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その輩、悪神につき  作者: 日向夏
悪戯妖精
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14 英雄の帰還

「……今日はお休みでいいといいませんでしたか」


 ガーハイム先生がどこか気まずそうな顔でパックを見ている。人間、どこかしら予想外なことがあると癖がでるもので、ガーハイム先生の場合、右眉がぴくぴく動くことをパックは知っていた。


「でも、先生。他の皆は来てますけど」


 教室には班員が全員いる。三つ子とマルス、そしてビスタはあたかも、「うわー」といった顔をしている。まるで、内緒にしていたことが当人にばれてしまったような。いや、ような、などという直喩を使わなくてもいいだろう。

 これで今日がパックの誕生日であれば、空気の読めるパックはそのまま帰っているのだけれど、残念ながらそうではない。


(なーに隠していたんだか)


 パックはにんまりと口を最大限に歪めて笑いたいところを、せいぜいへらへらで終わる笑みに抑える。なぜに、パックに内緒で、皆が集まるのであろうか。その疑問の答えをパックは一瞬で見つけ出す。


(きっと面白いことがあるんだ)


 その答えを導き出しておきながら、パックはそれを半分当たりで半分はずれだと判断する。理由は、パックにとって『面白いこと』であり、他の者にとっては大体『厄介なこと』であるからだ。


 そんな『面白いこと』に、自分だけを仲間外れにするのはずるいとパックは思う。


「みんなが来ているので、自分もお仕事に参加したいんですが、それは駄目なのでしょうか? 理由を聞かせてください」

「人数が足りています。それに、今日は男性寮の清掃作業です。パックくんにはいささか不適切な仕事でしょう」

「……」


 どうやらこの都市に来て初めて淑女レディとして扱われたようである。むしろ、今まで知っていて他の野郎どもと同じ仕事をさせていたとはなんという鬼畜だろうか。おかげで、同じ班員にまで実にぞんざいな扱いを受けている。これは、責任をとってもらわないといけない。今度、大通りで「パパ捨てないでー」と脚にすがり付いてやらなくてはいけない。


しかし、男子寮といえば、むさくるしい野郎どもが体臭まき散らしながら裸でごろごろしている場所であろう。恥じらいもなく目を覆ってしまうような卑猥な本とか散らばっていたり、ときに娼婦が出張に来ていたりするかもしれない。


(いやはや実におもしろ……)


 と、パックが顎を撫でていると、


「パックくんにはあまりに過酷なお仕事ですので、今回はご辞退できますか? 一角獣ユニコーンの眠る膝を汚したくないでしょう」


 と、ガーハイム先生は少しだけ柔らかい表情を見せた。鬼畜教師の見せるちょっとした表情、これでフェティシズムを感じるパックではない。だが、好きな人にはたまらない表情かもしれない。正直、悪い気はしないと思う程度にガーハイム先生は男前である。不似合な三本傷が実にもったいない。


(先生、案外、遊び慣れているのかな?)


 パックはなんとなく思った。

 

 それにしても、なんという策士だろうか、この眼鏡傷サド教師は。どうやら、パックの扱いかたをだいぶ覚えたらしい。パックの中の繊細な乙女心と好奇心を天秤にかけようとしている。先生の後ろにいるビスタたちはなぜか首を傾げている。先生の言っている意味がわからないとでもいいたいのか、失礼な輩どもである。


 パックはいささか迷ったものの、ほんのわずか乙女の羞恥心が上回ってしまったため、一歩後ろに下がった。


「では、お仕事がんばってください」


 敬礼をしてパックは見送る。


「休日とは日々の疲れを休めるためにあるものですので。では」


 釘をさすことを忘れず先生は生徒たちを連れて行ってしまった。


(まだまだ甘いねえ)


