アルーヴと少女
「クッ…」
(痛い、けど立ち止まったらそこで私は必ず死んでしまう。木で体が傷付いた方がまだましだわ)
森を走り抜ける少女、彼女はずっと走り続けていた。
(薬草を取りに湖に出ただけなのに、どうしてこんな所にまで大狼が居るのよ)
悪態をついていても仕方が無い、村の外にある湖へと薬草を摘みにきたところに大狼が迫ってきたのだ。しかも逃げ道を塞いでである。
獣の中でも群れで狩りをする彼等は中々に狡猾である。だが村の近くは危険である事も知っている筈で湖は安全だと考えられていたのだ。
◆◇◆ ◆◇◆ ◆◇◆
「あっ」
気がついた時には足が引っかかって仕舞っていた。なんて間抜けなんだろうと悔しがっても遅い、獣用に仕掛けられた括り罠に足を取られてしまったのだ。
(短い一生だったけど、只で殺されたりしないわ)
村に住んでいるからといって護衛用の武器を持ち歩かないわけではないのだ、彼女は転がりながらも鉈を手にした。
「か、掛かってきなさいよ!」
精一杯の強がりだった、だが襲われて死ぬのなら一匹だけでも道ずれに…
そう考えたのだが、目の前に現れたのは大狼ではなかった。
白い髪の毛は一見老人の物かと思う程だが長く綺麗な艶がある、そして身に纏っているのは森の番人の証である魔狼の毛皮で出来た服である。
「さすがに斬り付けないでくれよ」
そう云うと青年は背後を向けたまま弓を構えた。
「風の精霊よ、力を我が矢に」
一瞬にして放たれる2本の矢、そして吸い込まれるように森の木々を抜けて大狼の眉間に突き刺さった。少女が助かった瞬間でもある。
「大丈夫だったかいお嬢ちゃん」
助けられたのは嬉しかったが14歳の年頃なのにお嬢ちゃん呼ばわりされたのは許せなかった。
まあ見た目は小さくてお嬢ちゃんで間違いないのだが…
「私はそんな子供じゃないわよ!それにケイトって言うのよ」
「それはすまなかった、どうも僕らの年齢を基準に考えてしまったんだ、僕はセヴィだ宜しくケイトさん」
差し伸べられた手を握ったケイトはセヴィに助けられながら立ち上がったまでは良かったのだが、罠に足を引っ掛けた事で挫いてしまっていた。
「っ」
ケイトの足を庇ったのをみたセヴィはしゃがみ込むと薬草を当てて治癒の魔術を唱えた。
「癒しの理、治癒の輝きを示せ【薬草治療】」
薬草を利用する光輝人の治癒魔術であった。上級の物では無いが痛みは和らぐし、直りも早くなるのだ。
「どうかな、少しは痛みが引くと思うのだけど」
「ありがとう、それでどうして後ろを向いて屈んでるの」
「そりゃ君を背負うために決まってるじゃないか」
「え?」
「驚く事もないだろ、【薬草治療】の魔術を掛けたからって直には立って歩けないんだから」
「そ、それは」
「だから、はい、遠慮しないでいいよ、妹も良くこうやって運んだもんさ」
なんだか納得がいかないケイトであったがセヴィの背中に凭れ掛かった。だがまた違う意味で予想外だったのは自分の妹にするのと同じ気持ちで背負ったセヴィが感じていた。
(なんだこの柔らい生き物は、妹を背負ったのはかなり前だとは思っていたが…)
成年してからは流石に女性を背負うなどという行為をした事が無かったセヴィはドキドキと心臓が高鳴るのを感じていた。だがケイトを運ぶ事を優先して自分の気持ちは隠し通しながら村へと向かったのである。
もっとも彼の耳は肌と同じく白かったので、真っ赤に染め上がった耳を見たケイトには筒ぬけであったとは気が付かなかったのである。
◆◇◆ ◆◇◆ ◆◇◆
ケイトとゼヴィはそれから村の外の湖で会うようになっていた。
最初はお礼をしたいからと食事を持って、次にはセヴィが獲物から作ったアクセサリーを料理のお返しにと持ってきた、その次はお菓子……そして気がつくとセヴィとケイトは恋に落ちていた。
セヴィが光輝人でかなりの年齢である事はその頃には伝えていたが、恋に種族の差も年齢の差も関係なかった。
光輝人は性欲が薄く、それは長い寿命を持つ種族の特徴でもあったのだが、ケイトに対してはどうしても恋人になりたいと思わせるだけの魅力があったのだったそれが触れた柔らかさだったのか彼女の料理だったのか、詳細はセヴィしか知らない事である。
ともかくとして2人が恋人同士になって問題が生じた、2人は大らかな性格だし、なにより出合ったのが襲われて居た所を助けた者と助けられた者という関係である。種族がどうだという前に出会ってそして恋に落ちたのである。
