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2 再会の姉妹

(ミリー…ミリー。帰って来たの?)


 清廉な顔立ちと強い意志を覗かせた眼差し。

 陽光を浴びて、燃える火のように赤く輝く髪を揺らしながら、愛馬を走らせるアリス・リードの姿は、凛々しく美しかった。

 目指すフィン診療所は、街の外れの静かな場所に建っており、信頼できる先生と親切な看護士達がいるとすこぶる評判が良い診療所だ。幼い頃より病気一つしないアリスだが、いつでも怪我が絶ないお転婆娘だった頃は、かなりお世話になっていたのである。


「あんなに速く、お前を走らせたのに…」

 愛馬のたてがみを撫でながら「ごめんね」とアリスは謝った。

 到着しても身体が強張り、すぐに馬から降りる事が出来ずにいると、しきりに馬は小さく頭を振ってアリスに到着を知らせる。

(確かめるのが…怖い…違ったら…)

 アリスは、おぼつかない手つきで馬を近くの木に繋ぎフワフワする足取りで、何とか入口にたどり着く。

(十二年…どうして?)

 それだけが、ぐるぐると頭をまわり奮える手で入口を開けた。目の前には受付があり、すぐ横の待合室にはちらほらと人の姿が見えた。

 受付にいた若い看護士は、アリスに気づくと「今日はどうしましたか?」とにこやかに尋ねてくるが、他の人に聞かれたくなくてアリスは受付に近づいてから少し声をひそめて聞く。

「今日、女医のフィン先生の元に、怪我をした女の方が運ばれ来ましたよね?」

 看護士は驚きに目を丸くして、アリスの顔を見つめてくる。

「その女性に会いたいのです」

 すると、アリスを待合室とは別の部屋に案内し「ここで、お待ち下さい」と椅子を勧め、どこかへ消えていった。

(どうしよう…ドキドキしてる)

 緊張に震える胸を沈めようと目を閉じ、深呼吸を繰り返す。

 しばらくするとノックの音と一緒に五十歳前後のほっそりした背の高い女医が現れた。

「アリスね。あなた、アリスよね?随分と久しぶりだわ。大きくなって…何年ぶりかしら?今日は、怪我はしてないのかしら?」

「先生!ご無沙汰しております。もう昔のお転婆娘ではありませんわ。先生もお元気でしたか?」

 懐かしさに挨拶を交わす言葉が気安いものになる。しかし、医師はアリスの質問に答えずに唐突に告げた。

「分かってるわ。怪我で運び込まれた女性だったわよね?…残念だけどうちには搬送されてないわ」

 そう聞かされたアリスは、自分の耳を疑った。

 驚いて何も言えずにいると医師から「申し訳ないけど」とやんわり言われながら追い帰されそうになる。しかし、ここで帰るわけにはいかないアリスも医師にしつこく詰め寄った。

「そんなはずありません!ジョナスに聞いて、ここに来たんです。会わせてもらえないなら名前だけでも教えて下さい…彼女は、金髪の髪にエメラルドグリーンの瞳で、ミリアム・リードと名乗りませんでしたか?妹なんです」

「アリス。ごめんなさい」

「先生!お願いします」

 アリスには頼み込むしかできなくて、もう何度頼んだのか分からなくなった頃に部屋の扉が開いた。二人が扉を見ると先ほどの若い看護士が、ルークとヘンリーを案内して来たのだ。

「失礼します。私たちは、ウィリアムズ様の命により保護した女性の警備を賜って参りました。それから、そちらの彼女は、身元の心当たりがあるそうなので確認の為の立ち会いも申し使っております」

 医師は、警備服を着用していない二人を疑わしそうに見たが、暫く考え込んでアリスへ向き直る。

「……お捜しの方…いえ。誰にせよ、ここへ運ばれた方の事は秘密にお願いしたいの。よそ者なんて分かって他の患者たちに余計な心配をかけたくありませんから」

「!!約束致します。先生…ありがとうございます!」

「だけど、病室はここより少し遠くて分かりにくい場所にあるから案内するわね」

 そう言って医師はアリス達を案内し始め、三人はついて行く。

 この時ルークは、やっと会えるとスキップ並みに足取りの軽いアリスを見咎める。ここで、是非とも釘を刺しておく必要があると感じたのだ。

「アリス。あまり突っ走り続けますと兄様が…。この意味、解りますよね?」


―――ルーファン!!


