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その輩、悪神につき  作者: 日向夏
悪戯妖精
23/46

22 森人


 一体、なんだったんだよ、あれは。ロクは今、見たものについて目をぱちくりさせた。


 パックたちが村の中に入ってからどれくらい経っただろうか。正直、不安の二文字以外思いつかない。パック一人だけなら見捨ててもいいかな、と思ったりしたが、ビスタがともにいるので見捨てるわけにもいかない。


「どうして、パック一人にしておかなかったんだろう」

「ロク!」


 思わず、そんなつぶやきをもらして、マルスプミラに怒られている矢先だった。


 地面から巨大な塊が浮いてきた。その上に座っていたイソナは転がり落ちる。何が起きたのか理解できず、尻もちをついたまま口をあんぐり開けている。


 岩が浮かび、その周りに蚯蚓のような曲がりくねった紋様が現れた。紋様は青白く光りながら、まるで磁石のように地面の砂粒をくっつけていく。


「……っ!」


 イソナは腰が抜けたまま動けない、ロクはイソナの手首をつかむと木の影へと引っ張った。


 巨大な岩の塊は、不思議な紋様によって人型へと変わっていく。小石の塊を軸として、土くれで肉がつけられる。


「……ゴーレム」


 マルスプミラが口を開く。震えるその言葉は、ロクにも聞き覚えのある単語だった。ガーハイムの授業で断片的に教えられる森人の話。森人は奇妙な術を使う、名前による力でもないそれは『魔術』と呼んでいる。正しくは、『魔力』と同じく人には発声できない単語であるが、便宜上そのように呼んでいる。人は魔力を技として使うが、森人は魔力を術として使う。だから『魔術』と呼んでいる。


 ゴーレム、すなわち人形に命を与える術は、その中の一つだ。


「な、何なんだよ……」


 イソゴの声が大きくなりそうなので、ロクは口を塞ぐ。


岩の巨大人形は、申し訳程度の頭を土で形成すると、ずしりずしりと村の方向へと向かう。囲まれた塀の前に立つと、その土くれの腕を振り上げる。材質は土と小石の塊、腕は無残に崩れるが、不思議な紋様がまた浮かび上がり、再び腕を形成する。殴っては崩れ形成し、を数回繰り返すと、丸太で作られたバリケードは、壊れた。ゴーレムはその隙間から押しいって村へと侵入した。


「……ここ、まだ安全じゃなかったのかよ」


 今更言っても仕方ないことを口にしながらロクは前髪をかきむしった。

 

 どう見ても、ロクたち学兵が相手にできるようなものではない。


「どうするんだ! あのバケモン、村の中入っていったぞ!」

 

 腰を抜かしたままイソナが言った。


「言われなくてもわかってる」

「中にはビスタたちが!」

「わーってるって言ってんだろが!」


 ロクは苛立たしげに言った。

 なんでこんな面倒なことが起きるんだよ、と唾を吐き捨てたい気分だ。まるで、疫病神にでも憑りつかれているようだ。


「どうするの?」


 マルスプミラがロクに聞いている。だが、それはロクに発言を促すものであり、けして自分の意見を持たないわけではなかった。不安そうに眉を下げながらも、ちらりと村のほうに視線をやっている。


「どうしたいんだよ」


 ロクが聞き返すと、マルスはごくんと唾を飲み込んだ。


「僕は、ビスタたちと合流すべきだと思う。中の様子はわからないけど、パックなら上手く立ち回ってるだろ」

「じゃあ、そのパックたちを信じて俺らはさっさと安全な場所に逃げるってのはどうだ? ゴーレムが現れたら、まず最初に伝令に行くのが俺らみたいなのの仕事だろ」


 マルスは優等生で、イソナは感情が先走りしやすく、イソゴはそれに同調しやすい。こういう場面に、一番嫌な役を押し付けられるのは自分だとロクは思う。

 だが、それが一番正しい判断だろう、少なくともガーハイム先生に赤丸を貰える程度には。


「それは正しいと思うよ。でも、ビスタたちが安全だとは限らないじゃないか」

「お前、矛盾してるな。さっき、パックなら大丈夫っていっただろ」


 ロクはわざとらしく唇を歪めて見せる。正直、ここにいても仕方ない。できるだけ早くここから離れて救援を呼びに行くほうが大切だ。それを、個人の感情から動かないでいるのが他の三人だ。


「ロク……、それって」


 イソゴがロクを見る。自分の兄であるが、正直自分のほうがずっとしっかりしているつもりだ。異母兄がそんな調子では、こっちががんばらなくてはならない。


「俺たちの手持ちはなんだ? まともに武器も支給されない俺たちだぞ。護身用の小太刀程度であのデカブツを倒せとでもいうのか?」


 ロクは腰に差した刀を叩いてみせる。故郷の母たちが持たせてくれたものだ。捨てることと同義の徴兵に対して幾何かかの憐れみがあったらしい。もっとも、新しい子が種付けられたらそんな憐れんだ子のことも忘れてしまうだろう。産んだ子どもより、父の寵愛を受けるほうが妾には大切なことだから。


 ぎゅっと顔をしかめるイソゴ。悔しいがロクの言葉に反論できないはずだ。感情で動こうとする兄弟を理屈で押しとどめる、それがロクの出来る防衛行動だった。


 別に、数か月一緒にいた同じ学兵を見捨てたいとは思わない。でも、ここは冷徹でも突き通さなければならないところだ。


 嫌な役周りだとロクは思う。普段、こういう立場に好きで立っている人間の気持ちがわからない、まったくわからない。


「つまり、僕たちにもできる仕事があれば、ここにいても問題がないっていうことだよね」


 ロクは視線をマルスプミラに移動する。きれいな顔立ちをしたこの少年は、ロクの兄弟たちよりも頭がずっとよくなおかつ正義感にあふれている面倒な奴だ。


 マルスプミラが鞄をごそごそとあさり始める。いつもマルスが持っている鞄ではない、パックのものだ。パックが依頼の品を背負っていたためマルスが代わりに持っていたのだろう。

