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その輩、悪神につき  作者: 日向夏
悪戯妖精
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20 不穏なお仕事 中編


「こんにちはー、誰かいらっしゃいませんかー?」

 

 ビスタが恐る恐る村の門を叩く。元は農村、現在駐屯地。周りには丸太を地面に差し込んだ壁が見える。のどかさの欠片もない簡易要塞と化した村は、静まりかえっていた。


「本当にここなんだろうな?」


 イソナがだるそうに首の裏を掻きながら言った。


「間違いはないと思うよ。ここらではここにしか川は流れていないし、その川の近辺で他に村があるとは思えない。違う村を通り過ぎたとも思えない」


 知的な物言いでマルスプミラが言った。


「僕もそうだと思う」


 自信なさそうにビスタが言う。


「ビスタの声が小さかったんだよ」


 パックは大きく息を吸った。


「こんにちはーーーー!!!」


 パックは元気のない仲間に代わり親切にも村中に聞こえる声でご挨拶をしてやった。即座に、ロクが後頭部を殴る。


「馬鹿! 声でかすぎだろ!」

「そんくらいやんないと聞こえないよ、それより隠れたほうがいいんじゃない? 表向き自分とビスタしか依頼は受けてないからさあ」


 パックは後頭部を擦りながら「ほら」と扉を指した。かちゃかちゃと音がしたので、ロクたちは慌てて森の中に隠れる。


 うろんな目をした男が、門の隙間からパックたちをうかがっていた。


「お荷物届けにきました」


 パックはぴしっと手のひらを額に当てて挨拶を見せた。ビスタは、慌てて鞄の中から依頼書を見せる。


「荷物か」


 隙間からのぞく男の顔はいかにも不健康そうで、頭の動きもずいぶん緩慢のようだった。窪んた目が骸骨のようであり、それでいて、口元はよだれが垂れていた。


(おやすみ中だったのかね?)


 そんなわけないだろうけど、とパックは思いながら、営業スマイルを見せる。


「お前ら二人だけか?」


 じっと舐められるような視線で見られる。


「そうですよ」


 パックは嘘が顔に出やすいビスタを後ろに追いやって言った。どうぞどうぞと、荷物を前に突き出す。だけど、そのまま渡すことはなくしっかり鞄は掴んだままだ。


「おい」

「お代をいただきたいかと」


 後金もちゃんと貰わないとお仕事完了じゃない。


 男はパックが後金を貰うまで鞄を離さないことに気が付いたのか、眉を寄せた。後ろに誰かいるようで、こそこそと話声が聞こえる。そして、だるそうな声で言う。


「後金は中で渡す。入れ」

「はーい、ありがとうございまーす」


 パックは、重い足取りのビスタの手を引っ張り、村の中に入ろうとする。


「ちょ、ちょっと、パック」


 パックの耳元でビスタが喋る。


「耳はや・め・て」

「馬鹿! 違うって」


 しなをつくるパックに対して、ビスタは小声のまま怒っている。なんということだ、このパックの愛らしい色香に迷わされぬとは、まだまだお子様である。


「大丈夫なの? ここで待っててお金持ってきてもらおうよ」


 ビスタは目をすわらせたままパックに言う。


「えー、それだと多分、荷物だけ取られちゃうよ。ああいうのはロクでもない奴らだから」

「そんなロクでもない奴に言われて村に入るのってどうよ」

「んなこと言われても、ちゃんとお金もらっとかないと、どやされるのこっちだよ。イソナたちはうるさいだろうから。自分は、腰が引けてお金もらえませんでしたって説明するのやだからね」

「……」


 小心者のビスタが黙る。

 多分、森の影で様子を見ていたら、ロクあたりがどんな状況か理解できているだろう。このまま村に入らなくても、安全を優先するのが堅実派のロクとマルスだ。イソナとイソゴのことはなんとか言いくるめてくれるだろう。緊張したビスタはそこまで頭が回らない。


(うん、それでいいと思うよ)


 ビスタは素直でいい子だ、実に扱いやすい。これで、相方がロクだとしたら、こうも簡単に言いくるめられないだろう。ちょっとお茶に便秘薬を混ぜて飲ませておいてよかったとパックは思った。


 パックは、門番の男に気づかれないように森の中の仲間に手を振りながら門の中にはいっていく。

 すえた臭いと独特の草の香りの混じる村の中、先ほどの男の他に数人の男たちがパックたちを取り囲む。門は閉められ、大きな閂がかけられる。


「ね、ねえ、これって」

 

 不安そうなビスタは、パックの手にすがりついた。


「ひどいなあ、こういう時は、ビスタのほうこそ前に出るべきじゃないかな?」


 か弱い乙女の背中に隠れようなんて、本当に気が小さい男だなと思う。


 取り囲んだ男たちは、なぜか各々、危なげな凶器と荒縄を持っていた。


「大人しくしていたほうが身のためだぞ」


 月並みな台詞を吐く門番の男、あまりに月並みすぎて実にすがすがしいとパックは思う。独特の草の匂いは、あまりに濃すぎて気分が悪くなるくらいだ。その中で、ほんの少し甘い匂いが混じっている。

 

 村の周りを取り囲むバリケードは、この匂いの元を覆い隠そうとしているようだった。要塞としてのバリケードではなく、まったく別の理由で隠したいものがあったと。


 パックは背中がぞくぞくとして、毛髪が立つような気分だった。ざわつく身体に呼応して、影が大きく揺らめいている気がする。


(ああ、楽しい)


 久しぶりにいい刺激に出会えそうだと思った。



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