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その輩、悪神につき  作者: 日向夏
悪戯妖精
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1 三つ首

 この世界には、とある風習がある。


 それは、名前を神託によってつけるということだ。その名は、それぞれ意味を持ち、その与えられたものの本質を表すと言われている。実際、その影響はそれなりに強いものだと皆わかっている。

 

 神の名前、英雄の名前、妖精の名前、自然物の名前、そのどれがつくのかはわからない。ときに強大すぎる名を貰うものもいる。分不相応と破滅するものもいれば、そうでないものもいる。


 名前によって人生を左右されるものも少なくない。

 

 それがこの世界である。






『第十七班から二十一班、西門に集合お願いします』


 拡声器からアナウンスが聞こえてくる。耳の痛くなる音声は、空腹を満たすことが最優先事項の食堂にうるさく響いた。べたべたする汚いテーブルに座っていた何人かは、面倒くさそうに立ち上がっている。食い散らかした食事はそのままで、編み上げブーツで椅子を蹴る。

 

 実にお行儀の悪い集団であるが、別にこの街では珍しくない光景だ。むしろ日常茶飯事だ。

 ロスは空の茶碗に湯を注ぐとごくごくと飲み干した。異国の炊いただけの米に海藻を巻いて食べ、〆に茶を飲むのは、ロスの最近のマイブームである。生憎、ロスの出番はないので、横目でお仕事に向かう同僚たちににやにや笑って見せる。お仕事がんばりたまえ、の視線であるが、ことあるごとに頭を殴っていく。なんという手の早い同僚たちである。


「おい、『三つ首』、かわれや」

 

 たしか第十九班である同僚が後ろから首を絞めてきた。ロスのことを『三つ首』なる通称で呼んできたが、生憎、ロスの首は一本である。


「無理無理、諦めろ、ラッシュ。俺は今日、用事があるんだ」


 名前の通りせっかちな男はずるずるとロスの首をつかんだまま、西門へと向かおうとしている。ロスとしては一本しかない首を絞められてはたまらない。


「あんだよ。どうせ、馴染みの娼婦にでも愛想振りまかれたんだろ。やめとけ、銭の無駄遣いだ」

 

 たれ目のラッシュは「んなもん用事じゃねえ」とぐいぐいひっぱる。さすがにこれ以上、首を絞められてはたまらないと、ロスは身体をねじり、ラッシュのホールドをほどいた。


「ちげーよ。こっちは保護者としてガキを一匹ひろわにゃならんのだ。仕事より面倒くせーけどかわるならかわってやるぞ?」

「ガキだあ? おまえ、そんなへましてたのか?」


 相手は誰だ、と首をかしげる。ラッシュはそう言いながらも足を止めない。仕方なく、ロスは話を続けるために、ラッシュのあとをついていく。食器はそのままだが、食堂の愛想の悪いねえちゃんが片付けてくれるだろう。後日、ツケの額が割り増しされていそうだが。


「俺の子じゃねえよ。死んだ姉貴の子だ。どう間違ったのか、徴兵に引っかかったらしい」

「うわあ、そりゃあ災難だねえ」


 ラッシュは後ろ向きながら器用に歩いていく。食堂の外は、大通りで人も多いが、まるで後ろに目がついているように上手くよける。


「おまえの甥っ子ってことは、まだそんなにでかくねえだろ。徴兵とはいえ、ひでえ集落があったもんだな」

「まあな。たしか、今年十三だったな。村長がそんな無体をするようには思えなかったけど……」


 基本徴兵制度は、集落ごとに人数が割り当てられる。ロスの知る故郷の村は、たしかにジジババばかりのしなびた集落だったが、徴兵されるにはまだ他に人材がいたはずである。それなのに、こうしてまだ毛の生えそろっていないような餓鬼が送られるということは何かしら理由があるというものだ。そして、その理由について、ロスは心当たりがないこともない。


「どうした? 青白い顔してるぞ。まさか、優しいおじさんは、甥っ子の心配しているとかじゃないよな。こんなところに送り込まれる餓鬼なら、それなりの名前持ちなんだろ。おまえみたいに」


 ラッシュの言葉に、ロスは眉間にしわを寄せる。かくゆうロスも十六の齢にこの街にやってきた。理由は、あまりに勇ましい名前を貰ったが故、領主じきじきに指名されたためである。ロスというのは、神託で貰った名前の省略であり、本来は『三つ首』の化け物を意味するものである。

 名前は、人生を左右する。ロスはその左右された一人だ。


 強大な名前をいただいたものは、その名に潰されぬよう呼び方を変えたり、略すことで効力をおさえることもある。ロスの場合、『三つ首』、または『ロス』と言いかえるようにしている。

 それでも戦場に送り込まれたものだから、因果と言えよう。


 ゆえに、この街ではロスと同じように強大な名を持った軍人、傭兵がそろっている。それらの多くは、軍神や英雄の名前をいただき、それに見合った成果を出すために日夜、訓練に勤しんでいる。実に真面目な彼らであるが、それは戦闘という行為に取り組むこともあって、殺しを楽しむ戦闘狂にとらえられることも少なくない。いや、むしろその多くは、偏見でもなくそのとおりの人間たちである。神話にでてくる神や英雄が、実に無駄に力のある存在であるためである。


 城塞都市ヴァルハラ、またの名を戦争都市という。 


 そこに集まる戦士たちが戦闘狂であってもなんら不思議のない地名である。


 その場所を要に、戦士たちはもう三十年も闘いを続けている。世界樹を中心とする聖地奪還するまで、戦争は終わらないのだ。


「そういうことだ。俺は子守に頑張るから、お前は敵さんの首たくさんとってくれや。せいぜい死ぬなよ」

「へいへい。わあーってるよ。甥っ子によろしくな」


 ラッシュはくるりと前に向きなおして西門へと向かった。

 対して、ロスは反対の東門へと向かう。定期便はそろそろくるころだ。


 ロスはふと何かを思いだし、西門のほうへと向いたが、ラッシュはすでに人ごみにまみれて見えなくなっていた。


「修正し忘れたな」


 まあ、大した間違いでもないからどうでもいいか、と首の裏をかきながら、がに股に歩く。

 大したことではない、これから迎えに行くのは、甥っ子ではなく姪っ子だということだけだから。


 パック、悪戯妖精の名前を持った姪っ子を。




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