21 不穏なお仕事 後編
「ここで大人しくしていろ」
どろんと濁った眼をした男は、ぐるぐる巻きにしたパックとビスタを村の家の一つに入れた。
(優しくしてよねー)
汚れた床に転がされ、パックは眉を寄せる。頬をはらおうにも手足は荒縄で縛り付けられているので手がとどくわけもなく、間抜けな動きで身体を起こすことになった。
先ほどよりずっと濃い匂いが充満していた。草の青臭さとどこか甘ったるい匂いとそれとは別の生臭さ。パックは部屋の奥を見て納得がいった。
家具もなにもない、殺風景なところ、薄暗い奥にはぎらぎらと光るものが見えた。
「ひいいっ!」
ビスタがお約束と言わんばかりに、身をのけぞらせて驚いて見せる。パックとしてはある程度予測していたことなので、驚くようなことでもなかった。
ぎらぎら光るものは、人間の目だった。瞳孔が開いたまま、無気力にパックたちを見ている。その姿はまともとは言い難いものだった。少年少女から中年まで、押し込まれるように十人ほどいる。言葉とは言い難き声で呻くもの、挙動不審に顔を左右に揺らすもの、呆けたように笑い続けるもの。
パックたちのようにぐるぐる巻きに拘束されていない、かわりに手や足に縄をつけられているだけだ。その必要はないと判断されたのだろう。
「ぱ、パック!」
「何を驚くの? ただの人間だよ、なんの珍しいものでもない」
パックはぴょんとはねて立ち上がると、兎のようにぴょんぴょん飛び跳ねながら奥の人の群れに近づく。少年が二人いる以外は皆、女だった。皆、まともに服を着ておらず、シーツをかぶせただけだった。
つまり、そういう部屋らしい。
(やーだなあ、貞操の危機を感じちゃう)
身をよじろうとしてぐるぐる巻きになっていたことを忘れバランスを崩しそうになるパック。よっと、と壁にもたれかかり姿勢を保つ。壁の近くには青臭い匂いの原因がそこらに落ちていた。煙管に入れる葉タバコらしきものがこんもりと籠の中に盛ってあった。ここにいる人間は皆顔色が悪くとろんとした顔をしている原因だ。ここはろくでもないおくすりが特産品らしい。駐屯地なんてすばらしい冗談だ、実際は、人が滅多に来ないことをいいことに好き勝手悪い草を育て、気持ち良くなるおくすりをたくさん精製しているんだろう。
「なるほどねえ」
パックはにやりと笑う。
「なんだよ、パック! なんで落ち着いていられるんだよ!」
ビスタが床に這いつくばりながら言った。
「ビスタ、騒ぐとさっきのおじさんたちが来るよ。きれいな身体でいたいなら、静かにしておくほうが賢明だよ」
パックはじろっと、部屋の住人達を見る。皆、一見全員おかしくなっているようだが、そうでもないことにパックは気が付いた。
一人だけパックたちと眼を合わさないように俯いている人間がいる。ご丁寧にシーツを頭からかぶっていた。逆にわかりやすすぎるな、とパックは思いつつ無視することにした。
「さて、問題。ここはどういう場所でしょう?」
パックはぴょんぴょん飛び跳ねて、ビスタの前に座った。床はなんかべたべたと変な気持ち悪くてかっていたが、立ったままでも疲れてしまう。器用にそこらへんに置いてあった煉瓦を移動してその上に腰掛ける。
ビスタは唇をかみしめてパックをにらむ。パックはにんまりと笑う。
「なに? その顔? 何か言いたいの?」
「……こういうことになるってわかってたんだろ」
「もしそうだとしたら、どうなるの?」
パックは首を傾げて見せる。
「なんで君はいつもそんな!」
ビスタは気が弱い彼なりに怒りを覚えているらしい。面白いなあとパックは笑う、それを見てさらに怒り、縛られた足を地団太して見せる。その音に驚いて、奥の人間たちが変な呻きをあげる。
