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その輩、悪神につき  作者: 日向夏
悪戯妖精
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15 まだらの男

 世の中、奇妙なことはたくさんある。

 そのようにトヨフツは思った。


 十五の齢からこの都市にきて五年、エルフたちの使う幻術や森の罠にあたふたさせられることはなくなり、それなりの地位についているらしい自分でも驚くことは残っているのだな、と感心した。


 それと同時に、現在進行形で近づいてくる奇妙なものがなにか確認すべきだと思った。


 広い庭の中央に位置する、大きな木。その枝の一つにからみついたロープ、その先は高い外壁の向こうからのびている。それに奇妙なものはぶら下がっている。ぶら下がった位置と木の枝に引っかかったロープの位置を考えると、ロープはこちら側に下がった傾斜をしており、すなわち奇妙なものが向こうから滑り降りてくる。滑車かなにかを使っているようだ。どうやら人型をしているようだが、ずいぶん小さい気がする。


 トヨフツは木陰の下で寝そべったまま、その動きを観察していた。小さな奇妙なものが近づくにつれ、トヨフツはあることに気が付いた。


 ロープの行きつく先は、トヨフツの真上である。同時に、奇妙なものにとってトヨフツは木の葉で死角になっていて気づかれていな可能性が高い。


 そうなるとどうなるだろうか。


 答えを導き出すと同時に、トヨフツの鳩尾に衝撃が走った。



〇●〇



「せ、せいこう?」


 パックは素敵にくるんと着地を決めてポーズをとろうとした。だが、芝生で柔らかいはずの地面は異常に堅かった。堅いがゆえにうまく着地がとれたともいえるが、その堅さの正体を目にして首を傾げるしかなかった。


 パックの下には大きな男がいた。ロスおじさんを一回り大きくしたくらいの奇妙な男だった。なにが奇妙かといえば、その肌だった。小麦色の肌にまだらのように褐色と赤銅色が混じっている。三毛猫のような三色肌だが、丸いぶち模様ではなく走るように長く流れているのと、男の顔つきから巨大な虎を思い起こさせた。でも肉食獣なのにどこか甘い匂いがした。獣臭いのなら納得ができるのに。

 そんな奇妙な男だった。


 男は、自分の身体の上にのるパックをじっと見ている。整った顔立ちをしている。しっかりしすぎた眉毛と太い首筋は、パックの好みから外れるがそれでも美形といえた。惜しむらくは、身体中に走った虎模様だが、それも好きな人にはたまらないかもしれない。


「あっ、ごめんなさい」


 パックは男の容姿をまじまじ観察したあとで、ようやく男の腹の上から降りた。靴で汚れた腹を叩いて泥を落とす。


(おおっ、堅っ!)


 思わずシャツをつまんで地肌を確認してしまった。パックの全体重がのったところでびくともしないわけだ。筋肉がきれいに割れている。思わず指でつつきながら数えていたが、視線を感じたので六つめでつつくのをやめた。濃い褐色の目がじっとパックを見ていた。肌の色ばかり目にいったが、髪も目も黒っぽいことから三つ子たちと同じ東側の人間かもしれない。ヴァルハラでは、北方の次に東方の人間が多い。


 パックはつまんでいたシャツを元に戻すと、


「では、失礼」


 と、敬礼してぱたぱたと立ち去ることにした。もう少し観察していたい気もしたが、やめておいた。


(普通は、内臓破裂してもおかしくないのに)


 あれだけの衝撃を受けてもなんのダメージを受けない相手なんて、化け物である。その化け物に殴られようものなら、いくらパックとてひとたまりもない。ある意味、ああいう人間でよかった。普通の人だったら、ちょっと面倒くさいことになっている。


(ノーダメージだねえ)


 それでも、相手の怒りを買うには十分だと思った。

 なので殴られないように追いかけてもらおうとしたが。


 残念なことに、追いかけてくることはなく、ぼんやりとした目でパックを見ているだけだった。


(つまんないなあ)


 パックはまあいいか、と建物のほうに向かった。

 ここには他にもたくさん面白い人たちがいるに違いないと思いながら。





 

 ガーハイム先生が男子寮と言っていた場所は、北側にある寄宿舎だとパックはおもった。普通、傭兵たちが集団で生活する場所は『寮』ではなく『寄宿舎』と呼ばれる。ガーハイム先生が『寮』といったのは、そこが元々は神学校の寮として使われていた建物だからだろう。


 城塞に囲まれたヴァルハラの中で、これまた高い塀に囲まれた場所である。その昔、淑女のたまごたちをお外の狼から守るために作られた壁は、まさか野郎どもを囲うため羽目になろうとは思いやしまい。

 ゆえに都市の中で特に強固な造りをしたその場所は、軍のエリートが多い。もし、敵が侵攻してきた場合、最後に籠城するために適しているからだ。


 なぜ、パックがそのことを良く知っているかといえば、ロスおじさんが軍人であったころにここに住んでいたためだ。仕送りの手紙に書かれた住所はそこだった。いつも村長は、おじさんの手紙を最初に開けて、中身を確認してからパックに渡してくれた。


