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その輩、悪神につき  作者: 日向夏
悪戯妖精
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10 憶測と真実

 窓の隙間からこぼれる光に目蓋の奥が赤く染まる。

 身じろぎをしながら、パックはのっそりとシーツからはみ出た。


 ぼんやりしたまなこには、小汚い部屋がうつる。ロスおじさんのアパートの部屋で、元は物置にしていた場所だ。とりあえずがらくたを片付け、木箱を重ねただけの簡易ベッドにおふとんを敷いた。


「んーー」


 大きく伸びをして、窓を開ける。陽は高い、もうお昼前だろうか。直射日光を避けるため、麻でできた織物をカーテン替わりに窓枠に引っかける。隙間から生ぬるい風が抜ける。


 トコトコとお部屋の外にでると、リビング兼ロスおじさんの部屋だ。おじさんは昼間っからお仕事にも出かけないで窓辺で外を眺めていた。黄昏ているのはいいが、おひげは剃ればいいと思う。全然、さわやかじゃない。


「今日は非番か?」

「そだよ」


 ガーハイム先生がお休みと言ったのでお休みなのだ。それは、マルスのことを考慮して言ったのか、それともたまたまお仕事がとれなかったのかどちらでもいい。

 とりあえず、今日一日、ぶらぶらと遊べるのである。


 おじさんはパックにテーブルの上のラスクをさす。先日、パックが駄目にしたパンだ。もったいない精神を持つロスおじさんは、ばらばらになったパンを大家の元おねえさんに頼んでさっくり揚げてお菓子にしてもらったという。実にエコである。

 パックはラスクを頬張り、水瓶の中に入れた瓶を手にする。炭酸入りの果実水を中に入れている。水瓶には水をはっており、お水が蒸発することで中は冷たいままなのである。

 

「昨日は、どこへ遊びに出かけた?」


 おじさんも砂糖たっぷりのラスクを口にする。砂糖だけでは物足りないのか、さらに蜂蜜をたらしていた。昔、一緒に住んでいたころから甘いものが好きだったが、それは悪化しているようだ。喉が渇くだろうと、気の利くパックは水瓶からもう一本瓶を取り出して投げる。


「かくれんぼしてたよ」

「……ずいぶん、遅かったな」


 ちらりとパックを見ながらも、深く追及しないおじさんは実によくできていると思う。眠たそうな目でまた外を眺めている。


「おじさんこそ、お仕事ないの?」

「おいちゃんはこれから仕事だよ。ちょいと出かけてくっから、羽目を外して遊び・・すぎるなよ」

「ういーす」


 残った果実水をまた、保冷庫がわりの水瓶に戻し、ロスおじさんは部屋を出た。


 ロスおじさんのお仕事は他の傭兵よりも特殊なものが多い。何かを倒すことより、何かを守ることのほうが向いているためだ。本人はあまり好きじゃないようだけど、『番犬』と言われるのも頷ける。


(いっぱい稼いできてね)


 パックは手を振りながら、自分も出かけようかと、積み上げられた洗濯物の中から比較的きれいな服を探しはじめた。



〇●〇



「せっかく泳がせてたっていうのに、ふざけた話だ」


 不機嫌そうに男は言った。


 ロスはあまり気乗りしない顔で足を組んでいた。今いる場所は、狭く薄暗い。目の前にいるはずの男の顔は見えない。二人の間には、仕切りがあり声だけでやりとりするようにしている。

 その昔、懺悔室と呼ばれたその部屋は、今はていのいい密会場所になっている。格子とカーテンの向こう側から、咀嚼音が聞こえる。ケチャップと香ばしい肉の匂いがするので、屋台で買ってきた調理パンでもかじっているのだろう。


 男は、ロスの依頼人クライエントだ。軍人と違い、傭兵は空いた時間に好きな仕事を受けることができる。定収でなく、稼ごうと思えばいくらでも稼げるところが、ロスには都合がよかった。金が必要だったからだ。


 結局、意味はなかったけどな、と今更ながら思うのだが仕方ない。その反動か、ここ最近、仕事は少なめで、姪っ子の世話ばかりしている。それでも、目を離さずというのは無理だ。


 昨晩も十中八九やらかしているだろう、とロスは踏んでいる。理由は言うまでもなく、目の前の依頼人の話だ。

 でも、それはあくまで予測である、もしかしたら違うかも、と言い聞かせる。


 男はロスの軍人時代の元上司だ。軍人にもいろいろ役割がある。傭兵とほとんど立場の変わらないものもいれば、内政の携わるものもいる。元上司の場合、治安維持に携わっており、『番犬』は名前からして都合のいい部下だったろう。昇進を餌に軍に残るよう言われたが、ロスは断ったのだ。


