4 緊急退院と欠片
「ルーク、聞いてくれ。大切な話しがある。俺はこの眼で確かに見たんだ。ここに天使がいる!すげぇだろ?」
一瞬、自分の耳が聞き間違えをしたのだとルークは自分の耳を疑った。
だが、そうではないらしい。
今、目の前にいるヘンリーは乙女のように頬を赤く染め、何事かを呟き、のた打ちまわっている。
決して自分の耳がおかしくなった訳ではないらしい。
「くぅ~。あの流れる髪の艶やかさ。白く陶器のような肌に桃色の花びら色の頬。赤く熟れた果物を思わせる唇。極上の水晶に優る煌めく瞳。そして慈愛に満ちたあの微笑みこそが、パーフェクトに天っ使!ビューティホー天っ使!」
注意深く観察しつつ、ルークは考える。
休憩に行く前は、いつもと変わらぬヘンリーだったはず、と。
ルークは、乱雑に揺り起こされた。
パッと眼を覚ませば、廊下の窓がうす暗いながらも明るい。面会時間ぎりぎりまで病室にいたアリスが帰り、消灯時間前に看護婦がやって来て脈や体温を測った時には窓の外は暗かったはず。
どうやら見張りの最中のうたた寝から朝を迎えたのだろう。
「ルーク。俺、腹減ったわ。食堂開いてっかな?行ってきていい?」
「・・・えぇ。よろしいですよ。いくらなんでもこの時間ならウィリアム様もいらっしゃらないと思いますしね。ゆっくりしてきて下さい」
「結局いつ来るんだろうな?交代の奴も、来ないしさ。まぁ、いいや。よろしくぅ~」
眠たそうに眼をしばたたかせながら、ヘンリーはぴらぴらと手を振りながら食堂へ向かって行った。ルークは病室のドアを薄く開け、カーテン越しに眠っているミリーを確認すれば静かに閉め警備に戻ったのだった。
(休憩中に何かあったのですね。この人は本当にもう)
ヘンリーは、何故か休憩に行くと言った時とは別の廊下から戻って来た。俯いてフラフラしながら歩き、少し様子がおかしいと感じたルークが先に声をかけたのだ。
「ヘンリー?随分長い休憩でしたね?様子がおかしいですよ。いかがしましたか?」
ヘンリーは、問いかけにも答えずに俯いたまま何も言わずルークの前に立つ。
右手を肩に置き「なぁ、ルーク」とヘンリーにしては真面目な声で話しだすものだから思わずルークも身構えて聞いてしまったのだ。
夢心地な様子でいるヘンリーを心配する反面、ルークはこれで決定的だと感じていた。
「薄々・・・薄々は感じていました。幼い頃より常々変わった方だと思っておりましたが、あなた本格的に危な、いえ残念な方だったのですね」
「えっ、ルークさん?ちょっ、待てよ!本当なんだって。マジ天使なんだって」
「いえ。…天使と言われましても」
疑わしい眼で、ヘンリーを見れば「信じろよ。彼女はきっと俺に会いに来たんだぜ!想いが通じたんだよ」と逆に詰めよられてしまう。
「分かりました。少し落ち着きましょうか?」
ルークはヘンリーの妄想を聞き流しつつ、ここが診療所であることに感謝した。さて、ここからどうやって医師の診察を受けさせようかと思案していれば、背後から低い声が聞こえてきた。
「あんた達、朝から何を騒いでいるのよ」
二人が声のする方を振り向けば、そこには大きな花束を抱え静かに怒っているアリスの姿がある。
「ここは、病院なの。うるさいわよ」
「おはようございます。いえ、ヘンリーの様子がちょっと、ですね。まぁ、働きすぎなだけと思うのですが?」
「ヘンリー?いつも変なんだからそれじゃぁ、普通じゃない」
ルークからひょっこり顔を覗かせて、ヘンリーはアリスにも訴える。
「アリス!聞いてくれよ。俺が天使を見たって言ってるのにルークの奴が、全く信じてくれねぇんだぜ。お前は分かってくれるよな?」
ヘンリーは「友なら当然だよな」と言わんばかりに同意を求めるが、アリスは何も言わずルークに視線を移す。
その瞳は、雄弁に語っていた。「コイツ、大丈夫?」と。
ルークは瞳を伏せて返事を返す。「大丈夫ではない」と。
二人のアイコンタクトが済むと「そう、昔からおかしい奴だったけど、これは・・・働きすぎね」とアリスは、ルークの言葉に同意した。
「あなた達、昨日からずっと交代なしだったんでしょ?その前日は橋の警備についていたみたいだし、働きすぎたのよ。ヘンリー、あなたは疲れてる。きっとそうだわ」
「ええ。つきましては、アリスお願いしたいのです。兄様にお会いして交代の方が、一向に来ない旨を伝えて下さい。ヘンリーは、帰りにでも先生に見て頂きますから」
チラリとヘンリーを見る。
「そうね、私もそれがいいと思うわ。お見舞いが終わり次第、早々に話してみるから」
チラリとヘンリーを見る。
二人は、痛ましげに友を見る。
(えぇ?俺?もしかしてバカにされてる!いや、むしろマジな方で心配されてる?)