 パックは周りを見渡しながら、面白いものはないか確認する。石畳でできた回廊は、とても涼しく中庭の緑も手入れが行き届いていた。金持ちが多いため、細かいところに金をかけるのだろう。


(前から誰かくるな)


 パックは鞄からお掃除道具をとりだすと、小走りの真似をする。偉そうなおにいさん二人とすれ違うとき、壁に背を向けて道を譲り、頭を下げる。


「おう、ごくろうさん」


 気さくなおにいさんだったらしく、ぽんぽん頭を叩いていった。


(くくくっ)


 パックはにやりと笑うと、どんどん奥へと進んでいく。男子寮の中は広く道に迷いそうになる。階段の前にある案内図を見る。一階だけでも百室以上あるようだ。西側に庭が大きく陣取って、中央にも中庭があるらしい。中庭に面した北側は食堂、南側は講堂となっている。


(そういえば、お腹すいたなあ)


 パックはお腹をおさえる。とても面白そうなことに目が行き過ぎて、すっかりご飯を食べることを忘れていた。


(これでは戦はできぬ)


 学兵として、パックは本分を果たすために、中庭の北側へと向かうことにした。






 お昼のラッシュを終え、お皿洗いをしている料理人さんたちの後ろをパックはゆっくり匍匐前進する。別に這いつくばって進むより、前かがみになって歩くほうがいいと思うが、こういうものは気分である。

 たまに振り返るおにいさんたちの眼をかいくぐりながら、目的の場所に到着する。


(ふおおお!)


 半地下になったそこは、食材の宝庫だった。小麦や芋といった保管のきくものが多いが、樽には甘い果実酒の匂いがし、棚の上には燻製肉がぶら下がっている。

 パックは木樽の上にのり、ソーセージを手に取る。


「ふむ、実に美味なり」


 家畜肉を数種ブレンドし、ハーブで臭みをとったそれはとても美味しかった。加熱してパンにはさみたかったが、パンは毎回焼いているらしく置いてない。塩味がきいているので喉が渇いてくる。


「お水、お水」


 水もここにはないようなので代わりのもので喉を潤すことにした。酒樽の中身を拝借してもよかったが、より上質のものは棚の一番上にあった。木箱に入った瓶が置いてある。


「ほうほう、これは十七年ものですな」


 とりあえずよくわからないけど、専門家ぶってみる。たぶん、下にある酒樽の中身と味の違いは判らないと思うけど、こういうのは気分の問題だ。どうせなら、高い方をいただきたい。


 コルク栓をきゅぽんと抜くと甘い香りがした。まるでジュースのように甘いので、塩味の効いたソーセージとよく合った。

 パックは徴兵で連れてこられた学兵である。すなわち一人前に認められたということであり、けして未成年でないのである。


 ソーセージを平らげ、ワインは半分ほどで満足した。瓶の中に、酒樽の中身を継ぎ足し、コルクをもう一度閉める。何事もなかったかのように木箱におさめて元の位置に戻した。


「やっぱ、お肉だけじゃ物足りないね」


 他に何かないかと、保冷庫を開く。氷と地下水を利用した貯蔵庫は、みずみずしいお野菜と果物が数種類入っていた。

 果物でもいただこうかと手を伸ばしていたら、パックはあるものに気が付いた。


「こ、これは!」


 厚手にすった紙を箱に細工したものが入っていた。その箱の側面には、『アピスミツバチ』とロゴがうってある。ヴァルハラにもごついおっさん以外の名物はある。アピスとは蜂蜜を売りにした菓子店だ。焼き菓子を主として作っており、そのすべてに蜂蜜を使っている。菓子の種類によって蜂蜜の種類を変えるというこだわりようで、老若男女問わず人気の店である。


 箱をゆっくり開けると、そこにはこんがり焼き目のついたカスタードプディングが五つ、きれいに並んでいた。一日三百個、一人五個までの限定品で、非番の日、ロスおじさんが早起きしているとしたら、だいたいアピスの行列に並んでいることが多い。


 パックも一度だけ食べさせてもらったが、実に美味しかった。調子にのって三個食べたら、ロスおじさんが泣きながら説教してきた。一日一個食べて次の非番までもたせるつもりだったらしい。おじさんだったら、可愛い姪っ子に全部食べさせるくらいの甲斐性みせてくれてもいいのに。


(おじさんみたいな軍人さんっているんだなあ)


 陶器でできた器を手にとり、一緒に入っていた木のスプーンで表面をすくう。表面の焼き目はカラメルでできていて口に入れるとぱりっと歯ごたえを感じる。生クリームと蜂蜜のなめらかさが舌の上に広がる。細かく砕いたバニラも呑みこんだあとの余韻として残る。

 一つで普通のプリンが五つ買える値段でも売り切れてしまうわけがわかる。


 気が付けば、箱には陶器の器だけになっていた。


(さすがにお腹いっぱい)


 パックは紙箱を酒樽の裏に隠すと、また匍匐前進で食堂をくぐりぬけていった。


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