セヴィは光輝人にしては誇りだとかについては無頓着な男だった。
そしてケイトは光輝人が傲慢だなんてセヴィを知っている限り全員がそうだとは思わなくなっていたのである。
だが回りは反対をした、特に互いの両親は付き合う事すら認めなかったのだ。
セヴィは光輝人の長老の息子であったので跡取りで、ケイトは村長の息子が思いを寄せていたのだ。
何度も説得を重ねたが無理だった。セヴィは本格的に困った。なぜそこまで人族という括りで貶し、そして純潔のみに拘るのか理解が出来なかった。
ケイトはもっと危険な目にあっていた。無理やりに村長の息子と結婚式を挙げられる企みが進んでいたのである。間違いなくそうなればケイトの両親は安泰で娘も幸せになれると信じ込んでいたのだ。
勝手なものだが、ケイトは悩んだ。そして逃げ出す事を選んだのだ所で閉じ込められてしまった。
◆◇◆ ◆◇◆ ◆◇◆
互いに説得が無理だったのであるが、セヴィが両親の説得に失敗したと伝えに湖へと足を伸ばしてもケイトは見付からなかった。セヴィが足を運んだその時には両親に閉じ込められていたケイトはそのまま教会へと連れて行かれる所だったからである。
その時、女性たちの声が聞こえたのだった。
(まったく無粋だわ)
(本当に、恋人を引きさくだなんて)
(やれやれだな)
(本当ねアタシがぶっ飛ばす)
(助けちゃうよね)
(当然)
(当たり前よ)
(そう言う事で、セヴィ、急ぎなさい貴方の彼女は結婚を迫られているわ)
「な!」
(貴方は!)
(話している時間は無いわよ!)
(はいっ!)
セヴィは身体能力の上昇の魔術を掛けて走り抜けた、不思議な事に何時もよりも早く感じる、風がセヴィを助けていた。
一方その頃、教会では混乱が起きていた。
突然光が弾け、蝋燭の炎が燃え上がり、光が消え暗闇が訪れた。水が浴びせられた者達が慌てふためくと花嫁衣裳をきたケイト以外が電撃に沈んだ。
バン!っと扉が開きセヴィがケイトを抱えて走り出すと次々に地面が隆起して教会の人々は閉じ込められてしまったのである。
光の精霊が最後に教会内で無理な結婚など認めない!と宣言した事で取り仕切っていた神父は慌てふためき後日、村から逃げ出していた。
走りながらセヴィはケイトに告げる。
「ケイト」
「なに、遅かったわよ」
「ごめん、ケイトでももう君と離れているのはお終いにしよう。ケイト、僕と一緒に旅にでよう、結婚して自分たちで暮らすんだ」
「行くわ、こんな無茶したんだもの、村になんて居たくないし、セヴィと一緒になら何処にでも付いていく」
「愛してるよケイト」
「私も愛してるわセヴィ」
(よかったのです)
と、何処からか声が聞こえたが、ケイトは嬉しさを込めて有り難うと心の中で返事返した。
◆◇◆ ◆◇◆ ◆◇◆
「もう、あれから37年か」
「そうね、楽しかったわ」
「10年程狩りや冒険者の真似事をしながら過ごして、あの子達ができて」
「それから知り合ったハーフ光輝人や家族の人達と一緒に此村を作って」
セヴィもケイトも思い出を振り返りながら、あの時助けてくれたのはやはり精霊様だったのだと思っていた。そして村から出て行く一行を見守っていたのだった。陽気な音楽を奏でながら屋根から手を振る女性や子供達をみると不思議な気分だった。
「あの子は此処には留まらないそうだがね」
「あの素敵な男の子がいるからでしょ」
「うむ、まるで昔の僕みたいだよ」
「フフフ、貴方も素敵だけど、あの男の子は精霊様まで連れてきてくれたのよ」
「そうだね、僕らに予想外の贈り物をあたえてくれたな」
「いつか恩返ししなくてはいけないわ」
「大丈夫さ、僕も君もまだ一緒にいるんだ、それに息子達だっているさ」
「何が出来るか判らないけど、笑顔が溢れるならそれが一番よ」
「あの子達が僕らに齎した幸せを他の人達にも与えればいいのかな」
「そうね、そろそろお父様を許してあげなさいよ」
「む…そうだな一度連絡を取ってみよう、そして君の両親の所にも挨拶にいこうか」
「いいわね、まだ生きてればいいんだけど」
「大丈夫いい年にはなってるけど元気だよ」
「知ってたの?」
「当たり前さ」
セヴィはにっこりと微笑むとケイトに接吻した。ケイトも微笑み返し涙をながしていた。
2人が故郷に向けて息子達を連れて旅立ったのはそれから数日後の事である。
それぞれの両親へもう一度話し合う為だった。