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7 大通り


「ねえ、みんなどうしたの?」


 一人、事務局までお出かけしていたマルスプミラは首を傾げながら言った。

 

 パックは暇つぶしに、ピザのように小さな三つの盾を左つま先と両手の人差し指で回していたが、それを止める。


 ビスタたちはいまだ、正座して向かい合ってうんうんうなっている。阿呆どもめ。


「なにっていわれても、思春期の多感なお年頃の男の子にはよくある病気だよ、君はうつっちゃいけないから、無視していいよ」


 美少年は猥談に混じっちゃいけないのである。混じってしまえば、その時点で残念な美少年に変質してしまう。


「よくわかんないけど、みんな帰ろうよ」


 マルスプミラの言うとおりで、もうお外は真っ赤に染まっていた。






 お外に出ると、おうちへ帰る人たちや夕飯の買い出しにいく人がたくさんいた。大通りに立つ屋台は、売れ残りを片付けようと安売りする店と、これからの時間がかきいれどきのお店があった。そのどちらもある時間だからだろうか、通りの人間はけっこう多い。


 さっさとばいばいしておうちに帰ってもよかったけど、三つ子は夕飯を屋台の売れ残りで終わらそうとしているのでついていくことにした。珍しくマルスもいる。ビスタだけは寄宿舎ででるご飯で終わらせるようだ。おじさんはよく仕事が忙しくて夕飯を一緒に食べることはあまりない。仕方ないので、パックはいつもおじさんの財布から夕飯代をいただいて買い食いして食べるのだ。大家のおばちゃんがご飯をくれることもあるけど、いつもじゃないので仕方ない。


「なんでお前がくる?」


 案の定、ロクが言った。


「野郎四人だけでご飯じゃむさくるしいと思って」


 パックはきゅぴっと愛くるしいポーズをきめた。


「おまえが混じったところで変わんねえだろ。むしろマルスがいるから十分だ」


 イソナがマルスプミラの肩をどんと叩いた。力が強かったらしくマルスは苦笑いを浮かべながら肩を擦る。


「パック、ごめんね」

「ねえ、マルス、どうして謝るの? どうして」


 マルスはすまなさそうに笑ったままである。


 なんだろうこの扱いは。なぜ、謝るとパックは思う。

 それにしてもここにいる野郎どもは実に女の子の優しい扱いができないので、将来もてないに違いない。顔だけはいいマルスプミラも一度は付き合うものの「ごめんなさい、なんか想像とは違ってた」とか言われて向こうから振られるタイプに違いないとパックは確信する。


「たまにはしっかり肉が食べたい」

「俺、魚」

「甘い物食べたい」


 はらぺこの少年たちは欲望を口ぐちに発するが先立つものは限られる。イソナが屋台の商品とにらめっこしてから、財布の中身と量を見て諦める。本当に金がないのだろうかと思うが、同じ給料をもらっているロクとマルスはそれほどけちくさくないので、使い方に問題があるのだろう。


 本当なら屋台で売れ残りを買うよりちゃんとしたお店に入ってご飯を頼むほうが美味しいのだろうけど、そんな余裕はロクとマルスにもない。


 三つ子たちは、たまにちらりと通りの向こう側のお店を見て目を細めている。ウエイトレスのおねえさんが皿一杯に盛られたパエリアやミートローフやシチューを運んでいる。見せつけるように外にビアガーデンを作っているのが憎い。少し早くビールをあおるおじさんたちが口の周りに白いおひげをつけていた。


「あそこのお店、けっこう高いよ」

「知ってっよ」


 お店の前のボードを見ると、学兵たちには少しお高い値段設定である。出せないことはないが、その後三日位断食が必要になる。見た目はどこにでもある酒屋兼飲食店のようだが、作る人間が昔王都にいたシェフらしく、材料にもこだわっているとのこと。なぜ詳しいかといえば、大家のおばちゃんの世間話に付き合えばこの街の大体のことはわかるわけである。


 臨時収入か気前のいい上司のおごりでもない限り食べられそうにない。ゆえに、貧乏人たちは売れ残りの焼け焦げた串焼きがのびきった麺料理を値切りながら食べるしかないのだが。


(一人で食べちゃおうかな?)


 おじさんのお財布からくすねたぶんは一人分しかない。みんなで食べられる量はないしおごる気もない。オープンテラスで足を組ながらシャンパン片手にテイスティングを楽しもうかと思っていたら。


「あれ?」


 ぽつりと鼻に水滴がついた。空を見るとお空は真っ赤から紫へと変わっていたけど、お空には厚めの雲が浮いていた。


 雲はどんどん集まっていき、ぽつぽつからざーざーに雨音が変わるのに時間がかからなかった。


 売れ残りを始末する間もなく畳まれていく屋台、パックたちは一番近くのお店の下に雨宿りをすることにした。


「いきなりなんだよ、この雨」


 イソナが愚痴る。


「そうだね、さっきまで晴れてたのにさ」


 パックが頭を振って水滴を落とす。


「おい、パック、頭振んな! 濡れるだろうが」


 ロクがパックの頭をがしっとつかむ。


「たぶん、あの人が原因なんじゃないかな?」


 マルスが通りを見ながら言った。


 ざーざーと大粒の雨が降り注ぐ中、大男が一人歩いている。引き締まった体躯は軍人だと一目でわかるが、その容姿はそれ以外にもあまりに特徴的であった。


「まだらの男だ」


 まだら色の肌をもった男、トヨフツは肩を下げながら歩いていた。お空の鉛色の雲は、稲光を発するかわからないだろう。トヨフツという男は、そのような名前を持つが故、軍部でも取扱いが難しい人間だという。


 この迷惑な男は、以前にも男子寮に大きな雷を落として中庭を駄目にしたという。


 周りもじろじろとトヨフツのほうを見ている。ある者は畏怖を込めて、ある者は奇異の目で。前者はその名の意味を深く知るものだろう、そして、後者はその名の意味を知らずその意味を知ろうとするものである。こうして、名は広まるほどに力は大きくなると言われる。

 

 パックは三つ子とマルスプミラを見る。三つ子は、青ざめた顔でトヨフツを見ている。トヨフツの名は東方語なので、彼等はその意をよく知っているのだろう。対して、マルスプミラは、彼がどんなものかとしっかりとみている。名の意味はわからなくとも、それがどんな言葉なのか周りを見て学び取ろうとしている。


「迷惑な人だねえ」


 パックはそう思いつつも、お顔だけはいいねえ、と乙女心をときめかせていた。身長も高いし、身体もひきしまっているし、お顔もいい。その上、たぶんお給料もたくさんもらっているだろう。


(お給料たくさん?)


 パックはにやりと笑った。


「ねえ、おいしいごはんたくさん食べたくない?」

「おい、すごく嫌な笑顔を見せるな」


 ロクがなにかを察し、パックを捕まえようと手を伸ばしたがもう遅い。


 パックはどしゃぶりの雨の中歩く男の前に立った。


「ねえ、おにいさん。ごはん食べたいな」


 にんまりと笑うと、トヨフツはぼんやりした表情を見せた。


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