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第三十四話:守るべき者④

 工場へ戻ったわたしたちは、今日採掘した資材を工場の作業ロボットに預けた。そのロボットは資材をくまなく確認すると、懐から紙幣ほどの大きさの紙を取り出して、サラサラとペンを走らせる。そしてそれをヴィラに渡した。

「ありがとー」

 いつものようにそれを受け取ったヴィラは、ポケットにねじ込み、宿舎へ向かった。

 宿舎に戻り、自分の部屋に入ろうとするわたしを、ヴィラは手首をつかんできて止めた。そして引っ張られて廊下の奥へ連れていかれる。

「ほら、お風呂に入るって言ったでしょ。さっさと行こ。早くしないと、男連中が入りに来ちゃうからね」

 ごちそうを目の前にした子どものような笑顔をヴィラは浮かべている。

 男連中とは、わたしたちと同じように外へ出て資材を発掘している男型アンドロイドのことだ。工場長に聞いた話だと、その数は工場へ勤めている従業員の八割を占めているらしい。

「男たちは、汚れを落として湯船に入るってことを知らないからさ、一番最後に入浴すると、お湯に土ぼこりやゴミがわんさか浮いてるのをすくいだしながら入らないといけないんだ」

 まったく! ヴィラは口を尖らせる。

「混浴なんですね」

 普通、お風呂は男女に分かれているものだとデータベースには載っている。

「だってこの工場、女の子はあたしたちしかいないもん。しょうがないじゃん。それに、例え一緒に入ったとしても、何かされるわけじゃないから、問題ないし。ここには人間はいないんだから」

「そうですか」

 ヴィラは、とある部屋の前で足を止めた。他の部屋と変わり映えしないドアの上に、『浴場』と書かれた札が取り付けられている。

 彼女は無言でドアを開けて中に入った。

 脱衣所には、木製のフロアに植物を編んで作られたカゴがたくさん置かれていた。隅にはカウンターがあり、ドライヤーがいくつか設置されている。

 わたしは適当な場所を選んで服を脱ぐ。すると、

「あたしはユキちゃんの隣ー」

 他に誰もいないのに、わざわざ彼女はわたしのすぐ隣で服を脱ぎ始めた。

 少し窮屈に感じたわたしは、さっさと浴場に入った。一応右腕で胸を隠す。

 浴場には、大人が十人ほど足を伸ばして入れそうな大きさの湯船があった。少し離れた所には、体を洗うスペースもある。まだ誰も入浴していない。

 ガラッと勢いよくドアが開いて、ヴィラが入ってきた。特に自分の体を隠さず、裸体を晒してわたしの横に立つ。

「何で胸隠してるの? 男なんていないよ」

「女性がお風呂に入る時は必ずこうすると、データベースにはあります」

「本当は、そんな小さい胸をあたしに見せるのが恥ずかしいんでしょ」

 ヴィラはニヤッと笑った。確かに、私のものと違って、彼女の乳房は豊満だ。人間が定めた大きさに当てはめると、Dくらいある。

「違います。大人のマナーです。それに、わたしにとって胸の大きさはどうでもいいことです」

「そう? それにしては、さっきからあたしの胸をじろじろと見てるけど」

「大きさを測っていただけです」

「なんだ、ユキちゃんってば、やっぱり胸に興味あるんじゃん」

「たまたま目に入ったので、計測していました」

「ユキちゃんって、意外にエロいね」

「それは違います。これからパートナーとして仕事をしていくうえで、あなたの情報は書き加えなければなりません。情報を取り入れているのです。ヴィラは今朝、わたしのベッドでそう言っていました。例えば、ヴィラのお尻の大きさは――」

「だー! なんだか恥ずかしくなってきたー!」

 突然、彼女に弾き飛ばされ、わたしは湯船へ背中から落ちた。腰を湯船の底に強打する。

 立ち上がると、顔に髪の毛が張り付いていて視界が遮られている。それを払いのける。

「……痛いです」

 わたしは腰をさする。

 ヴィラはゆっくり右足から湯船に入った。そしてわたしのすぐそばに腰を下ろす。

「ユキちゃんも座りなよ」

 彼女はわたしの手を引っ張って座らせた。

「はい……」

「びっくりしたなー、もー。そりゃ確かにあたしは、お互いのことをもっと知るべきみたいなことを言ったけどさ、相手のスリーサイズまで知らなくてもいいんじゃない?」

「ちなみに、ヴィラのバストウエストヒップのサイズは全て計測が終了していますが、どうしますか」

「……秘密にしておいて」

「それにしても、ヴィラはおかしいです。レッカーと仲良くなるには裸になるといいと言っていたあなたが、今は体のことをわたしに追及されて困惑している……。どういうことなのでしょう」

「だって、裸になるのはユキちゃんだもん。あたしじゃないし。自分が恥ずかしくなかったらそれでいいの」

「ヴィラはレッカーの前で全裸になって体を洗っていたのですよね。それは恥ずかしくなかったのですか」

「……まさかレッカーが女の子の裸に興味があるとは、その時は思ってなかったから。それを知ってからは、あいつの前では脱いでない」

「あいつの前……。他の男性の方の前では脱いでいたのですか」

「……一回だけあったよ。でも、それはまた今度話す。まだ心の準備ができてないから」

「失礼しました。何かお気に触ったでしょうか」

「気にしないで。もう大丈夫だから」

 ヴィラは湯船のお湯を掬うと、自分の顔に勢いよくかけた。犬のように水滴をふり払うと、スッキリしたような顔をした。

「ねえ、ユキちゃん。今度その話しするからさ、今は君のことを話してほしいな」

「分かりました」

 わたしは彼女に、自分がここから途方もない距離にある別の国で生まれたこと、そこで出会った博士とその息子、楽しかった思い出、そして別れ……。すべてを包み隠さず話した。すべてを話すのに辛かったが、特に彼らが目の前からいなくなる瞬間の話は、胸が痛んだ。

