第二話:石ころのように③
ピエロのサーカス劇が終わると、ステージに幕が引かれた。観客から拍手が起きる。
「次はライオンショーか! 楽しみだな」
店主のおじさんがパンフレットに目を落としながら言った。鼻息が荒い。
ねえねえとマオがユキの裾を引っ張った。ガラス玉ごときに興奮してしまったユキは、不機嫌な顔をした。
「何? お腹すいてもここでは食べられないわよ。飲食禁止だから」
「違うよ。トイレに行きたいの」
うん? とユキは未知の生物を目の当たりにしたような表情を浮かべた。なぜそれをわざわざ?
「行きたいのなら、さっさと済ませればいいでしょ。早くしないと、次のパフォーマンスが始まるわよ」
だからね、とマオはもじもじしている。ああもう、じれったい!
「言いたいことがあるのなら早く――」
「一緒についてきて」
「はあ? どうしてそんなことしなくちゃいけないの。いつも一人で行ってるじゃない」
「だって、暗くて怖いし……」
マオはいつも新しい所にもすぐに慣れてしまうような子どもだ。だから、そんな場所に来てもむしろ喜んで走っていくのが普通だ。だが、ここは薄暗く、黒い大きな怪物のように見える人々の塊を縫って外へ出なくてはならない。それが怖いに違いない。マオも人並みの女の子というわけだ。
がまんしなさいと口から出かけたが、あわてて戻した。皆が見入っている最中に騒がれては迷惑だ。
「仕方ないわね……。この手間ヒマがかかる分は、いつか払ってもらうわよ」
ユキはそっと席を立ってマオの手を取った。マオはニコッと笑って握り返し、引っ張られるようにトイレへ歩いていった。
会場へ戻った時には、すでに次のパフォーマンスが始まっていた。ステージに巨大な檻が設置され、中に六頭のライオンと男女の子どもが入っていた。彼らはムチでライオンたちを思い通りに動かしている。
席に座ると、隣の店主が恐ろしい形相でステージをにらみつけていた。言葉を発するのを必死にがまんしているように見える。
直感で深く追求しない方がいいと考え、ユキはだまってライオンが輪の中をくぐる様を見つめた。
そしてライオンが番号が書かれた表彰台に座った所で、終了した。
すばらしい! 子どもが調教しているなんて見応え抜群! と拍手が止まない。
『以上、ロボットの兄妹によるライオンショーでした!』
そのアナウンスが聞こえたとたん、おじさんが「ふざけんな!」と立ち上がった。「ロボットだと? お前ら機械ごときがサーカスを汚すな!」
会場が静寂に包まれた。皆の視線がおじさんに集中している。
おじさんの怒号で、ライオンたちが興奮し始めた。兄妹は戸惑い、ムチをめちゃくちゃにふるってしまう。ますますライオンたちの様子が変わっていく。
「中止、中止!」という声がステージ裏から聞こえ、幕が閉じていく。兄妹はうろたえながらも、ライオンたちを裏の檻に誘導した。
なおもおじさんは怒鳴り続け、あげくの果てはステージへ乗りこもうとする。観客の男性数人で取り押さえ、外へ連れていかれてしまった。
マオは何が起きたのか分からず、口をポカーンと開けている。ユキはおじさんが出ていく姿をにらみつけながら見送った。
4へ続きます。