18 不穏な仲介
”「働くって大変だよね」
しみじみとパックは言った。暑い日差しの下、甘い氷菓子は最高だ。木の匙を食みながら、幸せを感じる。
場所は大通りに面するカフェのオープンテラス。けっこうお洒落な店だが、生憎、街の住人がその客層とは大いに違い、閑古鳥が鳴いている。
せめてパックは少しでも客引きになるようにと、おいしそうに店自慢のジェラートを食べるのだが。
そんな可愛らしい美少女をじっとりとやらしい眼で睨む野郎ども、イソナとロクだ。
「てめえ、んなもん喰うなら別のところ行って食え」
そんなひどいことをいうのはイソナである。そう言いつつも、よだれをたらしながら近づいてくる。
お仕事探しが順調ではない皆々様は、こうして
「食べたい?」
パックが聞くと、イソナの目がきらきらと光る。パックはにやりと笑い、氷の欠片を手の甲にのせて、それを差し出してみる。
「食べる?」
イソナは一瞬怪訝な顔をしたものの、よほど喉が渇いているらしくごくんと唾を飲み込む音がした。パックは満面の笑みを浮かべ、器の中の氷を一気にかきこむ。頭がきーんと痛む。
「なにやってる」
己の頭をぽくぽく叩くパックに対し、ロクが呆れた目で見ていた。なんだかんだで甘ちゃんのお兄ちゃんは、弟のイソナに氷菓子を買ってやっていた。自分もそれほど手持ちがないというのに気前のよいことである。
イソナは氷菓子を手に入れてご機嫌になり、一口一口大切そうに食んでいる。ロクは末っ子が黙ったところで、パラソル付のテーブルに肘を立ててだるそうに空を見上げている。
実に平和で怠惰な無職どもだ。
そんなパックたちのところに、首をうなだれたままやってくる一団がいる。マルスプミラたち残り三人だ。顔色を見る限り、状況が芳しくないのがわかる。
パックは顔を見合わせるなり、がっくり肩を落とす貧乏学生どもを見て、優しく笑いかけた。
「飢えるがいい、この貧乏人どもが」
その刹那、パックの鳩尾にロクの拳が、左側頭部にイソナの膝がめり込んでいた。マルスとビスタはそれぞれ非難の目を向け、イソゴだけはイソナの食べていた氷菓子の残りを平らげていた。
「なんで、こんなにお仕事がないんだろ」
ビスタが椅子に座って頬杖をつく。
「しゃーねえだろ。俺たちみたいなの、雇うほうが物好きだ」
ロクはいつのまにかなぐり合っていたイソナとイソゴの間に入りながら言った。さすがにもう一杯氷菓子を買ってやる余裕はないらしく、疲れた顔で兄と弟の頭を取り押さえている。
「俺たちは、親に捨てられてんだからさ」
皮肉に口を歪めながら、ロクが言った。わかりきった当たり前すぎる言葉であるが、それにしゅんと肩を落とすのはビスタだ。
子どもを学兵にするということは、親の庇護から抜けることとなる。時に、それは税の免除対象となり、金が大いにからんでくる。周りからみれば、それは『売られた』と同義だろう。
教官という保護者がいなければ、孤児とさしてかわらないガキどもを雇う物好きな大人は珍しい。平和ぼけしたもっと違う街なら、青少年の健全な育成のためにやらなんやらかこつけて雇ってくれる可能性もあるが、この街でそんな思想を望むのは間違っている。いつか敵を殺すために、死体運びや家畜のと殺を繰り返している子どもを雇おうとは思わない。少なくとも、真っ当な商売は。
パックは鳩尾と側頭部をなでると、ほとんど水になった氷菓子を飲み干した。
すでに疲れた中年のような顔をした少年たちを楽しそうに眺めると、優しい優しい天使のお言葉を聞かせてあげることにした。
「お仕事、伝手がないわけでもないよ」
お腹が空いたお魚さんたちは、目の前にぶらさがった釣り針に迷いもなく近づいてくるのだった。
「ごめんくださーい」
「けえれ」
カウンターからごみが投げつけられてきた。パックはすかさず避け、その後ろにいたビスタに当たる。くしゃくしゃの紙クズが落ち、ビスタのしかめた面にはマスタードとトマトケチャップがたっぷりついていた。
