第二十七話:マオのお姉ちゃん②
ユキとレッカーがマオと初めて出会ってから一週間が経っていた。
成り行きで人間の子どもをつれて旅をすることになってしまい、ユキはその子が旅生活をするための道具をそろえなくてはいけなくなった。それだけでも手間なのに、まだほんの子どもであるマオの代わりに、ユキは食事を用意しなくてはならない。費用もユキが負担する。
密かにお金を貯めていたユキは、支出が増えて眉の間にしわをつくることが多くなった。財布からお金が減っていくたびに、彼女は助手席にちょこんと座るマオをにらんでいる。
レッカーは、
〈子ども一人くらい賄えるように仕事をすればいいだけだ。何も困ることはない〉
と、ユキに助言した。
だが彼女は、
「余計な出費なんて、ないほうがいいに決まってるわ」
と、レッカーの考えを突っぱねた。
余計なものじゃないとレッカーは反論しようとしたが、まだユキとマオに固い信頼関係が構築されていない状態でそれを言ってもムダだと思い、言いとどまった。
ユキは、なるべく食費を抑えようと、野生に生えている植物や小動物を狙うことにした。幸い、彼女のデータベースには人間が食べられるものがどういうものなのか全て入っている。
とある街で、郊外の森に野生化したニワトリがいるという話を聞いた。柵が壊れて逃げ出したものらしい。ニワトリの肉はそのまま焼くだけでもおいしいし、蒸しても揚げてもよい。それがただで手に入るのなら、と彼女はレッカーとマオを引きつれて森へやってきたのだ。
森を抜けて街に入ると、ユキはコンビニに寄りたいと言った。この先は長旅となるため、マオの食糧を確保できないからだ。さすがに、全部を自然から調達するのには無理がある。
ユキがコンビニに入るのは、これが初めてだ。旅が始まって二日目にスーパーでコンビニ弁当を数日分買い込み、四日目は市場に行って魚をたくさんそろえた。
そのコンビニは特別大きくもない店舗面積で、駐車場は五台停めれば満車になる程度だった。
レッカーを停めると、ユキは財布を持って降り、コンビニに入った。
そのあとをマオも追いかけてくる。まるで、早く行かないと食べたいものがなくなってしまうかのように焦っていた。
店のレイアウトは、データベースに入っている一般的なコンビニと大差ない。ユキは買い物カゴを持ってまっすぐ目的の場所へ向かう。そこはパンコーナーだった。
値段をしっかり確認しながら、安い物を重点的に選んでカゴに入れていく。甘い物や肉の入っている物のバランスは特に考えていない。さすがにそこまで贅沢はさせない。
一方、マオはそんなお姉ちゃんの横で、カウンターに置いてある唐揚げやホットドックを見つめていた。肉が食べたい。肉汁が滴る様を見ながらかぶりつきたい。そんなイメージを頭の中に浮かべていた。
ふと、そこの前に立った女性と女の子に視線が移った。女の子は、唐揚げを指さして女性に甘えた表情をしている。女性の袖を引っ張って催促している。
うらやましいなあと、マオは思った。あんな風に、ママに甘えてみたい。でも、ユキにはそれは出来ないでいた。これが食べたい、あれが食べたいと言わせてくれない雰囲気を、お姉ちゃんは発している。
幼いながら、お姉ちゃんが自分に向ける視線の冷たさは感じていた。面倒な物をしょいこんでしまったという感情が伝わってくる。
お姉ちゃんと仲良くなれるか分からないが、マオはお手伝いをすることで気を引こうとした。
「カゴ持つ」
マオは、ユキが持っているパンでいっぱいのカゴの取っ手をつかんだ。
「持つのはいいけど、カウンターまで上げられるの?」
ユキは首をかしげる。カウンターは、マオの頭より高い位置にある。
「大丈夫!」
そう言うと、マオはいったんカゴを床に置くと、底を両手で持った。そしてそれを抱えながらカウンターへ向かう。
その前まで来ると、腕をプルプルと震わせながらカゴを頭の上まで持ち上げていく。
ユキは、腕を組んで静かに様子をうかがっていた。
幼い女の子にはやはり重すぎたのか、持ち上げきれずにカゴを落っことし、中身のパンを床にばらまいてしまった。
「あーあ……」
ユキとマオと店員で拾い集めたあと、結局ユキがカゴを持った。
郊外に行ったら食事にするわ、とユキが言った。
「こうがいって?」
マオは、お姉ちゃんに尋ねる。
「……森が見えてきたらご飯食べるから」
ユキは分かりやすく言い直した。
道路がアスファルトから石ころだらけの地面に変わり、やっと車が通り過ぎれるほどに細くなった。ユキは、レッカーをわき道に乗り入れ、停車させる。
さて、これから面倒な調理という仕事が始まる。マオが自分でやってくれればいいが、そうもいかない。
荷台に登って、森で捕まえたニワトリを入れた袋を持って降りる。中身を取り出すが、さすがにぐったりしていて動かない。
これからこれを捌くのだが、おそらく大量の血を見ることになる。ユキはどうしようか考えたが、マオを助手席に乗せることにした。
「あなたはここで待っててね」
幼い女の子にはニワトリを処理する光景は刺激が強すぎるだろう。ただ、頭のない姿を見せても特に嫌な顔をしていなかったから、大丈夫だとは思うが、念のためだ。
……どうして自分はマオのためなんかにこんなことを考えているのだろう。ユキは、ふとそんなことを思った。
「うん」
マオは素直に応じた。嫌だと言ったら、きっとお姉ちゃんは怖い顔をする。
そうして、ユキは助手席のドアを閉めて川へ向かった。
車のクラクションがさっきからうるさい。
お肉屋さんで売られているような姿になったニワトリを持って戻ってくると、ユキはその音の主を見つけた。やはりレッカーだった。
「いったい何して――」
その先は言葉が出なかった。
助手席のドアが開いていた。そして、レッカーの左前輪のすぐ横にマオが倒れていた。
マオの左足首が、外側に大きく曲がっていた。
3へ続きます。