 アリスに別の緊張が走った。

 忘れてた訳でない。

 ただ、頭になかったと言えば許してもらえるだろうか?…と真剣に考えていれば、ルークとヘンリーから茶々が入る。

「うわぁ。今、あなたの事は、眼中になかったの(ハート)とか考えんだろ?」

「アリス。そちらは、余計に言っては駄目ですから。私たちが八つ当たりされます」

「そうそう。昔から扱い酷えのにルーファンの奴、それでも好きなんだから質の悪い末期症状だぜ」

 ハハハと笑うヘンリーの言葉にアリスの握り拳がプルプルと震え始めた。

(…こいつら)

「ええ。私たちは、とばっちりなんて御免ですからね。お義姉さん」

「お義姉さんwwwうはぁ。似合わねーの」

 二人から言われたい放題で、アリスの忍耐は限界に近づいてゆく。

『レディは人前では、おしとやかにするものです』と他ならぬルーファンに注意されているが、ちょっとだけならと物騒なことを考えていると医師から「着きましたよ」と声が掛かる。

 ここであれば、患者が少々迷ったとしても入り込むことないだろう診療所の最も奥まった場所にある病室。

 扉をゆっくり開けると薄いカーテン越しに意識のない女性が、寝台に横たわっているのが見えた。

「私達は、ここで待機していますから」

 ふいに背後からかけられたルークの言葉にアリスは頷き、カーテンの向こうの彼女に近づく。

 眠っている彼女の長く艶やかな金髪は、ベッドで緩やかに波打ち、出血のせいだろうか肌は抜ける透ける様に白い。更にそばに寄り覗き込んでいると先生から怪我について説明を受ける。

「彼女は、獣に引き裂かれた深い傷があり、出血も酷い状態で運ばれて来たの。一時は、命も危ない状態だったわ」

 アリスが振り返る。その瞳には心配と動揺が滲む。

「安心してちょうだい。今は治療も終わって、容体も安定しているわ。だけど彼女が、ここへ運びこまれてから一度も目覚めてないから名前や事情などは分からないままなのよ。でも瞳の色は確かにアリスと同じエメラルドグリーンだったわ」

「ええ、先生。彼女は確かに妹のミリ…に間…先生…あ…りが…」

 次第に声が震え、お礼は最後まで言えなかった。

 泣き続けるアリスに医師は「何かあれば、そちらのコールボタンを押して呼んでね」と立ち去って行く。

 

 それからどの位の時間、泣いていたのだろうか。控えめに扉がノックされ、アリスは顔を上げて涙を拭った。

「アリス…いいですか?」

「ルーク?…うん。大丈夫よ」

 カーテンを開けたルークが、ゆっくり近づいて来る。

 扉越しに話しは聞こえていたはずだが、ルークの表情からすると、自分の目で確かめるまでは半信半疑なのかもしれないとアリスは思った。

「アリス…本当…に?」

「ええ、確かよ」

 私たちは、ずっと二人で一人だった。

 あの日がくるまでは………。

 アリスが、眠っているミリーの顔を覗き込んだ瞬間、十二年間ずっと喪失していた自分の半身が戻ってきた感覚を感じたのだ。

 笑顔で大きく頷く。


「ミリーが帰って来たのよ…私には分かるの。間違いないわ」


□□□■


 眠り続けるミリーの横でアリスは、白い手を取り目覚めるのを待っていた。柔らかな芝生の感触。

 本をめくる紙の音。

 温かな風が木々を揺らせば、お日様と土の匂いが鼻先を通り過ぎて。

 何もかもが、私たち双子の大切な時間の一部だった。

「ねぇ、聞こえてるかな?あなたは、いつも横で私の話しを笑って聞いてくれたのよ」

 そのまま手を握りしめて語りかける。

「サンドイッチやお菓子の入ったバスケットと温かい紅茶を準備して、ルーファンとルークが来るのを二人で待ってたわ」

 アリスは、楽しくて仕方がない。

「でも私は、いつも待ちきれなくてマドレーヌを摘まみ食いして怒られていたわね」

 こうしていれば、今まで忘れていた些細なことが次々と溢れてきた。

(あのお茶会。どうして途中で止めたのかしら?)

 ある日、ぱったりと開かれなくなったお茶会。アリスには、どうしても理由が思い出せず扉の向こうにいるルークを呼んだ。

「ルーク。今、いいかしら?」

「ええ。何ですか?」

 静かに病室に入ってきたルークに振り返りアリスは、思い出したまま聞き始める。

「今ね。小さい頃のお茶会を思い出していたのよ。楽しかったなぁ…って」

「お茶会ですか?」

「そう。いつも四人でお茶会していたでしょ?なのに、どうして急に止めたのか思い出せなくて。ルークは何故だか覚えてる?」

 ルークは呆れつつも、可笑しそうに逆にアリスに尋ねた。

「覚えてないのですか?アリスは、お茶会よりもヘンリーたちと……」


 だが途中でルークの息が詰まり、アリスはそれより先は聞けなかった。

「ルーク?」

 異変に気づいて視線を追えば、ミリーの眼が開き、ぼんやりと天井を見つめていた。

「あ…ぁ…ミリーが。どうしよう」

 ショックから先に立ち直ったルークが、オロオロするアリスへ指示を出す。

「アリス。まず、落ち着いて。そして先生を呼んで下さい」

「分かった。呼んでくる」

「!!。違っ!そこのボタンを…って」

 すでに駆けて行き、アリスの姿はなかった。

 ルークは代わりにコールボタンを押し医師を呼び出した。次いで入口にいるヘンリーへ声を掛ける。

「見ての通り、アリスが止める間もなく駆けだして行きました。連れ戻してあげて下さい」

「はいはい。あのお姫様は。仕方ねえな~」

 ヘンリーは苦笑いし、追いかけて行った。




(ここは…)

