プロローグ
背後に暴力的なまでの魔力の圧力を感じる。
まったく魔術の才能がない一般人でも、たとえ5km離れた場所でさえ感じられるであろうその魔力の奔流は俺のすぐ後ろに迫っている。
魔術で武装を格納する余裕すらなかったので、すでに弾切れとなった魔術式滑腔砲を爆発ボルトを炸裂させパージし機体重量を減らす。
既に臨界寸前となった魔術炉を酷使しブースターを吹かせているにも関わらず、死神の鎌はすぐ後ろに迫ってきている。
機体のモニターにはいくつもの警告がところせましと並べられ、アラームがひっきりなしに鳴り響いている。
いつも冷静なパートナーの声も機体制御に集中しているのか聞こえない。
そんな状況で遂に機体が限界を迎える。
魔力炉が限界で停止し、俺自身の魔力も尽きたのだ。
「マスターごめんなさい…」
その瞬間あっさりと死神の鎌は俺にたどり着き視界がブラックアウトした。
思えば 今日は朝からついてなかった。
朝起きて学園に行くときには靴紐が切れ、横断歩道を歩けばトラックに轢かれかけ、トラックを避けようと華麗にバックステップをすれば、マンホールの蓋が何故か開いており下水道に落ちかけた。
学園についてからは恒例の ~購買部のパン争奪戦昼の陣~ に大敗し、昼飯を食べられなかった位で、特に何事も無かったが 、家に帰る時に運命の連絡を受ける。
テロリストが魔術式発電所を占拠、至急現場に急行せよ
お気づきかと思うが俺こと相羽翔は普通の学生ではない。
家のじいさんが機甲魔術師で機甲魔術師になるための英才教育?を俺は受けていた。
幼稚園に入る頃には魔術の深淵を学び初め、小学校に上がる頃に山に着のみ着のまま放りだされて1カ月とか色々やった。
この頃にはおじいちゃんと呼んでいたのが、クソジジィに変わっていた。
それくらい過酷な日々を過ごしていたかいあってか、同年代の魔術師など敵ではない位に強くなっていた。
機甲魔術師になるためには、前提条件として魔術師であること以外に、条件はたった2つである。
魔術外骨格(通称フレーム)を持っていることと、精霊と契約していることである。
フレームはなんとかなるにしても、精霊と契約することは生半可なことではない。
俺はまぁお涙ちょうだいな出会いをして精霊と契約できたのだが、その辺は今は割愛させてもらう。
そんなこんなで、機甲魔術師の資格を取得し、色々、本当に色々あって我が国の諜報機関にスカウトされ今にいたっているのである。
「マスター、ヘリが此方に向かっているそうです」
俺の契約精霊であるアクアが、肩に腰掛けるフリをしながら言った。
「お腹すいたし、飯食べてからにしない?」
俺こと相羽翔
「そんなこと言ってないで早くいきますよ!!至急って書いているじゃないですか!!しかも急行と至急って2重に急げって書いてあるしっ」
そんな風にいつも通り1人と1柱が、じゃれあいながら現場に向かって行くのだった。
現場にたどり着くとチームメンバーである須藤が声をかけてきた。
「今日の調子はどうだ?」
「普通です」
「若者なら元気ですって答えなくちゃいかんぞ!」
笑いながら何でもない話を振ってきて、こちらの緊張を解してくれる。
「状況はどうなってますか?」
作戦指揮車に向かいながら須藤に尋ねる。
「最悪だ最悪、やつら大型魔術炉に爆弾を仕掛けやがった」
「テロリストの要求は?」
「やつらの首領の解放」
「無理言うなよ…」
「俺に言うな」
投げやりな会話が展開される。
「要求が通らなければ?」
「当然魔力炉の爆破、因みに付近一帯の住人を避難させた場合も爆破すると脅されている」
「アクア、魔力炉が爆破された時の被害は?」
「簡単に言いますと、付近一帯が地図上から消える位です」
「流石機甲魔術師の任務ですな、責任重大だ」
「茶化すな、とりあえずブリーフィングを受けるぞ」
作戦指揮車に入ると俺の直属の上司がいた。
「遅かったな、お前達で最後だ」
「…はい?」
どう考えても作戦を遂行するのに必要な人数が揃っているとは思えなかった。
「此所に詰めてる魔術師達は?」
