第三十話:分岐点
森の中の整備された道を疾走していたレッカーは、その先に分岐点が見えてゆっくりと停車した。
道は斜めに分かれていて、右側は相変わらず深い森が続いている。一方、左側の道は森が途切れて岩だらけの荒野の中にあった。
「参ったわ……」と、運転席で地図を見ながらユキはため息をついた。
〈どうしたんだ。地図に書いてあるんだろう? どっちに行けばいい?〉
レッカーが急かすように言う。
「それが、タダでもらった地図の表記があいまいで、この分かれ道のどっちに行けばいいかよく分からないのよ」
〈なんじゃそりゃ。どうして事前に確認しなかったんだ〉
「あなたが言ったんでしょう? 『隣町に絶対夕方までに着こう。だから急ごう』って」
空はすでにオレンジ色に染まっていて、あと数十分もすれば闇夜になるだろう。
〈明るいうちに宿に着いた方がいいと思ったんだ。何か悪いことでもあるか?〉
「レッカーのその考えがわたしに地図を確認させる余裕を与えなくて、結果的に道が分からなくなったんでしょ」
〈はいはい、俺が悪かったよ。俺が急かすからダメだったんだ。いいよ、この先はお前たちだけで行くといい〉
「そういうことにはならないわ。大人げないわよ」
〈俺の心はいつも青年だ。前にそう言っただろ?〉
ねえねえ、としびれを切らしたようにマオがお姉ちゃんの裾を引っ張った。
「お腹空いた」
「お腹空いた? ……待って。あと一時間くらいしたら夕食にするから」
お菓子は三時のおやつにしか食べてはいけないルールなのだ。
マオは「えー」と嫌な顔をする。二人の間の席には、レジ袋に入ったスナック菓子が置いてある。マオにとって、これを我慢するのは苦行に等しいことだった。
〈それで、結局どっちへ行くんだ?〉
マオが落ち着いたのを見計らって、地図とにらめっこしているユキに尋ねる。
「右にしましょう」
ユキは地図を折りたたんだ。クラッチを踏みこんでギアを動かし、アクセルをふかす。ハンドルを右に切った。
〈根拠は?〉
「特にないわ」
〈なんだって?〉
レッカーは急停車する。
「右の道がダメなら、左の道へ行けばいいでしょ」
ユキはもう一度発進させた。
ヘッドライトに照らされたアルファルトの道は、すぐ先で途切れていた。
〈あー……〉
レッカーは停車し、ハンドルを切って方向転換する。そして、元来た道を引き返す。
「外れだったわ」
特に気にする様子もなく、ユキは地図を広げた。
〈今日は野宿だな〉
「そうね。適当なところで休むわよ」
「今日は野宿? また例の野宿?」
マオはワクワクした表情だ。
「ええ、例の野宿よ。外で寝るのが好きなの?」
「ホテルの方がいいけど、野宿だとお姉ちゃんにくっついて寝られるから好き」
野宿の時は、レッカーの中でお姉ちゃんのひざを枕代わりにして寝るのだ。
〈なんか二人とも、のんびりしてるな〉
「ええ、のんびりの方がいいわ。ねえ、マオ?」
ユキが隣を見ると、
「のんびりのんびりー」
マオはシートベルトを外していた。そして、座席を四つん這いで移動すると、お姉ちゃんの足の間にすっぽりと収まった。
ユキは黙ってマオを両腕で包んだ。
それを見たレッカーは、アクセルを少し戻してスピードを緩めた。
三十一話をお楽しみに。