 話し終わると、いつもニコニコしているヴィラが真剣な面持ちになっていることに気がついた。胸の真ん中で両手を組んでいて、その手はわずかに震えている。

 突然、ヴィラが視界いっぱいに広がった。そして体が力強く締め付けられる。ハグされたのだ。お湯で濡れた彼女の肌はすべすべしていた。大きな胸が柔らかい。わたしの胸よりもほんの少しだけ固い素材でできているようだ。

「……どうしたのですか」

「大変だったんだね……。でも、もう大丈夫だよ。あたし、絶対ユキちゃんの前から離れないから」

 そのあと、ヴィラは落ち着きを取り戻し、静かにお湯に浸かった。

 そして、どんな素材でできているのか確かめるという名目で、お互いに体をつついたり触ったり揉んだりした。くすぐったかったが、なんだか心が温かくなって楽しかった。


 翌日も、わたしの部屋で二人そろって目を覚ました。「今夜ユキちゃんを一人にさせたくない」とヴィラが駄々をこねたのだ。彼女の瞳は冷却水で濡れていた。

 昨日と同じように、今日も資材集めの予定だった。しかしヴィラが、

「今日は、ちょっと気になることがあって、街外れに行く」

 なんでもそこは、無法者と呼ばれる集団が根城にしている所らしい。普段は、目の前で金属を盗み出すかそのそぶりを見せていない限り取り締まりをしないが、今回は別だという。

 昨日は歩いて宿舎を出たが、今日はヴィラに手を引っ張られて走った。

「早くしないと……!」

 彼女が慌てるように運転席に乗り込んだので、わたしも急いで助手席に入る。

「前々から工場長には言っていたのに……。武器は速やかに回収しておくべきだって」

 いったい何のことを言っているのだろう。

「『武器を集めるのは法律違反だ』って言うことを聞かなかったから……。さっさと回収して溶鉱炉で溶かしてしまえばバレないって忠告したのに……! 武器が再利用される危機感をもっと持つべきなのに……!」

 武器……。どこかに武器が捨てられていたのだろうか。

 わたしたちを乗せたレッカーは、がれきの山の間を可能な限り速いスピードで駆け抜けた。


 やがて、がれきの山がとぎれているところが見えてきた。その先は山岳地帯になっているようだ。

 そこに三十人ほどの男がうろついている。皆、濃い緑色の作業服を着ている。辺りには、レッカーと同じくらいの大きさの荷台付きクレーン車が三台停まっていた。荷台には、大量の武器が載せられている。

 わたしたちが近づくと、男たちは一斉にこちらを見た。警戒するように身構えている。

「コラ! 武器を勝手に集めるのは法律違反だよ! 許可はもらってるの?」

 外へ降りたヴィラが男たちへ吠える。

「んなわけないだろ。高い税金払わされるんだからよ」

 目の前にいた男が、ヴィラに向かってつばを吐いた。

「そうか、許可はもらってないんだね。じゃあ、警備隊を呼ぶしかないよ」

 彼女はつばを避けると、無線機へ手を伸ばす。

 突然、彼女のホルスターに仕舞われている無線機が爆発した。

「そうはさせねぇ」

 別の男が拳銃を発砲したのだ。

「撃たれたくなかったら、お前とそこのお嬢ちゃんもこっちに来い」

 煌びやかな宝石を首にかけた男がわたしを指さした。この集団のボスだろうか。

 ボスに近いヴィラが先に男たちに両腕を掴まれた。彼女はたちまち恐怖を顔に浮かべる。

 男たちに堂々と話しかけるくらいだから、何か奥の手でもあるのかと思ったが、あっさり捕まってしまうとは。

 わたしは懐からレーザー銃を取り出した。そして彼女を捕らえている男一人に向ける。

「おおっと。そんなものをぶっ放したら、こいつに当たっちまうぜ」

 ボスがニヤニヤと笑う。その周りの男たちも不敵な笑みを見せる。

「心配は無用です」

 わたしは迷うことなく引き金を引いた。レーザーはまっすぐに放たれ、ヴィラの右手首を捕まえている腕の関節だけを撃ち抜いた。

 その男の腕から一回だけ血が噴き出した。血はわずかにヴィラの胸にかかる。男の手が力を失ったようで、ヴィラから離した手はブランブランと関節の辺りで揺れている。

 男たちに恐怖が蔓延したようだ。ボス以外の男たちは奇声を発しながら車へなだれ込み、あっという間にこの場から姿を消した。

 一方、ボスは撃たれた男を抱えて車に乗せ、こちらをギロッと睨むと、その場を去った。

 男たちの乗る車が見えなくなると、わたしはヴィラの前にしゃがみこんだ。

「大丈夫ですか?」

「な、なんで射撃があんなに上手いの……」

 ヴィラは冷却水を目から流していた。涙声でそう尋ねる。

「わたしは、あらゆる仕事がこなせるようにプログラムされています。今は、『暗殺者』の能力を使いました」

「すごすぎるよ……」

 ヴィラは苦笑した。


 そのあと、工場へ帰るとわたしたちは工場長へ事のすべてを話した。もちろんこっぴどくしかられた。その間ずっとヴィラはわたしの手を握って離さなかった。

 わたしに、新たに守る者ができた。

三十五話をお楽しみに。

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