含みのある視線にショックを受けたヘンリーは、どちらにしろ気に入らず叫んだ。
「だぁかぁらぁ~。もまいら、可哀想な眼で俺を見るな!!ちくしょーぅ」
ガバッとアリスから花束を奪って、ヘンリーは走り出す。
目的は、天使のいた中庭。
ヘンリーは、ごしごしと手の甲で両目を擦った。
(やっぱり、幻覚じゃなかったぜい)
ヘンリーが、最初に見かけた時と同じく天使はベンチに座っている。
落ちていた葉を手にして、小鳥達のさえずりを楽しんでいる様子は一枚の絵画のようだった。
(彼女は天使じゃねぇ!むしろ女神だぁぁぁぁl)
ヘンリーは、はぁはぁと切らした息を整えようと深く息を吸い込んでゆっくり細く吐く。
息が整ってくれば覚悟が決まってくる。
覚悟が決まり「よしっ!」と一歩、一歩ベンチへと進む。
天使の前へ辿り着き、ゴクリと唾をのむ。
近づきすぎたせいで小鳥たちは驚き一斉に飛び立って行った。
天使がヘンリーに気付き眼が合うと見つめ合った。
(ここしかない?!)
ヘンリーは花束を差し出し、ひざまずいて頭を垂れる。
「エリィ。ぼ、ぼ僕と結婚し、っ下さい」
(ぁぁ、噛んだわけでして…)
様子のおかしいヘンリーを追いかけてきたアリスとルークが見た光景は、ものすごく驚いた表情をしたミリーが小さな声で「ご・・・めんなさい」とお断りしていた所だった。
ヘンリーの言っていた天使がミリーだったことに困惑するルークの横で、「絶対に連れて帰る」とアリスは決意を固め手を握りこんだ。
□□□□■□
アリスが、診療所から自宅へ戻ろうと馬車へ乗り込む。
そこには背もたれに体を預け、眼を瞑って座るミリーの姿もあった。アリスは妹を見つつ満足そうに微笑み、まるで小さな子供かのように話しかける。
「ミリー、急な話しでごめんなさい。肩の傷はどう?痛み止めは効いてるかしら?ゆっくり走らせば響かないと思うから少しの間だけ我慢してちょうだいね」
ヘンリーの玉砕したプロポーズを目の当りにしたアリスの行動は早かった。
「ルーク、手伝ってちょうだい」
呆然とつっ立っていたルークに地を這うかのような声で覚醒を促し、断られて固まるヘンリーをその場に残したままミリーを病室へ戻す。
「ルーク、悪いけど私の侍女をここに呼んで欲しいの」
最速で、と付け加えることを忘れない。
病室にヘンリーがやって来ないよう見張りながら、退院はまだ早いと渋る医師から自宅療養の許可を無理やりもぎ取って今に至るのだ。
「傷は大丈夫です。ですが・・・あの、ご迷惑になるのでは?」
そう俯いて言った顔が緊張で強張っている。アリスはミリーの手を取り、自分の手と重ね合わせ首を左右に振った。
「何言ってるの?さっきも病室で話したけどこれから向かうのは自分の家よ。あなたは、やっと自分の家に帰れるの。迷惑だなんて考えないで大丈夫よ。もうお父様はお隠れになって何年にもなるけど、あなたにはお母様がいらっしゃらるし、あなたがいた頃の使用人だっているわ」
