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14 負けず嫌いの問答

 翌朝、にわとりさんが朝の第一声を上げるとともにおじさんがパックを揺さぶった。けれど、そんなことでパックが起きるわけもなく、言うまでもなく二度寝した。

 ぼさぼさの頭のままようやく目が覚めた頃には、街中にはもう店が開ききっている状態だった。


「ひどいよおじさん」


 パックは隣でぐーすか寝ているおじさんを見て思った。昨晩、どうにも夜更かししていると思ったら今日は非番のようである。パックは寝ぼけ眼のまま、のそりとベッドから降りると、テーブルの上に置いてあるパンを頬張る。胡桃とレーズンが練り込まれてあっておいしいけど、喉が渇くので果実水で流し込む。もぐもぐとすべて平らげたら、洗濯物の籠から手ぬぐいをとって水桶につける。適度に水を含ませたら、ロスおじさんの顔にぺったりとつけた。


「いってきまーす」


 鞄を引っさげ、そのまま部屋を出る。階段をとんとん降りると同時に、おじさんのむせ返る声が聞こえた。ご近所迷惑にならないように静かにしてもらいたいものである。






(さあてとどうしようかな)


 パックは塀の上でバランスをとりながら歩く。おじさんが非番なように、パックも今日は午前中の授業はお休みなのである。てくてくと屋根の上をかける猫と並走したり、蝶々を追いかけて屋根を駆け上ったりしているうちに、見慣れた影を見つけた。


 目にくまを作っている少年少女の二人組、いや正確には少年二人組だ。互いになにか喋りながら首を横に振っているところを進展はないのだろう。


「やあ、おつかれだねえ」


 パックは二人の前に建つ洋服屋さんの屋根まで移動すると、くるんと宙返りしながら着地した。ちゃんとポーズも決めて、満点の着地のはずが二人の表情は暗い。


「もしかして、徹夜で走りまわってた?」

 

 きゅるんとパックが目をきらきらさせて言うと、問答無用でロクに殴られた。もう、手が早いやつだ。


「一応、それなりに見当つけて探したんだけど」


 マルスが言った。目にくまをこさえているけど、諦めた顔ではない。何が彼をこうさせるのだろうか。


「隣の建物には何かあった?」


 パックは言った。ロクが出る前に、窓から入ってきた矢の角度を計算していたので、そこから算出した位置を探ったことだろう。琥珀館の隣の建物、そこの上層階が考えられる。


 これまた首を振るところから、何のヒントも得られなかったのだろう。

 ボウガンの矢は窓を突き破って、テーブルに突き刺さった。威力は大したもので当たれば死んでいただろう。よく見ると、ロクの右手がはれていた。確か老人から矢を受け取っていたはずだ。おそらく毒か何かが塗られていて、手がはれてしまったのだろう。


(ほうほう)


 パックはにやにやしながら、ロクの周りをぐるりと回ったら脛を蹴られた。自分のミスを他人に当たるのはやめてほしいものである。


「この矢を放つなら、それなりの大きさのボウガンが必要になるはずだけど」

 

 そんなに大きなものを運ぶとしたら、目立ってしまう。


「隣のお店にはそれらしき人はいなかったし、周りにもそれらしい人はいなかったと思う」

「思うねえ」


 急な団体客が来ていたらしい。一応、妖しい人間はいなかったと思ったらしいが。


「ボウガンをどこかに隠したと思ったけど、それもなかった」


 ボウガンをちゃんと固定できる足場は、隣の娼館のバルコニーしかなかった。たしかにそこは、通りからも死角になっていてちょうどいい狙撃場所だったが、その周りにはボウガンを隠す場所などない。もし、娼館の人間にその関係者がいるのであれば、隠す場所くらい用意してくれるものだが。


 というわけで、ロクたちは娼館の周りを探ったり、妖しい男がいないか街中走りまわったりと一晩過ごしたようである。


 なんとなくあの隻眼の老人の笑い声が聞こえるようだ。


 パックはとんとんとこめかみを指で叩くと、マルスを見た。


「ねえ、団体客ってべろべろに酔っぱらってたりした?」

「そうだけど、お酒呑みに来たって感じだった」


 娼館にも種類があって、ただ馬鹿騒ぎするために店を貸すところもある。


「団体ってことは、職人集団とかかな?」

「楽団って感じだった」


(やっぱりそうだね)


