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第二十四話:マンガのない街

 ある日のこと。ユキとマオは、大きな街の大きな本屋さんに立ち寄った。

 街の人に聞いたところ、その本屋は蔵書数が街一番を誇るらしく、欲しい本がほとんど手に入るという。

 時代が変わっても、紙の本はなくなっていない。本が自分の棚に並んでいるという所有欲を満たしたい読書人口は多い。

 週末だけあって、店内は多くの人でにぎわっていた。文芸書の書き出しをチェックしている眼鏡男子、バイクの本を熱心に読む中年男、料理本を見て納得したようにうなづいている三十代女性など、様々だ。ただ、子どもはあまり見かけない。

 ユキとマオは、絵本のコーナーにいた。今日は一冊マオのために買うつもりで来た。本を読むことは、考える力が身につくことにつながる。マオの教育のために必要なことだ。

 以前、別の街の本屋さんでまるまる一冊絵本を読み聞かせていたら、

「それ以上お読みになるのでしたら、どうかご購入ください」

 と、店員にやんわりと注意されてしまった。

 ケチケチなユキにとっては残念なことだが、よく考えれば、自分が運んだ資材をただで使われているのと同じことだから、店員の言うことはもっともだと思った。

 本を選ぶのに、ユキは特に何も口を挟むことはしない。あくまでも、マオが読みたいものを読ませる。その方が、興味を持って読んでくれる。

「これがいい」

 やがて、マオがお姉ちゃんを呼んだ。マオが指さしていたのは、『三びきのこぶた』という絵本だった。

「どうしてこれがいいの?」

 ユキは裏表紙に書いてある値段を確かめる。絵本としては普通だが、コンビニ弁当が二つ買える金額なのはちょっと考えものだ。

「オオカミが悪そうな顔をしてるから」

 マオはお姉ちゃんから絵本を取ってひっくり返し、オオカミを見せた。マオの言う通り、オオカミは牙をむき出しにして舌なめずりをしていて悪そうな顔だ。

「オオカミが悪そうな顔をしてるのが面白いの?」

 ユキが尋ねると、

「図鑑のオオカミは格好いいのに、このオオカミは違うから面白い」

 マオは、じいっと絵本の表紙のオオカミを見ている。

 家畜を重んじる人間にとって、オオカミは天敵だ。だから、絵本にもオオカミを悪く扱う作品が多い。

 だが、図鑑は客観的にオオカミという生き物を見せてくれる。何を食べて誰と一緒に生きているのかが書かれている。

 マオは、その二つの違いに興味を引かれるのだろう。

 マオはきちんと食べ物以外のことも好きなのだ。そのことがユキを安心させた。

 とりあえず、ユキはその本をマオに渡した。そこまでマオを考えさせる本を買わないわけがない。

 ユキの用事はまだ終わらない。実は、もう一つ買いたいものがある。それは、勉強ができる本だ。

 マオもとっくに物心がついていて、そろそろ本格的に勉強を教えてもいいのではと思っていた。ただ、いきなり算数や社会の問題集を見せても、興味を示してはくれないだろう。

 そこで、マンガで歴史が分かる本が必要だ。マンガは絵がたくさんあるから、まだあまり文字が読めないマオでも理解はできる。文字は読み聞かせればよい。

 ユキはマオを連れて、店内を一周してみる。マンガコーナーはどこだろうか。

「あら……?」

 ユキは首をかしげた。マンガコーナーがどこにもない。試しに店内地図を見たが、マンガを置くスペースが書かれていない。

「おかしいわ……」

 ユキは店員に聞いてみた。すると、

「このお店だけじゃなく、街全ての書店には目に見えるところにマンガコーナーはありません。街の政策で、子どもの学習時間増加のためにマンガを売らないことになっているのです。十年ほど前から行われています」

 そういうことだったか。変な取り組みをしているものだ。でも、大人だってマンガを読むはずだ。大人はどうしているのだろう。それも聞くと、

「店の奥に十八禁コーナーがあるのですが、マンガはその中にあります」

 マオに配慮したのか、そのコーナーの場所を店員は教えなかった。

「分かりました。ところで、その政策で子どもの成績は上がっているのですか?」

 ユキはそう尋ねた。一応、マンガを買おうとしていたからそのことは気になる。

「それが……、昨日の新聞に載っていたのですが、子どもたちはマンガを読めなくなったことで文字だけの本に興味を示さなくなったそうです。そのせいか、文章問題が苦手な子どもが増えているのです」

二十五話をお楽しみに。

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