気が引けて「でも・・・」と言いよどむミリーをなんとか納得させようとアリスは根気強く語りかけ続ける。
「どのみち肩の傷が完治するまで、山を降りることは無理だろうって先生は仰ってたし、それに完治するまで病院に入院するのも無理だって言われたからこれで良かったのよ」
動き出した馬に合わせてガタンと馬車が揺れる。
とうとう馬車は走り出してしまった。
ミリーはこれから自分の身に何が起こるのか解らず、不安な気持ちのまま馬車の小さな窓から外を眺めるしかなかった。
人々の賑わう広場を過ぎ、馬車は坂道を駆け上がって行く。
リード家は、要塞に近い高級住宅地と呼ばれる一角に構えられているとアリスはミリーに説明する。
馬車は、薔薇の彫りこまれた門柱を抜けると速度を落とす。門番が扉を開けば、馬車が広い敷地を更に進んで行く。
「すごい・・・綺麗」
なだらかな坂道のアプローチには何本もの大きな木々が植えられ、合間に彫像や石膏のレリーフが置かれている。
大きな噴水を挟み、左右一対にデザインされた庭園は手入れがいき届いた緑の芝生と色とりどりの薔薇が咲き、その向こうに見える白く輝く石造りの大きな屋敷の色合いをなお美しい物にしていた。
まるで、おとぎ話から抜け出したようだとミリーが眼を奪われていると、いきなり手を握られ驚きにビクッとなる。
顔を向けるとアリスが真剣な眼差しでこちらを見つめていた。
「あのお屋敷の奥には小さな森と湖があって、貴女のお気に入りの場所だったのよ。何か思い出さない?」
「わたしの?お気に入り?」
ミリーには、これ以上答えようがなかった。自分の過ごした街を見ても、育った家を見ても綺麗だと思う事はあってもそれ以上に全く感じるものはない。
目の前にいるアリスのことすら双子で在ることも思い出せないうちに連れ出され、ひたすら困惑するばかりなのに。
馬車が大きな階段の前で止まる。
玄関の扉へと続くポーチは、屋敷と同じように全てが石造りになっており優雅に見えた。
御者の手を借りたアリスが先に馬車を降り立ち、ミリーも続こうと一段足を下げる。
(っつ・・・)
とたんに肩の傷に鋭い痛みが走り、思わず次の足を出すのを躊躇ってしまう。
「失礼しますね」どこからか囁くように声が掛かったかと思うと、ミリーは自分の体が浮いていることに気付いた。
顔を上げると目の前には若い男性の顔があり、膝と背中に手をまわされ、男性の胸に引き寄せるように横抱きされている。
「あの。悪いですから」
遠慮と恥ずかしさから、降りようと身じろぎすれば「傷口が痛みましたか?」と言い当てられてしまい結局、そのまま階段を上がることとなった。
(どうして分かったのかしら?)
