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10 一角獣


「今日はこちらの動物の世話をしてもらいます」

 

 ガーハイム先生が荷馬車でパックたちを連れてきた場所は、街から少し離れたところにある牧場だった。いつも家畜をと殺する牧場とは違う、お馬さんがたくさんいるところだ。柵の中には春に生まれたばかりの子馬さんたちがたくさん駆け回っていた。


 要塞都市は人口が多い分、周りにたくさん畑や牧場がある。お馬さんは軍馬になるものを育てているようだが、今回はそのお世話とはちょっと違うようだ。


「とりあえずみなさんにはこれを着てもらいます」

『……』


 真面目なお顔でガーハイム先生が取り出したのは、真っ白なワンピースだった。

 周りの空気が凍りつくのがパックにはよーくわかった。皆、なにかしら言いたげな顔で、先生のお顔をじっと見ている。言いたいけど言い出せない、独特の生ぬるい空気が流れている。

 

 仕方ないのでパックは、先生の手から白いワンピースを受け取った。ふんわりとした木綿のドレスで、これを着て白い帽子を被ったら、背景に白い子犬と赤い屋根のおうちが必要だと思った。

 この手の服は、すなわち美少女が着るべき代物である。


「先生、自分やマルスならともかく他のみんなが着るとなると、かなり見苦しいんじゃないですか?」


 パックは皆を代表してガーハイム先生に言った。


 先生は、なにかしら思うことがあるのか顔をしかめている。先生の行動は、そのまま見れば、どう見ても変態である。


「前置きを言い忘れました。今から、あそこにいる仔馬たちをそれぞれ別の場所に運ぶのが今日の仕事ですが」


 先生は、柵の向こう側を見る。茶、黒、灰、白の馬が合わせて十頭ほどいる。親馬はおらず子馬のみだ。背丈はパックと変わらない大きさで、ようやく乳離れした頃だろうか。

 その中になんだか変なのが混じっている。葦毛だろうか、黒っぽい灰色の子馬だが、その頭がどうもおかしい。


「あれはたてがみ?」

 

 口にしてみて否定する。その子馬の額には、尖った棒状のものが突き出ていた。


「突然変異で生まれたものです。一角獣を見るのは初めてですか」


 ガーハイム先生がワンピースを学兵たちに配りながら言った。


 パックは柵に手をかけて、目をきらきらさせる。お話でしか聞いたことがない生き物がこうして目の前にいることはとても楽しいことではないだろうか。つぶらなお目目のその生き物は、もさもさと干し草を食べていた。


「それとこのドレスを着るのにはなんの因果関係があるんでしょうか?」

 

 ロクが顔をしかめながら言った。パックとマルスプミラは、一角獣と聞いてなんとなく理由がわかったけど、東方出身者にはちんぷんかんぷんみたいだ。


「一角獣はあれできわめて獰猛な生き物で、下手に近づくと角で腹を突き刺しかねません。神獣とも言われるので乱暴に扱うわけにもいかないので、今回、私たちが派遣されたわけです」


 一角獣はとても変わった趣味をしている。お馬さんなのに変な趣味だ。でもわからなくもない。


「一般的に、清らかな乙女に心を開くと言われます」


 先生の言葉に、パックはぴしっと柵の上に手をおいてポーズをつけた。


 皆は、パックを無視し、かなり微妙な顔をして角の生えた子馬を見ている。なにが言いたいのかわからなくもないが、ここで注目するのはそこではないと、パックは思う。柵の上に立ってもう一回ポーズをとるが、誰も注目しない。これはいじめではないだろうか。一番空気が読めるマルスをつついてみたが、彼はぼんやりと子馬を眺めている。


