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16 理不尽な上司

 メルクの爺さんはお仕事が早かった。どれくらい仕事が早かったといえば、翌日、申し訳程度の座学を受けに教室に行ったら、掲示板に辞令が張り出されていた。他の班に所属する学兵たちがちらちらとパックたちを観察している。「一体なにやらかしたんだ」というのが実にいただけない。


 そんな周りの雰囲気を読んで質問してくれたのは、ビスタだった。イソナとイソゴはロクがすでに話していたらしく、反応は薄い。イソナは少しひねくれた顔、イソゴは少しさみしそうな顔をしている。


「どういうことなの? パック、何したの? ロクたちも巻き込まれたの?」

「ふむ、最初に言うべきことだけど、なぜ、自分が原因でかつ悪いことをした罰だととらえるのかが解せぬよ」

 

 パックは腕を組んで、唇を尖らせた。


「だって、パックがいる時点でそうでしょ」


 普段、おどおどしている癖に、こういうときだけ強気なビスタだ。実に解せぬ。


 ビスタは目を伏せながら作るような笑いを見せる。にきびがまた一つ増えたようで、こめかみに赤いぽつぽつが目立っている。


「ところで、どんな辞令を受けたの?」


 どうやらビスタは張り紙ではなく、周りの雰囲気を読んできいてきたらしい。張り紙は共用語で書かれており、ビスタにはまだ読むのは難しかったようだ。


「ともかく俺たちは今度から午後の仕事

は受けないようになるってこと。俺とこいつとマルスがな」


 ロクがかなり端折って言った。

 その言葉に、ビスタの顔から作り笑いすら消えた。たぶん、これを確かめたかったのだろう。マルスもそれにつられるように暗い顔をする。


「パックはともかくロクとマルスもいなくなるってことは、寂しいなあ」

「ビスタって大多数が叩く人間だから自分も叩いていいと思う小市民でしょ。そういうの間違っていると思うなあ」


 パックはそう言うと、机に座って足を組む。


「別に、仕事の部署が変わるだけで、ここから出ていくわけじゃねえよ。授業は今まで通り受けるわけだし。別にそんなにいじける必要もないだろ」

「……それはそうだけど」


(おやおやおや)


 ずいぶん、腹をくくったなあとパックは思った。ロクは結局、兄弟たちと別の道を歩むようにしたようだ。それに対して、二人の兄弟の気持ちは多少複雑なようで、どちらも曇った顔をしている。


 母親は違うとは言っていたが、この三人は今までずっと同じ歩幅で歩いてきたのだろう。もしくは歩かされてきたのかもしれない。

 だから、三人ともいつもよく似た服を着て、お揃いの護身具を持たせてもらっているのだろう。どれだけ、彼等の親が彼等を見ていなかったのかよくわかる。

 

 この三人の顔は似ていても、性格は全然似ていないというのに。


 ロクとマルスは、ビスタが質問したことで集まってきた他の学兵たちの受け答えをしている。パックは机の上に座ったまま、鞄から大家さんのキッチンから頂戴した腸詰を食べる。


 しばらくして座学を受け持った先生が来た。パックは口をもごもごさせたまま、机から椅子に座りなおした。






 授業の後、パックたち三人はガーハイム先生に連れていかれて偉そうな人がいる偉そうな部屋に来た。ガーハイム先生は傷があるけどそこそこ男前の顔立ちを歪めたまま無言だった。ビスタたちは引率がいないので今日は他の班に混じってお仕事らしい。


(肉体労働頑張りたまえ)


 先生は、普通のお部屋より一回り大きめのドアの前に立つと、直立してこつこつとノックした。なんだか姿勢がとっても軍人っぽい。


「失礼します」


 ガーハイム先生に続いてパックたちも続く。お部屋は、昨日、メルク爺が連れてきた部屋によく似た作りだったが、より事務的で殺風景だった。唯一の救いと言えば、壁に勲章らしきものが額縁で飾られており、白と灰色の部屋の中に唯一の色味を持たせている。


 お部屋には、二人の男性と一人の女性がいた。一人は見覚えのある顔だ。まだら模様のお顔の主は、今日は堅苦しい制服を着ていた。


ガーハイム先生の服装が今日は制服だと思ったら、みなさん、お揃いの格好をしているのが理由みたいだ。ただ、胸ポケットに縫い付けられたリボンの色と数を見ると、階級に違いがあるようだ。

 

 対して、パックたちは各々いつもどおりの格好をしているのでけっこうその場から浮いていた。学兵といっても形だけで、格安給金で丁稚をやらされているようなものだ。制服など支給されていない。


「こちらの生徒たちですね」


 眼鏡をかけたきりりとしたおねえさんが聞いた。


「はい」

 

 ガーハイム先生がちらりとパックたちを見ながら言った。


「ではガーハイム教官は、退出してください」


 さっくりと言われた先生は、おかまいなく帰っていく。ばいばーいとパックは手を振るが、マルスとロクは心なしか心細そうだった。あんな先生でもいるだけまだ安心感があるようだ。

 

「それでは、辞令の通知は来ていると思いますが、今後、貴方たちには、上官を補佐する役割になりました。もっとも副官というほど、大それたものではないのですけど」


(小姓っていってたもんね)


 所詮は小間使いなのだが、そんなはっちゃけた物言いは、この堅苦しそうなおねえさんは言いたくないのだろう。


「そして、今後、あなたたちが補佐する上官がこちらです」


 そこには、二人の男性。一人はまだらの男ことトヨフツ、もう一人は――。


 パックは二人の顔を見比べた。もう一人のおにいさんは、おそらく一部のおねえさんにはけっこうもてるタイプの人間だろう。ちょっぴり尖った鶏みたいな頭とか、それに合わせた穴をあけまくったお耳とか、眼つきも爬虫類みたいでかっこいいという人はいるかもしれない。制服も斬新に着こなして前衛的かもしれないが、フォーマルとは言い難い。