「ひどいなあ。ビスタだって納得したじゃないか。それともなに? 自分だけが悪いの? 自分が決めたから悪いの? それに対してまともに反対せず、ただついてきただけのボクは無実ですとも言いたいの?」
パックは目をぱちぱちさせて、ビスタの顔に近づく。吹き出物が二つ三つ浮いている以外これといった特徴もない顔はまさに小市民と言えるべきものだった。
「……」
ビスタは案の定黙ってしまう。パックはもう少し意地悪しちゃおうかな、とも思ったが部屋の空気が思った以上に悪いのでいけずをするのはやめることにした。
「さて、どうしようかな」
パックはぐるぐる巻きの縄の間で腕組みをしてぎゅっと力を入れる、そして、腕をほどいた。緩んだ縄から身体をねじって抜け出すと、足の縄をほどく。
「……」
「とりあえず逃げようか」
「なんかパックの適応能力のはやさを見ていると、実に羨ましく思うよ」
ビスタが暗い顔のまま身体をねじっている。パックがこうするんだと言っても上手く抜け出せないようなので、部屋の隅にあった錆びついたナイフを使って切ってあげる。
ビスタはさびたナイフと奥にいる人たちを見比べる。平和な小市民にもそれなりに正義感というものがあるらしく、恐る恐る彼等の足のロープを切り始めた。
(意味ないのにね)
別に、パックには関係ないことなので何をしようがどうでもいいことだけど。
パックは服の中から紙を取り出す。ただの紙に定規で縦横に線を引いたものだ。端っこに数字が書かれているのみであとは何も書かれていない。
(おじさんもうっかりさんだなあ)
こんなわかりやすい『地図』が置いてあれば、パックが興味を抱かないわけがない。ロスおじさんはパックを舐めているのだろうか。おじさんが暗号めいた『地図』を貰っている時点で、それがおじさんの仕事に関係していることだとわかった。おじさんは鼻が利くので、こんな臭い場所なんてすぐ嗅ぎ当てるだろう。とても面白そうなお仕事だけど、パックを連れていってくれるわけがない。
なので、ガーハイム先生の不在はパックにはかなり都合がよかったわけだ。
わざわざこんな方向へと誘導してきた甲斐があったな、とパックは目を細めて床に散らばった草の塊をつまむ。どこか見たことがある葉っぱだった。
(なんだったかな。これ?)
パックは見たことのある葉っぱを見て、息をふうっとふいて飛ばす。
その様子をじっくり見る視線に気が付く。シーツを被った隙間から金色に輝く双眸が見える。
(ほっとこうかな、と思ったけど)
パックは煉瓦の上から立ち上がると、シーツにくるまった人の前に立った。ぎらぎらとした金色の目があからさまにパックを拒絶している。でも、パックにはそんなことはどうでもいい。気になったものは気になったのだ。
にやりと笑いシーツを引きはがした。
「!?」
ぼさぼさの髪が現れる。脂と垢で汚れた黒い髪だが、その根元はうっすら緑色をしていた。じっくり見なければわからない。奇妙な髪の持ち主は、やせ細り薄汚れていたが、随分見目麗しい少女だった。乾いた唇はなにか言いたそうに震えていたが、言葉を紡ぐことはなかった。
「君は……」
パックが次の言葉を言おうとしたときだった。
轟音が家の外で響いた。
「な、なんだよ。一体」
ビスタがさびたナイフを置いて不安そうに左右を見る。
パックは締め切ったカーテンの隙間から何が起こっているのか確認する。
「……」
「どうしたんだよ、なにがあるんだよ」
「見ればわかるよ」
パックはかしましいビスタに窓の前を譲る。ビスタは窓の外を眺めると、そのまま動きを止めた。真っ白に固まった彼の目には、見たこともない化け物が映っていたに違いない。
「これはこれは」
実に楽しいはなしであるとパックは思うのだった。