ミリーがちらりと彼を盗み見れば目が合う。
すると「ルークと呼んで下さい」と柔らかな含みのある微笑みを向けられてしまった。
その微笑みにミリーの胸が高鳴る。
(この笑い方・・・知って・・・るわ)
ミリーは困惑し、ますます彼を見つめた。勝手に頬は熱くなっていき、ミリーは自分が気持ちをもて余し始めたことを感じていた。
そんな、ミリーとは裏腹に彼は何事もないかのように玄関まで辿り着く。
「あの、ありがとうございました。重いでしょ?ですから・・・キャッ」
彼から離れようと降ろして下さいと言いかけるが、玄関の扉が唐突に開け放たれ驚いたミリーは小さく叫ぶ。
扉よりお仕着せを身につけた数名の使用人が並んで頭を下げているのが見え、続いて、黒服に身を包んだ年配の女性が現れた。
「お帰りなさいませ、アリスお嬢様。そちらの――方が?」
「ええ、キャス。急な話しで面倒かけるわね。詳しい話しは後でするとして、まずはミリーが使っていた部屋へ彼女を通してちょうだい」
キャスと呼ばれた執事は、まじまじとルークに抱きかかえられたミリーを見つめ言葉を失っている。
「ミリー紹介するわね。こちらは執事のキャスよ。これから何かあれば彼女に・・・」
いつまでも動こうとしない執事にアリスが痺れを切らす。
「キャス?私たちは、いつまで玄関先に立ってればいいのかしら?それとも用意がまだなの?」
ミリーを見つめ、みるみる青い顔になった執事が倒れてしまわないかと心配したが、アリスのお叱りに少し頭を振ると冷静さを取り戻し、一つお辞儀をすると「失礼いたしました。お部屋にご案内致します」と歩き出した。
ミリーは、屋敷の中の美しさにも感動し眼を奪われた。
美しい装飾があちらこちらに施され、金と銀のレリーフがより美しさを引き立てている。吹き抜けの天井には眼の眩むほど豪奢なシャンデリアが煌いていた。
執事が明るく広々とした階段を静かに上がり、アリスが続いて行く。
ここでもルークが自分を抱いたまま階段を上がろうとしているのに気付いたミリーは、気恥ずかしさから「あの、自分で上がれますから」と断ってみたが、ニコリと微笑まれ「きっと痛みますよ?落ちると危ないですからこのまま大人しくいて下さい」とますます力強く抱きしめられてしまった。
静まり返った屋敷の二階、東側のつきあたりの部屋。
すでにたどり着いていた二人が扉の前で、ミリーとルークの到着を待っている。
「こちらがミリアム様の使用していたお部屋です」執事が取り出した鍵で扉を開けた。
ミリーの自室に足を踏み入れたアリスから「まぁ・・・あ」と驚きの声が洩れ、眉をひそめている。アリスの脇を通り抜けルークも部屋に入った。
広々とした寝室にベットと本棚。恐らくあの扉は、備え付けの浴室につながるものだろうか。
部屋は使われなくとも掃除はしていたのだろう。
ほこりやカビ臭さはの類は全くなかった。
シンプルな部屋ながらもテントで生活しているミリーからすれば充分に贅沢な部屋に見える。だが、アリスはそうは思っていない様だった。
「キャス。ミリーの部屋は片付けてしまったの?私はお願いしたはずよ。そのままにしておいてって!」
眼を伏せた執事が、無言で首を振る。
「アリス様。仰せの通りミリアム様が御隠れになったあの日から、何一つ片付けてはおりません」
執事の言葉にアリスはますます驚く。
それもそのはずで、今も昔もアリスの部屋はまさに“お嬢様の部屋”と呼ばれるのにふさわしいものだったからだ。
部屋の扉を開ければ、お気に入りの絨毯を敷きつめた居間が広がり、趣味の良い大振りのシャンデリアやピアノや透かし彫りの施された猫足のテーブルとおそろいの椅子や家具が置かれている。
少女の頃には、少しでもおしとやかになればと両親からドールハウスも置かれていた。背丈より高い家と自分と同じ身長の人形たちが行儀よく並び部屋を一際華やかに見せていた。
居間に大きくとられた窓はバルコニーへ続き、そこにもテーブルと椅子が用意されている。庭を眺めならお茶を嗜むのがアリスの大好きなひと時となっている。
居間の奥には寝室があり、いつでも入浴できる浴室。沢山の衣装と小物をしまう部屋まで用意されていた。
あまりに自分の部屋との違いにショックを受けたアリスだが、直ぐに立ち直り執事へ指示を出す。
