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第二十六話:山の中の恋人②

 ユキが見つけたのは、十センチ四方の木箱だった。元々は包装紙で包んであったのだろう、薄い黄緑色の紙が濡れて木箱に貼りついているが、蓋は開閉式で、金具で止められるようになっている。

「何かしら……」

 ユキはそれをひっくり返して観察する。特に変わった点はない普通の木箱だ。だが、それまでゴミしか拾ってこなかった彼女にとって、少し期待が持てる物だった。

〈お宝か?〉

 レッカーがからかうように言った。

「そうだといいんだけど」

 彼女は木箱を振ってみた。中で硬くて小さい物が動く音がする。

「お姉ちゃん、何か見つけたの?」

 マオが再びレッカーから飛び下りてきた。そしてユキの手元をじいっと見る。

「まあ、少なくともゴミではないようよ」

 ユキは口の端をちょっとだけ上に曲げる。

〈皆がいなくなったあとに流れ着いたのか、あるいはたいしたものじゃないから放っておかれたか、どちらかだな〉

 レッカーはあまり期待していない冷めた口調で言った。

「開けて開けて!」

 何にでも興味を示すマオには、それがお宝箱のように見えているようだ。

「そうね、さっさと開けてしまいましょう。他の人が来て狙われると困るから」

 そう言ってユキは蓋を開けた。

 中には、四つに折られた白い紙と、さびれたカギが入っていた。

「これは……」

 ユキは胸に詰まっていた物が取れたような思いがした。これはもしかしてお宝のカギではないだろうか。

〈その紙、何か書かれているようだぞ〉

 レッカーがユキのすぐ後ろまで来て箱の中身をのぞきこんでいる。

「あら、本当ね。このカギを使う場所が記してあるのかしら」

 その紙を広げてみる。その紙は一枚だけで、横書きで文字が連ねてある。

〈読める……か……?〉

 レッカーはユキに尋ねる。

「いえ……読めないわ……」

 ユキは首をかしげる。

 決して、字が汚くて読めないのではない。この国の文字ではないから読めないのだ。

「見せて見せてー」

 マオがジャンプして文字を読もうとしている。

「無理よ。遠い外国の文字だから誰にも読めないわ。わたしのデータベースには、この言語は入ってない」

 ふう、とユキはため息をついた。

〈どうする?〉

「……図書館に行くわよ」

 ユキは助手席を開けてマオを乗せると、自分も運転席に乗りこんだ。そして図書館へのルートを地図で確認し始めた。


 図書館の資料や本は、絵本や貴重な文献以外は全部電子化されている。そのせいで、施設としてはコンビニを一回り大きくしたくらいの大きさしかない。

 館内は閑散としていた。市民は皆インターネットから読みたい本のデータを受け取るため、直接足を運ぶことはあまりない。

 ユキがそこを訪れたのは、ある機械に用があるからだ。それはカウンターのすぐ横にあった。コピー機のような形をしているが、用途は違う。

 彼女は海岸で拾った紙を広げると、その機械の中に入れた。するとそれが動き出し、データのスキャンが終わった原本が排出される。そして、機械の横から一枚のA4用紙が出てきた。ユキはそれを受け取る。そこには、拾った紙に書かれた文章を翻訳したものが載っていた。

 この機械は、この国の図書館にならどこにでもある。彼女は金属を拾っている時に知らない言葉で書かれた手紙やメモ用紙を拾うことがあるため、いつもお世話になっている。

 ユキはさっそく翻訳された文章を読んでみることにした。


 ○○国××街のお役所の方へ

 私は△△国□□街に住むアリサと申します。突然失礼いたします。

 今回はお願いがありまして、このような形を取らせていただきました。

 私は、そちらの国で仕事をしていたマサシという男性と五年前まで付き合っていました。元々は△△国の出身なのですが、私のために○○国に出稼ぎに行っていました。

 実は、私は十年ほど前から不治の病にかかっております。彼はその治療費を肩代わりしてくれていました。高額な治療費を払うため、マサシは○○国へ行っていたのです。

 距離が遠くなっても、私たちの恋は続きました。お互いに連絡し合い、近況を報告しました。月に一度のそれがとても楽しく、早くその日が来ないかと待ち焦がれていたほどです。