「それと、香水をつけ女装した少年もありだそうです」

『……』


 もう一度、沈黙が走る。


 次に沈黙を破ったのは、ビスタだった。おずおずと手を上げる。


「先生、それは他の女の子がやったほうが、いいんじゃないでしょうか。わざわざ僕たちじゃなくても」

「……危険が伴う仕事ですので、一般人は手を出したがりません。ましてや、嫁入り前の娘であればなおさらです」


 良識のある親ならそんな真似はさせないだろうし、良識のない親ならもうその娘は清らかじゃない可能性が高い。要塞都市ヴァルハラでは男性比率が高く、若い娘の比率が少ないのも要因だろう。


「一応、学兵にも女子の部隊もあるんですよね」


 マルスプミラが確認するように言った。


「……それって初めて聞いた気がする」


 パックは思わずつぶやいた。なんだそれは、と言いたい。


「僕も初めて知った」


 隣でビスタも同意する。


「女子の部隊は、医療系に配属されてるから、僕たちと顔合わせることはめったにないんだよ。実際は、女子部隊というより身体能力と適正を踏まえたうえで、分けるんだけどどうしても身体能力の点で男女にわかれてしまうんだ」

「詳しいね、マルス」

「……うん。僕は適正から医療系もすすめられたからね」


 どこかぼんやりした顔でマルスが言った。最近のマルスはけっこう曇った顔をすることが多いな、とパックは気が付いた。


「そうなんだ。僕なら医療系のほうがいいと思うんだけどな」


 ビスタがそんなしくみになっていたとは、と口をぽかんとあける。


「女子の部隊についてですが、たぶん、もう手遅れだろうということで、こちらに回ってきた次第です」


 先生が言いにくそうに言ったが、空気の読めないイソナが手を上げる。


「先生、なにが手遅れなんですか?」

「……先日、飲み会に女子学兵を無理やり誘った馬鹿がいましてね。そういうことなんです」


 察しろ、と言わんばかりの先生に対しイソナは首を傾げたままだ。


「先生、自分は誘われてません」

「残念ながら、誘うほうも選びます」


 つまりパックは高嶺の花なのだと、とらえることにした。みなさん、シャイである。


「そういうことで着替えた人は先生のところに来てください。香水をふりかけますので」


 こうして、がに股の不気味な女装集団と可憐な美少女が一角獣をつかまえにいったのだが。


 なぜか、一角獣が懐いたのはマルスプミラ一人だった。


 実に納得がいかない。






 一角獣は今後、要塞都市で育てられることになった。乳離れも終え、元々他の馬に興味のない葦毛の馬はそれほど今の牧場から離れることには抵抗はなかった。かわりに、今後、しばらくはマルスプミラが食事兼散歩係として扱われるらしい。そのたびに女装する羽目になるとは、マルスプミラは面倒だろう。


 厩は軍馬が並んでいる場所とは少し遠い場所にあった。一角獣ということで少し慮ってか、小さな林が隣接している。崩れかかった遺跡が近くにあり、古い神殿の跡地だった。一応、元神殿、現軍部の敷地内だが、距離はけっこうある。朝と夕の二回の餌やりだが、特別にお給料がもらえるらしい。近くに別の厩を管理しているおじさんが住んでいるが、念のため、パックたちが交代でマルスにつくことになった。朝早く起きるのは面倒だけど、金のない学兵にとってこの小遣い稼ぎは悪くない。


 というわけで、夕方の散歩を終えたパックとマルスは、厩にいた。マルスは子馬を撫で、パックは桶の上に座って、木いちごを食べている。

 

「これって、あと半月続くわけだよね」


 うんざりした顔でドレスをつまむマルス。彼にしては珍しい表情だが、毎日二回、女装する羽目になるとなればそうなるのかもしれない。毎回香水をふるため、お仕事中もお勉強中も香水の残り香があるため、最近他の班の人たちがからかいにくるようになった。馬の餌やりの割にお給料がいいのは、迷惑料が含まれているためだろう。


「おまつりまでだっけ」


 パックはお馬さんの散歩の途中で見つけた木いちごをつまみながら言った。一定距離以内に近づくと、尖った角を突き出して威嚇するのはやめてもらいたい。審美眼のない馬である。今朝当番だったイソナが「あの馬、いつか馬刺しにしてやる」と言った意味がわかった気がした。


