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3 テルマエ


 昨日の約束通りパックは仕事を早く切り上げて帰ることにした。

今日のお仕事は、ブタさんをソーセージの材料にする仕事で、途中で他の皆に任せて帰ってもよかったけど、最後まで働くと特製の燻製セットをくれるので、ちゃんと最後までやった。さっさと終わらせるために、いまだ恐る恐るナイフを握るビスタを押しのけて解体してあげた。まだぬるい内臓を取りだし、バケツへと放り込んでいく。


 マルスプミラがぽかんとした顔で、


「ねえ、パックってできる子なのに、なんで真面目にやらないの?」


と、言ったので、


「先生はどんな環境にも慣れるために、こういう仕事をやらせてるんでしょ。一番、それに慣れるべき人は誰なのかな?」


と、答えた。


「たしかにそうだが、お前に言われるともにゃっとくる」


 と、イソナが臓物を指先でつまみながら言った。三つ子の末っ子の言葉に、パック以外の全員が納得したように頷く。


「わかった。じゃあ、いつもどおり動くよ」


 と、パックが臓物を持って振り回す真似をすると、皆がやめろと押さえこんできた。このあいだ、そうやって振り回して血とはらわたの中身が飛び出し大惨事になった。千切れた臓物がちょうど入ってきたガーハイム先生のお顔にぶつかった。あの場の氷つきかたは実におもしろかったが、うん、わかってる。もうやらない。あれは匂いがなかなか消えなかったので、パックも二度目はやらない。


「今日はおじさんと一緒にお風呂屋さんに行くから、早く帰って来いって言われてるからやめとく」

「風呂屋かあ」


 イソゴが珍しく食いついてきた。


「寄宿舎に一応シャワーついてるけど、あれじゃ入った気にならないよね」


 ビスタが賛同するように言った。


「湯船にゆっくりつかりてえよ。檜じゃなくていいから」


 『ヒノキ』とはなにかよくわからないけど、どうやら東方人はお風呂が好きなようだ。パックも嫌いではない。焼石に水をぶっかけて蒸気たっぷりの中で身体を蒸した後、飛び込む泉は気持ちが良い。村のじいさんをサウナに閉じ込めてから、使用制限を食らったけど、それでもいいものだ。


 こちらのお風呂は、大きなプールにお湯をはってそれに浸かるというので、ビスタたちの好きなお風呂に近いのだろう。

 案外、話にのってこないのはマルスプミラである。可愛い顔をして彼はお風呂嫌いなのだろうか。西方の人間は、お風呂にはあまり入らず香水をよく振りつけると聞くが、彼もそれ系なのだろうか。


 パックはせっかくの美少年が悪臭を漂わせていたら嫌なので、たしかめるために近づいてくんくんと鼻を鳴らしてみた。正直、中が豚小屋なので匂いが強すぎてわからない。


「なにやってんだよ」


 マルスをかばうようにロクが入ってきた。以前からその傾向はあったけど、最近、眉間にしわがよって目がすわっていることが多い。ロスおじさんと一緒で、苦労人にはそういう癖ができてしまうのだろうか。


「眉間にしわできてるよ」


 額を手のひらで触れたが、血糊がべったりついていたので、ロクのお顔が真っ赤になった。ついでに目に入ったらしく、藁の敷かれた床を転がっている。


「だ、だいじょうぶ!」


 マルスが近寄って目を拭いてやっているので、パックの出番はないな、と思い、また、作業に戻る。さくさくと豚さんをばらしていき、一仕事終えて心地よい汗を拭いていたら、顔を拭いたロクにとび蹴りを食らった。


 本当に気が短い男である。






 おうちに帰ると、おじさんがお風呂セットを準備していた。手提げ籠に石鹸や身体を拭くタオルが入っている。なぜか小さな黄色いあひるさんのお人形も入っている。お洗濯もまともにできないのに、妙にまめである。


 お風呂屋さんは街の中央から少し外れたところにある。公衆浴場というが、その位置は実は微妙な場所だ。

 周りにはやけに若いおねえさんたちが多い。野郎ばかりの要塞都市では、この女性率はとある歓楽街くらいしか見られない。


 その理由は簡単である。


 そうだ、夜の蝶々たちの住む歓楽街に隣接しているのだ。


「おじさん、やっぱりここ、ピンク色のお風呂屋さん?」

「ちげーけど、風呂に入る人間って限られているんだよ。そっちの風呂屋はあの門より先じゃねえと、違法だ」


 おじさんが、歓楽街と一般の街の区切りを示す門を指さす。やたら造形にこだわった派手な門だ。


 なるほど、とパックは思う。身体を商品にする夜のおねえさんたちだ。常に商品は最善の状態に保つことが必要とされる。より高い格式の店ほど、花たちをきれいに磨き上げる。不潔にしていれば、それだけ病気もかかりやすくなり、客足も遠のくことが目に見えているからだ。


 逆に客の側としては、少しでも意中の娼婦に嫌われないように身ぎれいにするだろう。高級娼婦に入れあげる人間ほどその傾向は強いはずだ。


 お風呂屋さんは一見してみれば、神をまつる神殿のような造りをしていた。大きな石の柱が均一に並び、石畳は立派である。やたら裸のおねえさんや髭の濃いおじさん、なんか全裸なのに頭だけ兜被ったこいつ変態じゃね、っていう石膏像がたくさんあった。パックはもっと近くで見たいなあ、と思ったけど、ロスおじさんがパックの首根っこを摑まえて、足をつかなくしたので動けなかった。

 

 子どもの好奇心をもっと尊重してもらいたいものである。


 カウンターでおじさんがこども一人、大人一人と料金を払っている。何気に、パックを子ども扱いして、ちまちまとお代をけちっているのがおじさんらしい。仕方ないのであとで売店にいってジュースを買ってもらおう、口止め料だ。


 おじさんは猫の子のようにパックを持ったまま、二つにわかれた風呂への入口を見る。パックをじっとみてなにか迷っているようだった。


「お前、どっち入りたい?」

「レディを野郎の裸体がぶらぶらしているところに入れる気なの? 変態さんなの?」

「そうか。普通、そうだよな。普通じゃねえから忘れてたよ」


 かなり失礼なことを口に出しまくっている。


 おじさんはパックを女湯の前に下ろすと、もっていた手下げ籠の一つをパックの頭の上にのせた。


 なんかいろいろ不安そうな顔をしている一方で、風呂くらいゆっくり入りたいんだよと、お顔に出まくっている。


「風呂上りのミルクで手をうとう」


 いい子にしているご褒美らしい。そんな安っぽく見られているとは心外である。


「……お風呂上りは冷たいアイスがいいと思います」


 氷は高いものだし、空気をふんだんに入れ込むまで練り込んだアイスは製造が難しく高級品だ。ただの氷を削ったものよりずっと高い。

おじさんがぐぬぬとなる。たぶん、ロスおじさん大好物のプリンよりもさらに倍くらいのお値段がするだろう。そんな高級品は、意外にもお風呂屋さんに売ってあるのだ。通り過ぎた売店にあった。娼婦へと気の利いた土産に氷菓子など最高だろう。


 しかし、パックとて負ける気はしない。


 息を止めて苦しくなる時間くらいにらみあって、負けたのはおじさんだった。


「一個だけだからな」

「ミルクもね」

「それも飲むのかよ!」


 落ち合う時間を決めて、それぞれ風呂場へと向かった。



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