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その輩、悪神につき  作者: 日向夏
悪戯妖精
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19 不穏なお仕事 前編


 目の前には、見たこともない化け物がいた。

 巨大な土くれと石を固めた、生物というのをためらう生き物。

 それが、ロクたちの前にいた。


 やめておけばよかった、と今更ながら後悔するが、もう遅い。引き返す場面はいくつもあったのに、それを選択しなかったのは己自身の責任だ。


 イソゴ、イソナ、ビスタ、三人とも手を擦り合わせて古臭い神頼みをしている。マルスは震えながらも、目だけは周りを見渡していた。何か打開できる策を探しているようだ。

 そして、もう一人、樽の上に座り込み、傍観者とばかりに頬杖をついている人物がいる。


 ロクは皮肉めいた顔で笑うしかない。相手もまた、笑っていたからだ。


「おい、余裕だな? この状況、どうにかしてくれんのかよ?」


 語りかけた相手は首を傾げている。その表情は変わらぬままの笑顔だ。


「場合によりけりかなあ」


 どんな状況でも余裕を持っているというのはうらやましいものだが、見ているこちらはいらいらした。ロクは、その焦燥を感じ取られないように、できるだけ落ち着いた口調を心掛けた。


「へえ、じゃあ、どうにかしてくれよ。俺は、岩の化け物にミンチにされる趣味はねえんだ」


 知性のないその物体の手足には、赤黒い汚れがついていた。あれで、何人を潰してきたのかわからない。自分がそんな末路をたどるなんて、想像もしたくない。


 だから、言っても無駄な要望を隣の奴に言った。言ったところで無駄だとわかっているのに。


「ははは。いいよ。ただし、条件があるよ」

「なんだって言ってくれ。助かるためなら、なんだってしてやるさ」


 吐き捨てるように言うロクに対し、そいつは紺色の頭を傾げて見せた。


「男に二言はないよね?」


 にやりと笑い、こう述べる。


「ロクはこんな異国の神さまのことを知っているかい?」


 まるで謎かけのように、奴、すなわちパックは言うのだった。






 その状況に至る半日前にさかのぼる。



〇●〇



「最初は、どうなるかと思ったけど」


 思ったより楽な仕事だよな、とイソナは言った。その背には、大きな荷があり、他の者も同様だ。勿論、パックの背中にもある。


 お仕事の内容としては、荷物を指定の場所まで持っていくだけ、実に簡単な内容だ。

 そんなお仕事を見つけてきたパックは実にえらい子のはずなのに、全員が全員、パックをほめたたえることはなかった。


「本当に大丈夫なのかよ」


 大体、こういうことに一番慎重なのはロクだ。背負い袋をちらちらと見ながら、パックをにらんでいる。


「うん、そうだよね」


 マルスも綺麗な顔をほんの少しくすませていた。手には地図を持っている。指定の場所を記したものであり、麻布に乱雑に描かれている。染料が薄く、あまり見やすいとはいえない。


 六人を代表して、パックとビスタが指定の場所で受け取った地図だ。ぞろぞろと子どもが集団で向かうには適しない場所だったので、二人でいった。本当なら、ビスタの代わりにロクかマルスのほうがよかったのだけど、ロクはたまたま腹痛になり、マルスは場所が場所だけに違うお仕事を斡旋させそうだったのでやめておいた。消去法で、ビスタが残った。


「ここ、森の近辺じゃないか」


 森、すなわち世界樹のある方向だ。戦場に近いこともあり、一般市民は元より、学兵も出入りが禁止されている。


「禁止区域に入ってないから大丈夫だよ」

「本当に大丈夫かな?」


 ビスタが顔をしかめる。実に気の弱いこの少年は、いつもこんな反応しかしない。


「お前も仕事の説明受けたんだろ? 今更、そんなこと言うなよ」

「前金だってもらってるんだぞ」


 イソナとイソゴがビスタをにらむ。イソゴの手には、前金で買ったケバブが握られている。


「もし、森人に会ったらどうするの?」


 ビスタの言葉に、皆が反応する。

 森人、すなわち敵だ。

 

 その点は、冷静なロクが答えた。


「禁止区域からだいぶ離れている駐屯の村だ。今までの傾向を考えると、よほどのことがない限り、出くわすこともないはずだ」


 先ほどまで腹痛でかっこ悪く唸っていたというのに、今はきりりとしている。パックは思わず、横に立って脇腹をつつこうとしたが、感づかれて側頭部を叩かれた。


 マルスから地図を受け取り、指先でラインを描く。赤く塗られた場所が、目的地だ。戦争が始まる前は、のどかな農村だったろうその場所は、今では駐屯地扱いだ。


 定期的に食料や日用品、軍備品が届くそこで、わざわざパックたちを使って荷を運ばせる理由はなんだろうか。

 その疑問にいきついているのは、この中ではロクだけみたいだ。パックの側頭部を叩いたあとに、頭蓋をぎゅっと掴んで口元に耳を近づける。


「この中のもの、嗜好品ってことでいいんだろうな?」

「はは、そうだよね。煙草とか日用品には含まれてないらしいからねえ」


 パックは優しいので、彼にとって一番都合がよい台詞を選んであげた。


「それを信じていいんだな?」

「信じるも何も、自分も言われたまま仕事をするだけだから、立場はロクと同じだけど」


 頭蓋をおさえる手を振りほどく。まだ、未成熟な少年の手のひらは、大人よりも簡単に振りほどける。


「深く考える必要なんてないじゃないか。自分らは言われた仕事をこなすだけの道具となろうよ。それがここで求められる学兵の資質じゃないのかな?」

「てめーに学兵のなんたるか言われることがあるとはね」


 パックは笑うと、とことこと前に進む。馬車の車輪のあとを追うように進んでいくと、村が見え始めた。


「早く仕事を終らせて帰ろうか」


 パックが実にわかりきったことを言うと、他の五人も同意する。


 何事もなく終ることを望んでいることだろう。

 それでは、とてもつまらないというのに。


「貸して」


 パックはロクから地図を奪うと、くるくると丸めて背嚢の中に入れた。


 お粗末な地図は、先ほどより印字が薄くなっていた。


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