「あっ、ホットドッグ! まだ残ってる?」
パックが近づくたびに、ごみが投げつけられるがしったことではない。カウンターの目の前にくると、見覚えのある痩せた顔にご挨拶する。
「こんにちはー、クラリセージは元気にしてる?」
「うちは託児所じゃねえ」
ここは、以前世間知らずの元シスターを雇ってもらった店である。柄の悪そうなカウンターも健在のようで、苛立たしげに髪をむしっている。
「ああ、無駄に元気にしてるよ! 勝手に庭に野菜なんて植えてるしな。おかげで、無駄に客層が丸くなっちまったよ」
腹立たしげに言い捨てる男に、パックはホットドッグを食みながら頷く。男は、自分の手もとから食料が消えていることに気が付くと、パックの手から奪い返した。しかし、しっかり歯型のついたそれをみると、眉を歪めてカウンターの脇にそっと置いた。
にこにこと笑うパックと後ろにいる不安そうな餓鬼どもを見て、男は観念したようにため息をついた。
「さっさと用件を言え。もうすぐ店を開けにゃなんねーんだから」
(最初からそう言えばいいのに)
そんな言葉を口に出すのは今回はやめておいた。今日はこれ以上殴られるのは嫌だと思ったからだ。
パックはにんまりと口を歪めて用件を口にした。
「なあ、本当にここで大丈夫なのか?」
不安そうにイソゴが言った。ちゃっかり、食べかけのホットドッグが彼の右手におさまっている。
「いかにも怪しげなんですけど」
ビスタも同意する。
すえた臭いが立ち込める場所。大通りの歓楽街から一つ道が外れれば、どこもこんなものだ。ごみバケツと空いた酒瓶に虫がたかっている。パックは、ホットドッグの紙包みに書かれた汚い字を読み返す。そこには、住所が書かれている。
蛇の道は蛇。あまり表ざたにできないお仕事は、同じく表ざたにできない仕事場に落ちているものである。
娼館の男が、パックを追い払う代わりにくれたのが、このメモだった。
「てめーらでも雇ってくれるようなのは、こんなもんしかねーよ」
実に怪しげで、実に不安になる。
そのとおりに来ているはずなのに、行き着いた場所はただの広場だった。広場というよりゴミ捨て場といっていい。ちょこんと真ん中に襤褸切れが置いてある。
「なにもねーじゃ……」
イソナが呆れた声で言おうとしたが、それをロクが押しとどめた。
パックは襤褸切れの前に四つん這いになった。そして、汚らしいそれをめくり上げる。その奥でぎょろりと光る二つの目があった。
「ひいっ」と、ただの襤褸切れだと思っていたらしいビスタの声が聞こえた。後ろをちらりと向くと、他の皆も面食らった顔をしている。
「すみませーん、お仕事いただけませんか?」
ぎょろりとした目が、返事の代わりに汚い紙切れを渡した。まるで枯れ枝のような指先が見える。
「い……ま。これ……しかな……い」
しわがれた声が聞こえた。
「ありがとうございます」
パックは丁寧にお辞儀をして、紙切れの中身を見る。次の待ち合わせの場所が書かれてある。
細い通りから大通りに戻ると、マルスが不安そうな顔でパックをつついてきた。
「ねえ、大丈夫なの? そんな怪しげなとこで」
誰もが思いつつ口にしなかったことを、この可愛い顔は言ってのけた。
「じゃあ、やめておく? 他にお仕事見つかるなら、それでいいんじゃないかな?」
パックは汚い紙切れを指で挟み、びりっと切れ目を入れる。皆は、びくっと反応するがそれ以上はない。三分の一ほど破れたところで、ロクがパックから紙切れを奪った。
「とりあえず話だけ聞こうか」
否定ばかりしてなにもやらない奴らよりもマシらしい。
パックは、
「そだね」
と、頷くとすでに覚えた住所へと向かうことにした。
不安そうな皆と違い、パックだけはこれから何があるのかな、と楽しそうに笑っていた。
いい暇つぶしになるといいな、と思った。