「全滅だ、応援はこっちに向かっているが間に合わん、この人数で決行する」
とりあえずお前達で最後ってなんぞ、俺達しかいないじゃないかこのハゲと心の中で悪態を尽く。
因みに俺の上司はハゲてはいない。
「ブリーフィングを始める」
文句を言う暇も与えず作戦を開始するのだった。
「外との連絡はとれないか」
通信妨害を受けている以外は、作戦は順調に推移していた。
此所に詰めていた魔術師達が敵の数をかなり減らしてくれていた為、テロリストの警備網に僅かな隙があったのだ。
俺がステルス系の魔術を使い、敵に見つかることなく魔力炉に到達、爆弾を結界で無力化。
遠隔操作で爆発出来ないようにした。
後は通信で須藤にコンタクトをとり、須藤が正面から突入した。
魔術外骨格の圧倒的なまでの戦闘力を以て敵を制圧していった。
俺はというと須藤に通信を入れた後、魔力炉がある部屋の敵を排除し、部屋を結界で覆うと、人質を解放すべく立ち回っていた。
「流石に見つからずにやるのはここまでだな」
異常に気付いたらしいテロリストが戦闘体制に入る。
「マスター、フレームを装着しますか?」
「ああ、やるぞ」
俺は、召喚の術式を使い虚数庫にアクセスした。
虚数庫にはフレームと武装、それに使用する弾薬が入っており、自由に取り出すことができる。
アクアが今の状況に対応した武装を瞬時に選択、虚数庫内でフレームに取り付けていく。
最後にアクア自身がフレームの小型魔力炉に同化しフレームに火を入れた。
灰色だったフレームがアクアの属性である水を象徴する、セルリアンの色に置き換わっていく。
「フレーム起動に成功」
「着装!!」
俺の体に角ばったフォルムのフレームが装着される。
その姿は中世におけるフルプレートの騎士の様であった。
武装は、両手に5.56mm魔術式突撃小銃、右肩部に魔術式滑腔砲、左肩部にミスリル合金製のブレードがマウントされていた。
「人質を確保した後、須藤と合流、その後脱出する、いくぞアクア!!」
「了解!!マイマスター!!」
人質が監禁されている部屋に到達、扉の前にテロリスト2人を発見した。
「部屋の中から生体反応1つ検知」
アクアが恐らく人質のものであろう反応を報告してくる。
「万全を期すため、策敵用の魔術を使うことを提案します」
アクアが突入プランを呈示してきた。
「策敵魔術は敵に察知される可能が高い、このままでいく」
俺は廊下の角を曲がり、前に走りこみながら突撃小銃で片方の敵を狙う。
敵の胴体辺りに照準しトリガーを引いた。
ハンマーが落ち、弾丸がバレルに刻まれた氷を示す魔術文字と弾丸に込められた魔力とが反応し、凍結の効果を持った弾丸が銃から吐き出される。
弾丸は敵に到達し、敵は悲鳴を上げることなく全身を凍らせた。
ようやくもう片方の敵が此方に銃を向け応戦してくる。
「ぅああああ!死ね死ね死ね!!」
錯乱状態でとサブマシンガンをガク引きしていた。
フレームに9mm弾が何発か着弾するが勿論傷1つつかない。
カチカチカチとサブマシンガンが弾切れを訴えているが、敵は頑なにサブマシンガンのトリガーを引きっぱなしにしていた。
何故俺が足を止め、そいつを撃たれるままに無視しているかというと、モニター上に魔力反応を検知していたからだった。
「敵魔術師の反応を検知!」
部屋の中から魔力の反応を検知したということは魔術が行使されようとしている。
敵は恐らくステルス系の魔術を使っており、こちらのパッシブセンサーを誤魔化していたのだろう。
痛恨のミスである。
一瞬考えた後、肩部にマウントしていたブレードを装備した。
部屋の中で魔術を長々と詠唱していた敵が遂に姿を現す。
「集え業火よ、エクスプロージョン!!」
瞬間的に炎が収束し、廊下に巨大な炎の塊が出現し、味方をも巻き込み爆裂した。
「やったか?」
自慢のエクスプロージョンを放った魔術師が呟く。
「そいつは負けフラグだよおっさん」
煙に紛れ、煙を切り裂き接近したセルリアン色のフレームが純白の刃を走らせる。
「えっ」
と一言呆然に声を発し敵の魔術師は倒れた。
「迂闊ですマスター、1つ間違えば人質が殺されてましたよ」
