第二十三話:移動する村④
居住区に戻ると、村長は公民館と呼ばれる場所に案内した。そこはコンビニほどの大きさで、村の会議やイベントに用いられるという。
薄暗い廊下を進んで彼は一番角のドアを開けた。そこには木製のテーブルが二つ置いてあって、周りにパイプイスがある。そこには男が四人集まっていた。いずれも六十代から七十代に見える。
「お待たせしました」
そう言うと、村長は部屋の一番奥の席に座った。
「ユキさんとマオさんはそこに座ってください」
彼は、入口に一番近いイスを指した。
「はい」
ユキはマオにイスに座るよう言った。そして自分もその隣に腰かける。
「なんだ、この子たちは」
頭が禿げあがった男がユキたちを睨む。
「お客様だ、お手柔らかに頼むよ」
村長はその男をなだめた。
「まあ、いい。それより話を始めてもらおうか。臨時会議とは珍しい。俺たちは作業を休ませてもらって来ているんだぞ」
禿げ男は不満そうに村長を見る。
「それはすまない。作業を休んだのは四人とも全員だろう。手短に話す。だが重要だ。一回で聞いてほしい」
村長の緊張感を含んだ声に、部屋の空気が一気にピリッと張り詰める。
「今朝のことだ。村のメンテナンス部から連絡が入った。村の最下部にある、床を支える柱が崩壊を始めていると」
その言葉に、男共がざわついた。
「……そ、それはどういうことだ。詳しく説明してくれ」
白髪頭をオールバックに固めた男が言う。
「メンテナンス部がいつものように最下部を点検していたのだ。その時に、柱が数本割れて倒れていたそうだ。不審に思った者が調査を始めると、ほぼすべての柱に亀裂が入っていることが分かった」
そんなバカな……。皆、開いた口がふさがらない顔をしている。
「何が原因なんだ、柱の倒壊は。誰かのしわざか?」
天然パーマの髪を持つ男が訊く。
「いや、爆発物や鈍器の痕跡はなかった。おそらく、自然に壊れたと見られる。原因は、自重だ」
自重……。男たちはその言葉をつぶやく。
「知っての通り、このロボットはノロい動きをするだけあってかなり重い。そのため、なるべく足に負担がかからない海を選んで旅をしてきた。このことは、皆承知のはずだ」
ああ、と男たちはうなづく。
「しかし、それでも四百年という月日で少しずつ負担を積み重ねていた。そして限界がやってきたのだ」
とんでもない会議に参加させられたものだ。ユキはそう思った。隣にいるマオは暇そうに足をブラブラさせているが、他の者はピリピリと神経を尖らせている。
「具体的に、いつごろ限界が来るんだ……?」
禿げ男が尋ねる。
「多く見積もって二十年くらいらしい。それ以降は保証できないそうだ」
村長はうつむきながら答える。
そういえば、と白髪の男が言った。
「地下一階で栽培されている野菜が最近発育が悪いが、もしかしてそのことが原因なのか……?」
「断定はできない。しかし、柱以外にもあちこちガタがきているのは確かだ」
そうか……、と白髪男が返事した。
「このことを皆に発表するんだろ? 今後をどうするつもりだ」
天然パーマの男が頭をくしゃくしゃとかきむしる。
「そのことだが、村長として昨晩決断したことがある。聞いてくれるか」
村長は息を飲んだ。
四人の男はうなづいた。
「我々は、安住の地を求めて旅をする。地に足をつけた生活を始めるために。そして、いずれこの村を放棄する。この村は終わりにしよう」
四人の男は目を見開いてその言葉を聞いていた。
「我々は一つだ。共に新しい場所で新たな村をつくりたい。こう考えているのは私だけだろうか」
いや、そうは思わない。村長は拳をつくって力を込めた。
「このロボットは、村のシンボルとしていつまでも残しておきたい。まあ、これほど巨大だから難しいとは思うが」
村長はため息をついた。
「いや、残してみせよう」
禿げ男が立ち上がった。
「機械にばかり頼った生活にはいずれ限界が来る。かつての戦争で俺たちは何を学んだ。昔の生活のよい所を取り入れていこうじゃないか」
すると、残り三人も立ち上がった。
「村長が決めたことだ。俺も正しいと思う。それに従おう」
「ああ」
「そうだな」
村を代表する会議の結論は、終着点に着いていた。
ユキは、村長を含む男たちを見回した。おそらく二十年後、この人たちはもうこの世にはいないだろう。人の命とはあっという間だ。
でも、彼らはきっとこの村の未来のために最後まで活動を続ける。男たちの目に迷いは感じられない。
男たちの目の中に、ユキは何かが見えた気がした。
カメ型ロボットが沖に出ていく姿を、ユキたちは海岸から見つめていた。
そのロボットの背中はあまりにも大きい。千人の命を運んでいるのだから。
ユキはレッカーを見た。彼と出会って三十年ほど。もう三十年経ったのではない。まだ三十年しか経っていないのだ。人間と違って、ロボットの命は長い。
まだレッカーについて知らないことはたくさんある。これからの長い付き合いで、分かってくることもあるだろう。
たった一度ケンカしたぐらいでなんだというのだ。これぐらいのことで永遠の別れをするなんてもったいないではないか。
「行こう」
ユキは運転席の隣に立って手を伸ばした。
ガチャ。
レッカーは黙ってドアを開けてくれた。
彼は寡黙で、あまり語ることはない。
ならば、こちらも言葉を使う必要はない。こうして運転席に座らせてくれた。これが答えだ。
レッカーは走り出した。砂を巻き上げて視界を悪くする。こんなに見えにくくても彼はちゃんと走ってくれる。レッカーはとても大きい。
ユキは、ふうと一息ついた。
マオは、そんなお姉ちゃんを見てニカッと笑った。
二人と一台の旅は、これからも続く。
二十四話をお楽しみに。




