第三十二話:最期
旅の途中で休憩しようと思い立ったユキは、とある村にレッカーを停めた。
その村は様子がおかしかった。人の気配がまるでない。耳をすましても、風の音しか聞こえない。乾燥させた牧草がコロコロと風に吹かれて転がっていく。寒々しい空が村を覆う。
家々は、バラックと呼ばれる簡易的なものだった。戦後発展した集落だったらしい。家の間に小さな畑がいくつもあり、そこで野菜を育てて生活していたのだろう。
だが、人々が住んでいた頃の景色はもうない。災害が起きた後のように破壊しつくされているからだ。
ユキは、レッカーに時速十キロくらいで走るように言った。もし食料を売ってくれるならぜひ買いたいものだ。どこか人のいる所はないか。そう思って辺りを探した。
やがて、村の中心地までやってきた。するとそこには、集会場のような建物があった。しかも、あまり損傷していない。
今晩の宿くらいにはなりそうだ。ユキはレッカーから降りて、マオを残して建物の中を物色することにした。
その中は、ひどく荒らされていた。ソファが二つ壁際に吹っ飛ばされて中のワタが出てしまっている。窓ガラスは割れ、冷たい風が入ってくる。
建物の一番奥にある暖炉の横に、何か人のようなものが倒れているのを見つけた。ユキは懐からレーザー銃を取り出し、横倒しになっているソファの陰からそれを見た。
それはロボットだった。腰から下が見当たらない。ついでに左腕もない。人間の女の子そっくりにつくられている。それはうつ伏せに倒れていた。
そのロボットは、右腕で何かを抱えていた。よく見ると、それは人間の頭がい骨だった。まだ子どものものだ。
「……人を見るのは久しぶり」
そのロボットは、ユキの気配に気づいて顔を上げてこちらを見た。その顔は右半分がぐしゃぐしゃに潰れていて、中の機械や配線が飛び出している。
「わたしはロボットよ。人間じゃないわ」
ユキは銃を向けたままロボットの前に立った。
「……そう。よくできているのね」
ロボットは何かを話すたびに、口の辺りからギーギ―と錆びついたような音がする。
「なぜこの村は破壊されているの?」
ユキがそう尋ねると、
「……あたしがやったの。あたし、この村の人に拾われて修理されたんだけど、直ったとたんプログラムに従ってすべてを壊した。かつての戦争の時はもっと壊したけど」
悲しそうな表情をつくってロボットは言った。
「この村の人に恩は感じていなかったの?」
冷静な声でロボットに訊く。
「……心の中では恩返しをしたいって思ってたけど、プログラムには逆らえなくて」
ロボットは、唯一残っている左目から一筋の涙を流した。
「あなたの体は、自分で壊したのね」
「……そうよ。これ以上人を殺したくなかったから、自分で自分を壊したの」
ロボットは、頭がい骨をユキに差し出した。
「……あたしはもうすぐ燃料切れで動けなくなる。その前に、この子をどこかへ埋めてあげて。この子、あたしが修理されている間仲良くなった女の子なの」
分かったわ、とユキは頭がい骨を両手でそっと持った。そして、ロボットに背を向けて建物を出た。
さよなら、とロボットは小さい声で言った。
〈うわっ〉
ユキが持っている物を見て、レッカーがたじろいだ。
「何、その茶色いボール?」
マオが興味深そうに、助手席から見下ろした。
「最期まで友達のことを信じた子の骨よ」
ユキは、建物の軒下にそれを埋めた。
「行こう」
そう言うと、ユキはレッカーに乗り込み、発進させた。
三十三話をお楽しみに。