アクアが翔を責める。
「すまん」
胸に重く刻みつけながら答える。
「救助に来ました」
と言いながら部屋に拘束されていた20代位の女性を解放する。
「ありがとうございます」
気丈にも微笑み礼を述べてきた。
「他に捕まっている人はいませんか?」
辺りを見回しながらモニターに映されるであろう生体反応を探す。
「もう私しか残ってません、同僚は皆殺されて…」
泣き出しながら話す。
「マスター、よく考えてから発言してください」
またアクアに怒られた。
確かに配慮が足り無かった、彼女1人しかどうみてもこの部屋に生体反応が無いのだから。
「助けられなくてすまない」
彼女を落ちつかせる為に、軽く抱きながら言う。
「いえ助けに来ていただけただけで本当感謝してます」
「早く須藤さんと合流しましょう」
アクアがムスッとしながら最もなことを提案してきた。
「そうだな」
と一言答え、須藤とコンタクトをとる。
「人質は1名を救出、他は全て殺害されていた」
「了解…すぐそちらに向かう、合流したらすぐにここから出るぞ」
あとから来る応援と共に施設内を虱つぶしにする作戦だった。
「了解、ここで待機する」
数分後、須藤と合流し出口に向けて移動を開始した。
「敵はあらかた排除したが、生き残りがいるかも知れん警戒しながらいくぞ」
須藤が先導しながら注意を促してきた。
「了解」
防護の魔術を女性に施しならがら答えた。
「堅牢なる城壁よ、あらゆる脅威から彼の者を遠ざけよ、フォートレス」
これで数分間多少の銃弾や中級までの魔術なら防げる。
救出した女性を抱えながら出口へと急いだ。
脱出まであと数分といったところで、魔力炉のあった部屋に施した結界が解除された。
「なに?!」
俺の施した結界は単なる結界ではない。
アクアと共同で編み上げた式で作られた結界はそう簡単には破られないはずであった。
「どうした」
須藤が俺たちの異変に気づき問いかけてきた。
「結界が破られました、まだ爆弾を覆っている結界の方は無事ですが非常に危険な状態です」
アクアが俺に変わり報告する。
須藤が若干の焦りをみせながら指示をだした。
「俺はこのまま救出した人質を脱出させる、お前は先行して敵を抑えに行け」
「了解すぐに向かいます」
「頼んだぞ、俺は彼女を脱出させてから、そちらに向かう」
「マスター、結界が侵食されてます!急いでください!」
「わかってる!!」
ブースターを全力で吹かしながら言った。
俺は壁を蹴り角を曲がり、時には魔術を駆使しながら曲芸の様な機体操作で来た道を戻っていた。
そして魔力炉に到達し結界を破壊した敵と相対する。
黒色をしたフレームを纏っている謎のテロリストが言った。
「一足遅かったね」
黒色のフレームは解呪の術式で、俺の施した結界を破壊した。
結界が破壊された以上、すぐさまこのフレームを排除し、爆破される前に奴を仕留めなければならない。
構えていた突撃小銃で敵を撃ちながら被弾覚悟で足部をアイゼンで床に固定し、肩部にマウントされていた魔術式滑腔砲を連射する。
黒色のフレームは片手でシールドを張り、こちらの銃弾を防ぎあっさりと爆弾のスイッチを押した。
魔術によって強化された爆弾は爆発し、魔力炉の外殻を破壊する。
むき出しになり制御不能となった魔力は膨張を始めた。
「いけない、マスター!!」
アクアが声に焦りを浮かべながら爆風をウォーターシールドで防御する。
詠唱なしで魔術を行使したためか防ぎ切れなかった爆風が機体を痛めつける。
「ぐぁぁっ…」
と声が勝手に口から漏れでる。
「マスター!早く脱出を!」
痛みでぶれる意識を精神力で持ち直すと共に、機体状況を確認する。
全身に満遍なくダメージを負っていて、モニターに表示されたコンディションはイエローに染まっていた。
機体に生じたダメージによるエラーを処理しながらアクアが叫ぶ。
俺はアイゼンを解除し敵フレームに向けて突撃小銃を撃ちながら部屋から飛び出した。
いつの間にか通信妨害が解除されている。
「任務失敗、魔術炉は暴走した!発電所から離れろ!!」と通信で叫んだ。