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6 思春期少年


 今日のお仕事は、倉庫のおそうじだった。おそうじするついでに、今度イベントごとに使う道具も取り出すという簡単だけど面倒くさいお仕事だった。そろそろ豚さんをソーセージにするのも慣れてきたので、ガーハイム先生はつまらない顔をしてお仕事の内容をいって帰っていった。サドな先生は、ここのところ生徒の精神力をがしがし削るお仕事がないことを実に悲しんでいるようだ、いやな先生だ。それに。最近、やけにロクがパックの動向をしっかり見張っているため、彼に任せているのだろう。なんと無責任な先生だな、とパックは思う。


「最近、なんか平和だよね」


 お掃除道具を持ってのん気に言うのはビスタだった。平和なのは彼の頭だろう、すっかりとある事件があったことを忘れている。


 元はおっきな神殿か教会かなにかである軍の内部はとても広く、長い回廊の隅っこにある倉庫まで歩くのにはけっこう時間がかかる。ついだらりとお喋りをしてしまう。ガーハイム先生がいないからできることだ。


「そうだよなあ。ここんところ、軍が森に入ったりしないからかな?」


 イソナが言った。彼の言うとおり、最近、軍部は森に入ったりしない。おかげで、血まみれのずた袋を運ばずにすんでいる。真夏の盛りに死後数日たった遺体はどうなるか想像するだけで、嫌なものだろう。死ねばどんな生き物も肉となる、そして肉は腐るし虫も集る。


「もうすぐ祭の季節だからね。他のことで忙しいんじゃないかな」


 マルスプミラが言った。


「祭かあ? 俺、どんな祭があるのか知らないんだけど」


 イソナの問いかけに、マルス以外の全員が「うんうん」と首を縦に振った。


「生誕祭だよ。北の国王さまの。ここは元々聖地だからね。こんななりになったとしても、国王さまはこちらに毎年いらっしゃって、次の一年の安寧を願うんだよ」


 世界には国同士の大きな派閥が四つあって、その中で北の国王とは北の派閥の最大国のことを言う。昔は固有名称があったらしいが、その名前は口では発音できない単語であったため、いつの間にか北の国とだけなったという。古い古いおとぎ話によると、昔は世界樹の葉に名前があったらしいが、世界樹をかじる大きな鼠が葉っぱを食べてしまったらしい。なので、もう人の口からその国々の名前は出てこなくなってしまったという。


北と同じように、西も東も南もこのように呼ばれ、それ以外の国々も『南南東に位置する島国』やら『東と北の狭間にある国』などとても呼びにくい名前ばかりである。それぞれ、そのまどろっこしい名前を短い単語へと言い換えることはあっても全く新しい名前に付け替えることはできない。そんなふうに勝手につけようものなら世界樹から名をもらえなかった『名無し』と同じものとされる。人の名前を世界樹の理なしに付けることは、大罪とするのが世界樹教の考えである。


 そんな世界樹教の教えに一番深い理解を持っているのが北の王様なので面倒くさいのだ。名前が名前だけに、それにこだわる理由もわからないわけでもない。


(あんなお名前であればね)


 誰もが知らぬ者はいない名前を持つ、ゆえにその子にもふさわしい名をと、数十の側室を置き、百に近い子を産ませている。


 数撃てば当たるというものでもないのに。


「それはそれは」


 パックが次の句をつなげようとしたとき、呆れたため息が聞こえた。


「この戦争、一番長引かせているのは誰なんだよ」


(へえ)


 それは自分の台詞だとパックは思いつつ感心した。


 短気な言葉だった。それを言ったのがイソナかイソゴだったら、別にパックもスルーしただろう。しかし、言ったのは三つ子のもう一人だった。


「ろ、ロク!」


 ビスタが慌ててロクの手をひっぱり、ちょうどついた倉庫の中にはいる。回廊には見る限り誰もいないが、全面が石造りのため声はけっこう響く。


「……あんだよ」

「そんなこと言って誰かに聞かれたらどうするの!」

「誰もいないだろ、それに言ったところでどうなる? 不敬罪ってか」


 不機嫌そうにロクが言っている。

 

「不敬罪とかそんなんじゃないよ。まるで、君はこの戦争が無意味みたいに言っているじゃないか」

「違うのか?」


 なんだかいつもと雰囲気が違うな、とパックは思った。ビスタが普段より気が強いようだ。それに、イソナたちもビスタよりに立っているように見える。視線が兄弟に対してなにか言いたげだった。


(なんだろう、この流れは?)


