第三十一話:女神さま①
平らな牧草地帯にできた道に、一台の荷台付きクレーン車が停まっていた。
見渡す限り、細長い草が生えた大地がどこまでも広がっている。その境目を見ることはできない。遠く離れたところに牛舎と家屋がある。
そこには、大きな体をした乳牛が広々と散らばって地面の草を食んでいた。皆、のんびりと口を動かしている。
風は静かに吹いている。それは動物の臭いと草の匂いを遠くまで運んでいた。
クレーン車がいるのは、両端に一メートルくらいの柵がある道だった。そこだけ、車がたくさん通っているせいで草が生えていなく土の道だ。
クレーン車の外で助手席に寄りかかって立っている少女がいた。歳は十四歳くらい。髪は短く整えられ、紺色の作業着を着ている。身長は百六十センチほどだ。
少女は腕を胸の前で組んで、衣服が身に付けられていない小さなお尻をじっと見つめていた。相方が用を済ませるのを待っているのだ。
クレーン車のすぐ近くの柵の下に、五~六歳の女の子がしゃがんでいた。白い半そでに青くて長いジーパン姿だ。ただ、ジーパンは足首まで下ろされている。
出てこなくなると、女の子は少女から事前にもらったティッシュペーパーで拭い、それを捨てた。そして立ち上がる。
女の子は後ろを向き、
「お姉ちゃん、二リットルくらい出た」
とてもスッキリした顔で言った。
「人間の膀胱には、大人でも七百ミリリットルしか入らないのよ」
お姉ちゃんと呼ばれた少女は、表情を変えずに答える。
すると、女の子は両ひざを若干曲げて両腕を振って足が不自由なまま前方にジャンプした。ズボンと下着は依然として足首の辺りにある。
「やった、新記録かも!」
女の子は右腕でガッツポーズをした。
「マオ、ズボンとパンツ穿きなさい。誰かに見られたらどうするの」
お姉ちゃんは穏やかな口調で注意する。
「大丈夫だよ。だって誰もいないもん」
マオと呼ばれた女の子は、真上に飛び上がって遠くを見た。車も人影もない。
「女の子は、大人になったら下半身がとても大事になるんだから、冷やしちゃダメよ」
見かねたお姉ちゃんはしゃがんで、マオのパンツとズボンを穿かせてあげた。
「何で大事なの?」
お姉ちゃんの肩に手を乗せて尋ねる。
「将来ただ一人の男の人と結婚して、子どもをつくるためよ」
お姉ちゃんは淡々と答える。
「どうやって?」
「それはね、男性の――」
突然、クレーン車がクラクションを小刻みに何度も鳴らした。その音は、お姉ちゃんの言葉をさえぎるには十分だった。
「レッカーうるさいー」
マオは両手をふさいだ。
〈ユキ、それ以上は……ダメだ〉
レッカーと呼ばれたクレーン車がそう釘を刺した。
ユキはそれ以上話すのをやめ、マオを助手席に乗せると、自分も運転席に乗って、レッカーを発車させた。
のんびりとレッカーを走らせていると、やがて前方に集会場のような建物が見えてきた。その建物の前には草が生えていない広場のような空間があり、簡易的な屋台がいくつも設置されている。その周辺に三十人ほどの人影があった。
ユキはさらにスピードを緩め、彼らの近くまで行くと停車させた。
レッカーが近づいてくると人々は手を止めてそちらを見ていたが、停車すると三人の男が運転席の下までやってきた。
ユキは運転席から飛び下りると、三人に頭を下げた。
「矢倉を運んできました。わたし、ユキと申します。よろしくお願いします」
すると三人のうち、白髪頭で最も高齢な男が、
「待ってたよ。私は村長のマクシだ。こんな遠いところまでご苦労さま。早速だが、矢倉をクレーンで下ろしてもらえるか。これがないとお祭りが盛り上がらないのでな」
レッカーの荷台に載っているのは、矢倉を構成する金属製のパイプだ。これをいくつも組み合わせてつくるのだという。
「はい、分かりました。少々お待ち下さい」
ユキはレッカーの荷台によじ登り、クレーンから下りてきたフックにパイプをくくりつけているロープを引っかけた。
無事地面に下ろされると、周りから十人ほどの男がやってきて、ロープをほどいて次々とパイプを運んでいく。
その様子を見ていたユキは、村長が手招きしているのに気がついた。彼女は荷台から飛び下りる。
「これで君の仕事は終わりだ。報酬を受け取ってくれ」
村長は、懐から封筒を取り出して渡した。
「ありがとうございます」
ユキは、そこそこ厚い封筒を懐に仕舞った。
「ここまで来て疲れたろう。お連れさんもいると聞いた。良ければ休んでいってくれ」
「はい、そうさせてもらいます」
そうして、ユキは助手席からマオを下ろして村長の後についていった。
2へ続きます。