 昨日の時点での予測は間違いないようである。


「ねえ、マルス。なんでイワナガヒメに会いたいの?」

「……」


 優等生の林檎はそっと目を離す。もったいぶることじゃないよ、当人には大切な秘密でも、他人にとっては大概大したものではないのだから。

 でも、もったいぶるからこそ知りたくなるのも人の情というものでなかろうか。


「もし、おじいさんとの賭けに勝てたら、教えてくれる?」


 マルスはじっとパックを見る。


「それって、パックは相手の居所がわかるってこと?」

「まあね」


 パックはにやりと笑う。


「そのまえに、マルス。そろそろ着替えたほうがいいかな。場違いだからさ」


 パックの言葉に、マルスはまだ自分が女装していることに気が付いて、顔を真っ赤にした。まさに林檎である。


 

 

 


 大きな門には衛兵さんが三つ首わんこのように見張っている。本来、荘厳な雰囲気の建物だが、長年住みついたごついおっさんたちのせいで、どこか油じみた雰囲気になっている。

 軍の正門だ。


 パックたちがいつも授業に使っている教室には正門からではなく別の門から入る。広大な敷地を持つ場所だけに、用途によって入口も使い分けられる。パックのような下っ端は基本、正門を使うことはない。正門からは、お偉いさんたちの執務室に直接いけるようになっているので、出入りは制限されている。神殿で言えば正殿の場所にあたるので、四方のはなれに直接行けるようになっている。入るときに比べると、出るのは簡単だ。逆を言えば、正門から入れば、大体行きたい場所にいけるようになっているということだ。


「ここでどうすんだよ」


 ロクが朝食代わりにチュロスを食べながら言った。いつもご飯に困っている印象の強い三つ子だが、きっちりしているロクに至っては多少お菓子を買えるくらいの余裕はあるのだ。


「中に入ろうと思います」


 パックは鞄の中からごそごそとカードを取り出す。手のひらにのるサイズで中央に名前と蜜蝋の印が押されている。印は雷のようなぎざぎざの形をしている。もう一枚、パックは同じようなカードを持っている。これは獣のシルエットがついている。


「なんだ、それ?」

「おじさんと、トヨフツのおにいさんから頂戴しました」


 それは簡易の紹介状のようなものだ。パックたちが仕事を受けるとき、先生がいなければこれを依頼者に見せる手配になっている。蜜蝋の印は、それぞれ個別に登録されており、偽造は手間がかかるので、それなりに信頼されている。


 ちなみにまだらのおにいさんのものは、先日、レストランの支払いの際にちょっと頂戴した。まだ財布の中に何枚かあったので、別にいいだろう。


 ロクとマルスの二人が半眼で見ている。ちょっと借りているだけだ、無期限で。


「今日はこっちかな?」

 

 ロスおじさんカードは軍よりもギルドのほうで使ったほうがいいだろう。


 パックは雷のようなカードを手にすると、門番へとてくてく歩いて近づいた。二人には、黙って後ろからついてきてという。


「すみません。お掃除するように言われたんですけど」

「聞いちゃいないんだけどな」


 衛兵の一人が言ったところですかさず例のカードを見せる。


「ですよねえ。何考えているかわからない人に頼まれたんです。なんか、更衣室にゴキブリが出るのがいやだとか、でかい図体して言っちゃって。これ、渡したらわかるって言われたんですけど、やっぱここじゃないですよね」


 パックが言うと、衛兵がもう一人の衛兵とこそこそ話している。なんだか「また、雷落とされたらたまらない」とか聞こえてくる。丸聞こえの密談ののち、返事は「はいってよし」だった。






 中に入ると、大理石が敷き詰められた豪奢な回廊が続いていた。元は神殿ということあって、造りはけっこう単純だ。まっすぐ、長い回廊、その両脇に部屋がある。一番奥に、聖堂にでもつながっているのだろうが、今日はまったく用がない。


