第二十七話:マオのお姉ちゃん③
全治一週間ですね、と医者の男性は言った。
「その間は、病院で安静にしててもらいます」
「病院で……ですか」
ユキは診察室にいた。医者の机の壁には、マオの骨折部分のレントゲン写真が貼られている。
「ええ、特殊技術で骨同士がくっつく自然治癒力を上げることにより、短期間での治療を可能にしました。通院しながら治していくという前時代的な方法もありますが、時間がかかるのでオススメできません」
医者はパソコンのキーボードを操作している。
「でも、お金がかかりそうですが……」
ユキはそれが一番心配だ。
「安心してください。この治療法はかなり普及していまして、それに伴って費用もかなり削減されました。一週間の入院だと……これくらいです」
医者はパソコンの画面をユキに見せた。たしかに、思っていた以上に安いが、彼女の財布にはその費用の三分の一しか入っていない。
「ええと、その支払いは、退院する時でもいいですか?」
ユキの声が若干震える。
「はい、原則後払いになっていますので、ご安心ください。ただし、一括でお願いします」
目の前の少女がお金のことを真っ先に気にしているのが気になり、医者は眉にしわをつくる。
「分かりました。ところで、マオは今どこにいるんですか?」
彼女は診察室を見渡す。ここには簡易的なベッドはあるが、そこにマオは寝ていない。
「二階の203号室に寝ています。今は鎮静剤で寝ていますよ」
ちゃんと少女が患者のことを心配したため、医者は胸をなでおろした。
「鎮静剤? 骨折なのになぜそれが必要なんですか」
ユキは首をかしげる。
「マオちゃん、治療中に看護師につかみかかりました。『お姉ちゃんに会いたい。帰りたい』と暴れ出したのです。治療に差し支えるので、眠ってもらいました」
淡々と医者は話した。マオと同じようなことをする患者はよく来るため、その対応はもう日常茶飯事なのだ。
「そうですか。寝ているのなら、出直した方が良さそうですね」
そう言って、ユキは立ち上がった。
「あ、ちょっと待ってください」
医者はユキを呼び止めた。
「はい、なんでしょうか」
ユキは座り直した。
「実は、あなたにお伝えしておかなければならないことがあります」
医者は少し顔を強張らせた。
「はい」
どうしたのだろう、なんか別の病気でも見つかったのだろうか。
「マオちゃんは栄養失調です。今、点滴を打っているところです。そのせいでふらついたのでしょう。失礼ですが、きちんと食事はとらせていますか?」
医者は再びキーボードで文字を打ち込む。
「きちんと、とは言えないですね。何しろお金がないもので、その時に手に入った食材でなんとかしています」
ユキは、しまったと思った。お金のことに固執していて、栄養バランスに配慮する必要性を排除してしまっていた。
「入院している間は私たちが食事の管理をしますが、退院したあとはご家族にお任せします」
医者は、ユキをちらっと見て言った。
「はい、気をつけます」
ユキは素直に頭を下げた。
「ロボットと違って、人間はかんたんに体が壊れてしまいます。人間を育てているのでしたら、そのことを頭に入れておいてください」
医者は、ユキがロボットであることにちゃんと気づいていた。
マオが入院してから三日が経った。運動神経の良さから松葉杖をあっという間に使えるようになり、院内であれば歩き回ってもよいと言われた。
入院初日はずっとベッドの中だったため、暇で仕方なかった。知らない部屋に閉じこめられて不安だったし、何よりお姉ちゃんがまったく姿を見せないから嫌だった。
どうして来てくれないんだろう。
自分が足を折ったのは分かっている。左足首が固定されているし、先生からかんたんに話を聞いた。だから、ここはそれを治すための場所なんだというのも理解出来た。
ただ、マオはこんな場所よりもユキと一緒にレッカーに乗って旅をする方がいい。迎えに来てほしかった。
もしかしたら、すぐそこまで来ているかもしれない。そう思って、何回も窓の外を眺めた。でも、クレーン車はいないし、作業服の少女の姿もない。
そんな寂しさを紛らわすように、マオは院内を散歩して色んな人に声をかけた。人懐こい彼女はすぐに受け入れられ、特にお年寄りを笑顔にさせた。元気がもらえると早くも評判だ。
色んな人の中で、特に仲がよくなったのは、隣のベッドの女性だった。歳は三十歳くらい。ユキと同じくらい背は高いが、やせている。その女性は車椅子に乗っていた。
マオはその女性のことを、お姉さんと呼んだ。童顔で実年齢より若く見えるせいだ。
女性はお姉さんと言われたのが嬉しいらしく、マオの前では笑顔を見せることが多かった。同じ病室の患者曰く、マオが来てから彼女は急に明るくなったのだという。
今日は、お姉さんのベッドに二人で腰かけてお話をしていた。
「お姉さんの髪、とっても綺麗だね」
マオはお姉さんの髪の毛をうらやましそうに見た。
「ありがとう。いつも看護師さんに整えてもらっているの」
お姉さんは控えめにクスッと笑った。
「ねえ、触ってもいい?」
マオはお姉さんの髪を指さす。
「うん、いいよ」
お姉さんは、マオをベッドの上で立たせて正面から軽く抱き、そこから転げ落ちないように固定した。マオの温かい体温と甘い匂いが優しく包んでくれる。
「いい匂いする」
マオはお姉さんの頭をなでながら言った。
「シャンプーの匂いかな。もうおばちゃんだからどんなにおいがするのか不安だったけど、良かった」
お姉さんは、ホッと胸をなでおろす。
「おばちゃんじゃないよ、お姉さんだよ」
マオはお姉さんの髪を手で梳かす。
「やっぱりマオちゃんは優しい。まだ私をお姉さんって呼んでくれるもの」
お姉さんはマオの髪を触る。看護師が綺麗に洗って梳かしているからさらさらだ。
「お姉さんも足を折ったの?」
「ううん、違う。私は筋肉が石になっていく病気にかかっているの。もうすぐ病気が体の大事な所に届きそうで危険なんだって」
「大事な所って?」
「ここ」
お姉さんは、マオの小さい手を自分の胸に当てた。
「動いてる」
「そう。これが、動かなくなっちゃうの。怖い」
「大丈夫だよ。動かなくなったら、あたしが動かしてあげるもん」
「ありがとう」
お姉さんはギュッとマオを抱きしめた。
4へ続きます。