 これが、ロスおじさんであったら、パックのことを放置しないだろう。首根っこをつかまえて動けないようにしてから、なにもやらかさないように監視する。


 まあ、それは先生の立場もあるし、そういうことはできないとわかっているが。


 たとえいくら金槌でぶっ叩かれようと、パックはいくらでも飛び出る杭なのである。






 ガーハイム先生たちの動きが怪しかったように、教室の周りもなんだか騒がしく感じた。他の班の話を聞いていると、どうやら王都に行っていた部隊が帰ってきたらしい。


 パックは中庭で学兵の一人をつかまえて話を聞いた。


「お偉いさんがいっぱい帰ってきたってこと?」


 一応、戦況の報告は変わり栄えしなくてもしなくてはいけないことだろう。面倒くさいことである。


「いや、今回はそうじゃない」


 たまに、同じ仕事を行う学兵は、腕を組んで空を眺める。空には平和そうに鳩がぱたぱたと飛んでいる。


「聖水を届けに行ってたみたいだ」

「聖水ねえ」


 聖水は名を得るために必要なものである。世界樹教が管理し、魔力を持った司祭らの手によって子どもは生まれたのち名を得るのだ。


 ただの水では、その効力は発しない。名を貰えないものは名無ネームレスとして、魂が曖昧な存在になるという。魂が肉体に宿り、それを名が運命を導くと、お偉い司祭さんは教会で語る。

 

 だけど、そんな大切な名前を貰えない人は増えている。


 その材料は、世界樹の葉にたまる朝露だからだ。


 聖地を占領されてから、その原料はほとんどとれない。現在、巨大樹の端から、エルフの目をかいくぐって朝露をとり、それを薄めて使うか、もしくは、ヴァルハラに代わり第二の聖都と呼ばれるシャンバラにある世界樹の接ぎ木からとれたものを代用しているのが現状だ。


 じりじりと勝つことも負けることもない戦争を続ける理由の一つはここにもある。魂と同等に大切な名を得るため、戦い続けなければならない。戦うと同時にこそどろのように、朝露を得なければならない。

 虚ろな名無だらけの世界にならないためにも。


「このあいだ、帰ってきた部隊、実は聖水を取りに行くのが目的だったみたいだからな。結局、失敗だったから意味なかったけど」


 北の国王の何十番目かの息子が生まれたそうだ、と学兵は言った。だから、いつもより大きな部隊編成でエルフの根城に侵攻しようとした。より、世界樹の中心に近い聖水を得るために。すでに、聖水を持った部隊は王都に向かっていたが、それでは気に食わなかった王族が無理やり聖水をとりにいかせようとしたらしい。ヴァルハラは北の国の領地だ。軍の上層部の多くは北の国のものがしめている。


 迷信か本当か知らないけれど、より純度の高い聖水を使ったほうがより偉大な名を得られるらしい。だから、王は年老いた肉体で側室を増やし、夜伽をやめないのだという。息子に王にふさわしい名前がないという理由で。


(そういえば、おじさんの知り合いも死んじゃったみたいだよね)


 ロスおじさんは、ああ見えてけっこう感傷的だ。平常心を装っているけど、米飯ライスにまで蜂蜜をかけているところを見ると異常だと思う。落ち込んだり悩んだりすると、すぐ蜂蜜や砂糖をなんでもかける癖は抜けていない。


「まあ、そういうことで、ついて行った人たちも縁起担いでるわけよ」

「縁起?」

「精霊名持ちはいうまでもなく、英雄持ちや神持ちの軍人や傭兵をあらかた連れて行ったみたいだ。名前持ちをはべらせておけば、他国へのけん制にもなるんだとよ。国柄的に、名前持ちかき集めて戦争行かせているのが北の国くらいだし。まあ、根こそぎってわけじゃなくて、何人かはヴァルハラで留守番してたみたいだけど」


(なるほどねえ)


 パックは納得した。

 道理で、この都市は名前の割に平和なんだろうかと。たしかに、喧嘩は日常茶飯事で死もずいぶん間近にある。でも、それは人間として振り切れたレベルではなかった。


 それはそうだ。通常レベルの人間しかいなければ、こんなものである。

 これで、ガーハイムがパックを遠ざけた理由がわかった。


 帰ってきた軍人もしくは傭兵の中には、とてもすごい人物がいるのかもしれない。そして、今日のお仕事場である男子寮はそういうお人が住んでいて、長旅の疲れでも癒しているのかもしれない。そんな中、学兵がへまなどやらかしてしまったら、どうなるであろうか。


(いやはや実に面白い)


 これは、ガーハイム先生はずるい、ずるすぎると思った。

 こんな面白いことがあるのに、パックだけ除け者にするとは。


(今からお手伝いに行かなくては)


 パックは、一度家に戻って準備をすることにした。手ぶらでは、忍び込もうにも忍びにくいものだ。やろうと思えばできなくはないが、別にひけらかす必要はないとパックはわかっている。


 言うまでもなく、乙女心と好奇心をかけた天秤は、乙女心をふっとばす勢いで好奇心に傾いていた。


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