「キャス。とりあえず、この部屋には家具が必要だわ。客間から見繕うので一緒に来てちょうだい。ルーク、直ぐに戻るからミリーと共に待っていてね」
「わかりました。とりあえず、このベットでミリーは横になれますか?」
ルークは、アリスに伴われ退室しようとする執事に訪ねる。
「ルーク様。この部屋も毎日メイドが整えております。なんら問題は御座いません」
とにかく一刻でも早く降ろして欲しいと願うミリーは、その言葉が嬉しくホッと息をつく。
彼と眼を合わせてからずっとミリーの心臓は壊れそうな程ドキドキして、苦しかった。彼から与えられる温もりから離れればこのドキドキも収まるだろうかと考えていた。
ルークの手によりベットへゆっくりと降ろされ、ミリーはやっと安堵を手に入れる。
「ルーク・・・様。その、ありがとうございました」
安堵したものの、ミリーの心はまだ跳ねていてお礼の言葉も上擦る。
「どう致しまして。ところで、ミリー。どうか昔のように私のことをルークと呼んでください」
再び、ルークから柔らかな含みのある微笑みを向けられミリーは納得した。
「・・・やっぱり、知り合いなのですね」
「どうかしましたか?」
「私、あなたの近くにいると胸が締めつけられるというか、ずっとドキドキしてしまって・・・」
「おや、あなたに不快な思いをさせてしまいましたか?」
少し寂しげに眼を伏せたルーク。それを見たミリーの心に不思議と罪悪感が芽生えた。
「い、いえ、違います。逆なんです。確かにドキドキしましたが、触れられても嫌な感じがしなくて。むしろその大きな手と温もりが心地良いというか・・・」
ミリーの大らかな告白にルークから驚きながらも楽しげな笑いが洩れる。
「告白でしょうか?ミリーは、数年会わない内に随分と情熱的になられましたね」
きょとんとミリーが首を傾けた。ルークが何を笑っているのか解らなかったからだ。
だが、自分が言ったことを反芻してみるとまるで告白のように聞こえなくもない。
「ち、違、そんな意味でなくて。あ、あの!」
訂正しようとするが慌てるほどに言葉が上手く出てこなかった。
鏡を見なくっても顔が赤くなっているのが分かる程に頬は熱く、余りの恥ずかしさに涙目にもなってくる。
「ミリー。大丈夫です。分かっていますから」
ルークにあっさりと頷かれ、ミリーは拍子抜けした。
ルークの微笑みにからかわれたのだと気付いたミリーは「意地悪だわ」と頬を膨らませ顔を背けた。
「すみません。でも、少しは落ち着いたでしょう?」
確かにルークの言った通りだった。ミリーは自分の高ぶっていた気持ちが、今のやりとりで本当に落ち着いていたことに気付いて驚く。
(彼は、どうして分かるの?)
「ミリー?怒らせてしまいましたか?」
ミリーが壁を見つめたまま黙っているとルークは怒っていると勘違いしたらしい。
「申し訳ありません。あなたに久し振りにお会いできて、はしゃいでいたようです。どうか機嫌を直して可愛い顔をこちらに向けてください」
ルークは、優しく言葉をかけてくる。
まるで、世界で一番ミリーを甘やかすかのような優しい声で。
「か、可愛いなんて。ふざけすぎだわ」
「おや?あなたはこうして言われるのが好きでしたよ?」
まだ、からかわれているのかと振り返ると、意外にもミリーを見るルークの表情は慈愛に満ちた優しい微笑み。
ミリーの胸に言いようのない気持ちが湧き上がる。
彼の知っているミリーという子はいつもこんな風に見つめられていたのだろうか?
彼の知っているミリーは、自分が知らない自分。
彼の知っているミリー・・・・・・。
―――それは、唐突だった。
ミリーの心にコトリと一つのピースが落ちてくる。
忘れた記憶からすれば、ほんのわずかな一欠片のピース。
(でも、彼はきっと驚くはず)
落ちたピースがカチリと心に据える。
心に一欠片の色が戻ってきた。
ミリーは、確信する。
「確かに少し落ち着いたみたい。ありがとう“ルゥ”」
「・・・!!ミリー、今」
からかわれた仕返しとばかりに、眼は悪戯に輝いて顔が緩む。
ねぇ、見て。
彼がすっごく驚いてる。
フフ。
ねぇ、ルゥ?
私、あなたのことをもっと、もっとたくさん思い出したいわ。