「なあ、どうするんだ? なんでこんなとこに入る必要があるんだよ」


 ロクがパックの脇腹をつついてきた。


「だまってついてきてよ。それとも、また街中を走り回る?」

「……」


 他になんの手がかりも掴めない二人は黙るしかない。


 パックは、今度はぴしっとした制服をきたおねえさんに声をかける。事務官らしく、片手には書類を抱えていた。


「すみません、急な派遣で清掃作業にきたんですが、地下への階段はどこにありますか? 掃除道具はそこにあるって聞いたんですけど」


 おねえさんは仕事が忙しいのか、面倒くさそうに右側の端のドアを指した。


「ありがとうございまーす」


 パックは元気よく礼を言うと、たったと指されたドアへと向かう。マルスたちも頭を下げながら後ろについていく。


 元々、この場所は神殿だ。もし、軍の基地としてちゃんとした建物を作っていたらもっと複雑な構造になっていただろうけど、そうじゃない。

 

 ドアを開けると赤い絨毯が敷かれた廊下とその先に階段があった。


「地下ってことは牢かよ」


 察しのいいロクが言った。


「ご名答」


 パックは階段をかつかつと降りる。薄暗い物置や下男の部屋らしきものがならび、その先に、いかつい格好をしたおじさんがいた。


 その奥に鉄格子が見える。中は薄暗く、こちらからは確認することはできない。


 机に座り舟をこいでいるところを見ると、いつもこんな風に暇なのだろう。こちらには気が付いていないようだ。


「今何時くらいかな?」

「あと一時間もねえくらいだ」


(それは困った)


 正午までの約束である。そう考えると少し荒事にしなくてはいけない。


 パックは鞄をがさごそあさると、玉子を取り出した。皮の袋に入れて脱脂綿に包んで割れないようにしていた。一見、ただの玉子だが、中身は吸い出して代わりに違うものを詰めている。それが三つ入っている。


 パックは脱脂綿を取り出すと鼻にきゅっきゅっと詰めた。


「なんだそれ?」


 パックはロクとマルスを見ながらにこりと笑って、物置へと誘う。そして、中に入ると、パックは玉子を門番の方へと向けて投げた。遠投は上手くいって門番の足元ではじける。


 ジュクジュクと中のものが吹き出し、門番の男がびっくりして机から立ち上がると鼻を押さえた。

 酷く慌てたように周りを見渡したが、がまんできないようで廊下を走る。


 パックは追い打ちをかけるように門番が通り過ぎた後に残りの玉子をぶつける。


「パック、おめ……」


 ロクとマルスがすさまじい顔をしている。それはそうだろう、鼻が曲がるような異臭がするのだ。パックも脱脂綿を鼻に詰めているが、気休めに過ぎない。もっとも、この玉子を作っているときに何度も気絶しかけたので、まだこのくらいでは平気なのだが。


「さっ、行こうか」

「パック。これ大丈夫なの!?」

「わかんなーい」


 パックは左右を確認すると、鉄格子まで走る。潰れた玉子の中身はじゅくじゅくと奇妙な音を立てて蒸発している。世の中面白い、匂いのないものでも他のものと組み合わせることで異臭を放つものに変わるのだから。


 さすがに門番のおじさんも鍵を残していくへまはなかったようである。パックは鞄から針金を取り出すとかちゃかちゃと錠前をいじる。


「……」


 なんだろう、これ。けっこう難しいとパックは思う。田舎の錠前とは少し作りが違うのだろうか。


「もしかして開かねえんじゃないよな」


 いちいちうるさい男だ、ロクは。


「パック、大丈夫なの?」


 マルスまで心配そうに見てくる。


 時間がもうちょっと余裕があればできるのであるが。


「あっ、あれ!」


 パックは思わせぶりに、後ろに振り返り指を指した。


 二人は「なんだ」とパックの指したほうを見る。そのあいだに、パックは錠前を両手で握り、そのまま、ねじった。


(おじいさんのおかげかな?)