 普通、気位の高い軍人なら、ロスのような人物は鼻につくだろうが、むしゃむしゃとパンを食べるこの男は、そんなものより効率を選ぶ。


 ゆえに鼻が良く、口の固い元部下を呼んだのだ。


「名前狩り、一からやり直しか?」


 ロスは咀嚼する男に聞いた。男は、見えない顔の代わりにごくんと嚥下する音で返事する。


「ああ。トカゲのしっぽのさらに先っぽしか残っちゃいねえし、そのうち一人は、薬でもやってたのか壊れてやがる。化け物に見つかったとかなんとか言ってわけがわかんねえ。もう一人は、泥酔していて記憶はさだかでないときてる。お手上げだ」


 昨晩、西門に駐在していた衛兵二人が重傷で見つかった。怪我の原因は、宿直室から落ちたという。酔っぱらった二人の門兵が、喧嘩して窓から落ちた。荒くれ者の多い戦争都市では頻繁ではないが、皆無でない事件だ。だが、問題はそれで終わらなかった。


 宿直室で、薬で眠らされた子どもが見つかったためである。ここ最近、頻発している誘拐事件につながっていた。軍人が誘拐事件に関わっており、それが軍の施設で行われているというのも問題だった。


さすがに軍部も馬鹿ばかりでなく、内偵を進め、その先にあるもっと大きな獲物を一網打尽にするところだったのである。


 そんな中、尻尾の一つが見事引きちぎられて地面であがいていれば、どうなるだろうか。


「一からやり直しだ」


 げっぷをまじえ、ため息をつく元上司にロスは心の中で謝罪した。土下座せんばかりに地面に頭をこすり付ける気分だった。


 理由は。


「わけがわからん。子どもが化け物だの、なんだの言ってる」


 しかもその『子ども』とは、誘拐されていた少年ではなく、全く違う人物だという。子どもが窓から入ってきて、誘拐された少年を取り返しに来たという。


 しかし、取り返しに来たはずの少年は閂のかかった部屋で、眠ったままだった。それに、宿直室の窓から入るにも、そこは三階だ。どうやって子どもがのぼれるだろうか。


「大妖精クラスの名前持ちなら別だろうけどな」

「……」


 名前を持つものの中には、その名前の持つ特性を使える者もいる。しかし、それは一部の特別なもので、多くはそれを使うには魔力不足である。名前と魔力、そして付け加えるならば、本人の性質とあっているか、それによって常人とかけ離れた力がつかえる。

 徴兵基準に『名前』があるのもそのためだ。


「今、その捕まっていた少年に事情聴取しているが、期待できないな。薬が強すぎてまだ朦朧としているくらいだ。可哀そうに、ただでさえ徴兵されたばかりだっていうのに」

「……」


 最近、姪っ子も徴兵されたばっかである。偶然といえるだろうか。


 ロスは蜂蜜を舐めたいと思った。荒れた胃を癒したいと思った。


「我々の動向に気づいた輩が、トカゲのしっぽを始末したにしては不手際すぎるし、少年を救出する話にしても矛盾が多い。わけがわからん」


 元上司はそれを調べろ、とは言っていない。その事件は軍内部でどうにか報告書をまとめるだろう。ロスの仕事はその先の、尻尾ではなく本体の匂いを嗅ぎつけることである。


 もし、元上司が終わった不可解な事件の真相を調べろ、と探偵まがいなことを言い始めたらどうしようかと思った。

 誤魔化すのは疲れるし面倒くさいのである。


 子どもが放置されていた理由なんて簡単だ。門兵を窓から落とした時点で、お遊びは終わったのだろう。興味が失せたら、そこになにがあろうが関係ない。そういう生き物だ。


 善でも悪でもなく、ただ、気になったことにだけ反応する。猫のように気まぐれな生き物を、犬と称される軍人には理解しがたかろう。



「それにしても、仮に助けに来た人物がいたとしても、あの場所がわかるものかな。外側はいうまでもなく、中も入られるものは限られる。そうそう見つけられるものはいなかろう」


 やはり、内部の人間か、とカーテンを挟んでも首を傾げている様子が目に見えてくる。


「さあ、地獄耳で悪口でも言っているところが聞こえたんじゃないですかね」


 ロスは、あてずっぽうに、でもありえないこともない可能性を口に出してしまった。


「はあ?」

 

 元上司が間抜けな声を出した。


「なんでもありません」


 「いけね」と、思わず口を押さえながらロスは、懺悔室を出た。



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