第二十六話:山の中の恋人①
冬の海は、ひどく殺風景だ。
夏に元気よく跳ねまわっていた魚はどこかへ姿を消し、それに伴って海鳥や海獣も見かけなくなった。
乾いた潮風が吹いている。それは海から陸へ冷たい空気を運び、あらゆる生き物を寒さで縮こませる。
雪は降っていない。ここでは年に数回降る程度だ。だが、やはり冬には違いなく、海風のせいもあり、体感的にはマイナス一度くらいの寒さがある。
海開きの季節には、ここは大勢の人間であふれかえるが、さすがにこの季節にはほとんどいない。来るとすれば、釣りをする物好きか警備の人間かロボットだ。
しかし、今日は人影が一つと車が一台そこにいた。
人影の方は、作業服を着た十四歳くらいの少女だ。背は高い。ショートヘアーで、背中を若干丸めながら下を向いて海岸を歩いている。
車の方は白い車体のクレーン車だ。クレーン車は少女の後ろをついてきている。
「来るのが遅かったかしら……」
少女は苦い顔をした。
〈まあ、あのニュースが流れたのは一昨日のことらしいしな。とっくに回収しただろう〉
クレーン車は冷静に分析する。
「そうだけど、少しは残っていてもいいじゃない? 全部が一度にここへ流れ着くとは思えない」
少女は何かを見つけて足元に手を伸ばす。だが、ただのペッドボトルだった。
「……」
彼女はそれを拾うと、クレーン車の荷台に放りこんだ。
〈俺はゴミ回収車じゃないんだがな、ユキ〉
クレーン車は不満そうに言った。彼の荷台には、幅五十センチ、高さ三十センチくらいのゴミの山ができている。
「こんなものでも、たくさん拾ったらお金になるのよ」
ユキと呼ばれた少女は、手に付いた砂をほろった。
彼らは何も、ゴミを集めに来たわけではない。結果としてそうなっているだけだ。本来は別の物が目的だった。
一昨日、この地域に一つのニュースが流れた。この海の沖で郵便船が一隻沈んだのだ。高波で転覆してしまったらしい。そのせいで、積荷である郵便物が海にばらまかれてしまった。それは潮の関係でほとんどがこの海岸へ流れ着いたという。
そのニュースを今朝この街に来て知った彼女は、まだ何か残っているかもしれないと思い、やってきたのだ。彼女はそれらを拾って売るつもりだった。彼女曰く、「落としたものを拾っても罪には問われない」とのことだった。もちろん、軽犯罪法に触れる。
一昨日流れたニュースだけあって、もう郵便物はあとかたもなくなっていた。やはり遅かった。彼女はしばらく歩いていたが、いつまでたっても見つからず肩を落とした。
ガチャと助手席のドアが開き、五~六歳くらいの女の子がジャンプして降りた。
「ねえねえ、船が沈んだのってどのへん?」
女の子は背伸びして海を見る。
「ここから見えないもっと遠くよ。そもそも、全部沈んだから、近くに行っても何も浮かんでいないでしょうね。……マオ、寒いからレッカーの中にいなさいって言ったのに」
ユキはクレーン車の助手席を指差す。
「だってー。船見たかったんだもん」
マオは口を尖らせる。
「風邪引いたらどうするの。お金かかっちゃうでしょ。いいから入ってなさい」
ユキはマオの体を持ち上げると、助手席に座らせた。
〈過保護なのか、ケチケチなのか……〉
レッカーは苦笑する。
「何? わたしは普通にマオのことを心配してるの。決してお金がもったいないからじゃないわ」
ユキは、足元に落ちている缶を拾ってレッカーの荷台に放り投げる。
〈分かった分かった。それよりあの船、いったい何を積んでいたんだろうな〉
「郵便物よ。郵便船だもの」
〈そりゃそうだが、中身は何だったのかと思ってさ〉
「レッカー、もしかして金目のものでも狙ってた?」
〈それはお前だけだ、ユキ。俺は、贈り物を贈った人やもらうはずだった人がいったいどういう思いをしているのか心配になっただけだ〉
「どういう思い……? 悲しいんじゃない?」
〈そうだな。悲しいだろう。人に想いを伝えられるはずだった郵便物が沈んでしまったんだ。当然だ。だが、それらは一部かもしれないがここへ流れ着いた。もしかしたら、それらを拾い集めてもう一度送れば、きちんと届くかもしれない。ユキ、それをお前は売ろうとしていたんだぞ〉
「……なんだか、わたしが悪者だっていう言い方ね」
〈その通りじゃないか〉
「なんか気に食わないけど、まあいいわ。どうせ高い物は落ちてないだろうし」
〈ああ、それがいいな〉
「ここで拾ったものは慈善団体に寄付するわ」
〈それは違う気がするぞ〉
メッセージの入った木箱を見つけたのは、そのすぐあとのことであった。
2へ続きます。