 中からいろんなものが出てくる。ナイフやパン、果実水を入れた瓶、落書きを走らせたメモ帳に、子ども用の玩具、セミの抜け殻に飴玉、工具が一式。


「……まだ、入っているのか?」

「みたいだね、どおりで重いわけだ」


 マルスは引っ張り出した中になぜか女性ものの下着が入っていて、慌てて鞄の中に戻す。なんで入っているのか不思議だが、あとで通報しようとロクは思った。


「!?」


 ようやく目当ての品が見つかったらしく、マルスがロクに笑って見せた。ロクはそれを見て苦笑いを浮かべるしかない。


「なんでそんなもん持ってんだよ」

「パックだからじゃないかな?」


 マルスがとりだしたものは、花火の束だった。パックがよく悪戯に使う道具である。



〇●〇



「どうしようかー」

「そんなのわかんないよ!」


 パックがせっかく意見を求めているのに、ビスタはそんな返事しか言わなかった。


 部屋の外には、巨大なヒトガタが動き回っている。表面が土くれでできていることから、耐久性は脆そうだが大きさがけっこうなもので人間が相手にできるものではない。


「あっ、潰れた」

「やめてよ! そんなこと言うの!」

「でも、潰れちゃったよ。人間って脆いんだなって見るとわかるよ」

「なんでそんなに冷静なんだよ!」


(冷静とか言われても)


 戦場では当たり前に起こることだろう。それが今まさに目の前で起きていれば、ガーハイム先生なら「いい機会です、ちゃんと慣れておきなさい」とでも言うだろうか。


 顔色の悪いおじさんたちが慌てふためく声が聞こえる。土くれ人形の動きは遅いが、薬にどっぷりつかり頭の回転が遅くなったおじさんたちには、逃げるという思考が遅れてしまったらしい。もしくは、大切な葉っぱをちゃんと持っていこうとするお仕事熱心な人もいて、おかげで走馬灯が走る暇もなく潰れてしまったようだ。


「ここにいたら大丈夫だよね? うちの中まで入ってこれないよね」

「そうでもないよ」


 土くれの化け物は家のドアをこじ開けて中をのぞいている。ついでに驚いて叫びながら飛び出してきた男を、腕を大きく振って潰した。


(なんだろう、この動き)


 パックは違和感を覚える。なにかを探している雰囲気に見える。それでいて、目の前にいる人間は殺そうとする。動きが緩慢なのは、そのでかい図体だけが理由ではないような気がした。化け物自体が移動する際は、妙に慎重なのに、腕を振るう動きだけはやたら速い。


(なんか目が見えないみたいな動き)


 パックは思った。音に反応しているような、そんな感じ。銃でも持っているのだろうか、外ではパンパンという音が響いている。


「アヴァアアア」


 いきなり奥の一人が奇声を上げた。パックは思わず振り向いた。


「だめだよ、大人しくして! 見つかっちゃうから」


 ビスタが慌てて奇声を発した女性の口を押えるが噛みつかれてしまう。その一人に呼応するように周りの者たちも叫び始める。例外がいるとすれば、金色の目をした少女一人だけだ。目を輝かせて、ぎゅっと唇を噛んでいる。


(まずいなあ)

 

 パックは化け物が気づくのではないかと思いながら、外を見る。しかし、化け物はあいかわらず家探しをしていた。今度は運よく中の住人は逃げられたみたいだ。叫びながら窓ごしにパックの前を通り過ぎていった。


(あれ?)


 あれだけ大きな声を上げていたのに、化け物はまったく反応しなかった。


(どういうことだ?)


 パックは後ろを見る。奇声を上げるものたち、そこに光る金色の目。


 パックは奇声を上げるものたちの中に入っていく。

 金色の目の少女の前に立ち、足元を見る。先ほどビスタが切った荒縄がそこかしこに落ちている。それに混じるように、薄汚れた紐が落ちていた。ビスタが縄を切る際に一緒に切ってしまったらしい。


 パックはそれをつまむ。編みこまれた紐は、なにかしらの文字を表していた。その内容を読み取るには汚れすぎていたが、なんとなくどんなものか想像がついた。


 目の前の少女の両手首と片足、それから首には同じものと思われる汚れた紐がつけられていた。一見するとただの装飾品にしか見えないそれが何を意味しているのかがわかれば、動きの悪い土くれ人形が現れたことも理解できた。


 土くれ人形は、何も見えなかった。理由は、窓にはパックたちがいて近づけなかったから。


 土くれ人形は、耳は聞こえていた。理由は、周りが静かであれば哀れなおじさんたちの叫び声が聞き取れたから。


 金色の目、根元が緑色をした奇妙な髪。


 パックは少女に向かってにやりと笑う。


「ねえ、森人さん。言葉は通じるのかな?」


 少女の金色の目が大きく開かれた。


 その刹那だった。巨大な腕が家の中にねじり込まれ、崩れた。


 少女は他の叫ぶ者たちを押しのけて前へと突進した。パックは捕まえようと手を伸ばしたが崩れた土くれがパックに向かって弾丸のように放出された。紙一重で避けると、向こう側の壁が貫通して、外の風が流れ込んできた。


 痩せこけた金色の目の少女は、土くれ人形に寄りかかると、そのまま吸い込まれるようにずぶずぶと埋まっていった。



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