 なんだがビスタがいつもより気が強いような。それに、意義とかそう単語の意味もわからなさそうなイソナとイソゴの表情もなんだが不思議だと思った。

 なんだか目の色がいつもと違っている気がした。


(どうしたものやら)


 このまま流れを見守るのも楽しそうだとパックは思った。でも、もう少し大きくなるまで放置したほうが面白いのではとも考えてしまう。パックがそのどちらの天秤に針を傾けようかと考えていると、止めに入ったのはマルスプミラだった。ぱんぱんと大きく手を打ち鳴らす。


「もうどうでもいいけど、掃除、掃除! ここけっこう広いんだから!」


 箒にはたき、モップをそれぞれ渡されたビスタたちは、素直に頷いた。さっきまで少し変わっていた表情が元のぼんやりしたものへと戻った気がした。


「さっさと掃除するか」


 いつもの雰囲気に戻ったので、さくさくと仕事を始める。古い防具や盾が並んでいる棚をよいしょよいしょと引きずりながら横にずらしてたまったほこりを払っている。


 パックは、これはつまらないと、はたきを両手に持ち、荒ぶる鷹のポーズをした。とりあえずまともな空気に戻ったマルスプミラに制裁を加えようと振りかぶったが、彼のお顔は可愛かったので方向転換した。そして、別に多少崩れても全然困らないイソナへと攻撃を加えると、間髪入れずラリアットが返ってきた。


「ぐふ、おまえ、成長したな」


 パックは三つ子の成長を喜びつつ、その身に受けた傷のため永い眠りにつこうとしたが。


「さぼんじゃねえ」


 今度は、ロクに蹴られた。


 暴力的なところは本当にそっくりな兄弟である。可憐な乙女に手やら足やら出しまくるこの野郎どもには、女の子にもてない呪いをかけてやろうとさえ思ってしまう。


 今度、人通りの多いときに、しかも若い女性がいるまえで、ズボン下げてやろうと誓うパックであった。






「これで終わりかあ」


 うーんと大きく背を伸ばすイソゴ。マルスプミラは先に道具を持って渡しに行った。思った以上に時間がかかり、提出する軍部の事務局は夕方にはしまってしまうからだ。


「せっかくお風呂入ったのに台無しだよ」


 パックは恨みがましくロクを見る。やや三白眼の少年は知ったことか、とだるそうに鎧を元に戻している。よく見ると、ここにある鎧や剣はレプリカのようだ。祭儀用に装飾を施され、持ちやすく薄く作られている。他にも、奇妙な葉のモチーフがついた杖が置いてあったりする。世界樹を模したものだとパックはわかった。ここは軍部の武器庫ではなく、神殿の祭具庫であったことがわかる。どれもいい品物だが、ろくに手入れをしておらず、銀製の装飾品は腐りかけたものもあった。


「風呂かあ、どんなだった? こっちの風呂っていっても、ちゃんと大きな湯船があるんだよな」


 食いついてきたのはイソナだった。このあいだも喰いついたので、やはりお風呂は好きらしい。


「大きかったよ。室内のお風呂もあるけど、露天でプールみたいなのとか、バラの花びらが浮かんでいるのとか、ライオンさんがじゃーってのもあったよ」

「よくわかんないけど、無駄に豪華だな」


 イソナが使い終わった雑巾をバケツの中に投げ入れて、壁を背もたれに座り込んだ。


「採算合うのか? それ。風呂わざわざ入るやつなんて、ここには少なそうだけど」


 現実的なことをいうのはロクである。たしかにお湯は沸かすのに薪は必要だし、維持費だけでも半端ないだろう。


「ここは昔湯治場としても有名だったらしいよ。神殿とかあるなら癒しの場所があるのも不思議じゃないし、いつのまにか宗教都市として大きくなって少しずつ影をひそめ、今度は要塞都市と呼ばれるようになったと」

