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検索除外中のお話置場

くさくてまずい


「オズっ!」


「…うん? ミーア? どうしたの?」


 忙しなく駆け寄る足音に、オズは読みふけっていた書物から視線を上げた。


 昔一人で行き倒れているのを拾い上げて以来面倒を見ている人の娘は、一言で言えば「賑やか」だった。もう十代後半で、人の世界では大人と扱われる年齢に達しているはずなのに、そう言う所は昔から変わらないし、ミーアらしくて、愛らしいとオズは思う。人懐っこさは返って心配になる事もあるけれども。


「あのね、今ラルドに聞いたのっ」


 ワンピースの裾をはためかせながら駆け寄ったミーアは、大きな声でそう前置いた。


 ラルドと言うのはオズが家族同然に育った仲間である。

オズと同業者であるラルドは吸血鬼だった。当然、オズもそうだ。

 吸血鬼の糧は当然ながら血液で、そこに細かな指定は無いが、吸血鬼は大抵他の動物ではなく人の血を好む者が多かった。オズもラルドもそれは同じだ。


 既に成長期は過ぎたオズの外見は、人間で言うと二十代前半ほどだった。

 美麗さを問うなら中の上位だろうというのが本人の認識である。

 栄養補給の為に相手を誘惑しなければならない淫魔とは違うため、吸血鬼の容姿レベルは淫魔のそれほど高くはない。淫魔は相手を誘惑して乗り気にさせる必要があるが、吸血鬼は血管に食らいついてしまえばそれでOKなのである。とりあえず。だから殊更整った容姿の吸血鬼と言うのは珍しく、オズもラルドもそういう意味で言うならどちらかと言えば稀少な方だった。


「ラルドが来てるの?」

 駆け寄り、オズが腰かけていたソファ――オズの隣に陣取ったミーアがオズのシャツをぎゅっと握りしめてきた。手にしていた本をミーアとは逆隣に閉じ置きながら、オズは眉をひそめて呟いた。

 食料確保の問題から、吸血鬼は一定間隔の縄張りをつくる。

 淫魔が糧とする精気よりも、血液は人の体内で補給されるまでに時間がかかるからだ。

 造血されるよりも吸血する方が多ければ、人は簡単に死んでしまう。それ故に縄張りを作り、人を食いつくしてしまわぬようにと吸血鬼側で配慮しているのだ。

 だが、オズとラルドはその縄張りが同じであるという珍しい吸血鬼達である。

 住処はさすがに違うが、そう言う理由で成人してからもそれなりに交流は多い。

 オズがミーアを拾ってから、交流はよりいっそう増えた。

 ミーアの血を吸いに来るのではなく、単純にからかって遊ぶ為に来る。

 ラルドがミーアの血を吸う事は無いと確信しているのだが、あまりに頻回にミーアに構いに来るのは、オズとしてはあまり面白い物ではなかった。




「あの、ラルドがね、教えてくれたんだけど」

 

 顔を伏せながら話し出したミーアを、オズはぼんやりと見つめていた。

 見惚れるとも言うだろう。

 拾った時薄汚れていた子供は、今ではすっかり綺麗になった。




 拾ったのは気まぐれだ。

 食事を終えた帰りに、行き倒れているのを見つけた。

 周囲には誰もいなかった。この子供は誰からも必要とされていないという事だ。


 ならば、普通の食事のように一人ずつから血を吸いを加減しなくてもいいのではないだろうか。だって、誰もいらない子供なのだから。僕が好きに使っても文句は出ないはずだ。


 もしもこの時オズが空腹だったなら、空腹ではなくても多少胃袋に余裕があったなら、ミーアはその場で血を吸い尽くされ、息絶えただろう。

 だが、オズは丁度食事を終えたばかりで、満腹だった。

 ただ、少しもったいないな、と思った。

 おそらく次にお腹が減った頃には、この子供は生きていないだろうと分かったから。

 ならば連れて帰ろう。どうせこの子供には、逃げ出すほどの体力はない。取っておいて、空腹になったら食べよう。


 そうやって次の食事のつもりで持ち帰った。

 そして啜った血の甘さに魅入られ、もったいなくて一度で食べきってしまうなどできなくなった。

 以来、オズはミーアを囲っている。

 ――時々、少しだけ血を吸って。




「わ、わたしの血っ、くさくて、まずいって、本当っ!?」


 耽っていたオズの思考が衝撃で固まる。今のは幻聴に違いないと願い見た視界では、ミーアが目に涙を溜めながらぷるぷると震えていた。


「わたしの血、おいしくないって、むしろまずいって…オズ、我慢して飲んでたの?」


 眠ったミーアからこっそり血をもらっていたのは拾った当初の頃、回数で言えば指折り数える位しかしていない。

オズが吸血鬼だとミーアが理解し、一気に飲み干すなんてもったいない事はせず、生きながらえさせて少しでも長く多くミーアの血をもらおうとオズが決めてから、期間、量を決めた定期的な摂取が続いていた。申し出たのはミーアの方だった。

 面倒を見てくれているオズへ、ミーアが最大限に返す事が出来る礼である。オズは喜んでそれを受け入れてきた。

 だってミーアの血は、香りも味も甘くておいしい。アルコールを含んでいるわけでもないのに、ミーアの血はひどくオズを酔わせるのだ。

 もっと、もっと、と貪らない様に、理性を働かせるのが厳しい位、ミーアの血は極上だった。

 甘さが強いのは、ミーアが純潔であるのも理由だろうとはオズも分かる。

 だが、それだけが理由ではない。


 ミーアの血本来の甘さと、己の身を喜んで差し出す健気な彼女の姿と、オズへと向けられる異種を恐れぬ純粋な好意――それらすべてが相まって、なおいっそうに、オズを酔わせ、溺れさせるのだ。