 ひ弱な妖精にできない荒業だ。舌で犬歯をなぞると、いつもより少し長い気がする。ロスおじさんの勘は馬鹿に出来ない。


 奇妙にねじまがった錠前を外すと、また両手に挟んで元の形にプレスする。

 とりあえず物理あげときゃなんとかなるものだ。


「開いたよ」

「マジか!?」


 パックは鉄格子の中に入る。まだ、昼も回っていないのにそこは暗く、定間隔で置かれたカンテラで照らされていた。


 ごくんと後ろで唾を飲む音がする。湿った独特の空気はそれだけで気持ち悪く、排泄物らしき匂いも漂ってくる。血の匂いがまじっていないだけ、実に優しい場所なのかもしれない。


 パックは並んだ牢を一つ一つ見る。その中で、両手両足に枷をはめられた人間を見つける。髪はぼさぼさだが脂でてかるほど洗髪をさぼった様子はない。なにより、服装が街中から連れてきたような、普通の格好だった。


 酔っ払いを一時的に牢に放り込むことは多いけど、それにしては両手両足に枷をはめるのはやや警戒が強すぎる。


 壮年の男だろうか、ぎらぎらとした瞳がパックたちを見据える。


「はい、見つけた」


 パックはロクとマルスに向かっていった。


「どういうことなの?」


 マルスが目を丸くする。ロクは面倒くさそうに頭をむしりながら、下を向く。途中から気づいていた彼は、だからこそ、パックの危ない行動に乗ったのだろう。


「こういうこと。おじいさんは、最初から自分らに犯人を捕まえることを期待したわけじゃない。むしろ、おびき寄せて捕まえることが最初の目的だった」

 

 パックたちを食事に誘ったのも、相手の油断を誘うためかもしれないし、そうじゃないかもしれない。ともかく、いくつもヒントを相手にちらつかせながら、老人は暗殺者が仕掛けてくるのを待っていたのだろう。その瞬間を捕まえるために。


 琥珀館の窓、あれはよくできていた。ちょうどその先にいい狙撃場所がある。他に窓はないので、自然と暗殺者は定位置へとおさまる。


 琥珀館の灯篭の数、あれもヒントだろう。もっともらしく灯篭の数ほど偉い人間が来るというブラフをまき散らしていたくらいに。


 琥珀館のあの部屋は、一見地味だがものは悪くない。おねいさんは部屋の隅々まで綺麗に片付けていたので、客が来る際に切れかけた電球なんてつけておくのか疑問である。実際は、あのとき電球が点滅したことが合図なのだろう。どこかで、暗殺者を見張っている誰かが知らせたもので、だから、その直後に矢がとんできた。おねいさんが、パックたちを追い出そうとしたのも、咄嗟にマルスたちをかばうことができたのも、それを知っていたためだと考えると納得がいく。


 老人はパックたちに賭けの提示をしたが、その時点で決着は決まっていた。隣の娼館の団体客、それが老人の手のものだろう。楽団であれば大きなボウガンを隠すだけの楽器入れも用意できるし、酔っぱらっていた男たちの中に、気絶させた暗殺者がいればうまく外に運び出せる。


 そんなことも知らずにマルスとロクは一晩中空回りをしていたわけだ。


 老人が正午と時間を提示したのはお昼休みに入るからだろう。もし、軍のお偉いさんであれば、スケジュールは過密だろうから。


「あのおじいさんってかなり負けず嫌いだと思わない」


 最初から、自分が隠してしまった人間を探せと言った。意地悪な話だ。


 ロクとマルスに同意を求めながら、パックは入ってきた鉄格子の方を見る。


「でも、賭けは自分たちの勝ちだよね。そうでしょ、おじいさん」

「……捕まえきれなかったじゃないのかね」


 しわがれた声とともに、かつかつと杖をつく音が聞こえた。

 鼻をハンカチで押さえながら老人とその部下らしき男が二人入ってくる。


「さすがに大人げないと思ったんでしょ? 『捕まえる』じゃなくて『見つける』って言ったのは」


 パックは鼻の脱脂綿をとると、ぽいっと捨てた。

 老いた狼もまた、かなり負けず嫌いな性格をしていた。




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