「くわしいな」

「お風呂屋さんで教えてもらった。おねいさんに」


 あのあと風呂上りに湯冷ましを飲んでいるイワナガヒメに話しかけたら、そういうお話をしてくれた。おねいさんの座っている場所は、これといって誰の縄張りでもない場所だったけど、周りが遠巻きに存在していたのでごちゃごちゃした脱衣所の中ではなかなか過ごしやすかった。でも、おねいさんはあんまり気分がいいものではないらしく、ちょっと苦笑いを浮かべていた。


「おねいさんだと!」


 なんだか釣り針に獲物が食いついたようだ。目をらんらんとさせているのは、イソナだけでなく、イソゴやビスタ、それに素知らぬふりをしながらもちらちらこちらを見ているロクがいる。

 これだから野郎どもは。


「風呂屋におねいさんがいるのか!」

「いるよ、たくさん。お水系だけどね」

「お水系、でもおねいさん、たくさん」

「たくさん」


 野郎ばかりのこの街では若い女性は希少である。そんなおねいさんの湯上りのほわんと紅潮した頬やむき出しのうなじでも想像しているのだろう、この思春期どもめ。


 ほわんとしていながら興味津々のお顔をしたイソナがパックに詰め寄る。


「お、おまえどうやってそのおねいさんと話せたんだ! 教えろ! 教えてください!」


 非モテって大変だなとパックは思う。でも親切なので、パックは丁寧に最初から教えてやることにした。


「お風呂屋さんおじさんといったんだけどさ、入る場所間違っちゃったんだよね。おねいさんに忠告されたんだけど、入ってきたもんは仕方ないかなってそのまま入ったんだ」

「お、おま! なんて大胆なことを!」


 イソナが背景に雷鳴を光らせながらポーズをとる。


「ええっと、パックって何歳?」


 少しもじもじしながらビスタが言った。


「十三」

「だよね、十三でも入っていいの?」

「次からはやめるよ。でも、最初だから仕方ないっておねいさんが親切にいろんなことをしてくれたんだよ」


 今度はちゃんと一般人向けのお風呂も入ってみようと思う。どちらが面白いか見比べないといけない。多分、一般向けのほうがつまらないだろうけど。


「いろんなことってなんだ?」


 ぼそっとイソゴが言った。

 その瞬間、なぜかロクがイソゴを殴っていた。見事に顎に当たり、吹き飛ばされるイソゴ。お兄ちゃんの威厳皆無である。


「おい、パック。あんまり誇張していうんじゃねえ、こいつら勘違いするじゃねえか!」


 ロクがやけにすごんだ声で言った。


(そうだね、いろんなことというほどしてもらってないや)


「ごめん、言い過ぎた。せいぜい、マッサージしてもらったくらいかなあ。気持ちよかったんだけど、続きはお店に来いってさ。本当に行ったら安くしてもらえるかなあ」

『……』


 一同黙り込んだ。皆、一様にうつむき、正座をしている。そしてぼそりぼそりと話しはじめる。


「俺、十四になったんだけど」

「身長のほうが問題じゃね?」

「パック小っちゃいもんね」

「お前ら、早まんなよ、なあ、早まんなよ」


 パックはそんな彼等を見ながら、小さな盾をくるくると指先で回して遊んだ。


 とりあえず思春期の少年というものは、お馬鹿なのだなあと思った。




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[一言] (・_・D フムフム女として見てもらって無かった…てか男と思われてたのかw
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