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第二十五話:あいさつの多い街

 とある商店街に立ち寄り、ユキたちは食糧品を買うことにした。

 コンビニやスーパーはなく、品々ごとに店が異なる不思議な所だ。

 ユキは、生ものを補充しておくことにした。一応簡易的な冷蔵庫はレッカーの荷台に常備しているが、それでも二、三日以内に使い切らないといけないため、長い旅をすると冷蔵庫は空になってしまう。

 まずは、野菜の店に寄った。みずみずしい野菜がかごいっぱいに並んでいる。

「おはよう、いらっしゃい!」

 ガタイのいい中年男性が元気良くあいさつした。

「おはようございます」

 ユキは、マオのいる手前、きちんとあいさつを返した。

「今年の野菜はどれも大きくてね、なおかつ身がギュッと詰まってるからおいしいよ」

 男性は、トマトを一つ手に取ってマオに渡した。大人の手の平ほどの大きさがある。

「これは……?」

 マオは首をかしげる。

「おじさんからのプレゼントさ。とりあえず食べてみてくれい!」

 ガハハとおじさんは笑った。

 マオは突然渡されたトマトに警戒しつつも、お得意の食欲を発揮し、口をめいいっぱい開けてガブリとかじった。

「……あふぁい!」

 マオはまだ飲み込んでいなかったけれど、思わず叫んだ。

「そうだろそうだろ。子どもでもおいしく食べられるように甘く改良されているんだ。どうだいお姉さん、買っていかないかい?」

 おじさんは、ユキを見てそう言った。

 ユキは、おいしそうにトマトをほおばっているマオを見て、あごに手を当てて考える。さっきからお店の値札を見ていたが、税抜き価格と税込み価格の差額がずいぶん大きい。

「この街の税金、高いんですね」

 ぼそっとユキはつぶやくように言った。

「そうなんだ。参っちまうだろ? 街が独自に制定してる税金なんだが、これがバカ高くてよ、俺たち市民ならともかく、旅人からは不評なんだ」

 おじさんはため息をつく。

「え、あなたたちには税金はかからないんですか?」

 ユキは身を乗り出す。

「まあ、色々あってな」

 そう言うと、おじさんはユキの背後を見て、五十歳くらいのおばさんにあいさつした。

「おはよう、今日もいい天気だね」

「ああ、おはよう。あんたはいつも元気だねぇ」

「もちろん。俺から元気を取ったら何もなくなっちまう」

「そうね、それは確かね」

 おじさんとおばさんは笑いあった。

 すると、おばさんはユキとマオを見て笑顔を浮かべた。

「おはようお嬢ちゃんたち、旅人さん?」

「おはようございます。ええ、食糧を買おうと思いまして」

「そうかい、税金はバカ高いけど、たくさんあいさつするといいことあるよ」

「え、あいさつすると……ですか?」

「そうそう……。あ、ちょっと待って。もう少しで……」

 おばさんは腕時計を見た。つられてユキも腕時計を見る。もうすぐ午前十時になる。そして長針が十二を指した。

「こんにちは、タ―クさん」

 おばさんはおじさんにあいさつした。

「おはようルシトラさん」

 おじさんはあいさつを返す。

 そしておばさんはユキとマオにも、それぞれ「こんにちは」とあいさつした。

 なぜか、おじさんもユキとマオに、「こんにちは」と頭を下げる。

 ユキとマオは、戸惑いながらもおじさんとおばさんにあいさつした。

 おばさんが別の店にあいさつに行った頃、ユキはおじさんに尋ねてみた。

「あの……、もしかして税金を免除してもらう方法があるんですか?」

「ああ、そうだよ。あいさつすることさ」

 おじさんは胸を張る。

「あいさつ……」

 マオはそうつぶやいた。

「ああ、この街では、街の人が専用の腕時計をつけていて、それが街に設置されている防犯カメラと連動し、皆があいさつしている姿を音声と動画で記録しているんだ。それは役所に自動で送られ、あいさつをした回数によってその人の納税額が減る仕組みだ。近所に住む人と交流することで、一人暮らしの老人を孤独にさせないようにしたり、子どもを地域全体で守っていったりする目的があるらしい」

「なるほど。だから、さっきの女性は十時になった時にもう一度あいさつしたんですね?」

「そうだ。朝と昼じゃ、あいさつの言葉が変わるからな。それはルールで認められている」

「不正は起こりませんか。例えば、同じ人とその場で何回もあいさつすると、その分税金も減るんじゃないですか」

「いや、そういう不正はないようにしているそうだ。機械も改良されて、脱税は最近は起こっていないよ」

「そうなんですね。ところで、旅人でも税金は安くなるんですか?」

 ユキは、自分の払うお金のことが一番気になっていて、さっきからずっとそれを聞きたかった。

「もちろん。俺たちの腕時計から、ちゃんと君たちの声は記録されている。この情報をレジに登録すれば、税金は引かれるよ」

 それなら、とユキは、トマトからあふれ出た果汁がついた指をペロペロなめているマオを見た。

「こんにちは、マオ」

 ニコッとユキは笑った。

「ん?」

 マオは指をくわえたままお姉ちゃんを見上げる。

「ほら、あいさつして。こんにちは」

「……こんにちは」

 マオは棒読みであいさつした。

 よろしい、とユキは満足げだった。

二十六話をお楽しみに。

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