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第二十九話:笑顔の絵描き

 ユキたちは、とある街を訪れた。

 道は細かな石畳で出来ていて、それが大通りを中心として住宅街へ無数に伸びている。

 家々も石を切り取ってつくられたブロックを積み上げてつくられている。家は道路に沿ってすき間なく建っている。

 戦前は、トラックや乗用車が多数行き来する地方都市だった。しかし、爆撃によって焼け野原となったあと、都市計画は見直された。環境にやさしい街づくりを行おうという発言が増え、街に住む人が車を持つことを禁じた。それによって、排気ガスによるスモッグが一切なくなった。外からやってくる車に対しては検問を行い、一日の往来制限数のみ通行を許され、それでも徐行が義務付けられた。そして、道路や建物にコンクリートを使わなくなったことで、それを整備する重機の排気ガスも減った。石のブロックを運んでくる車しか必要なくなった。

 そんな街を訪れたユキたちは、トロトロと走るレッカーの中から街を観光していた。隣町に用事があり、それにはここを通っていくのが近道なのだ。この街を避けていくと燃料代がかかるから、どうしても通りたかった。

 まだ朝早いから、街は静まりかえっている。朝日が道路を照りつけ、石畳の中に混じる鉱物がキラキラと光る。レッカーのエンジン音が建物の間を反響する。それは道路の端に植えられている木々にいる小鳥たちの鳴き声と重なり、自然と科学のコーラスをつくりだす。

 街の中心部には直径五メートルほどの噴水があり、その噴水の真ん中には羽の生えた美女が天に片手を伸ばしている銅像が飾られている。

 噴水のふちに、一人の男の子が腰かけていた。歳は十歳くらい。彼の手前には譜面台のようなものに立てかけられたキャンパスがあり、彼はそれに向かって手を動かしている。彼の前には十歳くらいの女の子が一人丸イスに座っていた。

 ユキはレッカーを停めて、様子をうかがった。どうやら似顔絵を描いているらしい。旅の土産になると思い、マオと一緒に行ってみることにした。

 二人で近づいていくとちょうど、

「出来ましたよ」

 と、男の子が鉛筆を置いたところだった。

 彼はキャンパスに貼られたA4用紙をはがすと、それを女の子に手渡した。

「うわー、さすがロボットさん。きっとママも喜ぶわ。ありがとう!」

 女の子は、絵をまじまじと見ながらお礼を言った。

 ユキは、そっとその絵を横からのぞいた。とてもそっくりに描かれているが、絵の中の女の子は満面の笑みだった。

 女の子はポケットから硬貨を一枚出してそれを男の子に渡すと、絵を大事そうに胸に抱えながら走っていった。

 男の子は女の子を見えなくなるまで見届けると、目の前に立っているユキとマオを見上げた。

「いらっしゃいませ。よかったら似顔絵はいかがですか」

「どうする? マオ、描いてもらう?」

 ユキはマオに勧めた。

「うん、あとでお姉ちゃんもね」

 マオは期待の眼差しでユキを見る。

「わたしはいいわよ。自分の顔なんか見てもしょうがないもの」

 ユキは手を振って断る仕草をする。

「ダメ。レッカーの一番目立つ所に飾るの」

「それだけはやめて」

 とりあえず、マオの顔を描いてもらうことにした。どうやら男の子はロボットらしく、人間では不可能な速さで手を動かし描いていく。

 やがて、男の子は鉛筆を置いて紙をマオに渡した。

「どうぞ、出来上がりました」

 紙には、満面の笑みのマオが描かれていた。

「あれ?」

 と、マオが首をかしげた。「あたし、今こんな笑顔してないよ」

「もしかしてあなた、人の笑顔を描くことができるの?」

 ユキは男の子に尋ねる。

「はい、僕は人の表情筋の付き具合や動き方を分析し、そこからその人の笑顔を推測して描いています。自慢ではありませんが、なかなか好評なんですよ。普段笑顔を見せない人の笑顔を見てみたいという人が、よく来るのです」

「でも、わたしはロボットだから無理よね」

「いえ、ロボットでも笑顔をつくるパターンはあるので、それを実際に見て予測することはできます」

「ふうん、そうなのね」

 あまり興味がない様子で、ユキは硬貨を一枚男の子に渡した。

「行きましょ、マオ」

「あれ、お姉ちゃんも描いてもらうんでしょ?」

「誰がそんなこと言ったの? わたしはいいわ」

 すると男の子が、

「良かったら、無料で描きますよ。その代わり、僕のことを街の外に広めてください」

「わたしはお金が惜しいから断っているわけじゃないんだけど……」

 今度はマオが、

「いいから、座って!」

 お姉ちゃんの手を引っ張る。

「はあ……、仕方ないわね」

 観念したのか、ユキは丸椅子に腰を下ろした。


〈へえ、よく描けてるじゃないか〉

 車内に戻ると、レッカーがユキの絵を見て絶賛した。

「恥ずかしいわ、わたしの笑顔なんて」

 マオとレッカーがいなかったら、彼女はその絵を丸めて外に捨ててしまいたかった。

「ずーっとお姉ちゃんが笑顔でいてくれたらいいのになー」

 マオはお姉ちゃんの似顔絵を見ながらそう言った。

「そんなことをする理由がないじゃない」

 ユキは窓枠に頬杖をついて視線をそらす。

「だって、笑顔でいた方が楽しいよ!」

 マオはユキにニカッと歯を出して笑った。

三十話をお楽しみに。

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