第二話:石ころのように④
ライオンショーが中止になったものの、他のパフォーマンスは引き続き行われ、観客を楽しませた。だが、先ほどの騒ぎで、皆の心に引っかかる物が出来てしまった。
舞台裏では、団長のピエロが出演者やスタッフを集め、今後のスケジュールについて意見が交わされていた。
「だから前から言ってたじゃないですか。彼らにサーカスをやらせると、色々面倒なことになると。団長、彼らには裏方に回ってもらいましょう。その方が無難です」
サーカスの道具をトラックで運んでいる男が言った。
「なんだと! ジョンとミカはな、これまでライオンショーのために一生懸命努力してきて、最近ようやく人々を楽しませるほどまでに成長したのだ。その機会を奪い取ることなどしたくない!」
「でも団長、この街で三日公演の予定なんですよね? わたし、もうチラシや貼り紙を街中に配ってしまいましたよ。こんな調子で続けられるんでしょうか」
新人スタッフの女の子は、気を落とした表情をする。
「……それについては考えた。明日は中止だ。そして、明後日に公演してこの街を離れる。彼らにはもう一度立ち上がってもらいたい」
しかし……とトラックの男がつぶやいたが、続きの言葉は口にしなかった。ジョンとミカの境遇は知っている。他のスタッフや出演者もそのことは分かっている。反論する者はもう出て来なかった。
その頃、ジョンとミカは別室で待機していた。二人とも沈んだ顔をしている。
突然ドアが開き、十四歳くらいの女の子が五~六歳くらいの女の子を引っ張って飛びこんできた。ジョンとミカはビクッと体を震わせ、イスから落っこちた。「痛ーい」ミカは尻をさする。
「だ、誰なの君たちは? ここは関係者以外立ち入り禁止だよ」
ジョンは腕を広げ、ミカを守るように立ちはだかる。誤解しないで、とユキがなだめる。「わたしはロボットなの」
「あ、あなたもロボットなんですか?」ミカは目をパチクリした。
「そうよ。さっき観客席から見てて、あなたたちが責められたような表情をしてたから来たの」
「どうしてそんなことを……?」
ジョンの不安げな目が、ユキを見つめる。彼女は怒り心頭のようだ。
「決まってるわ。同じロボットとして人間に差別されるのが、とてもがまん出来ないの。だから、わたしがあの男を懲らしめてやろうかと思ってる。あなたたちも協力してくれる?」
ジョンとミカは顔を見合わせた。ミカが立ち上がって言う。
「気持ちはとてもうれしいです。でも、わたしたちはあの方を憎んではいませんし、もしそうでも復讐しようとは決して考えません。ごめんなさい」
それに、とジョンが言葉を続けた。「これまでこのようなことは何回もありました。だから……もう……いいんです……」
いいわけないでしょ! と拳を握った。マオは何が起きているのか場の雰囲気を読み取ろうと、三人を見比べる。
「ロボットの居場所は確保されるべきだわ。それをないがしろにしていいわけがないはずよ」
「どの街に行っても、必ず一人や二人はロボットが嫌いな人はいます。それをいちいち気にしていたらきりがないんです。わたしはジョンとずっと耐えてきました。これからもそうです」
マオがユキを見上げた。恐ろしい表情にひるむが、震えた声で言う。
「お姉ちゃん、怖いよ。もう行こうよ」
一瞬マオをにらんだユキだったが、いつもの冷静さをなくしていることに気がつき、いったん怒りを引っこめた。
「分かった。それじゃ、もうあなたたちには用はないわ。……じゃましてごめんなさいね」
怒りの矛先を別な方に向け、静かに控室を後にした。
ユキが次に向かったのは、退場させられたおじさんの店だった。いきなり「わたしはロボットよ」と言ってケンカを売るのは、あまり得策ではないので、まずは人間のフリをしながら話を聞くつもりだ。
サーカス会場を出ると、先ほどの騒動のことが屋台通りでも話題になっていた。あちこちでヒソヒソと言葉が交わされている。
おじさんの店へ着くと、その中に彼はいなかった。その代わり、白髪頭のおじいさんが本を読んでいた。
「あなたは誰? この店におじさんがいたはずですけど」
ユキが言うと、おじいさんは頭の上の老眼鏡をかけなおし、
「いらっしゃい。君は、息子に何か用なのか?」
と、ユキとマオを交互に見比べた。その顔はほころび、どうやら子どもが好きな人のようだ。
「そこでやっているサーカス会場で、ロボットの兄妹がライオンショーをやっていたのですが、突然『お前ら機械ごときがサーカスを汚すな!』と怒鳴ったのです。何か心当たりはありませんか?」
おじいさんは辺りを見回して息子がいないことを確認すると、言葉を選びながら話し始めた。
「息子のフォンは、六年前に子どもを亡くしているのだ。フォンの仕事中に、兄妹で遊んでいて工事現場に迷いこみ、適当にロボットをいじっていたら、ロボットが動き出してしまい――」
当時のことを思い出したおじいさんは、言葉に詰まり涙がたまる。
「私が行った時には、腹が踏みつぶされている状態で死んでいた。医者によると、かなり苦しい思いをしたらしい。私がしっかり二人を見ていれば、こんなことには……」
老眼鏡を取り、目頭を押さえた。
「だから、フォンはロボットのことを嫌いになってしまった。憎んでいると言ってもいい。息子は工事の仕事をやめ、この商売を始めた。私は隠居の身だから、たまに手伝いに来ている。この年になっても、息子にどうなぐさめの言葉をかけたらいいのか分からない。……そういうことだ」
ユキもどうしていいか分からなかった。一体、自分はなぜこんなことに首を突っ込んでいるのか。
さよならを言って、街の外に止めてあるレッカーの下へ帰ろうと背を向けた時、ユキは一つの疑問が浮かび、ふり返って尋ねた。
「どうして初対面のわたしに、そこまで話してくれたのですか?」
いったん外した老眼鏡を再びかけ直し、優しい目をして言った。
「君の妹さんは、あの時死んだ孫と同じくらいの年だ。その姉である君なら、きっといい解決策を見つけてくれると思ったのだ」
それだけ言うと、おじいさんは本に視線を戻した。
5へ続きます。