「ミーア、誤解してる。ミーアの血はおいしいよ?」

「でも、ラルドが」

「ラルドと僕は違うでしょう? 僕の言う事が信じられない?」

 狼狽する様子のミーアは、オズがそう言うと少し落ち着いた様子だった。なにか言いかけた言葉を飲み込むような動作をして、堪える。その動作に堪え切れなかった涙が、ミーアの頬を伝い落ちた。

「……………そんなことない」

 消え入りそうなミーアのその言葉に、オズの表情は思わず緩んだ。積み上げた信頼の高さを確認する行動は、どんな時でもオズの気分をひどく高揚させる。

 ただ、自分をまきこんでミーアを傷つけたラルドへの苛立ちは丸きり別ものなワケで、 濡れた頬を取り出したハンカチでぬぐってあげながら、オズは脳内でラルドを恨んだ。


 どういう話の流れでそんな話題にたどり着いたかは分からない。ただ、ラルドの発言は、何となく分かる。

 ラルドとしては恐らく正直な感想を言っただけなのだろう。

 彼はオズと同じ吸血鬼だが、ラルドの味覚は少々変わっているのだ。

 それ故に、ミーアの血はラルドの好みではない。ラルドとミーアが会う事、ミーアの身の危険を心配しないのもそれが理由だった。二人の間に好意が芽生える心配も、おそらくない。

 ミーアの好意ははっきりとオズに向いているし、ラルドも、オズがミーアを囲っているように、ラルドはラルドで非常食として人間の娘を囲っているからだった。もっとも、恋人も兼ねている二人の関係は、オズとミーアのものに比べてかなり進んでいるが。淫魔ではないからと言って、快楽に興味が無いわけでは無いのだ。それはオズとて例外ではない。


「でも、だって、オズ、わたしの血いつもちょっとしか飲まないじゃない。まずいから、飲むのに時間がかかるんでしょ」


 気を抜けば、欲望のままに貪り食うだろうという予想は簡単すぎるほどに立っている。ミーアを殺してしまわないようにと、オズは欲求を堪えて、極少量を、時間をかけて堪能するのだ。直接牙を突き立てないのだって、そのまま衝動的に貪らない様にと気をはっているというのに。


「少量なのは、そうしないとミーアの身体に負担がかかるからだよ。僕が欲しいままに貪ったら、貧血になるどころかミーアはすぐに死んでしまう」

「大丈夫」

「何を根拠にそう言えるの…」

 拾った頃よりも確かに成長したはずのミーアの身体は、それでもオズから見れば華奢の一言だった。力加減を間違えれば、簡単に壊れてしまいそうで、恐ろしい。

 オズに比べて脆弱なミーア。それなのにミーアは自分が弱者であるという自覚がない事も、怖い。

 怯えないでいてくれるのはオズにとっては嬉しい事だけれども、ミーアを気付つけすぎないように配慮しているという事をそろそろ理解してほしかった。

 思わずため息がこぼれる。


「オズ、正直に言っていいから。わたしが血を飲んでっていうの、迷惑だったんでしょう?」


 もう無理して飲まなくていいよ、とミーアの言葉は続き、オズは固まった。

 たぶん、10秒くらい。


 自分にとって都合の良すぎる申し出が今撤回されかかっている――という事を理解するのに少し時間がかかった。

 先程一緒に固まっていた心臓は、今、忙しなく拍動し始める。逃がすまいと、ミーアの手首を握りしめた。彼女が苦痛を感じない程に、加減して。

「迷惑じゃないってば。僕がミーアの血をいらないって言った事ないでしょ?」

 何でもいい。とにかくミーアを納得させなければ、働かせるオズの思考を、またミーアが壊した。

 こう言って――


「それに、わたしが月のものになると、近づくの、避けてるし」


 ――避けるだろう。

 牙を立てずともノドが渇きを覚える甘い香りがするのだ。

 鼻先にニンジンをぶら下げられている馬のような状況である――とオズは分かっているから堪えているのである。ニンジン食いたさに全力で駆ける馬のごとく行動すればどうなるか。想像は容易かった。


 ミーアの『今』の血は極上だ。だが、もしも彼女の純潔を奪ってしまっても、オズにとっては極上であり続けるに違いなかった。

 だって――


 そっとミーアの背へと腕をまわし、引き寄せると、ミーアは何ら抵抗もなくオズの腕の中へと落ちてきた。

「僕が避けるの嫌?」

 問いかけに、新たな涙を浮かべながら、ミーアはコクコク頷いて、身を寄せる。


 ――そこには間違いなく好意が伴うのだから。



 傷つけないためにと払った注意で誤解されるなんて冗談じゃない。

 そんなくだらない事で避けられるくらいなら、疑いの種を根こそぎ枯らしてしまおう。


 別に、おいしいからってもったいぶってミーアの純潔を守っていたわけじゃないんだから。









「…………味覚音痴?」

「そう。あいつの味覚は普通じゃないから、気にする必要ないよ」

「でもわたしの血が、くさくてまずいって」

「…甘味が強いからじゃないかな? あと、雑味もないし…というか、匂いは分かるけど、血がまずいって…ミーア、味見させたの?」

「…」

「ミーア?」

「……」

「そう、話してはくれないんだ? じゃあ、喋りたくなるように頑張ろうかな?」

「ぴゃ、や、ご、ごめんなさいっ」





 ミーアとラルドで論争して、結果オズに丸投げというのが最初の構想だったのですが…ラルドどこ行った? という状態に。なぜこうなる??


 ご閲覧ありがとうございました。

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