした味とかさっぱりした味といえるような凄く不思議な感じ。


「美味しい」


一口目を良く噛んで味わい、二口目はソースをつけて食べる。


柑橘系の爽やかな風味の甘いソースに見事にマッチというか多分どんなソースにも合うような気がしてくる。

ふと隣の席から視線を感じた。

イグニスさんの皿にあったソテーは綺麗さっぱりと無くなっており、何かせがむような視線をこちらに向けてきている。


「…実はもう一枚だけ焼いてあるんですけど、要ります?」


こくこくこくこくこくと首が外れるんじゃないかって位に首を縦に振る。


「イグニスったらはしたないわよ?はぁーそれにしても美味しいわね。この前食べたのは確か…200年位前かしら?ショウ厨房に行くついでに白ワインもお願い」


「はいはいちゃんと冷やしていますよ。ちょっとだけ待って下さいね」


どうやらお姉さん達はとっても喜んでくれたみたいだ。





全ての料理を平らげて食器を洗ってリビングに戻ると、お姉さん達が食卓から場所を変えソファーで焼いた兎のモツを食べながらちびりちびりとお酒をやっていた。


「ショウ君ごめんね?片付けまでしてもらって」


申し訳なさそうにしているのは酔いで若干とろんとしてきたイレーネさんだった。

普段から家事をしているから、片付けというのがどれだけ面倒臭いのかわかっているからこその言葉だった。


「いえいいんですよ。今日は感謝の気持ちを伝えたくて催したパーティでしたから」


「うっ、ショウ君はいい子ねぇ」


シュルリと蛇の下半身が伸びて来たかと思うと僕の体を巻き取ってソファに引き寄せられる。


「イ、イレーネさん?」


「ふーんふーんふふん♪ふふ♪」


さっきまで人間の足だったのにいつの間に…。

拘束されたままだけど仰向けに寝かされて頭を撫でてくれる。


「あーらら、ふふっイレーネったら酔っちゃったのかしら?ショウ、竜人にとって巻きつくという行為はかなり上位の愛情表現なのよ。ま、こうなるのは時間の問題だとは思っていたけれどね。あーやっぱりこのハツの部分が一番おいしいわぁ」


「あー!私も翔君をなでなでしたい~」


グラスを片手にソファに近寄ってきた葵さんが、頭を撫でり撫でりと優しく撫でてくれる。


「あの?僕いつまで拘束されていればいいんでしょう?」


「それは、イレーネとアオイの気が済むまででしょう?あっイグニスもか」


さっきまでうつらうつらとしていたイグニスさんまでにじり寄ってきて、咥えた。


僕の耳を。


「うーんペロペロ、むふー美味しー、けぷ。すうすう」


咥えながら寝ていた。

時折、ぞろりと舌が蠢き何ともくすぐったい。


「大人気ね」






「うーんぅ?」


暑苦しさに目を覚ました。

柔らかな感覚とすべすべとした不思議な感覚が体を包み込んでいる。


「…動けない」


思い出した。

あのままイレーネさんが寝てしまって仕方なく僕も寝たんだった。


「イレーネさん起きて下さい。イレーネさん」


すべすべとした不思議な感触の鱗をぱしぱしと叩く。


「うぅーん?…おはようございまふ。ふぁー…えっ?」


どうやら自分の状態に気づいたみたいだ。


「あ、えっとその…これは違うんです。えっとえっと」


何だか慌てているご様子。

ルイザさんが昨日巻き付くという行為は愛情がどうとか言っていたけれど多分そのせいだろうな。


「取り敢えず…トイレに行きたいので拘束を解いていただけませんか?」


危なかった結構ぎりぎりだった。




僕とお姉さんたちは船着き場に停泊していたルイザさんの魔導船の前で最終チェックをしていた。


「忘れ物はない?出発すると簡単には戻って来れないからチェックは念入りにね?」


元々僕の持ち物なんて何で着ていたのかわからないぶかぶかのパイロットスーツと、イグニスさんに貰った服位なものだ。

それと、ミラージュラビットの毛皮か。

毛皮は綺麗な銀色でどうやら高く売れるらしい。

大和で売り払ってお小遣いにしたらいいとのことだ。


「イグニスちゃんもいい?」


「大丈夫」


巨大なリュックサックを背負ったイグニスさんがよろよろしながら言った。


「じゃ、ヤマトに行きましょうか」


船に乗り込みここから東にあるという大和に向かって出発した。

いつになったら翔は戻れるのでしょうか?

それは作者の気分次第。

多分恐らくもう少ししたらアクアちゃん達と再会するかもしれないし、そうでないかもしれない。

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