第三十六話:お宝とケーキ②
お願いを聞いてもらえることになり、タオはホッと胸をなでおろした。
「実は、ぼくの父が屋根裏部屋で宝の地図を見つけたんです。たまたま、お宝を探しに行く企画をテレビでやっていて、それに影響されて我が家にもないか探したのだそうです」
それがこれです、とタオはズボンのポケットから、四つ折りにされた古そうな紙を取り出した。あちこちにシミがついていて、端が一部破れてしまっている。
「地図には、大まかに宝の場所とその説明が書いてあります。GPSがあれば、着くのは難しくないと思います。レッカーさんには搭載……されていないようですね」
〈俺の相棒は、そんな高価な物を買う余裕はないんだ〉
レッカーは苦笑いする。
「そうですか。大変ですね……」
タオはしょんぼりする。
〈もう慣れたから大丈夫だ〉
レッカーは話を続けた。
〈その地図に書かれている森は、一週間前に俺たちが通った所だ。だから、その森の手前までなら案内してやれる。だが、その先は俺には分からん〉
「そうでしたか! まあ、僕のケータイにはGPSのアプリが入っているので、問題ないはずです」
タオは、それが当たり前かのように言った。
〈そのケータイ、いくらする?〉
「え、これですか? ○○××くらいが本体の料金で、月々○○△くらい払ってます」
〈うーむ、中々痛い出費だ……〉
彼のエンジン音が弱々しくなる。
「ええと、ごめんなさい……」
謝らないと気まずい空気になりそうな気がして、謝罪した。
〈気にするな。俺らが勝手に貧乏やってるだけだ〉
「そう言ってもらって良かったです。それじゃ、出発しましょうか」
元気を取り戻したタオは、運転席のシートベルトを締めようとした。しかし、どこかでしっかり引っかかっているかのように硬い。グイグイと強く引っ張るが、言うことを聞かない。ロックされているようだ。
「あの……」
タオはなんとなくハンドルに向かって問いかけた。すると、
〈君はそそっかしいな。まあ落ち着け。俺はまだ、君を乗せていくとは一言も言っていない〉
え、とタオはきょとんとした顔をする。
「で、でも『森は任せろ』みたいなこと言ってたじゃないですか」
〈そこまで断言していないが……。分かった、せっかく俺を頼ってくれたんだ。一つ条件を飲んでくれれば引き受けよう〉
レッカーは機嫌よく提案した。
「条件、ですか?」
〈そうだ、お坊ちゃん。世の中は、持ちつ持たれつの関係で成り立っている。一人だけ得するより、みんなで幸せになった方が気持ちいいだろう?〉
そうかも……。タオは半分ほど納得したような表情をする。
〈そうなんだよ。条件はちなみに、発見したお宝の……そうだな、三割を頂戴したい。悪くない内容だと思う〉
「なるほど。あ、でもそれが分割できないものだったらどうしましょうか」
〈それだったら、お父さんに事情を話して、お金を払ってもらう。まさか、親に隠すつもりだったか?〉
「いえいえ、ちゃんと話します。というか、宝探ししたらどうだと促したのは父ですから」
なら安心だ。レッカーは一息つく。
〈それにしても、今どきの親が子どもに冒険させるなんて珍しい。変わってるな〉
レッカーの言葉を見たタオは、クスッと笑った。
「アウトドア派なんです、父は。よくキャンプに連れていってくれます。ぼくとは正反対です」
〈いいな。アウトドアは確かにいい。互いの絆を深めるのに最適だ〉
毎日のように野宿しているレッカーの言葉は説得力があった。
結局、タオはレッカーの条件を受けた。お金なら大丈夫です、と自信たっぷりに答える。
「ケーキを食べる時間までには帰りたいですね」
タオは自宅のある方角を向いてつぶやいた。
ケーキか。金持ちはおやつまで豪華だな。
時刻は午後二時前。一日のうち一番気温が高い。
レッカーはドアとウインドーを閉め、クーラーをつけて少しずつアクセルをふかした。
GPSで道をたどると、案外早く目的地に着いた。
森の中に、開かれた空き地があった。太陽の光が降り注ぐその場所に、お墓が一つだけあった。十字架が立っていて、その根元に生年月日が掘られた大理石の石板が置かれている。
「祖父のお墓です。この場所が好きだったようで、昔よく連れてこられました」
石板の前には、お供えものとしては似つかわしくない、青色の包装紙に金色のリボンで包まれた箱があった。
それを見つけたタオは、辺りをキョロキョロと見回して、レッカー以外に誰もいないのを確認すると、リボンと包装紙を外して箱を開けた。
その中には、金色の腕時計とメッセージカードが入っていた。彼はカードを広げる。
「……父からです。『誕生日おめでとう』と書いてあります。この腕時計、祖父の形身です。父が受け継いだはずなのに……」
タオは開いた口がふさがらない表情だ。
〈プレゼントだったか……〉
随分変わった渡し方だ、とレッカーはつぶやく。
「ぼくも、こんなもらい方は初めてです。きっと、普段外に出ないぼくのために考えたんでしょう」
やっぱ、金持ちは違うな。レッカーはそれを口に出しかけたが、やめた。
タオを家まで送ったレッカーは、報酬を受け取るのを断った。タオが、自分の財布から払おうとしたからだ。
ユキみたいにがめつい性格してないからな、俺は。心の中でそうつぶやいた。
タオはお金の代わりに、ショートケーキの入った箱を一つくれた。そして、レッカーが見えなくなるまでずっと手を振った。
このお土産、マオは喜んでくれるかな。楽しみだ。レッカーの足取りは軽かった。
次話をお楽しみに。