 一年に一度、彼は△△国に帰ってきてくれました。恥ずかしながら、その時にお互いの愛を深めあいました。

 子どもはつくりませんでした。育児をする余裕などありませんでしたから。

 普通の夫婦のように過ごせない代わりに、私たちは手紙で心境を語りあいました。病気で辛いこと、入院生活で楽しかったことを書きました。彼も、仕事の辛いことや楽しいことを話してくれました。

 いつしか、手紙は週に一回出すようになりました。彼も同じくらい書いて送ってくれました。それを数年続けるうちに、彼からもらった手紙は数え切れないほどになりました。

 五年前、彼は亡くなりました。仕事中の事故だったそうです。まだ三十歳でした。

 葬儀は○○国で行われ、骨はとある山の中に埋められました。彼は山が好きでした。その時、私が出した手紙も一緒に埋められたそうです。

 そこで、お願いがあります。私が出した手紙を処分してもらえないでしょうか。彼はもう亡くなり、思いだすと辛いだけです。彼への想いをつづった手紙が彼と一緒に眠っていると想像するだけで涙が出ます。もう辛い思いはしたくありません。

 私が自分で処分したいところですが、私は余命が数カ月しかなく、残念ながらこの病院を離れるわけにはいきません。

 同封してあるのは、手紙が入った箱を開けるカギです。

 勝手なお願いですが、どうかよろしくお願いします。


 手紙の最後に書かれていた地図を頼りに行ってみると、そこはこの街の郊外の山だった。

 らせん状に頂上まで延びている道を十五分ほど上がっていくと、山頂に着いた。そこは、普通車が十台くらい停められそうな敷地で、木でできた柵が取りつけられている。霧が立ちこめているため、景色を見ることはできない。

 彼のお墓は柵の辺りにあった。四方二十センチくらいの石が突き出ている。特に何も文字は刻まれていない。

 ユキはスコップで墓石の周辺の土を掘り返し始めた。十センチくらい掘ると、墓石はひっこ抜けた。

 マオはお姉ちゃんが土を掘る様を、近くにしゃがみこんで見守っている。もっとのぞきこもうとすると、お姉ちゃんに手で邪魔だというジェスチャーをされた。

 レッカーは、〈墓荒らし……〉と苦笑していた。

 三十センチほど掘った所で手ごたえがあった。ユキはスコップを放り出して手で慌てたように土を掘る。

 姿を現したのは、四方二十センチくらいの木箱だった。蓋の金具の所に南京錠がつけられている。

 期待の眼差しでユキはそれを開ける。中に入っていたのは、色とりどりの手紙の束だった。いくつあるのか数え切れない。

「え……」

 ユキは木箱の中をまさぐった。

「これだけ……?」

 彼女は木箱をひっくり返して手紙をぜんぶ出すと、その箱を隅から隅まで探した。何もない。

「ないの……?」

 ユキは、ガクッとひざを落とした。

〈何がないんだ?〉

 レッカーが尋ねる。

「お宝よ」

 ぼそっと答える。

〈墓泥棒じゃないか!〉

 レッカーはあきれた風な声を出した。

「お墓と言えば副葬品でしょ? 何かないかなと思って」

〈悪いことを考えても何もいいことないっていう教訓だ〉

 クスクスとレッカーは笑う。

「悪いこと? わたしは有効活用しようとしただけよ」

〈まあまあ、ところでその手紙はどうするんだ〉

 ユキは足元を見た。マオがお姉ちゃんの足に寄り添うようにしゃがみ、散らばった手紙を拾い集めている。

「資源回収に出すと言ったら――」

 ユキはレッカーの様子をうかがう。

〈教育的に良くないことを、お前はマオの前でしないはずだよな?〉

 レッカーは明後日の方を見て言った。

「分かったわよ。警察に届ければいいんでしょ」

 ユキはブツブツと小さい声で言った。

〈そうそう、アリサさんに届けるのが一番だ〉

 ついでに骨もな、とレッカーは言った。

二十七話をお楽しみに。

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