 一角獣は神獣と言われているので、お祭りの際、見世物として扱われるようだ。それが終われば、この生意気なお馬さんは王都へと移されてパックたちのお役は御免というわけだ。


 パックは、ひらひらドレスを着たマルスプミラを見る。ドレスは最初の白いワンピース以外に何着か渡され、今日は若草色のツーピースだった。少し長い金髪は赤いリボンで軽く結ばれ、ずいぶん可愛らしい。もちろん、パックが着たほうが似合うのだが、と付け加えておく。


「北の王ってどんな人なのかな?」


 マルスはブラシで子馬を撫でながら言った。子馬は目を細めて鼻づらをくっつけるようにマルスに甘えている。野郎とわかっていないのか、それともわかってやっている上級者なのか、パックには判断しづらい。パックの魅力がわからないということはやはり特殊性癖の上級者なのだろう、そういうことにしておこう。


「自分はずっと辺境にいたからわからないよ。別に知らなくてよくない? そんなこと」


 赤く染まった指先を舐めながら、余った木いちごをどうしようかと考える。おやつにロスおじさんの蜂蜜ケーキを頂戴したのであんまりお腹がすいていなかった。なんとなく摘んだけど無駄になってしまった。隣に置いてある樽の上に置く。おじさんにお土産に持って帰ろうか、蜂蜜ケーキのかわりに。


「そうなんだけどね」


 勉強熱心なりんごくんは、他国の情勢でも気になるのだろうか。しかし、パックに聞いたところでたかが知れているものである。


(もっと知りたいことがあるんじゃないのかな)


 マルスは最近、ずっとぼんやりとしている。いつからかといえば、あの日からだ。

 迷惑な天候不順男トヨフツに会った日からだ。


(いや、正確に言えば)


 彼が言ったある言葉を聞いてからだろう。


 心ここにあらず、そんな様子だった。


 にんまりと、自然にパックの口が弧を描く。


(いけない、いけない)


 わかっていても自然にそういう顔になってしまうので仕方ない。そして、その本能にパックはかなわない。名前により呪いのように刻まれた本能は、そのままその台詞を口にしていた。


「マルス、その姿、本当に女の子みたいだね。むさくるしい軍には浮いちゃうくらいだよ」

「それ、褒め言葉として受け取っていいのかな」


 複雑な顔をしながら、マルスはブラシを置く。一角獣の子馬は名残惜しそうにまつ毛を伏せている。


「褒めているよ。その姿なら、ここよりもずっとお似合いの場所があるよ」


 パックはマルスの表情をじっと見る。彼の表情がどのように変わるのか、それをじっくり観察した。


「その姿だと、花街・・で歩いていたほうがずっと目立たないくらいだよ」


 色素の薄いマルスの目、その瞳孔が一瞬だが大きく開いた。


「一学兵じゃお目にかかることもできない最上級のお姫さま、それを見ることはできないだろうかね」

「……パック、その手には乗らないからね」


 マルスは子馬をもう一回だけ撫でると、ブラシを厩の倉庫に戻した。そして、かわりに布袋をとりだす。リボンをほどき、ドレスを脱ぐ。


「君は蛇の真似事をするのが上手い」


 マルスは以前、パックのことを知恵の実を食べるようにそそのかす蛇みたいだと言った。


「だって君は林檎だもの」


 パックは木いちごを一つつまむと、マルスの前に立つと、彼の唇に赤い実を押し付ける。


「赤い実はおいしいからねー」


 木いちごの果汁が唇を染めた。


 金色の髪、白い肌、赤い唇。


 きれいなものは愛でたいと思う、でも同時にぶち壊したいと思うのが人間の矛盾だろう。


「イワナガヒメに会いたくないかい?」


 パックは確認するように、マルスプミラに言った。



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