 白い天井。白い壁と大きな窓。

 自分にかけられているリネンからは、強い消毒薬の匂いが鼻につく。

 ここは、どこかの室内だと覚る。

 体はひどく重く、頭に霞がかかったようにぼうっとして何かを考えるのは面倒だったが、どうしてここにいるのかわからない。

 室内をもっとよく見ようと身じろぎすれば、肩に鈍い痛みを感じ呻き声が洩れた。

「大丈夫ですか?無理しないで下さい」

 誰かが静かな声で語りかけてくる。

「わた…し」喉が渇いて、声がかすれた。

 無理に起き上がろうとすれば、肩だけでなく頭もズキズキし眩暈がする。

「駄目ですよ」

 優しく注意され、温かく大きな手が肩を抱き支えてくれた。

 ふと顔を上げれば、スミレ色の瞳に捕らわれて―――――胸がつまる。

「今、先生が来ますから横になっていましょう」

 ベッドは柔らかくて、意識を下へ下へと引っ張る。支えてくれた手が、ゆっくりと戻されていく。

(まだ…ダメ)

 離れていく温もりが惜しくて、彼の長い指を握りしめる。

(変わらない手…この手)

 彼の手には、いつだってほんの少しの戸惑いを隠して温もりと気遣いがあった。


ぁぁ……彼は…


「ルゥ…」

 瞼は重たく、もう起きているのは限界だった。

 そこで、意識が遠のいていった。



 

 パタパタと足音がして医師が部屋に入って来た。

 ルークは「水を用意しますね」と水差しを持ち入れ替わりに出て行く。医師は、ミリーの手首を取り上げ脈をはかりながらアリスに尋ねた。

「彼女は一度、眼が覚めたのね?」

「ええ。ぼんやりと天井を見ていたわ」

 続いて傷の様子を見ていたが、それが刺激となって弱い覚醒を促す。

「起こしてしまったわね。今の気分はどうかしら?」

「喉が渇いて。それに、肩と頭が痛いの」

「しっかり話せそうね。痛みは、獣に引っ掻かれたから仕方ないわ。痛み止めを出しますから大丈夫ですよ」

「獣?どうして私が獣に?」

 医師が訝しげに見つめ質問し始める。

「何があったか覚えてないの?さっき、頭も痛いと言ったわね?」

「ええ。かなり頭が痛いの」

「頭を打って脳しんとうを起こしてるのかしら。あなた、自分の名前と生年月日は言える?」

「名前?名前はエリィ。生年月日は・・・知らない」

「エリィ?―――その?知らないとは何故かしら?」

「眼が覚めたら何も覚えてなかったの。怪我が原因じゃないかって言われたわ」

 医師は、振り返りアリスを見る。アリスは、ひどく狼狽している様子で目線がさまよっていた。そんなアリスを医師が自分の前に立たせた。

「あなた、この女性を見て。どうかしら?何か感じない?」

 質問の意味は分からなかったが、言われた通り女性を見る。

「ないです。どうして?」

 医師が答える前にアリスのきびきびした声が割って入った。

「それは私達が双子であり、私があなたの姉だからよ。しかも、あなたの名前はエリィでなくてミリアムだわ。皆にミリーと呼ばれていたのよ」

「・・・・・・双子?ミリー?私・・・」

「ミリー、本当に何も覚えてないの?」

「・・・・・・・・・ごめんなさい」

「・・・・・・・・・」

二人が見つめ合って沈黙が続く中、医師は優しく尋ねる。

「最後に聞かせて欲しいの。貴女が、わざわざここへ来た目的は何だったか覚えてるかしら?」

アリスから視線が外せず見つめ合ったまま答えた。

「目的というか、私たちは色んな所に招かれて公演するんです。今回は、この山のふもとの大きな町でした」

「公演?」

「サーカスです。《サーカス・ノスタルジア》の公演です。そのふもとの町の方から、私によく似ている方が山の上にある街にいると聞きました」

 アリスから視線を外し、窓の景色に眼を移した。

「それにキングが…団長が、私を助けてくれた場所もこの山の川の下流だと教えてくれて。もしかしたら私のこと知って人がいるかもしれないと思うと行くしかないと思ったんです」

「あの獣がうろうろしている山を一人で来たの?」

「いいえ。ふもとの町で傭兵の方を四名ほど。彼らも無事ですか?」

「彼ら?・・・そう、分かったわ。あなたが気にしないで。とりあえず元々記憶のない部分はあるけれど、今回の怪我に関しては大丈夫そうね。怪我が治ればすぐに退院できるわ」

「ありがとうございます」

「若いからすぐに良くなるわ。凄く疲れてるはずよ?今は、ゆっくり眠ることが大切よ」

 言われみれば確かに眠いと感じた。

 眼をつぶれば意識はすぐに薄らいでゆき、すぐに眠れそうだった。


 しばらくして二人が何かを話し出したのは聞こえたが、会話は聞き取れず深い眠りに落ちていく。

「先生。ミリーをいつ家に…すか?」

「きっ…年・・・許し…ないわ」

「や…双子…会えた…」

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