 

 一言で言えば、軍服を着ているのに軍人には見えない人だった。

 

(世の中、顔で人を見てはいけないのだ)


 だけど、パックの好みではなかった。これは仕方ない、仕方ないのである。パックは正統派な美形が好きなのだ。おにいさんが鶏頭をやめて、変に着崩した制服をただし、ピアスの数をせめて三分の一くらいにしてくれたらけっこういい感じなのだけど、今はかなりいただけない。

なので、パックはとことこと鶏頭のおにいさんの前を通り過ぎ、トヨフツの服をぎゅっと掴んだ。このおにいさんはへんてこすぎる習性があるけど、甘い物さえ与えておけば使いやすそうだし、なによりお財布の紐がゆるいのがいい。断然こっちがいい。


 なのに。


「パックさん。貴方は、トヨフツ中隊長付ではありません。貴方の直属の上司は今後、その隣のハジュマ中隊長です」


 パックは鶏頭を見て、「これはないわー」と目を細めた。中隊長といえば、中隊クラス、大体二百人くらいの上に立つ人間だ。二人ともこの若さでついているのはすごいのだろうが。


(チェンジで)


 口にしようとした瞬間、後ろから羽交い絞めにされた。ロクが後ろから抱きかかえるように押さえこみ、マルスが口を押さえこんでいた。


「わかりました」


 苦笑いを浮かべながらマルスが言った。パックが足をばたばたさせると、ロクが後ろから頭突きした。


「……」


(残念だったな。私の頭はお前よりも固い)


 ふふっと、鼻で笑うパック。


 女性は、パックたちを、顔をしかめて見ていたが、話を続ける。


「トヨフツ中隊長には、イソロクさんについてもらいます。お二人は中隊長の指示に従ってください、あと制服も支給しますので、明日、救護室に来てください。採寸しますので」


 早く仕事を終らせたいおねえさんはさくさくと説明を続ける。必要最低限のことを言っているようだが大事な部分が抜けている。


「あ、あの」


 おずおずと手を上げるのはマルスだった。


「僕はどうすればいいんでしょうか?」


 その質問に、おねえさんは眼鏡のふちを上げて言った。


「貴方は、私とともに来てください。旅団長は執務室にて仕事をされていますので」


 『旅団長』という言葉を聞いて、ロクとマルスがぴくりと動く。形ばかりの授業だが、その中で教えられた中に、軍隊の人数について教えられた。パックたちがいつもつるんでいるのが班、軍隊における最小のグループであり、それが十倍程度、学兵でいえば一クラス分になると小隊という形になる。それをさらにいくつか束ねたものが中隊であり、旅団といえば。


(大体、一万くらいだっけ?)


 このヴァルハラの軍人の人数は二万人ほどだと言われている。事務官を加えていないと考えても、ここのトップから三本の指に確実に入る人物といえよう。


「旅団長、貴方たちにわかりやすい名前でいえば、メルクさまでしょうか。マルスプミラさんには、メルクさまの元に来てもらいます」


(あの爺さん、そんな立場だったんだねえ)


 そりゃ暗殺もしたくなるような立場だわな、とパックは思う。ロクは驚いているようで、パックをつかむ手が緩んだ。パックはその隙にしゅたっと、屈んですり抜けた。


「ねえ、ロク。とりかえっこしようよ」


 パックはトヨフツとハジュマを指して言った。


「おまえは……」


 ロクがまた手を出そうとしたとき、パックの身体は宙に浮いた。


「おい、糞餓鬼。行くぞ」


 鶏頭ことハジュマがパックをぷらんぷらんぶら下げて持っていく。


「チェンジで」


 パックが言うと、ハジュマは手を振りかぶった。パックを持った手を。


 激しい音とともに、殺風景な壁紙にべったりパックの型がついた。別にパックが汚れていたわけじゃない、壁がめり込んでいたのだ。石壁ではないものの、そう簡単にめり込むようなものではない。


(いきなり何すんだ、この人)


 そのままパックは床に投げ捨てられる。背中を打たないように受け身をとってゴロンと転がる。


「おっ、生きてるな」


 軽い口調でハジュマは言った。どこかしら楽しそうだ。


 パックは投げ捨てられたと思ったら、今度は足首をつかまれて引きずられて運ばれる。パックは引きずられながら鼻をつまんでたまった血を抜いた。美少女に鼻血を流させるなんてどうしようもない野郎だ。


 さすがにロクとマルスもこの行動には驚いてパックに走りよった。


「ハジュマ中隊長、今度は壊さないでください」


 眼鏡の女性はまたか、と額を押さえていた。


「壊れない奴用意しな」


 にやにや笑うハジュマ。

 しかし、その顔は一瞬で不機嫌に変わる。

 ハジュマの肩に筋張ったまだらの手がのっていたからだ。


「こども、こわす、よくない」

「おやまあ。たまに話すと思えばこれですかぁ」


 わざと間延びした声でハジュマは言った。


 なんだか、二人の背景に暗雲が立ち込めているように見える。実際、トヨフツがいるのだから、実際の天気も悪くなっている可能性大だ。


(これははずれをひいたなあ)


 パックは思う。これがパックではなく、ロクだったらどうなっていただろうか。


(意地悪なじいさんだ)


 だから、こういう人選なのだろう。


 パックはマルスに渡されたハンカチで鼻を押さえながら、目の前の鳥頭をどう料理してやろうか考えていた。


 


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